Predication-16 魔道士の真実と動揺
魔道士がウソッキーの村を襲った――内容の真偽を問わず、ウソッキーの言い放った事はルエノとモーノを驚かすには充分だった。二匹ともに表情が固まったまま動かなくなってしまう。
「オイラ、風の噂で聞いた事がある。一部の魔道士が悪さをやらかしてるって。だけど、被害者が本当にいるとは夢にも思わなかった。まさか、魔道士がそんな事するなんて……」
「まあ、信じられないのは当然だな。私も最初はそうだった。だからこそ、油断してしまった訳だが」
ウソッキーは深く溜め息を吐いた。敵意をあらわにしていた時には見せなかった暗い表情に、二匹は固唾を飲んで続きを待つ。その様子に気づくと、ウソッキーは続きを語り始める。
「あれはつい最近の事だった。数匹のポケモンが私の住む村に訪れてきたのだ。最初は普通に旅人として迎えて、それなりにもてなしもした。そこまでは何も無かったのだが、村長と話を終えた後から態度が急に変わり始めた。“魔導書”がどうとか言い始めて……」
“魔導書”というワードが出た瞬間に、ルエノの目の色が変わった。しかし、その態度の変化には気づかず、ウソッキーは話を続ける。
「その後は何となく想像がつくだろう。村の全員が寝静まった後で、奴らは無差別に村全体に攻撃を仕掛けてきたのだ。事情を知らない私は、ただ逃げ惑うしかなかった。遠くに逃げた後で、そのポケモン達が魔道士だという事を知らされた訳だ」
事の顛末(てんまつ)を簡潔に話し終えたウソッキーは、その場に力無く座り込んだ。掛ける言葉も見つからず、モーノも珍しく黙って地面に視線を向ける。
「あの、すいません。よろしければ、もう少し詳しく教えて頂けませんか?」
ここに来て、ルエノが話に食いついた。モーノもウソッキーも、思いがけない質問に目を丸くする。特にウソッキーに関しては、訝しげに見つめている。
「悪いが、私が話せるのはここまでだ。これくらいしか知らないし、細かい事は説明しづらいからな」
「はい。それは重々承知しています。その上で、言葉では説明出来ない“記憶”を見せて頂けないかと思いまして」
『記憶を見せる?』
二匹がおうむ返しのように同時に反応した。意味がさっぱり分からないようで、回答を求めてルエノに視線を送る。すると、二匹の言いたい事に気づいて、慌てて背負っているリュックから分厚い本を取り出した。
「説明不足ですいません。実は、記憶を具現化する魔法があるのです。それを使えば、もう少し詳細が分かるのではないかと。具現化というよりは、視覚化とか映像化って言った方が正しいかもしれませんが」
魔法を知らないウソッキーだけでなく、魔道士であるモーノまでが首を傾げた。理解が及ばずに呆けていると、ルエノがじっと待っているのに気づき、ようやく口を開く。
「ああ。そんな事が出来るんなら、別に私は構わない。身体とかに異常が起こらないのならな」
「ありがとうございます。その辺は大丈夫ですよ。では、お言葉に甘えまして……。出来れば事件の最初の方の記憶を強く頭で念じて下さい」
許可を取った上で、ルエノは地面に置いた本のページを次々と捲っていく。比較的後ろの方まで捲っていたところで手を止め、書かれている文字を目で追っていく。
「【記憶を司るムネモシュネよ。隠されし記憶を呼び起こし、共有させよ――“ゲデヒトニス・インペルソネ”】」
詠唱が終わると同時に、ルエノの両手に白い光が宿った。そのまま座っているウソッキーに歩み寄っていき、頭の部分に両手を着ける。展開に付いていけずにただ硬直するウソッキーを尻目に、ルエノはそのまま手を離した。
「ルエノ、これで本当に何か起こるのか?」
「ええ。まあ、見てて下さい」
何も変化が無い事にモーノがじれったさを感じる中で、ルエノは光を纏った掌を隣り合わせにして上に向けると、そっと左右に離していく。すると、光は掬っていた水の如く雫の形で降下していき、王冠状の形を形成した後に地面に溶け込んでいった。
「分離した記憶よ、我らの下に現れよ!」
最後に別の言葉を唱えきったところで、足元には水面のように波紋が広がっていく。その光景を不思議そうに見つめていると、突如として地面から眩い光が放たれて三匹を覆い尽くした。あまりの眩しさに目を閉じている。
「あれ、ここはどこだ?」
第一声を上げたのはモーノだった。キョロキョロと辺りを見回すと、そこには先程までいたはずの森とは掛け離れた景色が広がっていた。小屋のような茶色い木製の家が立ち並んでいて、足元も植物ではなく黄土が敷き詰められている。
「ここは……まさしく私の村だ。魔道士達がやって来る前の状態のな」
