Predication-6 “せいれい”との出逢い
天気こそ快晴のまま変わらないものの、その代わりに風の移り変わりが激しい砂漠という地帯。しかし、いつもはあらぶっている風の神も、今は至って穏やかなようで、歩くには差し障りのない状態であった。
「ねぇ、ルエノお兄ちゃん。この先を歩いていくとね、サンザードよりも大きな町があるんだよ!」
だだっ広い砂丘を進む二つの影の内、一つは足取りも軽く、浮き浮きとした様子で先を歩いていた。ポアロは外の世界に旅に出る事――殊にルエノと一緒にいる事が大きいのだが――が余程楽しいらしい。
「ふーん、そうなんだ。僕はあんまりこの辺の事詳しくないから」
じりじりと照り付ける直射日光にうんざりしているのか、ルエノはリュックで日陰を作って歩き続けていた。さすがに本が入っていて重いのか、腕が疲れた時はリュックを担ぎ直して、陽射しを我慢していた。
そうして新たな町を目指してサンザードを出てから幾何(いくばく)も無く、景色は徐々に変化し始めた。
相変わらず陽炎がゆらゆらと見え、黄土色の砂紋が一面に広がって荒涼としていた砂だけの道に、時おり小さな礫や岩石が見られるようになる。一切の生命の営みを許さなかった不毛の大地には、僅かに枯れた色の植物が現れ始める。水の蒸発を防ぐ為に枯れたようになっているだけであり、ちゃんと生きている。ようやく、別の生命(いのち)が発見出来たと言える。
「ルエノお兄ちゃーん! 早く付いてきてよ!」
「はは……元気がいいなぁ、ポアロくんは」
苦笑いを浮かべながら、ルエノは手招きされるがままに駆け足でポアロに近づいていった。こんな賑やかな旅も悪くないかな――そうぼんやりしながら考えていた時、突如突風が吹き抜け、予期せず襲い掛かってくる砂嵐に足を止めた。両腕で目を保護しながら耐え抜き、止んだと思ってうっすらと目を開けた時に飛び込んできた光景に、ルエノははっと息を呑んだ。数歩ほど前にいるポアロも、目を皿にして立っている。
二人の目前に広がる広大な砂漠の上に、対峙する二匹のポケモンの姿があった。目は赤いカバーのような物に覆われており、菱形に似た二枚の翼と、その翼の形に先が似ている長い尻尾を持つ緑色のポケモン――フライゴンと、全身が煮えたぎるような炎のような赤と黄色の体色をしたポケモン――ブーバーである。
暫し睨み合って、二匹は両手を突き出して構え続けた。互いに敵意剥き出しで、今にも飛び掛からんとする程である。その緊迫した状況の中、先に動き出したのは、ブーバーの方だった。
息を胸一杯に吸い込んだ後、そのアヒルのような口を開けて、煙のような紫色のガス――“スモッグ”を吹き出した。広範囲に流れていく有毒な煙霧は、徐々にフライゴンに迫っていく。
対するフライゴンは、余裕そうに笑って見せると、自慢の翼を一度大きく羽撃かせた。翼を持つ者にとっては何気ない行動。その一回の羽撃きから歌声のような羽音とともに生み出される疾風は、地上の細かい砂を巻き上げ、砂塵を巻き起こして“スモッグ”を吹き飛ばしていった。先程の突風も、その正体はこれだったのである。
その砂塵――“すなあらし”に乗って身を隠しつつ、フライゴンは右手を振り上げ、急降下して接近した。一方で、“すなあらし”に視界を奪われ、ブーバーはフライゴンの接近に気づいていない。腕で目を守りながら、歯を食いしばって立ち尽くしているしか出来なかった。
そのままの勢いで眼前まで迫った時に、フライゴンはその右手に力を込め、紺色に光り輝く鋭い爪を振り下ろした。ようやくそこまで来て気づいたブーバーは、フライゴンの攻撃に対抗すべく、左手の拳に更なる炎を纏わせ、勢い良く突き出す。
ぶつかり合う紺色の爪と赤い拳。最初こそ押し合うものの、溜めがない分ブーバーが押され気味になり、遂には耐え切れずに弾き飛ばされた。
一回、二回と背中を打ち付けられては浮き上がった後、砂との摩擦を生じながら慣性に従って地面を滑っていくブーバー。そこに追い撃ちをかけようと、フライゴンは再び翼を強く羽撃かせながら接近していくが、上体を起こしたブーバーが吐き出す直線的な真っ赤な火炎に阻まれ、上昇してかわさざるを得なくなった。
「うわぁ、すごいね。もっと近くで見ようよ!」
「あっ、ちょっと! ポアロくん!?」
緊迫した二匹のバトルを見守る中で、ポアロが突然歓喜の声を上げ、そろそろと近づいていった。制止も聞かずに呆れつつ、ルエノも気づかれないようにしながら、慌ててその後を追いかけるのであった。
「ほう。やっぱり一筋縄じゃいかないか」
腕組みをした状態で宙に浮かびながら、フライゴンはブーバーを見下ろしていた。未だに余裕の表情を崩していない辺りからも、余力は充分に残しているようであった。
「当たり前だ。こんなところで捕まって、たまるか!」
強烈な一撃を喰らって切羽詰まった様子のブーバーは、全てを言い切ると同時に、“大”の字の形に纏まった巨大な炎塊を放った。周りの空気を巻き込んで対流を生み出し、赤々と燃え盛りながらフライゴンに向かって飛んでいく。
