Predication-9 いざ、初めての任務へ(1)
自分の先を速足で歩くリードの背中を、ルエノも同じく速足になって追いかけた。絨毯の敷かれた広い通りを抜けた先にある一つの小部屋の扉を開けて入っていくのを見て、見慣れぬところと言う事もあり、恐る恐る入っていく。
中はあくまでも石の床が直接見える質素な造りとなっており、絨毯の類いは一切敷かれていなかった。何か変わった物があると言えば、いくつかの掲示板と受付のようなカウンターに座る二匹のポケモンの姿があった。
一方は、山吹色の体色で背中の瘤(こぶ)には緑色の模様があるラクダのようなドンメル。そしてもう一方は、茶色の体毛に覆われており、丸い耳と渦巻きのような目が特徴的なパッチールである。
「どうしたあるか――って、ここに来たなら、任務を受け取りに来たって事あるな? さあさあ、早くこっちに来るある」
矢継ぎ早に喋りだしたのは、パッチールの方だった。ふらふらとした足取りで背後にある掲示板から一枚の紙を持ってくると、隣にいたドンメルの目の前に叩き付けるように置いた。
「うん、確かリード君に与えられていた任務は、このお尋ね者を捕まる事なんだっけねー。そっちの子は同伴者という事でよろしいんだね。それじゃ、気をつけて頑張って来てちょうだい」
ドンメルはのんびりとした口調のまま、しかしまくし立てるように話を終わらせた。区切りが着いたところでその足で紙の隅を踏むと、そのままリードに渡した。早過ぎる展開に付いていけないルエノを尻目に、リードは紙を一瞥して確認だけすると、首から下げていたポーチの中にしまった。
「一応そこの新入りくんの為に話すあるが、ここの掲示板にある依頼をこっちのドンメルが承諾の印を押した後で、初めて依頼を実行出来るのである。後は、任務をこなすだけある。分かったあるか?」
一歩も歩いてないのに、パッチールは頻りにあちらこちらへとふらふらしながら、はきはきと丁寧に説明を加えた。その顔には終始笑みを絶やしていなかった。ルエノも釣られて作り笑いを浮かべつつ、軽く頷いて見せた。
「そーいう訳だから、頑張って来て下さいなー。それじゃ――【“ヴァンデ・ラオム”】!」
締めとばかりに話しだしたドンメルは、突然声を張り上げて呪文を唱え始めた。全て言い切ると同時にルエノとリードの体が淡い光で包まれていき、周りから遮断されたような感覚に陥り、一瞬で視界が変わった。
先程までいたはずの建物の中ではなく、少なくとも外に出ていた。地平線まで広がる青空の下、足元は丈の短い草に覆われている。
「ここはどこですか? えっと、リードさん?」
「仲間になったんだから、敬語じゃなくて良いし、普通に呼び方もリードで良いよ。ここはクロスクローバーから少し離れた場所。一応リベロンの管理下で、さっきの“空間移動”呪文で飛ばされたんだ」
確かに良く辺りを見渡してみると、遠く後ろの方にクロスクローバーらしき広い町が見えた。知らないところに飛ばされたのではないかと一瞬焦ったルエノは、これでようやくほっとした。それと同時にある疑問が生まれ、思い切って聞いてみる。
「それで、今回の任務の内容は何でしょうか?」
「だからさ、別に敬語じゃなくて良いって言ってるのに」
「あっ」
思わず癖で敬語になってしまい、ルエノは慌てて手で口を塞ぐ仕種をした。今まで静かだった初対面の相手の見せた何気ない感情の表れに対し、リードはほんの一瞬だけ口元に微笑を浮かべる。
「まあ、任務の内容が何かと言うと、二匹のはぐれ魔道士を捕まえるんだ。隠れ場所が近くにあるって情報があったからなんだけど。でも、何だかリベロンに来てすぐに任務に同行してもらって、何か悪いね」
「いいえ、良い――んだ。早く慣れて置いた方が良さそうなので」
未だにルエノの敬語を抜く努力は報われず、ぎこちないものとなっており、リードも複雑そうな表情をしていた。しかし、それはすぐに真面目で堅いものに戻り、リードはクロスクローバーとは逆の方向に向かって歩き出した。目的は分かったものの、まだ目的地は分からないルエノは、駆け足で再び後を追いかけていった。
