Predication-15 戦闘の終幕とそれぞれの事情
覚悟を決めて勢いよく駆け出すと、モーノは先行を狙うべく素早く動き回る。それに対して、最初の攻撃は譲ると言わんばかりにウソッキーは悠々と身構えていた。
「そんなに余裕で良いのか?」
挑発するように声を掛けるが、ウソッキーは何も動じなかった。誘いに乗らないのを受けて、モーノは真っ向から攻撃を仕掛けようと突っ込んでいく。
互いの距離がほんの数メートルまで接近したところで、モーノは自慢の尻尾を前方に向かって振り上げた。相手の腕よりもリーチのモーノの長い尻尾が確実にウソッキーの体を捉え、強くたたき付けるようにして弾き飛ばした。
「力はまあまあ強いようだ。だが――」
衝撃で後退を余儀なくされたものの、ウソッキーにダメージを受けた様子は特に見受けられない。その一方で、モーノは攻撃に使った自らの尻尾を軽く撫でていた。
「やっぱり岩タイプだけあって、体は堅いか。ちょっと普通に勝つのは難しいかな?」
「今頃気づいても遅いっ!」
今の一撃でモーノの攻撃力を把握したウソッキーは、今度は自分から攻撃に出た。その細長い体をくねらせながら一歩前に踏み出して接近すると、大きく体をのけ反らせる。堅いとは思えない程に曲げたところで両手をくっつけ、そのまま枝葉のような腕を振り下ろす。
いよいよ迫る鉄槌を前にして、モーノは自らの尻尾を折り曲げ、バネの要領で高く跳び上がった。次の瞬間、ウソッキーの両腕は草の絨毯の上に叩き込まれ、凄まじい衝撃音と共に地面に亀裂が走った。同時に、モーノの着地点辺りの砕かれた地面が隆起していく。
「お、やばっ」
足元が崩され、着地が不安定になってよろめいてしまった。その隙にウソッキーは沈み込んだ腕を持ち上げ、低姿勢になって足を掬うように横から蹴りを繰り出す。避けきれない連続攻撃により、モーノは足を払われてその場に倒れ込んでしまう。
「もらったぁっ!」
自分のペースに持っていけた事で、ウソッキーはにやけた表情を浮かべると、そのまま左手を振り上げて追撃を狙う。
「オイラを嘗めてもらっちゃ困るんだな」
手のような尻尾で器用に地面の砂をいくらか掴むと、素早くウソッキーの目に向かって投げ掛けた。思わぬ反撃に目を閉じつつ、苦しそうにウソッキーは一歩退いた。
相手の視界を奪ったのを見て、モーノは反撃に移るべく立ち上がった。目を擦って砂を振り払っているウソッキーの懐に飛び込み、その短い手で体を“くすぐり”始める。
「ふん、岩の体にそんなもの――ぎゃははは! な、何でこんなにくすぐったいんだ!」
「オイラはくすぐる事にかけては誰にも負ける気がしないからな。あのエルバさんだって笑わせたんだぞ」
ウソッキーが悶絶してるのを見て笑いながら、モーノはルエノの方に振り向いて得意げに言った。エルバがモーノにくすぐられて苦しむ姿を想像してルエノも小さく笑ってしまうが、すぐに状況を考えて平静を取り戻す。
「ははっ! ふ、ふざけるなっ! こんな、くくっ、くすぐるのが何だって――」
「――防御ががら空きだよなあ。これの意味、わかるか?」
モーノは不意に悪戯っぽい笑みを浮かべる。次の瞬間には、振りかぶった尻尾で、近距離からウソッキーの体を打ち付ける。待ち構える隙もなくウソッキーが苦しげにぐらついたところで、モーノは続いてもう一度尻尾を大きく振った。二回連続の平手打ち、“ダブルアタック”は上手く決まっており、先程の攻撃の時よりもは遠くまで突き飛ばしていた。
「こ、こんなふざけた奴にやられてたまるか。お前達は許さないんだからな」
睨みつけるウソッキーからは執念のようなものが感じられ、ルエノは背筋が凍る思いになった。身に覚えもなく復讐の相手にされ、戸惑いさえ覚えている。
「何でそんなに僕達を目の敵にするんですか?」
「お前らがそれを知る事は出来ないさ」
ルエノの言葉を聞き入れる様子はなく、ウソッキーは両腕を地面に突き立てた。モーノが身構えて出方を窺う中で、腕の刺さっている地面が微かに揺れ始める。すると、背丈よりも大きな岩が複数地下より突き出してきた。ぎりぎりのところで回避したまでは良かったが、岩はモーノを包囲して身動き出来なくさせた。