ウソッキーは驚いて立ち上がっていた。懐古するような表情を見せており、体験している現象がまだ信じられないといった様子である。
「はい。恐らくあなたが魔道士の姿を見る直前まで遡りました。そして、たぶんあれが――」
本をリュックに仕舞い込んで同じく立ち上がると、ルエノはある方向を指し示した。それを追って視線を動かしていくと、遠くには五つ程の影が見えた。遠目であるためか、その種族の特定までは至らない。
「くっ、この時はただの客だと思ってたが……。顔くらい見てやらないと気が済まない――」
「――ちょっと待って下さい。これはあくまであなたの記憶の映像に過ぎませんから、近づく事は出来ません」
駆け出そうとするウソッキーを、ルエノが制止した。見えているのにどうにもならない事に、歯痒そうに顔をしかめる。
「でも、ある程度なら見えるよな。ほら、二匹は宙に浮いていて、その一方は小さい体で、もう一方は逆に大きいってくらいなら」
モーノの言う通り、大体の特徴は掴めた。宙に浮いている体の小さな個体、同じく浮いている大きな個体、後は大小様々な三匹の個体が地上に立っているのが窺える。しかし、やはり体の大きさくらいしか分かり得なかった。
「そうだ。ここで私は、姿だけを確認したんだった。その後は、特に気を配るでもなく、日常を過ごしていたんだ。ここから先はしばらく奴らを見てもないが、飛ばして見る事は出来ないのか?」
「それに関しては、ウソッキーさんが飛ばしたい辺りまで頭の中で記憶を進めて頂ければ結構です」
「――何とも便利な話だな」
ウソッキーは半信半疑ながらも、集中する為に目を閉じると、急に視界が霞み始めた。辺りは霧に包まれたようになり、何も見えなくなった。かと思えば、すぐに霧は晴れていき、再び同じ光景を前にしていた。ただし、先程とは微妙に立ち位置が違う。空も薄暗くなっている。
「確かこの時間だった。奴らが本性を現して暴れだしたのは」
「暴れだしたって言っても、何の気配も――」
モーノがそこまで言いかけた時に、遠くの方から爆発音が轟いてきた。全員の視線が音源の方へと注がれる中で、広い範囲で煙が立ち上り始めた。
「そう、これだ。無差別に家を破壊し始めたんだ」
「破壊し始めたって……誰も抵抗しなかったのか?」
「“しなかった”んじゃない。“出来なかった”んだ。平凡な村とは言え、相手がただのポケモンならまだこちらが数で圧倒出来た。だが、奴らは元々が強い上に、魔法を巧みに使って我々を退けたのだ。だから、どうやっても太刀打ち出来なかった」
苦虫を噛み潰したような表情になって、ウソッキーは俯いた。その間にも、あちこちで衝撃音や悲鳴が飛び交っていく。気づけば、モーノは尻尾で握り拳を作っていた。
「何なんだ、あいつら。魔道書とかが目的なのか知らないけど、ここまでする必要あるのか……?」
既にモーノはウソッキーに対して同情を寄せていた。惨状を目の当たりにして、自分も同じ事を体験している気持ちになったのである。
「ありがとう、同情だけでも嬉しいよ。だが、私は不甲斐無い自分が許せないのだ。この時に立ち向かっていれば、何か事態は好転したのではないかと思うばかりだな」
ウソッキーの紡ぎ出す言葉には全て後悔の色が濃く滲んでいた。続いて掛けるべき言葉がわからずに沈黙が流れていると、突如景色が揺らぎ始めた。水面に波紋が出来る時のように、周りの色が崩れてばらばらになっていく。
「ルエノ、一体どうなってるんだ?」
「すいません。魔法の効力が切れてしまったみたいです」
ルエノがそう言い切ると、辺りは先程までの景色は霧散し、緑に囲まれた空間になった。ウソッキーとモーノは未知の現象に呆気に取られている一方で、ルエノはせっせと身支度を始めた。
「あの、ちょっと急ぎの用が出来たんで、リベロンに早く帰っても良いですか? どうやらもう同じ魔法は意味無いようですし、ここにいても何も出来ないので……」
「ああ、オイラは良いぞ。どうせ最初はすぐ帰る予定だったからな」
「そうですか。良かったです。……ウソッキーさんは構いませんか?」
モーノの了承を得た後で、今度はウソッキーに話を振った。聞かれるとは思わなかったのか、ウソッキーは軽く吹き出した。
「私に聞くまでも無いだろう。もうお前達を襲うつもりは無いし、他を当たってみる事にするよ。……お前らも気をつけろよ」
「はい。それでは失礼します。次回はまた違う形で会えると良いですね」
ついさっきまで啀(いが)み合っていたのが嘘のようだった。互いに笑顔を見せて別れの挨拶を交わすと、背を向けてそのままそれぞれの行くべき道を歩きだすのだった。