Predication-23 オスロとルエノとエルバと
ストライクと一戦を交えた任務から帰還して、早三日が経過していた。ルエノとポリマは大した怪我もなく、無事に終える事が出来たのはまさに幸運であった。一通りの事情をエルバに話してはみたが、気難しそうな顔をするばかりで、特にこれと言った情報もなかった。何はともあれ二匹はひとまず休息を得ることが出来、リベロンに戻ったことで本当の意味で落ち着けた。村に置いてきたストライクの事は気がかりではあるが、あれこれ勘繰っても仕方がないと割り切って、与えられた休みを有効活用することにする。しかし、ルエノにはその一件よりも気になる事が浮上していた。
「あの、オスロさん。何かご用ですか?」
魔道士仲間の一匹であるカラカラのオスロが、監視でもしているかのように付き纏っていることである。目障りではないのだが、いかんせん四六時中近くにいられては、気が気ではなくなってしまいそうなものである。話でもしたいのかと思って声を掛けても、静かに首を横に振るだけで、声を発することすらない。書庫で文献を漁って読もうとしている時にも正面に座って眺めてくるだけで、ルエノとしても困り果てていた。
「オスロさん、何か飲み物でも取ってきましょうか? ずっと僕についていると退屈で疲れるでしょう」
一応気を遣ってはみても、オスロはまたしても素っ気無く断った。構われるのが嫌なのか、本当に要らないのかは定かではないが、これまで一緒に任務をこなして来た誰よりも接するのが難しかった。行動の真意が分からない事が余計にもどかしく、それでも不思議と力ずくで引き離したいとも思わなかった。ポアロがルエノと一緒に過ごそうと思って姿を現しても、密着しているオスロのせいで、思うように話し掛けられずにいた。
「オスロさんは何をしてるの? ルエノお兄ちゃんに言いたい事があるなら、はっきり言えばいいのにさ」
痺れを切らしてポアロからも質問を飛ばした。だが、近距離で声を掛けたにも拘らず、これもまた無反応だった。本を読んでいる者の前で骨を握り締めて凝視している様子は、とてもではないが普通とは言えない。監視の任に就いているのではないかと思わざるを得ないほどに執着している。そして頑なに答えようとしない。
「じゃあ、ちょっとここを出ようか。ずっと読書してるのも何だからね」
こうも意味なく篭りっきりでは精神的に参ってしまうと思った。別段用があったわけでもなく、気晴らしに散歩をする事にする。オスロが付いて来るのを前提で提案すると、ふてくされていたポアロも機嫌を取り直す。ポアロとしてはルエノと一緒に行動できれば問題ないようであった。こうして奇妙な組み合わせの三匹は図書館を後にする。
「オスロさんって無口なんですね。僕も普段からそんなに話す方ではないので、少し似ているかもしれませんね」
何とかきっかけを作って慣れてもらおうと努力してはいるが、結果として空回りとなっていた。目的の無い単なるそぞろ歩きとなっており、ルエノとポアロが言葉を交わすことはあっても、オスロは相変わらずだった。だが、オスロの奇怪な行動も、とある部屋の手前まで来たところで終わりを告げた。
「任務、見よう」
出会った当初から振り返っても、ルエノの前で発した第一声がそれだった。言いたい事が理解できないわけではないが、唐突に話し掛けられたのは予想外で対応が追いつかなかった。幾度も顔を出したことがある場ではあるが、オスロとだとこれまで以上に妙に緊張してしまっていた。
「早く」
オスロはルエノ達の事情など構う事無く我先にとドンメルとパッチールのコンビに近づく。張り切っている様子の彼を放って置く気にはなれず、二匹はその背中を追う形となった。中ではドンメルとパッチールが今日ものんびりと机の前で構えている。パッチールの方は頬杖を突いている辺りは、暇な時間を過ごしているのだと容易に分かった。
「はいはい、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。今日も任務は選り取り見取りある」
「本当は最近少なくなってきてるんだけどねー」
掲示されている紙の数を確認すると、最初にリードと訪れた時よりも目に見えて減っている。誰の目で見ても変わらない事実である。疑問に思ったのはルエノでもオスロでもなく、ポアロの方が先だった。
「多いの少ないのどっち? それって良いの悪いの?」
「多少は平和になっているって意味では良いんだろうけどね。でも暇が出来すぎちゃうのも僕たちにとっては少々痛手かな」
「ふーん、そんなもんなんだ」
