始まる前に。
「なー『
執事』。俺達って親とかがポケモンなの?」
「あー? なんだそれ」
「いや、なんか上級生がさー、何か授業でどっかの地方の神話? それを習ったらしくて。何処だっけ、シンオウ?」
「あー、“怒るな 俺が来るぞ 悲しむな 俺が 近づいて来るぞ 喜ぶこと 悲しむこと 当たり前の 生活 それが 幸せ そうすれば 閻魔サマの祝福が ある”とかのあれか?」
「なにそれ。どっちにしろ死んでないか? それ」
「おや、どうしましたか? 『ノラ』君」
「あ、『セバスチャン』。いや、シンオウの神話ってのに、ポケモンと結婚する話があるとか言われたから聞いてた」
「まず私は『セバスチャン』ではないんですけどね……。しかし、それは神話では無く昔話と呼ばれるものの中にあった話ではなかったでしょうか。“人と 結婚した ポケモンがいた ポケモンと 結婚した 人がいた 昔は 人も ポケモンも 同じだったから 普通の事だった”でしたか」
「あー、ホントにあるんだ」
「ええ。けれど、まぁ文字通りに受け止める事も無いと思いますがねこういうものは」
「ん、どういう意味?」
「ええ、まぁ門外漢ですのでこれが正解というわけでないことは先に断っておきます。まず“結婚”という言葉ですが、これをそのまま受け取りますと何と言うか特殊な事にも思えますが、これを“常に傍にいる”等という事だとすればどうでしょう?」
「え? トレーナーとかと同じ?」
「俺のはどっか行ってるのも多いぞ」
「『執事』は愛想尽かされてますからね。――私の考えは『ノラ』君の出したものと同じです。しかし、“昔は 人も ポケモンも 同じだったから 普通の事だった”となっている部分はどうにも説明が出来ないのですが。これはモンスターボール等を用いない関係、という事でしょうか」
「おー、なるほど」
「きひひ。その昔話とやらが少なくともモンスターボールに似たもんがあった時代に書かれた事前提になってんぞ爺」
「そうなんですよね。これが何時書かれたか分かってない、というかこの話が何時からあるのか分かっていないのでした。これがオリジナルとも限りませんし」
「きひゃは。じゃあ俺もでっち上げてやんよ。
“剣を 手に入れた 若者が居た それで 食べ物となる ぽけもんを 無闇矢鱈と 捕らえまくった 余ったので 捨ててしまった
次の年 何も捕れなかった ぽけもんは 姿を見せなくなった
若者は 長い旅の後 ぽけもんを 見つけ出し 尋ねた どうして 姿を隠すのか? ぽけもんは 静かに答えた お前が 剣を振るい 仲間を傷つけるなら 私達は 爪と牙で お前の仲間を 傷つけよう 許せよ 私の仲間達を 守る為に 大事な事だ
若者は叫んだお前達 ぽけもんが生きていること 剣を持ってから 忘れていた もうこんな 野蛮な事はしない 剣も 不要い だから 許してほしい 若者は 剣を地面に 叩きつけて 折ってみせた ぽけもんは それを見ると どこかに 消えていった”
だったか?」
「だったか? じゃねえよ。本取り出してカンニングしてんじゃん」
「きひひひひひ。これのよ、“食べ物となるぽけもん”ってのを爺マジックにかけよう。さっきみたいに。つーか何で“剣”まで手に入れてポケモン喰うんだよ。他のもん喰えや。というわけで、“力を手に入れ奪い回った”話ってのはどうよ。“ぽけもん”はその被害者だ」
「何かもう原型を留めないなそれ」
「きひひ。応よ。グッチャグチャにしてやるぜ?」
「しかし、気になりますね。それで?」
「きひゃひゃ。姿を消すのはまあそうなるわな。そんで、それらを探す“長い旅”は何故する? 食いもんが無くなったから? だがこの神話の結末は“ぽけもんは何処かに消え去っちまう”。解決してねえ」
「じゃあこの結末はどんな意味になんだよ」
「“若者”とは形の違う奴らとの争いの一つの終わり、とかかね? “長い旅”ってのはその結末に至るのに時間が掛かった、とかか」
「つまりこの“ぽけもん”とは『ノラ』君達の様な?」
「応。所謂、『亜人』だ」
「“お前が 剣を振るい 仲間を傷つけるなら 私達は 爪と牙で お前の仲間を 傷つけよう”“私達”だ。つまりそんな奴らは多数居た。で、そいつらは爪やら牙やらが武器みたいだな。お前みたいな」
「……『執事』は違うだろ」
「そらそうだ。俺は何でも使う。銃でも灰皿でも何でもだ。でもこれを書くなら分かり易い方が良い。どうするよ、これに出てくる奴のモデルがマルノームとかメタモンのだったら。どう書くよ?」
「それは――」
「書いても分かりづらい。書くなら読んだ奴が浮かべ易いもんだ。そんで、神話は比喩の塊なんだろう? 爺」
「ああ、ええ。悲しみの余り植物に変わってしまう話はヒステリーやら欝やらそういう読み解き方もあるらしいですね。地獄の番犬は土のことだとか百の腕を持つ巨人は打ち寄せた白波だとか。一ツ目の巨人はカルデラ火山の事だとか聞いたことがあります」
「ま、そのままポケモンってことにした方が楽だがな。しかしこの“ぽけもん”は喋ってる。この頃のポケモンは喋れたとか、これを最初に書いた奴がポケモンの言葉をわかるっていう電波受信してる奴でないのなら――」
「しかし、獣が喋るのはよくある話では?」
「まぁな。じゃあヒトを“ぽけもん”にするのもありだろう?
