真実と理想の先に
戦いで舞い散った波導の残滓が、風に乗って澄み切った蒼穹へと消えていく。白線の引かれた長方形の砂のフィールド上で倒れるルカリオとコジョンドを、対極の位置にいるトレーナーがそれぞれボールに回収する。死力を尽くして戦い、手強い相手を引き分けに持ち込んでくれた大事な仲間に労いの言葉を掛け、ボールホルダーに戻した。そして、いよいよ最後となる六つ目のボールを互いに手に取る。
「お前の相棒も、やっぱりそいつか」
先の戦いから残る太陽の如き光球――“にほんばれ”で暖められたフィールドにびゅうと一際強い風が吹き、白地のTシャツの上に羽織っている赤いジャケットがたなびく。それを片手で押さえながら、向かい側の赤いトレーナーボックスに立つ少年が、にやりと不敵に笑う。
「そうだよ。ヒウンシティの地下水道を必死に抜けて、辿り着いた先でゲットしたあの子さ」
寝癖の如く乱れた茶髪に赤いサンバイザーを着け、青い半袖のジャケットを身に着けた少年も、紅白のボールを片手に笑顔を返す。試合会場に二人のやり取りを理解出来る者はいないが、当人達は満面の笑みを見せている。これだけの観衆に見られて熱狂しているバトルでも、今は二人だけの世界に等しい。いつも行く先々で手合わせをしてきた、変わらぬ相手との一戦。周囲の野次や声援は、関係ないとばかりに耳に届かない。ずっと旅を共にしてきた親友とのバトルを、最高の舞台で繰り広げるために。今、全てを託した相棒を、最後の戦いの場に。
「行けっ、グレイシア!」
「エーフィ、頼むよ!」
それぞれがバトルフィールドに送り込んだのは、どちらもイーブイというポケモンから分岐進化をする種族であった。ノゾムが繰り出したのが、全身が青と空色の体毛をした氷を司るグレイシア、マコトが召喚したのがビロードのような美しい体毛を持つエスパーの力を操るエーフィ。どちらも見た目こそ愛くるしいが、その内には可能性を開花させた底知れぬ力を秘めている。そして、マコトとノゾムが最も頼りにしているポケモンであった。
『でんこうせっか!』
実力を試す時の技も、いつもと同じ。まずは真っ向からのぶつかり合い。相棒も常にそれに応えてきた。イーブイだった頃はほぼ互角に終わっていたものもしかし、成長した二匹に優劣が生じるのは至極当然である。僅かにグレイシアに軍配が上がり、しなやかな動きで迫ってきたエーフィを正面から弾き飛ばした。エーフィの体は地面を滑っていき、速度が落ち着いたところで素早く立ち上がる。マコトは押し負けて悔しいと言うよりもむしろ、グレイシアがここまで強くなっていた事に甚く感心しているようだった。
「一段とスピードに磨きがかかったんじゃない?」
「まあな。これでも特訓は欠かさなかったからな!」
「だけど、もう少し毛の手入れをしてあげないと、グレイシアがかわいそうだよ」
決して挑発のつもりではない。これが普段のやり取りなのだ。マコトに釣られてエーフィも目を細めると、グレイシアはお下げを振り乱して怒ったように目つきを鋭くし、敵――ではなく主人の方を睨み付けた。もう、笑われたじゃないかあ!なんて訴えているようである。悪い悪い、これが終わったら櫛で梳いてやっから、と手を合わせてノゾムは謝る。一連の流れを見ている観客は、一体何事かとぽかんとするばかり。熱気が冷め始めた会場の空気を察したのか、マコトもノゾムも、エーフィもグレイシアも、一瞬にして表情を引き締める。準備運動はこれで終わり。次からが本番だとの合図として。
「全力で行くぞ! “シャドーボール”!」