「うわあぁっ!」
少し間を置いて背後から聞こえてきた悲鳴に反応してモーノが振り向くと、同じくルエノも岩に閉じ込められていた。隙間から見えるその黄色い体は、地面に倒れ込んでいる。
「ルエノ、大丈夫かっ!」
「はい、大丈夫です。ちょっと掠っただけですから」
「そうか、良かった」
右の脇腹の辺りを押さえながら、ルエノはゆっくりと立ち上がった。外傷は特に見受けられず、モーノも胸を撫で下ろす。
「お前、戦いに参加してないルエノまで狙ったな?」
振り返り様にモーノの放つ空気が変わった。視線をウソッキーに戻した時には、その表情におちゃらけた感じは微塵も残っていない。一瞬の変化にウソッキーも威圧されるが、すぐに目つきをきつくして睨み返した。
「だから何だ。あいつも敵には変わりないんだ。どうしようが勝手だろう?」
「そっか。オイラ、そういうのが嫌いなんだけどなぁ……。【“エンドレ・メドゥナ”】!」
突き出した両手から液体のような光を放つと同時に、目の前の邪魔物を尻尾で薙(な)ぎ払った。硬かったはずの岩は軽く崩れ落ち、モーノは粘土のように柔らかくなった岩の欠片を掴む。
「お前が戦ってんのはオイラなんだからさ、ルエノにまで余計な傷を負わせるなっての!」
全て言い切ると、モーノは大きく振りかぶり、握っていた弾力のある岩を投げつけてきた。空気抵抗の発生する空中でその形をやや崩しながら、一直線にウソッキーに飛んでいく。
「粘土を投げてきたところで何だと――」
防ぐ構えも取らず、悠然と立ち止まっているウソッキーに、岩は軌道を間違える事なく直撃した。次の瞬間、鋭い衝撃と破砕音が走った。
「粘土“だった”物は効いたか?」
元の堅さに戻っていた岩をウソッキーがもろに受けたのを見届けるや否や、モーノは尻尾を使って高々と跳び上がった。痛みに呻きつつも、ウソッキーはニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
「隙を作ったからって何だ? お前のノーマルタイプの攻撃は効かないぞ」
「ああ、効果は薄いだろうな。それに、薄く“する”しな」
意味深な発言の後に、モーノは尻尾で攻撃の構えを取りながら、重力に従って降下していった。その攻撃に対して、かわさずに敢えて受けようと、ウソッキーは余裕を持って両手を掲げる。その時にやや体が沈み込んだのに気づかなかった。
今度はモーノが不敵な笑みを見せ、ウソッキーがその異変に気づいた時には遅かった。跳びはねた事によって勢いの付いた尻尾の叩き付けは、しっかりと腕へと振り下ろされる。衝撃こそ上手く受けきってダメージは無いものの、ウソッキーの両足はずぶずぶと地面の中に沈んでしまった。
「な、何だこれは!?」
「“粘土化魔法”――足元に掛けてるのにも気づかなかったのか?」
焦って足を引き抜こうとするも、既に地面は固まっており、とてもではないが脱出は不可能だった。一回転して華麗に着地を決めたモーノは、足掻いているウソッキーを見て満足げな表情を見せる。
「だったら、地面ごと破壊すれば――」
「じゃあ、破壊出来ないくらいに地面が柔らかくなったらどうだ? もっとも、やってみるだけ無駄だろうけどな」
逃げる別の手段を思い付くが、すぐさまモーノに対策を告げられ、ウソッキーは悔しそうに歯を食いしばった。実行されずとも、結果はわかっていた。万事休すとなり、ウソッキーはおとなしく動かなくなった。
「くっ、これまでか。魔道士、もう好きにしろ」
「さあ、オイラ達を襲った分とルエノに不意打ちを喰らわせた分は、きっちりとお返しさせてもらおうか」
身動きの取れないウソッキーに近づきつつ、モーノは威圧的な態度を取った。拳の形に酷似している尻尾の先も、固く握り締められている。
「モーノさん、待って下さい。拘束してもう動けないんですから、せめて事情を伺いましょうよ」
そんなモーノを宥めるように、ルエノは背後から話し掛けた。“がんせきふうじ”の岩をよじ登って抜け出したらしく、体にはいくつか擦り傷が出来ている。
「だってさ、こいつは何もしてないオイラ達を襲ってきたんだぞ?」
