Predication-8 リベロン訪問
大まかな説明と小休止だけ挟んで、ルエノ達は早々とヴェロンを出発した。菱形の一対の翼を持つ、フライゴンであるエルバの細長い背中の上で景色が次から次へと移り変わるのを見ながら、移動を楽しんでいた。
飛行時間が数十分ほど経った頃になって、砂ばかりが目立つ自然だけの景色の中に、ようやく建物が見えてきた。
中央の丘には壮大な城が聳(そび)え立っており、その周りを囲むようにして家が立ち並んでいる――所謂(いわゆる)、城下町である。他にも上から良く見える物には、高楼の時計台がある。
高い位置で飛んでいる為によく見えるだけであり、その距離はまだ遠かった。それを改めて確認すると、エルバは翼を力強く動かしてスピードアップを計った。その結果として、ものの数分で入り口の門へと辿り着く事となった。
「ほえ〜、すごい大きいなぁ」
小さな町の出身であるポアロにとって、この城は大きな興味の対象であるようで、町全体を見渡しながら感嘆の声を上げた。町中の通りに砂が敷き詰められていた、まさしく砂漠の上に造られた町であるサンザードやヴェロンとは違い、地面はほとんどが固められた土であった。建物もまさしく都市と言った雰囲気を漂わせており、ヴェロン以上に木造や石造の物が多い。
「ここが幸福(しあわせ)の交差する国、“クロスクローバー”だよ。それじゃ、早速入国しようか」
ルエノとポアロがそれぞれ新天地を観察する為の間を置いた後で、エルバが声を掛けた。後ろから二匹の背中を軽く押して誘導すると、検問所で簡単に手続きを済ませて中に入っていくのだった。
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クロスクローバーに入ってからは、観光とまではいかないものの、エルバに簡単に案内をしてもらいながら中を歩いていた。それと言うのも、目的はルエノを“魔道士”集団のリベロンに連れていく為である。因みに、ルエノはこの案内の途中で、リベロンはそもそも“魔道士”集団として名前を登録していると聞かされた。
散策もそこそこにして、城の近くを通った後にエルバに案内されたのは、一軒の大きな建物だった。見た目は王宮のように広く、少なくとも城以外の建物の中では一番荘厳である。
木で出来た巨大な門の前には二匹の門番らしきポケモンが立っており、近づくにつれて徐々にその姿が明らかになった。背中には無数の針、手には鋭い爪を持つ鼠のようなサンドパンという種族と、お腹に左巻きの渦巻き模様があり、手袋をはめたような手の生えたニョロゾという種族である。
「これはエルバ様、お帰りなさいませ。ところで、そちらの方々は?」
「ああ、ただいま。こっちは仲間(メンバー)に紹介しようと思ってな。門を開けてくれるか?」
「エルバ様の招待客という事でよろしいのですね。畏まりました。【“オヴリーフ・セフリューフ”】」
一連の会話を交わした後に、サンドパンは門に向けて呪文を唱えた。口から小さな言霊のような球体が飛んでいき、門に当たって弾けると、光を纏ってゆっくりと開いていく。サンドパン達は扉には一切手を触れておらず、他から力が加わっていない状態である。
「えっ、これは……」
「開錠呪文とでも言おうか。怪しい者が侵入しないように、この門には常に施錠の魔法が掛けられているんだ。さあ、中に入ってくれ」
一行は赤い絨毯の敷かれた広いホールを抜けてどんどん先へと進んでいき、一番奥にある扉を開けてある一つの部屋へと入っていく。
中には緑色の絨毯が敷かれており、部屋の隅には大きな暖炉が目に入った。尤も、今は火を点けてはいないようである。部屋の中央辺りにはピカピカに磨かれた低い木の机や揺り椅子、ソファーなんかも置かれており、のんびりくつろげる空間となっている。
「エルバさん、この部屋は?」
「うーん。簡単に言うと、魔道士達の為の談話室といったところかな? とりあえずは、ちょっとここで待っててくれないか」
見知らぬ建物の見知らぬ一室に案内され、ルエノとポアロはどうして良いか分からないでいた。そんな二匹を余所に、エルバは簡単にだけ説明を言い残して、ご丁寧に扉を閉めて部屋を出ていってしまった。
「さて、どうしようか」
部屋に置き去りにされ、ルエノは手持ち無沙汰を喰らった形になってしばらく考え込んだ。自分の意志もあるとは言え、成り行きで来てしまって果たして良かったのだろうか――と。
「何かこの町ってすごいものがたくさんだね! ぼく、こんな町初めてだから、来れて良かったー」
