Predication-24 手配書の中身
見渡す限り黄土色の砂で埋め尽くされた広大な大地。白い浮雲が視界に一欠けらも映らない晴れ渡った青空。衰える事無く大地に灼熱を伴う明かりを供給し続ける太陽。この三つが示すものは一つ。ドンメルの魔法で降り立った先は、一見クロスクローバーと変わらない砂漠地帯だった。日光の激しい照射で熱を大量に含み持った足元は、長時間立っていればじゅうじゅうと音を立てて足の裏を焼きに掛かるのではないかと言う程に熱い。決して踊りたいわけでも嬉しいわけでもないのだが、ルエノとオスロは何とか熱から逃れようとこまめに動き回るしかなかった。しばらく小躍りを続けて疲れが見えてきたところで、エルバが二匹を抱きかかえて空に飛び上がった。
「砂漠に慣れてきたとは言え、こいつはちょっと強烈だな」
「僕もここまでの熱さには正直びっくりしました。エルバさん、ありがとうございます」
「なーに、お礼を言われるほどの事じゃないさ」
予期せぬ洗礼を浴びたところで、今度は上空から落ち着いて景色を見渡す。いくつも連なった小高い砂山のせいで見えなかった部分が、角度を変えた事でようやく捉えられた。太陽が昇ってきた方向には、地面の黄色い砂岩で造られた建物で埋め尽くされた町が広がっている。都市と言うには小規模な民家の集まりであり、遠目から確認する限りではポアロの故郷と変わりは無い。上から見て良く分かるのは、迷路のような町並みとポケモンの多さであった。クロスクローバーほどの多さではないが、町の規模にしては密集している。
いきなり空から舞い降りて目立ってしまうのを恐れ、離れたところに一旦着地してから徒歩で訪れる事にする。熱砂に降り立つのには勇気が要ったが、実際に足を付けてみると取り越し苦労だった。火で炙られた鉄に触れるような感触はそこにはなく、乗っているのが心地良いくらいの冷たさであった。ルエノも思わずエルバに訝しげな表情で視線を送る。
「この町には特殊な魔法が掛けられていて、その周囲にも効力が及んでいているんだ。さすがにこんなに熱くちゃ地面を歩くポケモンも参っちゃうからね。砂を冷却するような、熱を奪う魔法だよ」
「それでこんなに心地好いんですね。これは知りませんでした」
目の前の町に踏み入れるに当たって、有益な情報と状況を得たところで、ルエノは一番重要な事を思い出した。しかし、エルバとオスロがそそくさと町に入ろうとしていた矢先で、付いていく事に考えを切り替えた瞬間に頭から消えてしまった。近くにいた住民に持っていた地図を見せて現在地を改めて確認する。町名はサナレーナと言い、クロスクローバーの南東に位置している。これと言って突出した高さの目立つ建物もなく、家も屋根を持たずに直方体の形状をしている。壁面も一様に飾りも色もなく、民家ごとの相違点を挙げるのには苦労しそうである。そのうえ入り組んでいるとあっては、子供が迷子になってしまっても無理はなさそうなものだ。
「さっき魔法が掛かっていると言っただろう。あれは過去にリベロンの
魔導士が施したものなんだよ。それはそれは偉大な存在で、俺も憧れたものさ。この情報はリベロンの者か昔からあの町に住んでいる者しか知らない事実だけどね」
散歩がてら追加の情報をエルバが口にする。リベロンに来て間もなく、創立の歴史や所属していた者に関する知識に乏しいルエノは相槌を打つくらいしか出来ないが、エルバの言葉一つ一つから窺える羨望に似た思いはしかと受け止めていた。そしてリベロンに帰ったら過去にいた魔道士達について調べようとも思った。あれほど熱かった砂を、この広範囲に渡って、しかも時を経ても持続させているとなれば、並大抵の実力でない事は明らかだったからである。
「そうだ、ルエノくんにはまだここでの任務を伝えてなかったね」