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振り返った際に視界に入るクロスクローバーの町が小さくなってきた頃、リードはぴたりと立ち止まった。見据える先には、雑木林が広がっていた。大小様々な植物が鬱蒼と茂っており、手前からは奥の方が全く見えない程である。
「この中に潜伏しているらしいんだ。気をつけて行こうか」
一層緊張感を漂わせ始めたリードの言葉に、ルエノも気を引き締めて黙って頷くと、再び歩みを進めて雑木林の中へと踏み込んでいく。
中は背の高い木々のおかげで多くの陰が出来ており、涼しい空気が流れていた。しかし、良いのはそれだけ。足元に生えてる雑草があまりにも多く、足を取られたりしながら進んでいた。途中でここを住家とするポケモンに聞いて情報を探ってみると、奥の開けたところにいるらしく、なるべく足音を立てないように注意しながら歩いていく。
「ちょっと待った。何か声が聞こえる」
後ろを振り向いても、入って来たところがどこか分からないくらいまでの位置まで来た時、突然リードが歩みを止めた。ルエノも耳をそばだててみると、確かに前方から話し声が聞こえてくる。
細心の注意を払いながら音源に近づいていくと、そこには二匹のポケモンが座り込んでいた。腰にベルトを巻いている、筋肉が逞しい人型のポケモン――ゴーリキーと、背中に茶色の横縞、頭には赤い毛、手には二本の長い爪があるヤルキモノという種族のポケモンである。
彼らの周りは草があまり茂っておらず、ぽっかり空いた――まさしく開けた空間となっている。聞いた話が正しければ、二匹がはぐれ魔道士という事になる。
「それにしても、案外魔道士としてやってなくても、普通にどころか寧ろ楽に生きていけるもんだな」
「まぁ、その分、“はぐれ”の身でいろいろやったから、捕まらないか不安もあるけどな」
先のがゴーリキー、後のがヤルキモノの発言だったが、どちらも証拠となるには充分だった。リードが手招きするようなジェスチャーをすると同時に、二匹の目の前に飛び出る。二匹も突然の訪問者に一瞬戸惑いを見せるが、すぐに冷静になってルエノとリードを見据える。
「何だお前は――なんて驚くと思ったか? どうせお前も、俺達を捕らえに来た魔道士だろ?」
「分かってるなら、話は早いです。おとなしく捕まって頂きましょうか」
澄ました顔で話し掛けるリードを見て、平然とした態度を取っていたゴーリキーもさすがに目尻を吊り上げた。隣にいるヤルキモノは、今にも飛び掛かりそうな程に熱(いき)り立っている。
「良い度胸してるな。ヤルキモノ、お前はそっちのピカチュウをやれ。俺はこの生意気な子供(ガキ)の相手をするから」
「ああ。わかった」
腕を鳴らして気合いを入れたゴーリキーは、真っ直ぐリードの方へと向かっていった。一方で、ヤルキモノはルエノを強く睨みつけながら、爪を振りかざして威嚇をしてきている。
「よし、離れるぞ。ルエノ、そっちは頼んだよ」
「えっ。うん、わかった」
軽くルエノと目を合わせると、リードはその場を離れていき、それをゴーリキーが追っていく。これも、一対一で真っ向勝負を挑む為である。
「さあ、これでお前も戦わざるを得なくなった。覚悟してもらおうか」
不敵な笑みを浮かべているヤルキモノを見て、ルエノも気を引き締めて身構える。こちらでも、戦いの火蓋は切って落とされるのだった――。
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木と木の間を擦り抜けながら、リードとゴーリキーは移動を続けていた。両者ともに息を切らす様子は無いが、若干ゴーリキーの方がスピードが遅い。とは言え、あくまでおびき出すのが目的であったので、リードも加減しながら走っていた。
「よし、このくらいで良いかな……」
ルエノ達からある程度の距離を置いたところで、リードは走るのを止めて攻撃の構えに入る。後から追いついたゴーリキーも、慌てて立ち止まって息を整えながら対峙する。
「ここで戦うんだな。良いだろう――【“ステルク・コール”】!」
先に行動を起こしたのは、ゴーリキーの方だった。大声で叫ぶと同時に、ゴーリキーの身体が強い光を放ち始めた。それはほんの一瞬で、すぐに止んでしまうが、特に見た目には何の変化も見られなかった。
