Predication-11 戦いの後の休息
リベロンに到着して早々、はぐれ魔道士のゴーリキーとヤルキモノを捕まえる任務に向かう事に。リードは難無くゴーリキーを倒したのに対し、ルエノは身を呈してヤルキモノを必死に説得した。しかし、その代償として全身に火傷を負ってしまい、リードにリベロンまで運んでもらう事になったのだが――
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「う、ん。こ、ここは――」
「あっ、ルエノお兄ちゃん!」
目が覚めて一番最初に飛び込んできたのは、見覚えのある美しい装飾のある天井と、顔いっぱいに笑みを浮かべているポアロだった。意識を取り戻したのに気づくなり、ポアロは思い切りルエノに抱き着いた。
「うっ……! ぽ、ポアロくん。気持ちは嬉しいけど、ちょっと離れてくれないかな」
「あっ、ごめんなさい。ルエノお兄ちゃん、怪我してるんだったね」
痛みを堪えつつ改めて起き上がって体を見てみると、体の至る所に白い包帯が巻かれているのが分かった。まだ全身に痛みが走る辺り、火傷が完治した訳ではないらしい。とは言え、目を覚ます前までよりは幾分か楽になっていたのは間違いない。
「えっと、ここはどこかな? リベロンの中ってのは分かるんだけど」
「うんとね、確か――休憩室だったかな? ルエノお兄ちゃん、昨日から一日中寝てたんだよ」
ポアロの返答を受けて部屋を見渡してみると、確かに木製の看板にも“休憩室”と書かれているのが入り口近くに見える。冷静に状況を確認したところで、ふとポアロが最後に言った事が耳に再度響いてきた。“一日中寝てた”――と。
「えっ、一日中? 僕はそんなに寝てたの?」
「うん、そうだよ。ぼくがずっと見てたから、間違いないよ」
「そっか。ポアロくん、ありがとう」
“ずっと見てた”――この言葉を聞いて、ポアロが傍にいて心配してくれていた事が分かり、ルエノは優しく微笑みながら感謝の意を述べた。それを聞いて嬉しくなったポアロも、もう一度満面の笑みを見せる。
「ききゃっ! ルエノ、起きたんだなっ!」
そんな中でバタバタと部屋の中に走ってきたのは、エイパムのモーノだった。少し息を切らしている辺り、全力で走ってきたらしい。その両手と尻尾には、青くて丸い木の実をたくさん抱えている。
「ほら、このオレンの実をたくさん食べて、早く元気になってくれよなっ!」
「ちょ――むぐっ!?」
モーノは持ってきたオレンの実をばらばらと床に置くと、その内の一つを強引にルエノの口に押し込む。大きな実を丸ごと口に押し込まれ、喋る事も叶わなくなり、ルエノは一旦口から出そうとする。しかし、このまま吐き出すのも悪い気がして、口の中に入れっぱなしにして苦笑いを浮かべるしかなかった。
「こらっ、モーノ。そんなに大きな実を押し込まれたって、ルエノくんが困るだけじゃないか。ルエノくん、その実は一旦出して良いよ」
困惑しているところに救世主の如く現れたのは、フライゴンのエルバだった。そのおかげで、ルエノもやっとオレンの実を出してほっと一息吐けた。
「うん。まあ、一応ルエノくんが無事で良かったよ。リードが君を運んできた時は、全身に酷い火傷を負っててぼろぼろの状態だったからね。本当に心配したよ」
「あ……心配をお掛けして、申し訳ありません」
「いや、君が謝る事はない。だが、あまり無理はしないでくれ。任務が成功するよりも、君達が無事に戻る事が何よりも大事なんだからな」
申し訳なく感じて思わず頭を下げるルエノの頭の上に、エルバは優しく手を置いて告げた。掟とかではなく、エルバから自然と出た純粋な思い。それを感じたルエノは、頭を上げて静かに頷いた。その場の空気が僅かながら暖かくなる。
「ねぇねぇ、エルバさん。一つ質問しても良い?」
そんな中で、今までしばらく黙っていたポアロが口を開いた。エルバもそちらへと視線を移しつつ、了解を示すかの如く微笑んで見せる。
「えっとぉ。確か、苦くて青い――チーゴの実だったかな? 確か火傷を治すはずだったけど、あれでルエノお兄ちゃんの火傷は治せないの?」