グレイシアが次手として放ったのは、己が得意とする氷の力ではなく、対峙するエーフィが不得手とする霊の力を込めた黒球であった。危険を察知したようにエーフィの二股の尻尾の先が揺れる。マコトも緑の手すりから身を乗り出してじっと出方を窺う。ぎりぎりまで膨らんだエネルギー弾が撃ち出されたのは、先にエーフィが右に動いたのを見てからだった。“でんこうせっか”の指示もなければ、エーフィの俊足を持ってしても避けることは叶わない。だが、機を計ったように戦場を吹きぬけた突風で、直線状に飛ぶ“シャドーボール”の軌道が僅かに揺れた。エーフィの向かう“右側”へ。
「“アイアンテール”!」
二股の細い尻尾を銀の光で染め上げ、斜めの位置から迫り来る漆黒の球を思い切り打ち据えた。野球で言えば、ジャストミートという言葉がしっくりくる。まだ“シャドーボール”の砲台として構えているグレイシアの元へ、芯を打たれて弾かれた己の攻撃がぐんぐんと迫る。気付いたノゾムの指示で、グレイシアは弾かれるように後ろに跳ぶ。鋼の力を受けて弱まった高密度の霊球は、グレイシアの目の前にがくんと落ち、エネルギーを散らして爆発した。瞬間、水色の獣とその主人の前に、分厚い砂のカーテンが広がる。
「“こおりのつぶて”――上だッ!」
視界を覆う砂煙の中でも、陽光で映される影を捉える事は出来る。すかさずそれを認めたノゾムによって、敵方の到着よりも先に、グレイシアの的確な氷の銃弾が上空に放たれていく。
「“アイアンテール”!」
攻防の繰り広げられる位置より遠くから響くは、紛うことなき打撃の指示。空中で回転を加えながら地に振り下ろされる鋼の尻尾は、進行を阻害せんとする氷塊を粉々に打ち砕き、滑らかで美しい水色の背中を鋭く叩いた。氷を司る小さな獣は、悲鳴を上げて地に伏せた。だが、まだやられたわけではない。咄嗟に冷気で尖らせた棘のような体毛で、僅かに衝撃を和らげたのだ。
「“れいとうビーム”だ!」
着地と同時に離れる瞬間を狙い、超低温の光線を吐き出す。未だ次の動作に移れずにいたエーフィの体に、身を凍らせる一閃が刺さった。高威力の技を間近で浴び、エーフィも後退を余儀なくされる。予想外のグレイシアの立ち直りの早さに、マコトも舌を巻いている。
「変わってないね。弱点の攻撃が決まったと思ったのに」
「そっちこそ、な。エーフィらしくない、大胆な直接攻撃は相変わらずだ」
強張らせていた顔を緩ませ、マコトは苦笑を向ける。あれだけ奇抜な攻撃を仕掛けたのに、ノゾムは全く以って落ち着いている。少しくらい焦ってくれれば良いのにと思うが、それもまたらしいと言えばらしいな、などと思う。
あの時だって――後の相棒となるイーブイを捕まえる時だって、ノゾムは落ち着いていた。僕があたふたと焦っている時も、ノゾムは冷静に戦ってゲットしてみせた。瞼を閉じればいつだってその光景が蘇る。ノゾムはおとなしい奴を相手にしたからだって言ってたけど、謙遜だと言うのは分かってる。僕が相手にしたイーブイは活発なタイプで、どんな時でも敵に正面から突っ込んでいく、明るく勝気なやつだ。そりが合わないんじゃないかと思ったけど、お前にはぴったりだぞってノゾムに言われたら、何だかそんな気がした。そうやっていつだって一歩先を行くキミの背中を、僕はずっとずっと追いかけていた気がする。
「もういっちょ“れいとうビーム”!」
「“でんこうせっか”で撹乱して!」
エーフィの影を縫うように、先刻までいた場所に冷凍光線が刺さる。地面に突き立った氷の柱を見ていると、僕達がこれまで切り抜けてきた戦いの数々を思い出す。いつもは温暖なイッシュ地方の一部が、氷結して極地のような大地へと姿を変えた、あの頃から始まった僕らの旅路。
『君、あの英雄に似てるね』