「なるほどね。“肉体強化”の魔法を使ったって訳か」
「ご名答。俺は一応魔道士ではあるが、種族柄格闘対決が得意だからな」
腕組みをして見下ろすそのゴーリキーの姿は、どこか自信に満ちていた。体格差も倍であり、その上で仮にも“肉体強化”の魔法なるものの効果が本物なら、この態度は当然である。しかし、それを理解した上でも、リードには焦りの色すら見られなかった。
「御託は良いよ。準備が整ったのなら、早速始めようか」
まるで魔法を使ったのを気にもしていないかのようなリードの言葉に、ゴーリキーは苛立ちを覚え、先制とばかりに駆け出した。距離はすぐに詰まり、微動だにしないリードに向かって、勢い良く手刀を振り下ろす。対するリードは、右に軽く跳んでこれをかわした。
「動きに無駄が多いんじゃないの?」
「くっ、このっ!」
挑発するような素振りを見せるリードに、ゴーリキーは完全に我を忘れて再び攻撃に移り始めた。振り下ろした腕を上げて体勢を立て直すと、今度は右足を振り上げて、足元のリードに蹴りかかろうとする。
「随分と隙だらけの“けたぐり”だね」
余裕を持ってぽつりと呟くと同時に、高く跳躍して迫りくる脚を易々とかわした。そのまま姿勢を崩さないまま構え、左手で頭部を殴り付けると、ゴーリキーは後ろに大きくのけ反った。
「ぐっ、舐めるなぁ!」
ゴーリキーはすぐに体を起こして空中で身動きの取れないリードの片足をがっしりと掴むと、そのまま地面に強く叩きつけた。
叫び声も上げずに背中に奔(はし)る激しい衝撃に耐えていると、再び引っ張られて体を上に持ち上げられる。さすがに二撃目を喰らうのはまずいと思ったのか、自由の利く方の足で掴んでいる腕を蹴りつけた。痛みを堪えるゴーリキーの声が聞こえると同時に、掴まれていた足が解放され、そのまま着地を決めて距離を取る。
「ただの弱い魔道士とは一味違うようだな」
今の一撃を受けて息の上がり始めたリードを見下ろしながら、ゴーリキーはニヤリと不気味な笑みを浮かべた。その表情を崩さないまま、今度は右腕を縦に激しく回し始めた。
「それでは、これはどうかな?」
自慢げに言い切るのと同時に、ゴーリキーは腕を回すのを止め、突如殴り掛かってきた。リードは一瞬違和感を感じながらも、屈み込んでその正拳突きを避けようとするが、それは体の上を通り抜ける前に止まった。
いきなりの出来事に反応する間もなく、リードは足で蹴り飛ばされてしまう。遠くまで飛ばされながらも何とか起き上がり、蹴られた胸元を押さえながら立ち上がる。
「フェイント、ね」
「まあな。こっち(パンチ)が来ると思って、そっちばかりに気を取られていたようだから、上手く行った訳だ」
拳を振り翳(かざ)しながら、ゴーリキーはご満悦といった表情を見せていた。折れかけていた自信を取り戻して全てを言い切ると、再度攻撃を仕掛けるべく走り出した。
「僕の方も、あまり舐めない方が良いよ」
力の篭った低い声で言葉を投げ掛けると、リードは一旦膝を曲げ、直後凄まじいスピードで駆け出してゴーリキーの懐に飛び込んだ。一瞬ゴーリキーは戸惑うものの、すぐに現状を把握して左手で手刀を作って振り下ろす。
「それくらいなら、“みきれる”よ」
タイミングが合っている“からてチョップ”にリードは物怖じする様子も無く、寧ろ真っ直ぐ見据え、紙一重のところで受け流した。そして、ゴーリキーがバランスを崩しているところで右拳を握り締めながら深く足を曲げてしゃがみ込み、バネのように勢いよく跳ね上がる。天にまで届きそうな、捻りを入れながら突き上げられたパンチ――“スカイアッパー”は、的確にゴーリキーの顎を捉え、背後の木まで吹き飛ばした。背中と頭を勢いよく幹に叩き付けられ、体はずるずると力なく崩れていく。
「やっぱり、一応こっちの攻撃もちゃんと効いてたみたいだ。結構こっちが受けた攻撃も痛かったけど、ね」
肉体強化の魔法を掛けていたゴーリキーだが、頭部を強襲した二発の攻撃には堪えられなかったのか、根本で気絶してぐったりと横たわったままである。最初の威勢など微塵も感じられない姿を横目で確認すると、リードはゆっくりとした歩調でルエノのいる方へと歩いていくのであった。