Predication-2 砂漠の町サンザード
いつまでも続く熱の篭った黄土色の砂の丘。容赦なく体力を奪う白い烈日。そんな歩けども歩けども同じ景色が広がっている事に辟易し始めた頃、ある丘の谷の地点に小さな街が見えてきた。二匹の足取りも自然と速くなっていく。
街は木製の塀に囲われており、砂漠の街という事で、ほとんどの家が砂や土を固めて出来ている。街の入り口近くに立てられている看板は、砂で覆われている為に、何が書いてあるのか確認出来ない状態になっている。ルエノが手で砂を払うと、そこには“砂漠の町 サンザード”と薄く彫って書かれているのが見えた。
「ここがポアロくんの暮らしている町なの?」
「うん、そうだよ。こっちにぼくの家があるんだ。付いてきて!」
さっきまでよりもさらに一層強くルエノの手を引っ張って、ポアロは疲れ知らずと言った様子で走り出した。この暑さにルエノはすっかりやられていたのに、ポアロは全く以って平気なようである。
その後、数分走ったところでポアロが立ち止まったのは、一軒のかまくら状の、例えるなら砂で作った洞による小さな家だった。その辺りも閑散しており、孤立して物淋しいところに建っている。
「ルエノお兄ちゃん、どうぞ遠慮なく入って!」
「うん、それじゃ、お言葉に甘えてお邪魔するね」
別に誰かがいる訳ではないが、それを礼儀と弁え、ルエノは入り口で軽く一礼をして中に入った。さすがに家の中は日陰になっているため、ひんやりと冷たい足元の砂が何とも心地好く感じられる。
久々に涼しいという感覚を味わいながら、背中に背負っているリュックを前の方に持ってきて、両手で抱えながら家の中を歩き回った。見てわかったのは、必要最低限の物以外は置いていないという事である。
「お兄ちゃん、好きなところに座っていいよ」
「あ……ありがとう」
家の中をうろうろしているのが落ち着きなく見えたのだろうかと思うと、ルエノとして些か恥ずかしかった。少しはにかみながら、その場に座り込む。
「ねぇ、お兄ちゃんは一人で旅をしてるの?」
「うん、まあ、ね」
ルエノの目の前に座り、ポアロは素朴な質問を投げ掛けてきた。ルエノは澄ましたような顔で頷きながら答えるが、その一方で一部陰りが見えた。
「へー、お兄ちゃんすごいんだね! でも、何の為に旅をしてるの?」
「うん、ちょっと探し物と、ある事を伝える必要があってね……」
感嘆の言葉を発するポアロに対し、詳しくは語りたくないのか、目を逸らしてルエノは曖昧に答えるだけであった。やや苦し紛れにした行為によって、ルエノはある事に気づいた。
先程は見ていなかったのだが、砂漠の町ということもあり、部屋には水を溜めておく為の大きな瓶があった。しかし、縦になって水を入れておくはずのそれは横倒しになっていて、中を覗いても水がほとんど入っていないのである。
「ポアロくん、この家に水はないのかな?」
「うん、これだけだよ」
先程ルエノにくれた水の入っていた水筒を掲げるポアロを見て、ルエノは暗く申し訳なさそうな表情になる。自分が先程分けてもらって飲んだ水が、貴重な物だったと今ようやく気づいたからである。
「あっ、ごめん。僕が大事な水を飲んじゃって。僕があんなところに倒れてなければ……」
普通は上に向かって立っている耳も元気なく折れ、ルエノは顔を下に向けて謝罪をしていた。それに伴って、本を抱える力も一層強くなる。下手をすれば自分が危うかったかもしれないが、それでも誰かに迷惑をかけたと思うと謝らずにはいられなかった。
「ルエノお兄ちゃんが謝る事なんかないよ! だってこの水は、ぼくがお兄ちゃんにあげたいって思ってそうしたんだから!」
「うん、ありがとう。じゃあ、そのお詫びと言ってはなんだけど、代わりの水を――」
ポアロの純真で暖かい言葉に心の底から感謝しながら、ルエノはリュックから本を取り出してページを捲っていくが、その手が途中で止まる。
「そうだ。“この本”には水の魔法は載ってないんだっけ……」
苦笑を浮かべながら本を閉じ、ルエノは小声で呟いた。その内心では、水の魔法さえ使う事が出来れば良いと思っていたので、さらに申し訳なさが募る。
「ねぇ、この本は何なの?」
一つ大きな溜め息を吐いて本を片付けようとすると、ポアロが興味を持った眼差しで聞いてきた。
「これは僕にとっては大事な本なんだ。ここに書いてある呪文を読めば、“魔法”を使えるんだ」
「え、まほうって何? ぼく全然知らないよ」
「ポアロくん達も使えるポケモンとしての“技”とはまた違う力で、唱えたりして使えるんだけど、詳しくは説明が難しいかな?」