かつてこのイッシュ地方で猛威を振るったプラズマ団の残党が、各地で集結して何かを企んでいた。行く先々で出会う奴らを、巻き込まれるがままに二人で倒していた頃からだろうか。ノゾムは、出会う人に口々にそう言われるようになった。最初はお互い誰の事を言っているのか分からなかったけど、ジムを巡って旅を続けていく内に、徐々にその真実に辿り着いていった。二年前、イッシュ地方に伝わる伝説のドラゴンポケモンと共に、プラズマ団の陰謀を打ち砕いた少年がいたらしい。その彼は、遥か昔にイッシュ地方が陥った分裂の危機を救った者達に準え、英雄と呼ばれるようになったのだとか。その姿と、今度はノゾムが重ね合わされる事となった。
「オレが英雄なんて、柄じゃねえよなあ」
僕の前ではいつも笑っていたけど、強がりだってのはすぐに分かった。周りの期待の目が重圧となって、ただ楽しい旅を望んでいただけのノゾムに圧し掛かっていた。わざわざ自分達が倒す役目を担う必要はない、プラズマ団なんかに関わらずに旅を続けよう――そう言って重荷を取っ払ってあげようとも思ったけど、人一倍正義感の強いノゾムに、プラズマ団の不穏な動きを見過ごせるはずがないのは百も承知で言い出せなかった。そうして戦いが激化するにつれて英雄だと持て囃される事も増え、活躍をする度にさらに噂が広がる。何よりも、二年前イッシュ地方を救った英雄の影を背負わされているようで、足跡を追っていくだけで、旅を共にするだけの僕でさえ心が虚しくなっていくばかりだった。それでも、傍にいる僕には弱音一つ零そうとせず、いつだって前を向いて歩き出す。眩しくて、辛そうで、僕も胸が痛んだ。僕は少しでもノゾムの支えになれればと努力した。ポケモン達もそれに応えてくれたし、プラズマ団員との戦いでいくらか戦果を上げる事は出来た。だけど。ノゾムは僕のさらに先を行って強敵と戦い、僕は足手まといにならないようにするので精一杯だった。
僕はこのままで良いのか迷った。毎晩のように考え込んだ。そんな僕の決意の揺らぎが鏡のようになって映されたのか、接近戦が得意だったイーブイはエーフィへと進化した。特殊攻撃を得意とする、本来の持ち味と性格を活かせない、中途半端な姿へと。思うがままの姿じゃない気がして、その状態が自分の姿と重なって、余計に落ち込んだ。本当はいけないと分かっていながらも、月明かりに照らされるポケモンセンターの一室で、ノゾムに弱音を吐いてしまった事もある。
「僕、いつだって器用貧乏だったよね。ほんの少し他の子より勉強が出来て、ノゾムにバトルの基礎を教わってある程度こなせるようになって。だけど、どれも中途半端だ。ポケモンの事が大好きなのに、僕の全力じゃ本当にすごい人には到底敵わないんだよ」
ちらりと横目で見たノゾムが、その際たる相手だ。嫉妬はしていないし、追いつきたい目標だって思っている。英雄と呼ばれて過度に頼られるのは僕もごめんだけど、せめてノゾムくらいには頼られたい。でも、常に傍にいるせいで、悩まずにはいられない。そして、その友人が参っていると言うのに、自分はその半分すらも背負う事が出来ない。劣等感は、さらに心の中で獰猛になっていくばかり。
「そんな事ねーだろ。お前はいつだってポケモンに好かれてる。オレのポケモンだって、お前の方に懐いてるんじゃないかってくらい甘えてくるだろ。オレのイーブイが懐き度による進化を果たさなかったのに、お前のイーブイがエーフィになったのは、その証なんじゃないのか? ほんと、そういうところが羨ましいって思っているのにな」
この時エーフィとノゾムのグレイシアが寄ってきて、僕に顔を摺り寄せて甘えた声を上げてきたのははっきりと覚えている。ノゾムが単に励まそうとしているのか、本音を言っているのかまでは、僕には分からなかった。だけど、自分が認めて欲しい、追いつきたいって相手に、羨ましいって思ってもらえた。それだけで、心の中のわだかまりが少しだけ消えていくような気がした。ノゾムの言葉の一つ一つが、僕の心に炎を灯して、温めてくれた。本当は僕が助けるべき相手に、逆に心が救われてしまったんだ。ならば、今度は僕がそれに報いねば。僕の分身みたいなイーブイ――もといエーフィと一緒に。得意なところを伸ばした上で、自分で限界だと見限っていたところをより引き伸ばす。その背中ばかりを見ていたノゾムに追いついて、追い越すんだ。そして、ノゾムが一人で背負っているものを、僕が少しでも軽くしてあげるんだ――そんな覚悟を胸に。
