エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第九章 生命溢るる花の村〜花の香りと不吉な風〜
第六十四話 花園に吹き乱れる烈風〜エルフーンのスタイルと混戦〜
 神聖な雰囲気を醸し出す花園で、戦いは始まった。先手を講じたのは、コロトックの方だった。見た目にそぐわない俊敏な身の熟しで接近すると、エルフーンを打ち据えようと片腕を大きく振るう。しかし、やや大振りとなった攻撃は、軽く横に跳ぶだけで造作もなくかわされた。
「どうしたの? あんまりつまらないと、顔に落書きしちゃうよ!」
 後ろに跳躍して距離を取りつつ、エルフーンは悪戯っぽく笑って見せた。緊張感の欠片も無く、下手すればそのペースに飲まれてしまいそうである。しかし、そう簡単に自分のペースを乱すほど、コロトックも冷静さを失ってはいなかった。
「油断は、禁物だ」
 再びエルフーンに迫ると、今度は両腕を天に向かって突き上げた。その先端には淡い黄緑色の光を纏っており、ばつの軌道を描くように腕を交差して一気に振り下ろす。“シザークロス”――虫タイプのぶつり攻撃の中では、威力は比較的上位にある技である。その高速の一撃に対しても、エルフーンは怯む事は無かった。
「だったら、“コットンガード”だ!」
 エルフーンはしっかりと技の太刀筋を見極め、絶好のタイミングを捉えた。全身に力を入れると、背中に広がる綿が容量を増していく。それは上手く斬撃の勢いを押さえ、苦手とするタイプの攻撃を凌いだ。
「次は、“やどりぎのタネ”!」
 大きく膨らんだ綿の一部から、弾丸のようなスピードで楕円形の小さな種が飛び出した。近距離で放たれた技を回避する手立ても無く、コロトックはその直撃を受けた。種は外皮を貫き、その技の名の通りコロトックの体に宿った。
「これで、お前の体力はボクのものになっていくもんね。覚悟しろぉー!」
 エルフーンの快活な叫びは、コロトックにとっては耳障りでしか無かった。コロトックは顔を歪めつつ、体力が徐々に奪われていくのを感じていないかのように、呼吸を整えて体に刺さる種を見つめる。
「この程度では、我には大した事ではない」
 そう言って深く息を吸って止めると、コロトックは一気に全身に力を籠めた。次の瞬間、食い込んでいたはずの種が体から押し出され、そのまま弾かれてしまった。
「ありゃりゃ。自分の力だけで“やどりぎのタネ”を弾き出しちゃうなんてね。結構すごいんだねー」
 自分の技が破られても、エルフーンは焦るどころか、至ってのうのうとしていた。両手を胸の前で突き合わせ、再び若草色の球体の形成に入る。見る見る内に周りからエネルギーが集まっていく。
「喰らえっ、エナジー――」
「この距離ではやらせんよ」
 しかし、コロトックはその隙を見逃さなかった。素早い駆け出しで寸時に懐に飛び込み、腕の鎌でエルフーンを斬りつけた。そのスピードも相まって、エルフーンの体は易々と吹き飛ばされ、地面に叩き付けられる。しばらくは倒れたまま動かなかったが、すぐさま何事も無く元気に跳ね起きた。
「痛いなぁ、もう。ボク怒っちゃうぞっ」
 エルフーンはゆっくり立ち上がると、頬を膨らませて怒った素振りを見せた。派手に飛ばされた割には、さして大きなダメージは負っていないように見受けられる。先の“コットンガード”の効果が持続していたため、急所は免れたのである。
「怒ったところで、何も変わらんよ。そなたは我に倒されるのみだ」
「随分と偉そうな物言いだなー。そういうの嫌いだよっ。ボクだって、そう簡単にはやられないんだからね!」