「そうであっても、あの人にはあの人なりの理由があるはずです。僕達が襲われる理由くらい聞いておいて損は無いでしょう?」
「そりゃそうだけどさ、殺す気で襲ってきた奴に少しくらい罰を与えたって良いんじゃないか」
ルエノの意見は聞き入れた上で、それでもモーノは尻尾を振り上げて攻撃の意志を示す。背を向けられて否定されたのを感じると、ルエノはモーノとウソッキーの間に割って入った。
「駄目です! 戦う必要も無くなったんですし、これ以上無駄な争いをしないで下さい!」
「どうしてそこまで頑なに止めようとするんだ? まあ、お前がそこまで言うんなら、別にこれ以上は何もしないよ」
必死の形相で説得するのに負けたのか、モーノは構えを緩めて座り込んだ。しかし、どこか浮かない顔をしている。
「だけどさ、またオイラの事をさん付けで呼んだだろ。それをまた元に戻してくれたら、黙って見てる事にする」
「わかりました、モーノ。ありがとうございます」
まだぎこちなさは残るものの、おとなしく引き下がってくれた事に微笑みながら頭を下げたルエノは、そのままウソッキーの方に向き直った。
「さて、ウソッキーさん。良ければ僕達――魔道士を襲った理由を教えて下さいませんか?」
「お前らに教える義理は無い。教えたところで、こちらへの待遇は変わらないんだろう」
視線を決して合わせようとはせず、ウソッキーは吐き捨てるように言った。正論である事を理解した上で、それでもルエノは諦めずに語りかける。
「それはもちろん、このままどこかに身柄を引き渡す事になるかもしれませんね。でも、せめて訳だけでも話して下されば、例え僕達が憎しみをぶつける対象であろうとも、楽になれるかもしれませんよ。話す事で落ち着ける事もありますし、何より共感する相手にもなりえますから」
先程まで戦ってた――まして、不意打ちを掛けてきた相手に話しているとは思えない程に穏やかな口調に、ウソッキーも反論の言葉が浮かばなかった。顔は相変わらず背けているが、少なくとも敵意を剥き出しにしている様子はない。
「私はお前達に屈服するつもりは無い」
「そうですか。別に屈服させるつもりも無いんですけどね……。じゃあ、ここに長居する意味は無いですね。モーノ、帰りましょうか」
何か抵抗しなければと浮かんだのがそれだった。そうやってウソッキーが話すのを断固として拒否するのを見て、ルエノはウソッキーに背を向けてモーノの方に歩き出した。これにはウソッキーだけでなく、モーノも目を丸くする。
「ルエノ、あいつは置いてくのか?」
「ええ。元々はここにおびき出され襲われ、それに対処しただけ。拘束して連行するのが目的ではありませんからね」
笑みさえ浮かべているルエノに、モーノは一種の恐れを感じていた。それは表に出さないようにして付き従う事にする。
「待てよ。お前、何で敵に対してまでそんな穏やかな表情を向けられるんだ?」
数歩進んだところで、背後から呼び止める声が聞こえ、二匹は足を止めた。モーノは無表情のままウソッキーの方を見るだけだが、ルエノは微笑を湛えながら歩み寄る。
「それはですね、以前に恐怖を経験したからですよ。大事なものを全てを無くしてしまうのではないかと思う程の恐怖をね。だから、敵とか味方とか関係なく、ある程度は平等に接したいと思いまして」
光の宿っていたルエノの黒い瞳が、一瞬にしてその光を失った。口も一文字に固く結ばれ、穏やかな表情は一切消滅している。その豹変ぶりにウソッキーも目を見張った。しかし、またすぐにルエノは元の柔和な表情に戻して口を開く。
「まあ、僕の事はどうでもいいですね。もし良かったら、あなたの方も話して頂けますか?」
「……お前、変わったピカチュウだな。良いだろう。ここから離れる前に、過去に起きた事実を教えとくのも悪くないしな」
ここに来て初めてウソッキーは落ち着いた面持ちを見せた。自慢の腕を素早く振り下ろし、地面を砕いて足枷を外したように立ち上がる。モーノも警戒姿勢を取るが、ウソッキーはその場に直立したまま攻撃してくる素振りは見せない。深く息を吸うと、顔に暗い影を落としながら言葉を発した。
「単刀直入に言おう。私達の住んでいる村は、魔道士達によって壊滅状態に追い込まれたんだ」