「“シャドーボール”!」
「――っ! 横に跳んで!」
幾度となく放たれた青白い氷の光線によって、フィールドのあちこちがスケートリンクのように凍結していた。自ずと動きも制限され、滑る足元に本来の機敏さを発揮出来ない。不運にも――否、ノゾムはそれを狙ったのであろうが――盛大に転んだエーフィは格好の餌食となった。これでは空気の流れや敵の動きを読めても、かわせるはずがない。非情なる黒の衝撃が、美しい体躯を激しく揺さぶった。自らの足元まで吹き飛んでくる相棒を、マコトはボックスから身を乗り出して心配する。
「エーフィ! 大丈夫かっ!」
相棒は弱く一鳴きして、主人の呼びかけに応じた。せっかくの自慢の毛が土で酷く汚れ、いくつか目立つ傷も負っているが、まだ戦えないわけではない。マコトもほっと胸を撫で下ろして戦況を見据える。受けたダメージだけで言えばエーフィの方が大きいが、威力の高い大技を多用しているグレイシアにも疲労は蓄積されている。何より“アイアンテール”が一発は決まっている。だが、いくら攻撃や回避で体力を消耗させていないとは言え、エーフィが“れいとうビーム”と“シャドーボール”を喰らっている事実も見逃せない。悔しいけど、ノゾムの方が一歩リードしている。いつもの気後れからだろうか、若干押されている。それでも――
「マコト、お前、今最高に楽しいって顔してるな」
自分でも気がつかなかったが、マコトは知らず口元に笑みを湛えていた。純粋にバトルを楽しんでいる。ノゾムのように上手く立ち回れなくて苦痛に感じることさえあったポケモンバトルを、今は心置きなくのびのびとやれている。心の奥底で眠っていた自分の本心に気付いたマコトは、天啓が降りてきたかのごとく清々しい表情をしてノゾムを見据える。
「全部ノゾムのせい」
「お陰、じゃなくてか?」
「そう。能天気で猪突猛進で、いつだって底抜けに明るくて。無駄に正義感が強くてバトルの事ばかり考えてるけど、どこか憎めない。僕をこの道に引きずり込んだ、そんなキミが悪いんだ」
精一杯の悪態を吐いたところで、押さえ切れない感情が顔に浮き出てくる。口角を目一杯吊り上げて、飛び切りの笑顔を振りまいた。本当に感謝している。だけど、負けられない。キミという目標を越えて、キミに胸を張って手を差し伸べるためにも。僕は、この相棒で打ち負かすんだ。
「泣き虫マコちゃんが随分と生意気に成長しやがって。本当はお前がもっと早く追いついてくるんじゃないかって思ってたけど、同時に危険な事に巻き込みたくないってずっと思ってた。だが――」
「――また子ども扱いする。僕、まだそんなに頼りない?」
「いいや、そんな事ない。そんな事はないんだが……」
ノゾムがどうにも歯切れが悪い。奥歯に何かが挟まっているような、もどかしい感じがする。しかし、このまま会話を続けても、痺れを切らした客から野次が飛ぶのは時間の問題だと判断し、戦いの方に再び意識を集中する。冴えない顔だったノゾムも、頻りに頭を掻いて悩みを吹っ切る仕草の後に、改めて気を引き締める。
「もういいや。これで決めるぞ!」
グレイシアの周囲に冷気が取り巻き始める。エーフィがそれに呼応するように尻尾の先を激しく揺らした。マコトにもノゾムが何を仕掛けてくるか予想がつく。グレイシアが使える最大級の氷タイプの攻撃―― “ふぶき”である。これならばいかに“でんこうせっか”で素早く動こうとも、範囲も広い攻撃は確実にエーフィを捉えるであろう。そして、エーフィが使える一番の大技である“サイコキネシス”を駆使しても、恐らく相殺するには遠く及ばない。では、どうすれば良いか。考えろ。相手が大技に向けての準備を終える前に。何か、何か使えるものは――
