エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜 - 第九章 生命溢るる花の村〜花の香りと不吉な風〜
第六十六話 姿無き者達の行方〜村長の語りし歴史と意外な関係〜
 シェイミの失踪とも呼べる事態からやや時間が経過した後のこと。滅多に姿を現さないシェイミから(ことづ)かった事もあって、急ぎ足で村長のフシギバナを連れてベルンが戻ってきた。正確に言うなれば、エルフーン特有の綿を活かし、行きと同じように風を掴まえてふわふわと飛んで先に戻ってきたのである。
「あれれ、精霊様はどーこ? もしかしてどっか消えちゃったのかなぁ?」
 てっきり待っているものだと思ったベルンは、不在に気づいて動揺し始めた。木の上や裏、横になっているバシャーモやコロトックの陰、草むらの中などを必死で探すが、その影も形も無い。これでもかくれんぼは得意な方だからとベルンは諦めじと忙しなく歩き回るが、結局成果は上がらなかった。
「自由に動き回るのは昔から変わってませんな。いやはや、精霊のやる事は未だにわからんものだ」
 行方不明になった事も把握している様子のフシギバナは、蔓を伸ばして焦っていたベルンを手慣れた様子で宥めた。最初は頬を大きく膨らませて不満げにするも、ようやくおとなしくなったベルンは、木にもたれ掛かるようにして地べたに座り込んだ。かと思えば、視線を宙に泳がせ、物悲しそうに足元の植物を弄りだす。
「心配せずとも大丈夫だ。恐らくすぐに戻ってくるであろう」
「本当に? それならいいんだけどさっ」
「ふむ、それよりは、今はこやつらの処遇の方が先決だな」
 四つん這いになった重量感のある緑色の体を動かし、フシギバナは反抗分子である二人の方に向き直った。背中の花の生え際から二本の細い蔓を伸ばし、二人の腕に堅く縛り付けて体を起こし、上方に持ち上げて体を宙にぶら下げた。ベルンも興味深そうに見上げるが、尤も彼の場合は遊びのようで面白そうと言う想いも含まれている。
「どうしたものかな。身元から何から根掘り葉掘り調べて、こやつらを派遣した張本人を突き止めるべきか」
「いててっ、乱暴に扱うなっての」
 完全に足が着かない不恰好な状態でも、バシャーモは対面した相手に怯まず不平を漏らした。まだ威勢の良い炎ポケモンとは正反対に、コロトックは相変わらず無言で口を閉ざしている。フシギバナはベルンに目配せをして二人を冷静に見比べた後で、そっと地に足が着くように戻した。何も聞き出してはいないが、フシギバナは何かを悟ったようである。
「いや、やっぱりある程度見当がついた。恐らくこの先にあるリプカタウンの奴だな」
 フシギバナはバシャーモに焦点を合わせて断言した。心なしか倒れていながら睨み付けている瞳も、その奥の光が揺らいで弱まったように見える。細かな機微を感じ取ったフシギバナは、もう一度蔓をバシャーモに緩く巻き付け、今度は自分の眼前まで運んでくる。柔和そうな面持ちではあるが、同時に底知れぬ威圧感も垣間見える。
「どうやら図星のようだ。もう少し自分から話してみる気にはならんか?」
「誰が当たってると言ったよ。オレは一言も答えてなんかねぇぞ」
「口では言ってなくとも、ちゃんと目が語ってくれている。そっちの方が正直であるからな」
 心の底まで見透かしたようなフシギバナに、バシャーモは平静を装いながらも内心冷や汗を流していた。それを悟られまいと必死に感情を押し殺すが、すぐに相手が悪かったと思い知らされる事となった。いくら口を真一文字に堅く結ぼうとも、フシギバナは終始不敵な笑みを崩さない。傍観しているベルンにも緊張の色が窺える。
「抵抗は無駄だとわからんか。これでも幾多のポケモン達を纏めている村長であるのだぞ。微妙な変化でちょっとした思考くらいなら読める。さあ、おとなしく観念して話せ」
「……はぁ、随分と厄介なところに来させられたもんだな」
 (あまね)く顔を知って村民達を束ねているフシギバナの言葉は重みと真実味を帯びていた。それに対して、バシャーモは必要以上に大きく吐息を一つ。いよいよ観念したという証なのか、今までは逸らそうとしていた視線をフシギバナに合わせた。
「そうさ。オレはリプカタウンの出身さ。だが、それを知ったところで、お前らには何の関係も無いだろ」
「いや、それは違うな。リプカタウンは、この村と同じく精霊がいるところだ。それだけでも大きな関係がある」
「ねー村長さん、それってどういう事?」