 威圧感を放つコロトックに対しても、エルフーンは全く物怖じなどしていなかった。それどころか、その赤い瞳に宿る光は、より一層輝きを増す。闘争心を剥き出しにするコロトックとは対称的に、内にそれを秘めていた。
「後悔しても遅いぞ」
 脅すような態度のまま、コロトックはじりじりと詰め寄っていく。相性的にも自分の方が有利。その確信の下に、獲物を仕留めんばかりの視線で武器となる両手を構える。
「ふーん。それで攻撃してこようとしたって、もう効かないもーん」
 先程の打撃も防いだ事から、エルフーンは幾分か心に余裕を持っていた。だが、コロトックはその予想とは違う行動に打って出た。腕を胸の前で交差させると、互いに擦れ合わせて音を奏で始める。しかし、音色自体は素敵なものでありながら、耳から入って体全体に鋭い振動となって響く、言わば内側から相手を攻めるものであった。
「うぅっ、この音うるさいなぁ」
 一度術中に嵌まってしまえば、逃げ出す事が困難な音による攻撃。その一つである“むしのさざめき”に、活路を見出だした。不快感をあらわにしつつ、エルフーンは迎え撃つべく渦を描くようにして両手を回し始めた。
「こうなったら、“ぼうふう”警報発令だっ!」
 手の動きに呼応するかの如く、花園を吹いていたそよ風が、渦を巻いてエルフーンの周りに集まりだした。優しい風が群れと成って勢力を広げ、“暴風”へと変貌した。小さな妖精によって指揮された吹き荒れる風は、コロトックの生み出す音響を打ち消していく。
「なるほど、厄介な技だ」
 次はコロトックを包み込もうとするが、数歩退いたところで、いとも簡単に強風が猛威を振るう圏外へと逃げられてしまった。元々命中率が低い事もあり、荒れ狂っていた空気の流れはぴたりと止んだ。
 気流が激しく乱れた状態から一転、辺りが静けさを取り戻したところで、両者は改めて対峙した。体格差など関係無く、現時点では拮抗した力をぶつけ合うする二人。一方は手の内を披露しても落ち着いた様子の中で、もう一方の内心は先の大気のように酷く荒れていた。
 近づいても上手く防御され、離れても遠距離の攻撃手段を持つ。そして、恐れを知らない飄々とした性格。軽くあしらえると踏んでいた相手が、予想外の実力を持っており、コロトックは上手く対処出来ずに悩んでいた。
「うむ、しかし……。いや、我なら大丈夫だ」
 独り言が口を突いて出たかと思いきや、大きく深呼吸をして揺れる事なき目でエルフーンを凝視する。明鏡止水――一時の焦燥から解き放たれ、すぐに冷静さを取り戻した。
「我とて、ここでおめおめ逃げ帰る訳にも行かないのでな」
 思いを吐き終えると、コロトックは腕を胸の前に、ばつ印ではなく十字を切るようにして、素早く下に引き抜いた。今度は心地好い音ですら無く、研ぎ澄まされた金属同士が擦れ合う不快な音が鳴り響く。同じ音の技でも、直接攻撃するものではなく、戦意さえも喪失させる。まさに、“いやなおと”だった。
「ぐぎぎっ、この音はきついなぁ」
 エルフーンは堅く歯を食いしばり、両手で耳があるらしい場所を押さえていた。先刻とは異なる種類の耐え難い雑音に、音を掻き消す程の余裕が無いようである。その間にもコロトックは間合いを詰め、切れ味の鋭い鎌を振り抜いた。
 今度こそ的確に体を捉え、強く弾き飛ばした。エルフーンは悲鳴を上げながら宙を舞い、地面を転がっていく。光景こそ同じだが、今回ばかりはその身にうっすらと斬られた跡が残っている。
「んー、もう怒ったからね! 絶対に許さないからっ!」
 エルフーンは軽くお腹を摩りながら、怒り心頭な様子で起き上がった。子供らしく腕を大袈裟に振り回し、コロトックを睨みつける。その行動を観察した上で、コロトックは主導権を握ったと実感した。
「ボクの本気を、受けてみろっ!」
