Predication-7 正体と招待
フライゴンのエルバは気絶して動かないブーバーを脇に抱え、背中にはルエノとポアロを乗せた状態で空高く飛んでいた。三匹の重さなど感じていないかのように、悠々と翼を広げて羽撃かせている。
背中に乗っている二匹も、心地好いくらいの風を全身に受けて、涼しそうにしていた。その間に眼下に見える景色も、先程までとは比べものにならないくらい速い速度で変わっていき、徐々に緑色の植物も見えてきた。
「ルエノくんにポアロくん。あれが砂地と緑が混在する町、ヴェロンだよ」
エルバが指す方に視線を向けると、一面砂だらけだったサンザードとは違い、砂の黄土色と植物の緑色がそれぞれ窺える町が見えた。家などの建物もサンザードよりは数が多いようであり、砂ではなく石で造られた物が主だった。上空から見てもこれと言って目立った物はなく、一般的な町のようである。
「それじゃ、あの町の入り口に降りるから、しっかり掴まってなよ」
先に二匹に注意をした上で、エルバは着陸するべく体勢をゆっくりと斜め下に向けて降下し始めた。乗っている二匹が苦しくないように、緩やかな傾斜のままで――。
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二匹が考えていた予定よりも早く着いた目的地の町――その名はヴェロンと言う。通りにはポケモンがたくさんいて賑わっており、観光用の露店なんかも見られる。早く着いたのも全て、エルバのおかげであった。
町に入った二匹が現在何をしているかと言うと、一軒の喫茶店の中にいた。木製の一つの円卓と三つの椅子――この一セットが六つ程あるこじんまりとした店ながら、その席は訪れる多くの客でほとんど埋まっていた。
そもそもここにいる理由は、エルバに待っているように言われたからである。何でも、ブーバーの身柄を引き渡すのだとかいう話であった。
特に何か飲み物を頼むでもなく、ぼんやり考え事をしながら待ち続いていると、来店を告げるドアのベルが鳴り響いた。ウエスタンドアともスイングドアとも呼ばれる、真ん中を押し開けるタイプの扉が開いて中に入ってきたのは、二匹の待っていたエルバである。
「ごめん、待たせたね。何か適当に注文してくれてれば良かったのに」
「あ、でも僕たち、お金持ってないんで」
ルエノは苦笑いを浮かべながら、リュックを抱き抱えた。少し恥ずかしそうに俯いている辺り、その言葉に嘘はないようである。
「そんなの俺が払うから、気にしなくていいよ。マスター、モモンジュースを二つ頼む」
「はーい。少々お待ち下さーい」
一瞬きょとんとした表情を見せるも、エルバは軽く笑って気さくに注文をするべく声を上げた。その声に反応したのは、少々甲高い声であった。
それからしばらく経って、液体の湛えられた器が二つ乗っている円形のお盆を持って、一匹のポケモンが三匹のテーブルまでやって来た。
体色は白く、耳の部分や背中から尻尾にかけて水色のラインがあり、頬には電気袋のあるリスのような姿。パチリスと言う種族である。
「お待たせしました。ここに置かせて頂きますね」
ちょっと背伸びをして、パチリスは高いテーブルの上にお盆を乗せた。そのお盆の上からは仄かに甘い香りが漂ってきて、とても美味しそうである。
「どうぞごゆっくり……。小さい店主だなんて言わないで下さいな」
じっと見つめているルエノの方を向いて、自虐混じりの事を微笑みながら言うと、パチリスはカウンターの方に戻っていった。
「さあ、遠慮しないで飲んでくれ」
エルバは手を前に優しく差し出すと、遠慮がちにしている二匹に飲むように勧めた。目の前に持って来ながらも、飲んでいいのか戸惑っていたポアロは、満面の笑みを見せながらお礼を言って飲み始める。一方のルエノは、未だに遠慮しているようで、器をお盆に乗せたままである。
「遠慮する必要なんか無いって。もし甘いのが苦手なら別だけどな」
「いえ、そういう訳では。では、ありがたく頂きます」
申し訳ない気がしながらも、遠慮し過ぎるのも良くないと思い、ルエノは好意に甘える事にする。ジュースを一口運んだところで、一瞬驚いたような表情になった後、自然と明るい笑みが零れる。
「喜んでもらえたようでよかったよ。飲みながらでいいから、話を聞いてくれないかな」
二匹が美味しそうに飲んでいるのを嬉しそうに眺めながら、エルバは一つの小さな巻物を取り出して、テーブルの上で広げた。ポアロは興味深そうにじっとその巻物を見つめている。
「ねえねえ。魔法について教えてくれるの?」
「ああ。とりあえず簡単にだけ説明しようか。一応ルエノくんは知ってるかもしれないけど、この世界に存在する魔法。これには、俺達ポケモンが持つ
属性と同じように、属性というものがあるんだ」