 今まで押し黙っていたベルンだったが、会話の中に気になる事があって首を突っ込んだ。介入してきたのを厭う様子もなく、フシギバナは説明相手にベルンも交えて話し始める。
「実は精霊の存在は、一部の者以外には教えられていないのだ。その存在がフルスターリと同様に重要だからな。だから、存在と言うよりは、正確には居場所を知られないようにしている」
「でも、今回は精霊様が突然現れたよ? 自分からばらしちゃって良いの?」
「それは今回が特例だと精霊が判断したからだろう。恐らくこのバシャーモ達の事も何か思い当たる節があったのもあるはずだ」
「オレは何も知らないっての。記憶がぼんやりしてるんだ。一応出身地は覚えてるんだが」
 バシャーモから曖昧な回答が飛び出し、ベルンは大きく首を傾げた。一方で、フシギバナは何か得心しているようで、一人で唸りながら頷いていた。
「やはりな。以前リプカタウンから一人のバシャーモが行方不明になったという事を風の噂で聞いた事があった。何でも、精霊と関係を持っていたとも聞いたのだが」
 しみじみと語りながら、フシギバナは目の前の全身が赤いポケモンを見据えた。バシャーモも最初は理解出来ずに目を細めるが、時間の経過と共にじわじわと理解の域に達したのか、引き締まっていた目が急にあちこちへ泳ぎだした。
「つまりは、その行方不明になってるバシャーモがオレだって言いたいのか? いや、おかしいだろ。それをオレ自身が覚えてないとか」
「さっき自分で言ったであろう。記憶がぼんやりしている、と。そのあやふやな部分で、何かが起きているはずだ」
 急に身に覚えの無い情報を突き付けられ、バシャーモの心の内には様々な感情が入り乱れているようだった。平静を保てるはずもなく、苦虫を噛みつぶしたような表情が見受けられる。
「何だよ、さっきから何か知ってる風じゃねぇか。隠してないで、全部言えよ」
「その口ぶりは無視するとして、まあ良いだろう。不安を煽るだけだから広めないようにしているのだが、最近この事例みたいな不可解な事が増えているのだよ。最近と言っても、正確には近年と言うべきか……。住み処から忽然と姿を消すみたいな事が起こっておるのだ。それも、何かしら特別な関係を持つ者ばかりがな」
 所在地からの失踪、それがフシギバナの提供した情報だった。望んでいた答えには及ばないのか、バシャーモの怪訝そうな表情は変わらない。言わずとも察しているフシギバナは、さらに冷静に続けた。
「中には一国の重要な者までもがいなくなるという事があったらしい。今でも戻ってきた者は少ないと聞く。一体どこで何をしてるのか、失踪したポケモンの関係者が捜索しても、見つからないままだそうだ」
「何だ、それ。そこまで姿を暗ます事が続くと、誰かが拉致でもしたみたいじゃねぇか」
「確証は無いが、恐らくその通りだ。意図的に狙って攫っていったんだろう」
 バシャーモが軽い気持ちで発した事が、見事に的を射ていた。その事にバシャーモ本人が一番驚いており、同時に真実を徐々に聞かされて困惑していた。さっきまで暴れていたのとは別人のように慎ましくなり、地面ばかりを見つめている始末である。
「その反応は、心当たりでもあるのか?」
「いや、何故拉致されるような事があって、その拉致された奴は何も抵抗しなかったのかと考えてな。もしかしたら、オレの記憶が無いのも深く関係してるんじゃないかと」
 明確な繋がりがある事は証明出来ないが、それでも二人は納得していた。以前から多発していた謎の失踪事件と、リプカタウンから消えたバシャーモ、そして、記憶喪失している同種族の存在。単なる偶然とは思えなかったのもあった。
「自分が行方不明だったバシャーモだって事を認めるのか?」
「認めたくは無いが、オレには否定する根拠となる記憶が無いからな」
「ほう。そうなると、重要な存在となったお前を丁重に扱わねばならない訳だ」
 フシギバナは深く嘆息めいた息を吐くと、自分の蔓で縛っていたバシャーモを静かに地面に降ろした。ずっと話に耳を傾けていたベルンは、一段落着いたと見て、フシギバナの前に回り込んで顔を覗いた。
「村長さん、どうしてそんなに深刻そうな顔をしているの?」
 動揺しているバシャーモと同様に逼迫した村長を見て、ベルンも不安を駆り立てられていた。事件は一旦収束を迎えたと言うのに、誰もが浮かない表情をしている。戦いの時はおちゃらけていられた彼も、状況が状況だけに深刻そうにして――はおらず、未だに笑みを零す余裕さえある。真偽を確かめようとするベルンから、質問が口を突いて出た。