分かったのか分かっていないのか、簡単な返事で済ませた。オスロも積極的に喋る方ではないため、何とも言えない沈黙が支配する。気まずいわけではないが、話題を失って続けられない類のものである。オスロが次々と資料を確認している一方で、ルエノ達は手持ち無沙汰になって立ち尽くしてしまう。すると、そこへタイミング良く澄んだ音色が流れてくる。反射を繰り返して振れ幅が変わり、幾重にも響いてくる金属を打ち付けた音は、まさしく鐘の音であった。清らかな音色でありながら重厚さがあり、いつまでも続く余韻は後ろ髪を引かれるような印象さえ抱かせる。ポケモンのわざに存在する“やすらぎのすず”ほど澄み切った音ではないが、心が安らいでやる気が満ちてくる。
「あれ、この音って頻繁に聴く気がするんですけど、しっかり聴いたのは初めてです。何か理由があって鳴らしているんですか?」
「うーんとね、眠気を覚ます効果が魔法で付加されていたんだったかなー? 細かい経緯は知らないんだけどさ、とにかく特殊な鐘らしいよ」
「そういえば、確かにこの音色を聴いていると眠気が吹き飛ぶような感じがしますね。しかし、魔法によってそんな風になっているとは思いもよりませんでした」
「そりゃあそうだよねー。どうやらリベロンに所属するポケモン達がきびきびと働けるようにするためらしいけど。あんまり関係ないかなー」
説明をしている傍からドンメルはあくびを一回。つくづく“マイペース”なのだと思いつつ、ルエノからも笑みが零れる。鐘の音のお陰で心が晴れやかになったためか、不思議と図書館に篭っていた頃の鬱屈さも綺麗さっぱり消えていた。改めて効果を実感したと同時に、まだまだリベロンには知らない事があってわくわくしている自分がいるのをルエノは感じていた。
「これ、行こう」
ここまで来てオスロの存在をすっかり忘れていたが、その短い言葉と握り締めていた紙で目的を思い出す。ここに来たのはもちろん任務を確認するため。しかし、ふと直前のオスロの言葉を反芻してみると、納得がいかない部分が出て来る。
「『行こう』って、もしかして、僕とですか……?」
「そう。だからずっと一緒にいた」
ようやく謎が解けた。だったら一言でも言ってくれれば良かったのに、と言いたくなったが、それもオスロの個性なのだろうと思って言葉を呑んだ。ただ、あまりにも無表情なのはやや物悲しくもある。その事はおくびに出さないように取り繕いつつ、改めてオスロが選んだ任務を確認しようとする。
「おやおや、随分とすごい任務を選んだようだね」
ルエノが書かれている文字を読むよりも先に、背後から落ち着きのある低めの声が聞こえてきた。赤いレンズの奥の瞳には優しさを湛えているそのポケモンは、一度の羽ばたきでオスロの脇まで飛んでいくと、やんわりと地上に降りて依頼書を手にとって眺め始める。
「エルバさんも気になっているほどのものなのですか?」
「まあね。それだけ危険が伴うと言うか、少し特殊な相手だからさ。オスロ、本当にこれに行く気なのかい?」
エルバの問いかけにオスロは迷う事無く黙って頷いた。オスロとしても遊び半分で選んだつもりはないらしい。表情にこそ変化は見られないが、そこにはしっかりとしたオスロの意志が感じ取れる。エルバも最初から承知の上での言動であった。
「よーし。分かった。オスロが本気で行くなら、俺も同行しよう。これは見習い魔道士だけじゃ大変だろうからね」
しかし、オスロ以上に乗り気になっている事は予想外だった。いつもはルエノ達の任務に出かけるのをリベロンから見送るだけだった。帰ってきてもさして心配する様子もなく、笑顔で出迎えることが多い。それは暗に新人だけでも安心して送り出している証拠でもあるのだが、今回ばかりはそう簡単には行かないようである。張り詰めた空気でもそれは充分に察せる。
「そういうわけでよろしく。ま、そんなに気張らなくても良いさ」
シリアスな雰囲気を纏っていたのはほんの僅かな間のことで、すぐさま調子を戻していた。急変ぶりには驚かざるを得ないが、どちらが本意なのか分かりかねた。だが、今はそんな事は頭の片隅にとどめる程度にしておく。オスロがどんなポケモンなのかを知る良い機会でもあり、エルバの実力を再度目に出来るチャンスでもある。ルエノとしても不満は無いため、目を輝かせてついて行くと言う思いを伝える。エルバもそれを拒むつもりは毛頭なかった。
「道中でルエノくんに聞きたい事もあるから、覚悟しておいてね」
確かに拒みこそしなかったが、不敵な笑みと共に意味深な言葉を残した。今すぐにでも聴きたい衝動に駆られるが、既にドンメルに移動の準備をお願いしていてそれどころではなかった。着々と事は進められ、エルバとオスロもルエノの近くへと寄って来る。ポアロはパッチールが面倒を見てくれるようで安心しつつ、すっかりお馴染みとなった眩い光に包まれ、独特の浮遊感の伴う移動を開始するのだった。