何か引っかかっていた重要な事がここでようやく分かった。目的地に着いたは良いものの、まだ何をするのか聞いていなかった。当たり前の事を忘れていて気恥ずかしくなるが、それも流れに身を任せたからだと割り切って、黙って続きを聞くことに徹する。
「実はこの町に、ある魔導士が逃げ込んだとの情報があったんだ。それも結構手強い奴のようで、君とリードが相手にした二匹の比じゃないそうだ」
ルエノに戦う気が無かったとはいえ、炎の魔法には苦戦させられたヤルキモノを思い出す。それよりも強い魔法使いとなれば緊張するのは当然のことであり、ルエノはいつの間にか口を堅く閉じていた。オスロの表情が窺えないのも沈黙しているのも慣れてきたが、その平然とした態度が余計に緊迫した空気を重くしていた。
「そのポケモンを捕まえるのが今回の任務というわけですね?」
「そう、その通り。魔法を使えるポケモンがこの町にはほとんど皆無だから特定するのは簡単だろう。しかし、君達だけでは一筋縄ではいかないだろうと思って、今回は同伴したんだけど、基本は君達に任せるからね。好きに探してもらって構わないよ」
ルエノの心境とは正反対にエルバは至って慎重だった。あくまでもサポート役に徹するらしい。ルエノ達の腕を買っているのか試練を与えているのかは分からないが、心強い一方で思惑が窺い知れないのも確か。言いようのない不安は心の奥に押し込め、今は目先の事に集中する事にする。
「分かりました。因みにどんな姿で、どんな魔法を使うとかって分かりますか?」
「それが、魔導士だという事しか分かってないんだよ。おまけに使う魔法も特殊過ぎて分類しづらいと来た」
「対処に困りそうですね。特殊ってのも曖昧ですし。そもそも魔法を全て把握していないので、何とも言い難いんですけど」
人通りならぬポケモン通りの多いところは極力避け、路地に入って歩き続けていた。どこもかしこも黄土色で埋め尽くされて色彩感覚を失ってしまいそうな上、どの家も窓らしき穴を閉め切っていて中に誰か住んでいるのかさえも怪しい。幸いにもその方が都合が良くてこっちにはポケモンの姿はほとんど無く、警戒しながら散策することが出来る。
「まあ、気を張ってばかりいてもあれだから、気楽で良いさ。もちろんきっちりとやる事はやってもらうけど、休憩がてらあの店にでも立ち寄ってみるかい? お代は俺が持つからさ」
いくつか路地を通ったところでエルバが指し示したのは、軒先に赤と緑を基調にした旗と看板が立っている、ひっそり佇んでいる店だった。悠長にしている場合でもないのだが、宛てがないのならば焦っても仕方がない。先輩のお誘いと言う事もあり、ルエノは二つ返事で了承する。まだ真新しい木製の扉を押し開けて潜ると、広がるのは小さなバーのような空間だった。円卓とカウンターの両方があったが、ルエノ達はカウンターの席に座る。大きい体格のポケモン用の座席も用意されており、気兼ねなく落ち着けた。
「ところで、店の方がいらっしゃいませんけど」
客がいないのはこの際無視するとして、普通ならカウンターに立って客を迎え入れるはずの店主の姿が見受けられない。品を出してから姿を消すならまだしも、最初からいないのでは話にならない。このままでは埒が明かないのでエルバが奥に向かって呼び掛けようと立ち上がる。
「あらあら、これは失礼。お客様がいらっしゃるなんて露にも思わなかったものですから」
床に足を付けていざ声を出そうとしたところで、ようやく三匹以外のポケモンが姿を現した。と思いきや、声がするだけで本人はまだ奥に控えているようである。一応座っているところから覗こうと試みるも、薄暗くて上手く目視出来ない。
「さあ、ご注文は何でございましょう。すぐにお持ち致しますゆえ」
怪しむ隙も与えず、不気味に声だけが聞こえてくる。しかし、一服も兼ねて入店した以上は、何も頼まないというわけにも行かない。壁にはメニューを書いた紙が貼られており、一通り目を通したところで、揃ってオボンの実のジュースを頼む。