 いよいよ攻撃の体勢に入り、エルフーンは両手で円を描く仕種を開始した。それが次の行動が読めたコロトックは、距離を取る為に後ろに向かって跳ぼうと両足に力を篭める。
「いけっ、“ぼうふう”だ!」
 読みが的中した事にほくそ笑んでコロトックが跳躍する。しかし、エルフーンはそれを裏切る形の動作に出た。離れている両手に即座に緑色のエネルギーを凝集させ、敵の着地を見計らって狙い撃った。確実に避けられないよう計算されて放たれた“エナジーボール”は、防御の間もなくコロトックに命中した。
「何っ、一瞬で動作を変えただと?」
 相性の為に効果は半減し、何とか倒れずに体勢を整えるが、さすがに動揺を隠せなかった。それでも反撃に移ろうと、地面を蹴って駆け出した。直線状にではなく、円を描くようにしてエルフーンの周りを走り、攪乱させようとする。
「無駄だよ! “やどりぎのタネ”!」
 相手の動きを目で追いつつ、エルフーンは身を屈めて体の綿を向けた。種が飛び出してくるのを予期し、対応しようとして無意識の内に一瞬体を強張らせるが、それも無駄骨になった。実際には一旦萎んでいた綿を膨らませ、密度を高くして防御力を高める“コットンガード”を使用していたのである。
「この、小癪(こしゃく)な!」
 二度も同じ手に引っ掛かり、コロトックはすっかり頭に来ていた。それでも怒号を上げるに留まり、次はそう簡単にチャンスを与えないように、移動しながら攻撃に転じていく。“いやなおと”から続く連携攻撃に味を占めていたコロトックは、演奏の姿勢を整えた。ノイズを生み出して敵の移動を制限しつつ、その隙を狙って横へ回り込む。
「ほいさっ、“コットンガード”!」
 だが、エルフーンも警戒を怠ってはいなかった。音が途絶えたと同時に接近を確認し、その場を動かずに身体を被護するふわふわの物を前に突き出そうとする。“コットンガード”か“やどりぎのタネ”、どちらを繰り出してきても押し切ろうと、コロトックは腕をクロスして出方を窺う。
 標的の寸前まで踏み込んだところで、一気に鎌を突き立てて押さえ込もうとする。しかし、コロトックの目論みは脆くも崩れ去った。斬撃を浴びせようとした瞬間に、横から突進してきた風によろめかせられ、気づいた時には宙に浮かされて背中から木に叩き付けられていた。
「どう? ボクのあべこべ戦法は」
 全く予想外の“ぼうふう”に戸惑っているコロトックを尻目に、エルフーンはまた喜びを前面に押し出していた。一方のコロトックは、衝撃から中々立ち直れない状態で、誇らしげなエルフーンの声を耳にする。
 やってる事は至って単純だが、それ故に咄嗟に体が動いてしまう実力者ほどその罠に嵌まりやすい。そんな大胆な作戦をこの窮地で難無く熟す子供に、コロトックは敵ながら少なからず感心していた。
「でも、上手く行って良かったー。正直言って、ずっとやってみたかっただけだし。えっへん!」
 あれだけの事を遣って退けながら、明るく間延びした声を発した事で、コロトックは確信した。一歩間違えば危険を(はら)む事を承知の上で、自らのやり方を貫き通した。戦況がエルフーンに優勢になったのも、覚悟で勝っていたからかもしれない。それを身を以って思い知らされ、闘志を削がれ始めていた。
「さーて、そろそろ捕まえちゃうぞー!」
 ある程度体力を減らしたと見て、エルフーンは歩み寄っていく。その表情に疲れている様子は一切見られない。最初は本気で戦いに臨んでおらず、奥の手を出した後はすっかり敵を手玉に取っていた。そんなエルフーンを見かけで相手を判断した事に、コロトックは今更ながら後悔の念が募っていた。
「我は自分の力を過信していたのかもしれぬな。まあ、まだ逃げるくらいの余力は残しているが――」
