Predication-1 砂漠の助け船
激しい砂嵐が止んだ事で、ようやく仰ぎ見る事が出来るようになった空。青く澄み渡っており、一言で言うならば青天だった。空に浮かんでいる雲は一つも無く、広い空間で孤独の身となった灼熱の太陽が、じりじりと大地を照り付けている。
しかし、“青”という言葉で表現こそされるものの、その色の持つ印象とは正反対で、涼しさの欠片さえも無かった。寧ろ“赤天”という言葉があれば、そう呼びたくなる程に茹だるような暑さである。
そんな地獄のような太陽の光がぎらぎらと降り注ぐ砂漠の中を、ピカチュウはせっせと歩き続けていた。全身の毛穴という毛穴からは、降り懸かる陽射しに負けないように体温を調節するべく、塩分を含む大量の水滴が吹き出している。
「う……やっぱり、砂嵐の方が良かったかも……。下手に打ち消すんじゃなかった」
歩き続けて疲労が溜まっているのと、この体力を奪う気候のせいで息を切らしながら、後悔の言葉を呟いた。しかし、そんな愚痴を言ったところで、涼しくなる訳でもなければ、困難を突破出来るはずもない。いい加減この暑さにも辟易しかけていた頃、機能が低下していた思考回路がようやく動き始める。
「そういえば、水の魔法で何かあったような……。いい加減水分を摂らないとまずいし……」
気怠そうに背中から降ろしたリュックから再び取り出したのは、例の古びた分厚い書物だった。今度は暑さを和らげる為に、何かしらの魔法を使うつもりらしい。
「ええと、“水の呪文”は確かどっかに――あれ?」
必死に本のページを捲っている途中で、突如としてめまいと吐き気が同時に襲ってきた。続いて、自分の見えている世界が歪み始め、全てが渦巻いているような感覚に陥った。しかし、そう思ったのも一瞬。気が付いた時には、既に仰向けになって倒れていた。
(これはまずいかも。呪文も上手く唱えられない……)
この炎天下で直に日に曝されながら、水分を取らないという無謀な事をしていた為に、当然の如く日射病になってしまっていた。熱を持った砂のせいで、背中も焼けそうな程に熱いのだが、立ち上がる事もままならなかった。
こんな砂漠で誰かいるはずも無いし、このままじゃ――そう思って瞼(まぶた)を閉じていき、いよいよ本気で生命の危機を感じ始めた、その時だった。
細かい砂を踏み締める音が聞こえ始め、それは徐々に近づいてきた。聞き耳を立ててひたすら集中する内に、その音がぴたりと止んだと同時に、不意に何かが自分の顔に当たっているのを感じた。顔と言っても、あくまでそれは瞬間的な判断による誤りで、正確にはおでこの部分だった。
「ピカチュウのお兄ちゃん、大丈夫?」
続いて聞こえてきたのは、何処か幼さを感じさせる高めの声。その主を確かめる為に静かに目を開くと、そこには一匹のポケモンがいた。ピカチュウとほとんど同じ体色をしており、ギザギザした耳や尻尾が特徴的で、体格は一回り小さいピチューである。
「顔色が悪いよ? この水、良かったら飲んで」
ピチューは首からぶら下げていた水筒の器型の蓋を取ると、その中に透き通った綺麗な水を注ぎ、ピカチュウの口元へと運んでいく。例え見ず知らずの相手であろうと、行き倒れになりかけている現状でなりふり構っていられないため、今は目の前のピチューを信じる事に決め込んだ。
「うん、ありがと……」
小さな声でお礼を言うと、ピカチュウは好意に甘えて水を飲み始めた。渇ききった喉に流れていく水は、生命の源である事を再認識させるかのようにその喉を潤していき、全身に行き届いて活力を与えてくれるようであった。
不足していた物を補った事で、気分も幾分か良くなっていった。さすがに全快とまではいかないものの、何とか普通に起きて立ち上がれるまでには回復した。
「良かったぁ。こんな広くて熱いところで寝てたら危ないよ。ところで、お兄ちゃんの名前は何て言うの? ぼくはポアロって言うんだ」
「ポアロくん、か。僕はルエノって言うんだ。本当にありがとう。お世話になってこんな事言うのもなんだけど、よければ街まで案内してくれないかな?」
立ち上がれるようになったとは言え、まだ体調は優れない。どこかで休む必要があると考えたルエノは、その好意ついでにお願いしてみた。
「うん、いいよ! 付いてきて!」
嫌そうな色を全く見せず、無邪気に答えて快く承諾すると、ピチューのポアロはルエノの手を引っ張って、この暑さに負けないくらい元気に走り出すのであった。
一方のルエノも、体力の少ない状態でまだくらくらする頭を押さえながらも、その小さく頼もしいポアロに釣られて走り出す。その後ろ姿に、少しずつ元気付けられながら――。