「ところであなた方は旅の途中かなんかですか? 付かぬ事をお伺いしますが、ここには何をしに寄ったのでしょうか」
「まあ、ちょっと野暮用でね。捜しているポケモンがいて」
「そうですか。軽く息抜きでもしていってくださいな。魔法を使うポケモンはそう多くはないでしょうし、見つけるのに苦労はないでしょう」
「そうか。ところでこちらも聞きたいのだが、どうして魔法を使う者と断定できたのかな?」
「ここ最近そういうお尋ね者のポケモンが多くてね。この町全体に魔法を掛けているポケモンの所在を調べに訪ねてくる者もいますね。私は知らないので、好きに捜してみてくださいと言うのですが。さあ、お待たせ致しました」
注文した品が用意できたところで店の主は姿を現した。笑みを顔一杯に貼り付けた向日葵のような体をしたその種族の名前はキマワリと言い、葉っぱの形をした腕で器用にお盆を挟んで歩いてくる。
「さあ、お待たせしました。“お盆”です」
「おいおい、俺達が頼んだのはオボンの実だぞ」
「分かってます」
声には抑揚がないのに、表情だけは笑っているから余計に気味が悪い。本人が楽しんでいるかどうかさえも分からない。気まずい沈黙が続いたところで、不意にキマワリが笑い声を上げて裏に引っ込んでいった。残された三匹は互いに顔を見合わせて苦笑する。
「なんか変わった店に来てしまったようですね……」
「そうでもないさ。穴場のちょうど良いところに来たんだ」
破天荒なキマワリの対応を見ても、エルバは至って慎重だった。不敵な笑みさえ浮かべている。それが何を意味しているのか、ルエノには理解しかねる。だが、何も動こうとしない以上は、黙って座っているしかなかった。オスロは大事そうに抱えている骨を擦って手慰みにしていた。そしてさほど待たずして、キマワリが今度はお盆の上にちゃんと液体を湛えた器を乗っけてやって来た。
「はい、今度こそお持ち致しました。どうぞ召し上がれ」
「では、ありがたくいただき――たいところだが」
器を手にとって口元まで持って行ったところで、エルバは再び離してテーブルに置く。散々待たされたところで気分を害したのか、はたまたこの店自体が気に入らないのか。あれこれと恐れるあまり、ルエノとオスロも器に口を付けかけて静止する。
「何故このジュースに“ねむりごな”の成分が含まれているのか、まずはそれを教えてもらいたいものだな」
エルバが意味深な言葉を発した途端に、ルエノとオスロも殺気立った。喉を潤したい衝動をかなぐり捨てて器を放り投げる。素早く席から離れて出口付近まで跳び、三匹が並ぶ形でキマワリを鋭い目つきで見据える。
「あら、そんなに遠慮なさらなくても、ぐいっとお飲みになったらよろしかったのに。一気に夢の世界に飛べますわよ」
「やっぱりな。お前が噂の指名手配犯ってわけか。魔法を使うポケモンがいない町で、私を探し当ててくれと言わんばかりに魔力を放っていたからな」
「だって、いい加減退屈してたんですもの。その為にわざと私が誘い込んだのよ。尤も、このジュースに入っているものに気づかなければ何もしないつもりだったけど」
エルバは最初からこの店が怪しいと勘繰り、今回の標的がいると見抜いていた。気楽で良いと言ったのも、決して任務を忘れろと言う意味ではなく、肩の力を抜いて考えてみろと暗に示していた。魔力を感知する術を知らないルエノ達に代わって、熟知しているらしい先輩のエルバがここまで導いたのである。その事に気づかなかったのには些か恥ずかしさを覚えるが、差し迫った状況を考えれば反省するのは後でも良い。ルエノ達も気を引き締めて今は目の前の敵に集中する事にする。
「さあて、お手並み拝見と行きますかねえ。“マダム・フルーティー”と呼ばれるこの私相手に、どこまでやれるのかをねえ!!」