なるべく理解しやすいように簡単に説明をしたつもりだったが、未知のものである為に、ポアロは首を傾げている。
「あはは。普通は知らなくて当然だから、仕方ないよ。それより、水は他には無いの?」
「うん。前はここの近くに大きなオアシスがあって小さな川が流れてたんだけど、ある日から流れが止まっちゃったんだ。それからは念のために溜めておいた水を分け合ってるんだ。詳しい事はぼくも良く知らないんだけどね〜」
ポアロから事情を聞き出して、ルエノは少し考え込んだ。少なくとも、この家に水が無いのは、この町のポケモン達に水を与えていた川が涸れてしまったのが原因であるらしい。しかし、その川が涸れてしまった理由はまだわからない。それを他のポケモン達にも聞こうと思い、ルエノは立ち上がった。
「ルエノお兄ちゃん、どこに行くの? ぼくも付いていくよ!」
「そう? それじゃ、僕の方からお願いするよ。まだこの町の事が良くわからないから」
「うん! じゃあ行こう!」
ポアロに案内役を頼んだところで、ルエノは一旦ポアロと一緒に明るい陽光の射す外へと飛び出していくのであった。
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ポアロの家から少し離れたところ。一軒のポアロの家よりは一回り大きな家の中に二匹はいた。なみなみと水を湛えている多くの水瓶が部屋には置いてあり、水が熱を吸収してくれているのもあってか、部屋の中は涼しかった。
二匹と向かい合うようにして座っているのは、白い水玉模様の入ったたまご形の青い体に、兎のように長い耳を持つマリルリという種族である。二匹を快く出迎えてくれ、水を差し出してくれていた。
「私はマリルリのラピスと申します。ここでは貴重な水を皆さんに配っているんです」
「はじめまして。わたしはルエノと言います。この町に水が途絶えてしまった理由について教えてもらえませんか?」
先程までとは違う空気を醸し出しながら、ルエノは丁寧な口調でマリルリのラピスに尋ねた。静かで、落ち着いた空気。先程も落ち着いてはいたが、この場合は人格が変わったような感じまで抱せる程である。
「ええ……。あれは本当に突然の出来事でした。いつも流れていた川が涸れてしまい、水を得られなくなったんです。町のポケモン達も北にある源流を見つけて原因を探ろうとしましたが、傷を負って帰ってきて以来、そこには誰も寄りつかなくなりました。水は私の方で何とか遣り繰り出来ていますが、最近は厳しい状態ですね」
疲れたように大きく溜め息混じりにラピスは話し終えた。その体は通常のマリルリという種族の体型と比べても、少し痩せ細っているように見える。
「川の跡を辿っていった先に何かあるのですか……。教えて頂きありがとうございます。では、この辺で失礼します」
「いえ、別にお礼を言われる程の事じゃありませんよ。でもあなた、まさかそこに行く気じゃないでしょうね?」
深く御辞儀をしたルエノが立ち去ろうとする際に、ラピスが心配そうに声を掛けた。そんなラピスの気持ちを察してか否か、ルエノは穏やかな表情で振り向いた。
「いえ、そんな危険な事はしませんよ。それじゃポアロくん、行きましょうか」
「う、うん」
呼び掛けの終わりが丁寧語になっており、あまりの変貌ぶりに戸惑いながらも、ポアロはルエノの後を付いてラピスの家を出た。
「――ねぇ、ポアロくん。このリュックを預かっててくれない?」
「うん、いいけど……。ルエノお兄ちゃん、一つ聞いていい?」
家を出たところで、ルエノは担いでいたリュックを抱えてポアロにお願いをした。一方のポアロは、再び違和感を感じながらも承諾してそれを受け取り、怖ず怖ずと問い掛ける。
「いいよ。どうしたの?」
「あのね、どうしてさっきはぼくに対する話し方が違ったの? その時のルエノお兄ちゃん、何かすごく悲しそうな目をしてたよ?」
ポアロは感受性が強いらしく、何かを感じたのであろう。あの突然の変わり様に。特に、自分に対する対応に。ポアロの質問を聞いたルエノはと言うと、その場で凍り付くように固まってしまった。
「う……ん。何でもないよ。それよりちょっと行ってくるから、その本をお願いね」
「ちょっと待って! ぼくも行くよ! ラピスさんが言ってたところに行くんでしょ?」
「少し調べに行くだけで、そんなところには行かないよ。それじゃその本、よろしくお願いしますね」
まるで態(わざ)と突き放すかのように最後に丁寧な話し方でそう言い残すと、ルエノは北に向かって一歩ずつ歩いていくのであった。一度は止んだはずの砂嵐が吹き荒れている方へと――。