「いや、な。かつてこの地で巻き起こった災厄の件と類似しておるのだ。何か嫌な前触れで無ければ良いのだがな」
「その災厄って何なの? そんなにすごい事があったら、聞いた事あるはずなのになぁ」
「それが、その出来事は歴史から抹消されたのだ。故に、真実を知る者は少ない」
 さっきまで落ち着き払っていたフシギバナの声が心持ち震えていた。それが余計に場の緊張感を増し、花の香りが醸し出す穏やかな空気さえも打ち壊していく。しかし、我関せずとベルンは興味津々で続きを待っていた。
「ねえ、抹消されたって何で? 村長さんは何でも知ってるんでしょ?」
 好奇心が旺盛な子供にとって、未知の事への探究心は尽きなかった。一人だけ破顔一笑して、ベルンは愉快そうに歩き回っている。あどけない笑みを見せられては、無下に拒否するのも憚られ、フシギバナも思わず顔を綻ばせて口を開いた。
「そうだな。過去の出来事を、未来を創っていく者達に伝えない訳にはいくまい。知らずに廃れていくよりは、後世の為にも賢明だ」
 直前までとは打って変わり、フシギバナは決然たる口調になった。その体を良く見ると、体に刻まれているいくつかの傷が目に入った。侵入者に冷静に対応する村長を演じているフシギバナだが、改めて百戦錬磨の証が窺え、知らない過去にベルンはぼんやりと思いを馳せていた。
 それを知ってか知らずか、フシギバナは自らの肉体を軽く見遣り、間を置くようにして空を仰いだ。その先では、釣られるように気象もその態を変えていた。うっすら雲が掛かっていた程度の空だったのが、陽光を通さない意地悪な分厚い雲に覆われ始め、一層辺りの空気を冷たく仕立てていた。
「そう、ちょうどあの時もこんな悪い天気だった。全ては、彗星から一筋の流星が落ちてきた事が始まりだったのだよ」

 障壁となる雲に阻まれて見えないが、その奥には存在するであろう、宇宙空間に漂う煌めく物体に向けて視線を送った。行動を遮りがたい雰囲気を纏っているが、俄かには信じられなかったため、ベルンはもう一度声を掛けてみる。
「彗星って、前から見えてたのと同じ物なの? それじゃ、また何か悪い事が起こるの?」
「ちょっと待ちなさい。ちゃんと一つずつ話していくから」
 質問攻めに遭って些かたじたじになっていたフシギバナは、ここに来て一息吐いた。その合間に、背中から二枚の回転する葉っぱを飛ばし、周囲の木に生っていた果実を切り落とした。地面に落ちる前にすかさず“つるのムチ”を伸ばして回収した。それを一つは自分の口に運び、もう一つを目の前で座り込んでいるベルンに渡した。
「その前に、木の実でも食べないかね。ここまで疲れたであろう」
「じゃ、お言葉に甘えて、いっただきまーす」
 口寂しいであろうと思ったフシギバナの何気ない気遣いが、不穏さが顕在していた様相を取り払った。互いに噛み付いて咀嚼しながら、高ぶっていた心を一旦鎮めていく。先に自分が食べ終わったところで、フシギバナはどっしりと腰を落ち着けた。
「ベルンの言った通り、空に浮かぶ彗星が鍵を握っていたのだ。この星全体を巻き込む――引いてはこの星が消滅するか否かを左右するような事のな」
 ベルンが果物をしゃくしゃくとかじる音も普段なら小気味良いだろうが、それすらも恐怖を助長させる旋律にさえ聞こえ始めていた。一方的に話す事にもはや異議を唱えるつもりもなく、バシャーモとコロトックもごくりと唾を飲み込んで話者を凝視する。
「あれは私が子供の頃だった。今と同じように巨大な彗星が接近してから、いろいろと内乱が起こり始めた。何やら流れ星に乗ってやって来た存在を巡って、激しく対立する者が争い合ったらしい。私も直接的に深く関わっていた訳ではないから詳しくはわからないが、壮絶だったという事だけは今でも覚えているよ」
 説明を簡潔にする為にも、フシギバナは端を折って話してくれているようだった。短く纏まっていて理解しやすかったが、その時に味わったであろう苦労の色が険しい表情に充分に滲み出ていた。もう誰も他に声を出そうとはしていなかった。
「個人的には、その戦いには何か大きな意志が働いているように感じた。今ではその事について覚えている者が少ないのも、それが所以かもしれない」
 回顧するように瞼を閉じ、それっきりフシギバナは話を終えた。疑問はまだまだ残るものの、ベルン達は口を噤んで出方を窺う事にする。
「期待していた程の事は知れなかったかもしれないな。私は所詮その時代に居合わせたに過ぎないから。悪いね」