楽しそうにはしゃいでいるポアロの姿を見ると、先程までの思いは吹き飛んだ。せっかくだから、楽しもう。それに今はまだ後悔しなくても良いかな――とさえ思っている。
「ここに来れたのも、ルエノお兄ちゃんのお陰だよ! ありがとうっ!」
「えっ! う、うん。こちらこそありがとう、ポアロくん」
突然お礼を言われた事に戸惑いつつ、ルエノも同じくお礼で返した。自分の都合で引っ張り回したのではないかと心のどこかで心配になっていたため、恥ずかしさと嬉しさが入り混じっているのであった。その証拠に、俯き加減で頭を掻くような仕種を見せている。
「あーっ! ルエノお兄ちゃん、照れてる〜!」
「ち、違うよ! これは別にそんなんじゃないからっ」
見つけたとばかりにニッコリ笑ってポアロが指摘するのに対し、ルエノは急いで頭から手を離して視線を上方へと向ける。しかし、頬がほんのりと赤らんでおり、完全には隠しきれていないようである。そんなルエノを横から覗き込むポアロのせいで、ルエノはますます小恥ずかしさが募っていく。
「ルエノくん、ポアロくん。待たせたね」
そこに良いタイミングで助け船を出すかのように現れたのは、フライゴンのエルバだった。二人の光景を見て微笑んでいる彼の背後には複数の影が見えた。エルバが扉を全開にすると、それらはぞろぞろと中に入って来る。
「さあ、紹介するよ。ここにいるのは皆、リベロンに所属している魔道士だよ」
部屋に入って来たポケモンの数は全員で四匹。まず最初に近づいてきたのは、頭の毛と尻尾が渦巻いており、小さな目が愛くるしい薄ピンク色のポケモン――ピッピであった。
「私はポリマって言うの。魔道士同士、これからよろしくね」
ポリマと名乗ったピッピは、笑顔を振り撒きながら握手を求めてきた。ルエノも手を伸ばして応じると、彼女は綺麗な姿勢で背中を向け、ルエノから離れていった。
次にルエノに近づいてきたのは、頭に頭蓋骨を被り、手には太い骨を持つカラカラという種族だった。無言で握手を交わすと、数回そのままの状態で縦に腕を振ってから離し、即座に踵を返すように元の位置に戻っていってしまった。
「全く……ちゃんと自己紹介をしないか。悪いな、ルエノくん。こっちはオスロって言うんだ。まあ、彼はいつもこんな感じだから、気を悪くしないでくれ」
苦笑いしながら補足を加えるエルバの方を向き、ルエノは軽く会釈して了解の意を示した。その間に、素早く近づいてくる別の存在があった。気がつくと、いつの間にか自分の手を握られていた。
「くきゃきゃ! オイラはモーノって言うんだ。よろしくな!」
「は、はぁ。よろしくお願いします」
元気良く声を張り上げて全力で手を握って振り続けるのは、尻尾の先が手のようになっている猿のようなポケモンのエイパムであった。その尻尾はやけに握力が強く、ルエノは苦笑を浮かべながら挨拶を返す。
こうして、残るポケモンは一匹となった。全身は青と黒の体色であり、左右には一対の房がある獣人のような――リオルという種である。今までの誰よりもゆっくりとルエノの前まで来た後、口を一文字に閉ざしたまま目の前に立ち尽くしている。
「あ、あの、僕はルエノと言います。よろしくお願いします」
変な沈黙が流れ始めたところで、ルエノは先に名乗ってその小さな手を差し延べた。相手が一応先輩に当たるという事もあってか、些かぎこちなく丁寧な言葉遣いである。
「僕は、リード。よろしく」
返答として返ってきたのは、小さくて落ち着いた感じの声だった。視線を合わせないまま、軽くだけ握手を交わすと、必要以上の言葉を交わす事なく下がっていってしまった。
「まあ、初見の挨拶はこれくらいで良いか。それじゃ、自己紹介も早々にで悪いけど、リードには早速任務に向かってもらおうか」
やれやれと言いたげな様子でいるのも一瞬だけだった。エルバはすぐに真面目な顔つきになると、リオルのリードに向かって指令を出した。リードも了承したとばかりに、表情を変えないまま首を縦に振った。
「それでせっかくだから、ルエノくんにも同伴してもらおう。ルエノくん、いいかい?」
「は、はい。僕は別に構いません」
「よし。そうと決まったら、善は急げだ。ルエノくんはリードの後に付いていってくれ。リード、君もしっかり頼んだよ」
「分かりました。ルエノって言ったっけ? 付いてきて」
ルエノの方を一瞥だけすると、リードはそそくさと速足で部屋を出ていってしまう。一方のルエノも、これからどうなるのかと一抹の不安を抱えながら、自分より僅かに大きな背中を追って部屋を後にするのであった。