「“だいもんじ”か。威力も申し分なさそうだ。だが――」
フライゴンは相手の攻撃を認めた上で、最後に否定の言葉を口に出した。不敵な笑みを浮かべて右手を前に突き出し、何やらぼそぼそと呟き――否、“唱え”始める。
一秒足らずで唱え終えると、突き出している手の先で瞬時に巨大な球形の空気の塊が出来上がり、“だいもんじ”と真正面からぶつかった。その衝突により、まさしく雲散霧消とばかりに、“だいもんじ”は相殺されてしまった。
「な、に……?」
自分が持つ最大技を易々と打ち破られ、呆気に取られた様子のブーバーに、容赦なく二撃目の“空気弾”が放たれた。かわそうと身を捩らせるが、それを予測していたかのように僅かに軌道が逸れ、直撃を喰らった。そのままブーバーは、砂のベッドに沈み込んで眠るかの如く、気絶して動かなくなった。
「ふぅ、これでようやくおとなしくなったか」
フライゴンはそっと地上に降り立ち、ブーバーが気絶している事を確認して縄で縛り上げた。腕も足も拘束し、完全に身動きが取れないようにしたところで――
「うん? 君たちは?」
ピカチュウとピチューの二匹組――ルエノとポアロに気づいて振り向いた。それに驚いたルエノは、びくっと身を縮こませた後、咄嗟に身構える。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。何かしようなんて考えてないから」
フライゴンは捕縛したブーバーを一旦地面に下ろすと、両手を上げて敵意が無い事を示した。その表情も優しく笑っており、ルエノもほっと胸を撫で下ろして構えを解いた。
「ねぇ、フライゴンさん! そのブーバーさんは? それと、さっきフライゴンさんが出してた不思議な力は何? 魔法なの?」
今までも全く臆していた様子は無かったポアロが、とことことフライゴンの足元に近づいていって興味津々の顔つきで話し掛ける。
「さっきのバトルを見てたのか……。こいつはちょいとしたお尋ね者で、捕まえるように指令を受けたんだ。しかし、魔法を知ってるという事は――まさか君も使えるのかな?」
「ううん。あそこにいるルエノお兄ちゃんが使えるんだよ!」
「魔法」という単語にフライゴンは驚倒した面持ちで問い返した。ポアロがそうであったように、魔法とは普通のポケモン達には知られていないものである。だからこそ、あのバトルを見ただけで魔法だと推測されたというだけで、驚愕の事なのであった。
そんなフライゴンの思ってる事などは知らないポアロは、返ってきた質問に対し首を横に振ると、少し後ろにいるルエノを指して答えた。
「ちょっと、ポアロくん――」
「そうか、君の方が……。つまり、君も“まどうし”なんだな?」
「あ、いえ、その……。はい、そうです」
落ち着いて柔和な微笑みを浮かべていた顔が一変して、フライゴンは目の色を変えて駆け寄った。その勢いに押されてか、ルエノは伝道士である事は伏せて、ややまごついているように首を軽く縦に振り、肯定の意を示す。
「そうかそうか。君も仲間って訳だ……。良ければ落ち着いた場所でゆっくり話を聞きたいから、俺と一緒にこの先の町まで付いてきてくれないか?」
「は、はぁ……」
「よし、決まりだな。それじゃ、俺の背中に乗ってくれ」
にっと笑って見せると、フライゴンは再び両手でブーバーを抱え、背中を二匹の方に向ける。乗りやすいようにと、その長い尻尾で上りやすくしてくれている。
空を飛んでいくらしく、その事が楽しみなポアロは躊躇する事なく飛び乗るが、ルエノは些か戸惑っているようであった。気さくな感じで、悪い人(ポケモン)には見えないが、本当に信用していいものかと考え込んでいたのである。
「心配しなくても大丈夫だ。ちゃんと町まで送っていくから――って言ったって、確かに怪しいかもな。とりあえず、まだしてない自己紹介といくか。俺はフライゴンのエルバ。これでも一応“まどうし”なんだ」
ルエノの心境を察してか、安心させるように簡単に自己紹介をするフライゴン――エルバ。終始笑顔は崩さず、先程の戦いの際に見せていた険しく威圧感のある形相は、その面影すら無かった。
「ではこっちも改めて。僕はルエノと言います。そして、そっちのピチューは――」
「ポアロって言うんだ!」
相手に自己紹介されたからには自分もしようと言う事で、ルエノはペこりと頭を下げた。続けて背中に乗ってるポアロも、ルエノが紹介しようとするのを遮って、元気に自分で名前を告げる。
「ルエノくんにポアロくんか……。しかと覚えておくよ。それで、どうするのかな?」
「はい。僕もいろいろと知りたいので、是非お願いします」
ここでようやく警戒心も解けたようで、ルエノは再度頭を下げた。心做(こころな)しか、その表情には笑顔が窺える。
「そうか。それは嬉しいよ。それじゃ、早速背中に乗ってくれ」
「あ、はいっ!」
翼を斜め上に向けて飛び立とうとするエルバの背中に、慌ててルエノは飛び乗った。ルエノが乗ったのを確認するとエルバは、大きく翼を羽撃かせて大量の砂を吹き飛ばしながら灼熱の陸上から飛翔して、町に向かって飛んでいくのであった。