「全力の“ふぶき”だぁっ!!」
全てを白銀に染めんとする濃い雪の群れが、白い渦を巻くように氷獣の全身から飛んでくる。この荒々しい波に一度絡みつかれれば、脱出は困難であろう。マコトが悩んだ末に導き出した答えは決して正解とは言えないかもしれない。だが、この為と言っても過言ではない特訓をひたすら続けてきたからこそ、自信を持ってこの答えに辿り着いた。準備も既に整えている。だから、エーフィが“ふぶき”の効果圏内に入るよりも先に、マコトは意気揚々と片手を天高く突き上げた。
「“サイコキネシス”で大気を操れッ!」
言葉が少なかろうと、エーフィには充分伝わっていた。太陽光で暖められた空気と会場に吹く風をありったけ掻き集め、グレイシアの全力に応戦する。風と風のぶつかり合い。熱波と冷気の凄まじい衝突。フィールドを越えて観客席にまで吹き荒れる風の余波が及ぶ。対極にある風の噛み付き合いの果てに、主人の迷いが伝染した凍てつく風は凶暴さを失い、灼熱を思わせる烈しい嵐に飲み込まれた。止め処ないマコトの熱意の奔流が、ノゾムに打ち勝った瞬間だった。
「そこだ! “アイアンテール”!!」
最後は相棒を、自分を信じた、得意とする技による畳み掛け。己が操る風を推進力に、爆発的な速度でエーフィは肉薄していた。熱風に晒されて身動きの取れないグレイシアの懐に、思いの篭った渾身の一撃が振り抜かれる。もう背中ばかりを追わない。今度は隣にいて、同じところから同じ景色を見て、同じ歩幅で先を歩んでいくよ――。柔の動きから繰り出される剛の攻撃が決まった瞬間、宙に放り上げられたグレイシアも、その光景を見ていたノゾムも、口の端を緩めたような気がした。
『グレイシア、戦闘不能! よって勝者、ヒオウギタウンのマコト!!』
吹雪で凍り付いていた会場の熱気も、決着と同時に広がる熱波で怒涛のように一気に沸き上がった。ノゾムはぐったりと横たわるグレイシアを抱きかかえ、確かな足取りでマコトの元へと歩み寄る。労いを篭めてエーフィを抱き締めていたマコトは、不意に顔を強張らせた。きゅうん、と鳴くエーフィの頭を優しく撫でて、大丈夫と一言。顔を上げると、ノゾムと正面から視線が合った。
「よく、やったな」
暖かいそよ風がマコトの頬を撫ぜた。それ以上に温かい雫が、熱くなった目頭から零れ落ちた。そうか、追いつきたいだけじゃなく、僕はずっと、ノゾムに認めてもらいたかったんだ。だからあんなにむきになって、時には空回りして。せっかく目的を達成できたのに、今振り返ると馬鹿みたいだなんて思う。マコトは慌てて袖で目元を拭い、差し伸べられた親友の手と顔を交互に見遣る。
「これからも、一緒に戦ってくれないか?」
ノゾムはノゾムで、本心を言い出せずにいた。いつしか気恥ずかしくなって、後ろで支えてくれるのが当たり前になっていて。だが、全力で自分を越えようとしてくる姿を見て、今まで正面から向かい合ってなかった相手との戦いを経て、ようやく真(マコト)の気持ちに気がついて、思いの丈を告げる事が出来た。普段以上にぎこちない笑みに、マコトは心の底からの思いで以って応える。
「ああ、もちろん!」
見ている方にまで伝播するくらいの、弾けるような笑顔。戦いの余韻を残しながら全てを攫う風が、二人の胸を渦巻いていた苦しさをも乗せて空へと舞い上がる。天候を操る技など使わずとも、見上げる世界は晴れ晴れとしていた。これが終わりではなく、新たな始まりだと信じて。二人はもう一度、手を取り合って、未来に向かって進んでいく。真実と理想の先に何があるのか、期待に胸を膨らませながら――。