況してやそいつらが一部から大部分がポケモンと一緒なら」
「ああ、それならば」
「じゃあこの話は?」
「ちゃんと書いてあるじゃねえか。“お前達 ぽけもんが生きていること 剣を持ってから 忘れていた もうこんな 野蛮な事はしない 剣も
不要い だから 許してほしい”、だ」
「仲直り、したの?」
「知らんわそんな事。そいつらは“何も言わずに消えていった”んだから、許してはいねえ気はするが。仲間殺されても許せるかなんて俺にはわからんし。仲間居ねえから。つーか、寧ろ俺は殺す方だし」
「取り敢えず何時か俺がぶっ倒すから覚悟しとけバカ『執事』」
「きひひひひ。楽しみにしとくぜ」
「……ああ。だから一地域の狭い神話、という事でしょうか。その狭い世界で起きた事、というわけですね」
「あ? 知らねえよこじつけなんだから。こじつけ序でに爺の言ったポケモンと結婚した昔話もぐっちゃぐちゃにしてやろう。“昔は 人も ポケモンも 同じだった”の“ポケモン”もお前等みたいな奴らのことで、その頃はもしかしたら仲良くやってたのかもな。んで、それが書かれた時は“人”じゃ無かった、とかな」
「え? 全部ウソなの?」
「応。その通り。神話とか昔話なんざ知るか。もしかしたらお前の親の片方はグラエナかもしれないし、そうでなくとも先祖にそれと番ったのがいるのかもしれないが、そうでないかもしれない。そもそもポケモンの繁殖方法なんざ“卵らしきもの”が見つかっただけで大発見だって騒がれてんじゃねえか。ニンゲンについてだってわからない事だらけ。世界も然りだ」
「その分からない事、を自分達の知っている事と想像で説明しようとしたのが神話ですよ、確か」
「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ。じゃあこれも神話だ。お前に何か言ってきたそいつに今の語ってやれ」
「あ、それは出来ないかも。何か『こねこ』が
密告って『タイガー』が何かやっちゃったらしいから」
「きひゃはッ。持つべきものは友達だなキヒヒヒヒ」
「おやおや、気色の悪い笑い声と楽しそうな声がすると思ったら」
「ああん?
婆ぁ、居たのか」
「居たよ。それよりあんたら、そろそろ『お嬢様』のお帰りだよ」
「あ、マジか」
「おや、もうそのような時間でしたか。ありがとうございます」
「あん? それで?」
「息子は良い子なのにねぇ……」
「止めて『ばあちゃん』その事実は死にたくなる」
「死んだら俺をぶっ倒せねえぞキヒヒヒ」
「――ふむ。仲が良いのか悪いのかわからんな。――ただいま。」
「ほらほら。『お嬢様』のお帰りですよー」
「お帰りなさいませ『お嬢様』」
「お帰り!」
「お帰り。体調は大丈夫そうだね」
「キヒヒヒヒヒヒ。婆ぁもう少し早く出てこい。意味がない。『お嬢様』と『
女中』が直ぐ来たぞ」
「それは悪かったね」
「因みに『女中』でなくて『
女中頭』なんですけど私。いつになったら覚えるんですかこの駄目『執事』は」
「爺が『セバスチャン』って呼ばれなくなったらだな。きひひひひひひ」
「それは大分時間がかかりそうだねぇ」
「笑い事ではないんですがねぇ……」
「ふむ? ところで何の話をしていたのだ? 『ノラ』や『セバスチャン』や『ばあや』は兎も角として、貴様が居るのは珍しいが。『執事』」
「んあ? ああ、別に。なんてことはない――」
「――俺等は誰が何と言おうと居るんだよって話だよ。キヒヒヒヒ」