「良く覚えてるね。そうだ。確かにチーゴの実は火傷に効くけど、それはあくまで“普通”の火傷の場合。魔法みたいな“魔”の力に対しては、効果が半減してしまうんだよ。だから悪いけど、ルエノくんにはしばらく安静にしていてもらうよ」
「あ、はい。分かりました」
改めて包帯が巻かれた体を見て、ばつが悪そうに苦笑を見せるエルバの説明に、ルエノは軽く頷いて見せた。
「それじゃ、俺はこの辺で失礼するよ。安静する分には自由にしてもらって構わないからね」
最後にそう言い残すと、エルバは部屋を静かに退室していった。残されたポアロとモーノは、一旦近くにある椅子に座り込む。
「さて、まだルエノはリベロンに慣れてないからな。オイラがここの案内をしてやるよ。な?」
座っていたのはほんの一時。すぐに立ち上がると、モーノは軽くスキップをしながらルエノの元に近づいてくる。
「え、でも、エルバさんが安静にしてろって――」
「そんなの気にすんなって!」
「でも、体を動かすのはまだ――」
「じゃあ、任務に出発する時に使った空間移動魔法を使えば良いんだ」
「……はい」
悉(ことごと)くモーノが言葉を遮ってくるので、ルエノはとうとう抵抗するのを諦めた。とりあえず言う事に従おうと、ドンメルに掛けられた魔法を改めて思い返す。
「えっと、確か――【“ヴァンデ・ラオム”】」
発音も間違いなく、ドンメルの唱えていた通りにルエノも同じく呪文を唱える。効果が現れれば、自分の周りの空間が歪んでいくはずだった。
「ん? 何も起こらないぞ?」
「えっ、呪文は間違ってないはずですけど」
モーノが最初に疑問の声を上げた。発動しなかった事にルエノも呆然としていたが、やや遅れて、状況がいまいち把握出来ていないといった様子で呟いた。
「うーん、まさか、“魔力”が尽きてるとかいう訳じゃ無いよな?」
「いえ、それは無いです。自分の魔力の残量くらいは分かりますから」
「そっかぁ。オイラがその魔法を使えれば問題無いんだけど、実はオイラは使えないんだ。悪いなっ」
今度は苦笑いを浮かべると、モーノは残念そうに俯いてしまった。あれだけ明るい表情だったのが急に暗くなってしまい、ルエノも何だか申し訳ない気分になって黙り込む。
「だからさ、別の移動の魔法を知らないか?」
モーノは次々と忙しく表情が変わっていった。再び笑みを浮かべると、ルエノの肩をがっしり掴んで期待の篭った目で見つめてくる。
「えっと、無い……ですね」
「そっか。あっ! そういえば、移動用じゃないけど、あったぞ! 【“エンドレ・メドゥナ”】!」
突拍子も無く、いきなりモーノはルエノの両足を指差しながら大声で叫んだ。思い出したように出て来たその呪文は、またもやルエノが聞いた事の無い物だった。効力が現れるのを待っていると、モーノの手から粘着性の液体のような物が出て来る。その液体のような物は、ルエノの両足を包み込んだ。
「これは何ですか?」
「まあ、とりあえず立ってみれば分かるぞっ」
何も感触らしい感触も無い辺り、その液体のような物は光のようだった。一先ずは危険な物では無いと安心しつつ、モーノの言う通りに恐る恐る足を着けて立とうとした――
「えっ?」
――その瞬間だった。足元が突然沈み込み、ルエノは驚嘆の声を上げる。それはすぐに止まったものの、明らかに地面が凹んでいる形になっている。
「実はさっきのは“軟化呪文”って言ってな、触れた物を柔らかくする事が出来るんだ! これなら、その体で歩いても、返ってくる衝撃は少ないだろっ?」
確かに恐る恐る足を着けても、地面がある程度の反動を吸収してくれていた為に、怪我を負った体でもさほど痛みは感じなかった。ルエノも唖然としたように立ち尽くしていた。
「オイラは“粘土(クレイ)化呪文”って呼んでんだけどな。さっ、これで動けるようになったから、早く行こう! な?」
「ちょっ、待って――」
「細かい事は気にせずに、とにかく廊下に出るぞ!」
包帯の巻かれていないルエノの腕を掴むと、モーノは半ば強引に部屋から連れ出した。一方のルエノも、抵抗をする気は特に無いらしく、引っ張られるがままにその場を後にするのだった。