「――随分と無様な姿を晒してるじゃねぇか。まあ、それだけこの村に手練れが揃ってるという事か」
 戦闘も終わりを告げるのかと思った矢先、別の存在が姿を現した。エルフーンの背後から近づいてきたその正体は、先ほどキレイハナと戦闘を繰り広げていたバシャーモであった。
「全く。クラボの実を切り落として行った時はかっこよかったのに、今ではその様か」
「お前の方こそ、人の事は言えなかっただろうに」
 一連のやり取りの内容から、二人が仲間である事と、コロトックがバシャーモを麻痺状態から助けたという事が推量出来る。それはつまり、相手側に助っ人が現れたという意味でもある。瞬時に頭を巡らしたエルフーンは、二人を交互に見て忍び笑いを始めた。
「変な組み合わせ! すっごい違和感あるよ!」
 大胆不敵な言動に、初めて対面したバシャーモも思わず目を見張る。だが、すぐに侮蔑の眼差しを向け、握り拳に炎を纏わせる。
「おい、これ以上はおふざけが過ぎるぞ。とっとと家に帰んな」
「やだね。ボクはここにいたくているんだもん。お前に命令される筋合いなんか無いよーだ」
 エルフーンは思い切り舌を出し、虚仮(こけ)にした態度を取った。そして次には、先制攻撃とばかりに種を発射した。
「小賢しい真似を――」
 しかし、不意打ちにも狼狽えず、バシャーモは高らかと拳を掲げた。
「――してんじゃねぇっ!」
 刹那、迫り来る“やどりぎのタネ”を全て薙ぎ払った。一片の迷いもなく振るわれた拳圧により、手を縁取っていた炎が欠片となって飛び散る。対するエルフーンは、ひとまず合掌を作って、すぐにそれぞれの手を素早く左右に引き離した。その腕の振りに連動して起こされた一陣の風により、“ひのこ”は跡形も無く消し去られた。
「危ないなぁ、お兄さん。大事な花達が燃えちゃうじゃないかっ」
「知った事か。邪魔者(おまえ)さえ排除出来れば、他はどうでもいいんだよ」
 双方ともに戦う準備は万端だった。計算外の新手にも動じず、エルフーンは両手を前に出す。晴れ晴れとしていた青空にも雲が往来し始め、大地にも陰りが多く現れた。気流が乱れて気温が下がっていき、一層緊迫感を増長させる。
「“にほんばれ”の効果がようやく切れた、か」
 空を軽く仰いで天候を確認すると、バシャーモは地を蹴った。エルフーンの方も、敵愾心(てきがいしん)を持って肉迫してくる“もうかポケモン”に立ち向かわんと構える。両者が覚悟を決め、臨戦に際したその時だった。
「ちょっと待つでしゅ!」
 この場にいる誰でもない声が空気を伝って鳴り渡り、二人は攻撃を一時中断した。何かその声の手がかりが無いかと周囲を見回す内に、同じ答えに辿り着く。それは、どっしりと構えている大木だった。通常ではありえないはずの神々しい光に包まれている。
「その戦い、一時お預けでしゅ――なんて、この喋り方はいい加減良いですね。おとなしくしなさい」
 気の抜けるようなおっとりした話し方から、一気に棘のあるものに変わった。細心の注意を払いつつ刮目していると、樹木を包容していた優しい光が集束して地面に降りた。光の球は花火のように弾けて、徐々に声の持ち主らしきシルエットが明らかになっていった。
 ハリネズミのような体躯で、針が全て緑色の草になっており、頭の両脇には二輪の赤い花を挿頭(かざ)している。他の三人よりも圧倒的に小柄でありながら、放っている気は誰よりも特異なものがある。名前はシェイミと言うポケモンであった。
「何だ、お前は。部外者は引っ込んでろ」
「あら、部外者とは失礼だわね。これでも私(わたくし)は草の精霊よ――」



コメット ( 2012/10/19(金) 14:19 )