「そんな事無いよー。詳しい事はわからなくても、その事すらも知らなかったよりは良いもん」
 朗らかではきはきとしたベルンの声音からは、嘘を言っていない事が読み取れた。ほんの些細な事だが、フシギバナに心なしか微笑みをもたらした。
「そうか。私では詳細を知るのに役には立てないが、どこに行けばそれを記した物がある可能性が高いかくらいはわかっているぞ」
 思わぬ朗報が持ち出され、ベルンの心はいつの間にか浮つきかけていた。良い慰みを見つけたとばかりに小躍りしながら、その赤い瞳を輝かせる。
「ねっ、ねぇっ。それで、それはどこにあるの?」
「ここから近い町――大きな図書館があるリーブフタウンだ。その図書館に所蔵されている図鑑の、“ジラーチ”というポケモンの項目に載っているはずだ。調べたければ、調べてみるがいい」
 フシギバナはそれから視線をベルンから、身柄を拘束している二人の方へと移した。その目つきは鋭く、ベルンに向けていたのとは真逆の物だった。そして何を思ったか、体を揺らして四枚の葉を振り落とすと、回転速度によって切り裂く凶器へと変貌したそれらを、視界に入っている二人に向けて放った。
 急襲と言う事もあり、標的となった二人は、ただ目を瞑って待ち受けていた。しかし、いつまで経っても覚悟していた衝撃と言った類いは訪れず、不審がって恐る恐る視界を開かせた。すると、飛んできた鋭利な木の葉は、彼らを捕らえていた蔓だけを器用に切り落としていたのが目に入った。理由もわからずに放心状態のまま、行動主の方を見つめる。
「このまま真っ直ぐ仲間の所に戻るも良し。自らに秘められた謎を追究するも良し。お前達の好きにするがいい。私は、未来を築く若者達の行く先を遮るつもりは毛頭ない」
 この場の誰よりも長く生きた者が下した決断。それは、捕獲していた二人を解放すると言うものだった。シェイミからの伝言で任せると言われた以上、全ての決定権は村長であるフシギバナにあったのだから、制止出来る者は無論いない。もちろん、わだかまりが無い訳ではなく、他の三人は複雑な心境で、微動だにしなかった。
「むざむざオレ達を逃がそうとして、一体何のつもりだ?」
「別に深い考えなどない。ただ、気の向くままにやったまでだ。さあ、行くなら気が変わらない内が良いぞ」
 フシギバナには特に追撃の意志も無く、それが余計にバシャーモ達を戸惑わせた。最初は何かの罠では無いかと用心するものの、手を出してくる様子が無いのを再確認すると完全にベルン達に背を向けた。
「後で後悔したって遅いからな」
「“後で”は余計だぞ。さあ、去るのなら、さっさと去るがいい」
 気の動転から来る言い間違いを訂正されても、バシャーモは全く耳に入っていないようだった。それでも後ろ髪を引かれるように一度だけ振り返るが、すぐに向き直って木々を縫って駆け出した。コロトックも一瞥だけくれると、その後を追って森の奥へと姿を消した。残されたベルンは、もう見えなくなった二人の後ろ姿を未だに見送ってるらしいフシギバナの視線上に割って入った。
「あの、本当にこれで良かったの? またこの村に襲ってくるかもしれないよ?」
「その時はその時だ。また返り討ちにするだけの話。だが、今はまだ可能性に賭けたいのだ。彼らが変わる可能性に、な」
 いかにもしかつめらしい様相を呈しているフシギバナを見て未練が綺麗さっぱり無くなったのか、ベルンは軽快にスキップし始めた。
「そっか。ボクには良くわからないから、別に構わないけどねー」
「能天気な考えでよろしい。ここは私が精霊を待っているから、ベルンも好きなところに行っても良いぞ」
「ほんとに? それじゃ、遠慮なく行ってくるねー」
 帰還するまで待機しなければならないと思っていたベルンは、晴れて自由に動けるようになり、足取りも軽やかに花園を離れていった。こうして自分以外に誰もいなくなった花園を眺め回すと、フシギバナは中心の大木の前まで移動した。
「さて、今度は何が起こるか。また共に見守る事になるな」
 返事も戻ってこないとわかっている壮麗な大樹に向かって、フシギバナは淡々と語りかけた。幾重にも年月を乗り越えてきた老樹のたおやかな枝先で、まだ初々しさに溢れた葉っぱ同士が擦れ、会話するかのように涼やかな音色を奏でていく。その心地好い調べを、楽器と化した根元で、一人の村の長は閑々たる風体で聞き惚れるのであった。


コメット ( 2012/10/22(月) 08:11 )