Predication-18 勝負の方法と決着
廊下を猛然と駆け抜けるモーノとポリマとは距離を置くようにして、ルエノはその足を前へと進めていた。普段なら二足歩行で間に合うものも、今ばかりは全ての足を使って駆けなければならなかった。脇目も振らず走っていく二匹の背中を追いかけつつ、徐々に不安が募っていった。しかし、それはある角を曲がった辺りから逆に失せ始める事となった。
二匹が急な方向転換をして入った先は、心もお腹も満たされる空間――良い匂いが充満している食堂だった。今にも戦いそうな雰囲気の二匹が駆け込んだ場所が場所だっただけに、ルエノは二足に戻ってそっと中を覗いた。昼食の時間はとうに過ぎており、閑散とした室内には二つの叫び声がこだましていた。
「おばちゃん! 例のやつ用意して!」
「おやおや、また喧嘩かい? すぐに準備するから、ちょっと待っとくれ」
ピッピのポリマが急き立てるように声を荒げる先には、耳と手足の部分が黒い毛に、それ以外は紫色の毛に覆われ、頭部と腹部には黒い真珠があるポケモン――ブーピッグが片手にフライパンを持って立っていた。意志を読み取ったのか、ブーピッグはせかせかと厨房の方に引っ込んでいった。
「あ、あの、モーノにポリマさん。争うのは止めましょうよ」
「いいや、オイラはポリマが参ったって言うまで止めない」
「私だって! あんたが謝るまで謝るつもりはないから」
両者は火花を散らしつつ、一つのテーブルに向かい合わせになるように座った。あくまでも譲るつもりは無いらしく、腰を落ち着けてもまだ心の方は落ち着いてはいなかった。座ってもなお体を揺すっており、ルエノの事など眼中になくイライラしているようだった。
「ほら、持って来たよ。このくらいで良いのかい?」
張り詰めた空気を裂くようにして、ブーピッグが白い大皿を抱えて現れた。その皿の上には、二つで一セットになって成っている赤く丸い木の実――クラボの実が山のように積まれていた。一つも落とす事なく二匹のいるテーブルの上に置くと、溜息を吐きながら後ろに退いた。
「後は勝手にやってちょうだい。邪魔は入らないだろうし、私も引っ込んでるよ」
「ありがとう、セルドさん。ちょっと騒がしくなるかもしれないけど」
怒りを前面に押し出していたとは思えない程の微笑みを浮かべ、ポリマはブーピッグに軽く会釈した。二匹の間柄を知っているからか、ブーピッグのセルドはそれ以上何も言わず、口元に優しい笑みを湛えてその場を離れていった。
「さてと、準備は良いか?」
「ええ、もちろんよ」
改めて互いに向き合って、不敵な笑みを見せた。何が起こるのかと固唾を呑んで見守っていると、二匹は頷き合うと同時にその手を皿に向かって伸ばしていった。
『よーい、ドン!』
大きな掛け声と共に、二匹はクラボの実を掴んで口に運んでいった。もちろんただの食事のスピードではなく、次々と押し込むような、早食いの勢いだった。緊張していたルエノも呆然としてしまった。
「け、決着の着け方って、もしかして早食いなんですか……」
力の抜けたルエノがその場に座り込んでいく間も、二匹は無我夢中で木の実を口に放り込んでいた。もはや味を楽しんでいる余裕も、ましてやルエノの呟きに反応する余裕も無かった。年季の入った木製のテーブルに汁が飛び散り、赤い染みが出来ていく。形振り構わないその姿は、まさに闘争心剥き出しだった。止めに入ろうとしたところで詮方無く、ルエノはただ成り行きに任せる事にした。
「――っ! か、辛ぇぇぇ!」
主要な味が“辛味”であるクラボの実を食べ続ける事に先に根を上げたのは、顔中から汗を噴き出して目に涙を浮かべているエイパム――モーノだった。大口を開けて息を吸い込み、何とか刺激を和らげようと必死になっている。
「モーノはまだまだね。これくらいで限界なんて、私には一生勝てないわよ」
同じ量を食べていると言うのに、ポリマの方は汗一つかかずに平然としていた。圧巻の食べっぷりにルエノも何と言って良いのか分からず、ただ言葉を失っていた。
「変なところを見せちゃったわね。実はこの我慢比べがリベロン内での揉め事を丸く収める一つの解決法なのよ。誰が考えたか知らないけど、これだったら誰も傷つかずに穏便に済むと思わない?」
「は、はあ。確かに平和的解決ではありますよね」
いろいろ突っ込みたいところもあったが、この際は心の内に留めておく事にした。そんなこんなで勝者と敗者が決まったところで、ポリマはルエノの手を引っ張って食堂を出ようとした。
「ちょっ、モーノは良いんですか?」
「ええ、良いのよ。どうせすぐに辛みは引くんだし、何かあったらおばちゃんが何とかしてくれるから」
軽くウインクだけすると、ポリマはモーノの心配をする様子もなく、有無を言わせずに、近くに位置する掲示板のある部屋に連れていった。その強引さはモーノに負けず劣らずのもので、ルエノはもうされるがままに付き従った。中に入ると、さっきとは違う組み合わせで訪れた事に気づいたらしく、掲示板役のドンメルとパッチールは目を丸くしていた。だが、すぐに状況を把握したらしく、パッチールは紙を持って近づいてきた。
「おやおや、ルエノは結局ポリマが任務を受ける事にしたあるか?」
「そうなの! その任務を遂行する場所は、私が良く行くところだからね。顔なじみのポケモン達に会いたいし、何より新しく来たルエノ君と一緒に行けるチャンスだもの」
任務内容の記された紙を渡すパッチールに対して、ポリマは嬉しそうに話し掛けていた。小躍りまでしており、傍らで見ているルエノも自然とその調子が移っていた。しかし、これから待ち受けている物を予想して、表情を引き締める。
「そうそう。この場所はすごく近いところだから、空間移動の魔法は使わないねー。たまには歩いていくのも良いと思うよー」
過去二回の任務では“テレポート”のような魔法で見送ってくれたドンメルも、今回は背中を見送る形になった。展開に流されるだけになっているルエノは、上手く順応出来ない状態に陥り、迷子になった子供のようにキョロキョロしていた。そんなルエノの肩をポリマが優しく叩いた。
「もしかして緊張してる? 大丈夫よ、今から行くところは激しい任務をするような殺伐とした土地じゃないから。もっと気楽に行きましょう」
慣れている先輩らしく、ポリマはルエノの背中を押した。ほんの些細な動作に過ぎなかったが、ルエノにとっては心強い支えとなっていた。それで幾分か気が楽になり、固かった面持ちも綻んでいった。
「ありがとうございます、ポリマさん。もう落ち着きました」
「それは良かった。私もまだまだ慣れないところがあると思うけど、楽しく行きましょうね!」
ポリマはリードともモーノとも違う異性ながら、それによる壁を一切感じさせなかった。まだ出会って間もないものの、心の中に芽生え始めた“仲間意識”を“無意識”の内に感じつつ、次の目的地に向け、ルエノはポリマと共にリベロンを後にするのだった。