エルバは口頭で簡単に説明しながら、より理解しやすいようにと、広げている巻物のある一カ所を指し示した。ポアロもそれを追い掛け、円形に文字が並んでいるのをじっと見つめる。
「ポケモンが持つものよりは少なく、その属性は炎・水・雷・風・草・氷・土・鋼・光・闇の主に十種類。これが基本だ。そして次は、魔法を操る者について。俺はさっき“まどうし”と言ったが、一口に“まどうし”と言っても、発音が同じでありながら微妙に違ってくるんだ」
先程の文字と図の書いてある場所から指をずらし、今度は細かく文字が書いてある部分を指して説明を続ける。
「まずは、
魔道士。一般に魔法を使う者という意味で、宮仕えだったりするんだ。次に、
魔導士。これは魔法を使い熟しながら、研究や探求をする宮仕え。最後は、
魔導師。魔法を使い熟すという点では
魔導士と同じなのだが、こちらは弟子を持ったり出来るマスター的存在なんだ。まあ、基本的な事は、ざっとこんなものかな」
一通り説明を終えたところで、エルバは巻物を巻き直して片付けた。話を聞き終えたポアロは、憧れと興味を抱いたような眼差しでエルバを見つめている。
「それでだ。俺が何をしていたかは、一応話したよな?」
「ええ。指令を受けて、お尋ね者のブーバーを捕まえていたんですよね? でも、指令ってどういう事ですか?」
「そうだ。それについても今、話そうと思ってたんだよ。この世界にはそもそも、魔法を扱える者はそれ程多くはいない。比率で言うと、全ポケモン数の一割にも満たないんだ。それで、重宝される俺達を出来るだけ固めようと、それぞれの国家は国に一つ、“まどうし”の集団を結成する事にした。俺はその集団の一つ、“リベロン”というところに所属してるんだ。因みに俺は、さっき二番目に紹介した
魔導士に当たる地位にいるんだ」
エルバの話を簡単に纏めると、彼はある国家が結成した“まどうし”集団に所属していて、ブーバーを捕らえるように国から指令を受けてやって来たという事になる。
「
魔導士って事は、エルバさんってすごいんだね!」
「んっ。まあ、
魔導士くらいなら、結構いるんだけどな。
魔道士を養成する為の集団でもあるからな」
全体的に長かった説明を終えたところで、エルバはテーブルに置いてあったコップ一杯の水で喉を潤わせた。話せる事は話しきったという事で、一息ついたといったところである。しかし、ルエノにはまだ説明してもらっていない大きな疑問が一つ残っていた。
「あの。それで、その事が僕と何か関係があるんでしょうか?」
出会った時の反応とこの流れで来れば、魔法関係の事であるのは間違いないが、一応確認の為にと言う事でルエノは切り出した。それを聞かれる事は想定内のようで、エルバは軽く頷いて口を開いた。
「ああ。実は最近、リベロン内の
魔道士の数が少なくなってきているんだ。過酷な任務があったりするのが原因だったりもするんだが……。そこでだ、ルエノくんには是非ともリベロンに来て欲しいんだ」
「僕がですか? 誘って下さるのは嬉しいですし、行きたいのですが、僕なんかがいいものか疑問です」
エルバの突然の勧誘に表情を明るくするルエノだったが、すぐに俯いて暗くなってしまった。「嬉しい」「行きたい」というこれらの言葉も、決して嘘ではないのだが、“仲間”に出会う――延いては仲間として参入するのに躊躇いを感じていたのである。
「悪いなんて言う訳ないじゃないか。だって、君さえ良ければ、俺が君を推薦するつもりだからね」
「ほ、本当ですか? それならば、是非行ってみたいです」
「よし、これで決まりだな。それじゃ早速で悪いけど、この町を出るよ」
急な展開に呆然としているルエノを尻目に、エルバはそそくさと立ち上がると、店主のパチリスに代金を払いに向かった。素早く払い終えると、二匹を手招きして店の外へと出ていった。
「ルエノお兄ちゃん! 早く行かないと置いていかれちゃうよ!」
「そんなに焦らなくても大丈夫だよ」
興奮気味のポアロが急かすように跳びはねてるのに対して苦笑を浮かべながら、ルエノはパチリスに一礼して、エルバに続いて店を後にする。
相変わらず強い日射の下に出ると、エルバは再びルエノ達の方に背中を向けて待っていてくれていた。大きな翼を数回羽撃かせて離陸の準備をしている。
「最後にもう一度聞くけど、本当にいいんだね?」
「はい。そこに行けば、僕が探してる何かが見つかるような……そんな気がするので」
ルエノの真っ直ぐな瞳を見てその意志を再確認したエルバは、優しく微笑みかけると、再び前に向き直った。そろそろ出発するという合図だと受け取ったルエノとポアロは、尻尾を伝って背中に乗る。
「では、出発するぞ!」
エルバが首を捻って再度後ろを向き、声による合図を送るのに対し、ルエノは静かに頷いて了解の意を示す。しっかりとしがみついたところで、今度は空高くまで一気に上昇し、西の方角へと向かって飛んでいくのであった。