エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第九章 生命溢るる花の村〜花の香りと不吉な風〜
第六十三話 ブルーメビレッジとフルスターリ〜在り処と現れる役者〜
 絶体絶命の危機を迎え、一人のキレイハナの目の前が白一色に染められていった。辺りには空気を切り裂くような音が轟き、全ての感覚が奪われていく。しかし、それは忽然と終わりを告げ、低い断末魔が尾を引いていた。体に痛みを感じない。それを疑問に思い、反射的に塞いでいた瞼を開いた。その先に広がっていた景色に、フィオは思わず息を呑んだ。自分に止めを刺そうとしていたバシャーモが、ぐったりして横たわっていた。それに加え、先程まではいなかった者の姿があった。
「フィオさん、大丈夫ですか?」
 帽子のような巨大な赤い花が頭に乗っかっているラフレシア――戦闘前まで会話を交わしていたラックであった。慌てて駆け寄ってくるのを見て、フィオもゆっくりと体を起こす。
「良かった。いつの間にか姿が消えていて焦りましたが、何とか間に合ったみたいですね」
 無事を確認して安堵の溜め息を吐くラックの頭部は、微かに光に包まれていた。眩いばかりの光を放っていたのは、太陽の力を凝集して放つ光線――“ソーラービーム”だったのである。
「なるほどね。“にほんばれ”の効果が続いてたから、気づかれる前に攻撃出来たという訳ね。でも、本当に助かったわ」
 ようやく急転直下の状況が飲み込め、フィオもほっと胸を撫で下ろした。頭の中で整理し終えたところで、波瀾を招いた張本人を一瞥する。バシャーモは必死に藻掻いて立ち上がろうとしているものの、蓄積したダメージにより戦闘不能へと追い込まれていた。
「さて、洗いざらい話してもらおうかしら」
 腕を組んで威圧感たっぷりにフィオは詰め寄っていく。バシャーモは気圧されつつも、そっぽを向いて視線を合わせまいとする。逃げられない状態でのせめてもの抵抗であり、最後の悪あがきであった。
「早く話さないと、酷い目に遭うわよ」
「どうせ言ったところで何も変わらないんだ。むざむざと話すかっての」
 脅迫めいたフィオの言葉にも、バシャーモは屈さずに黙秘を続ける。そこまでは想定内なのか、フィオは次の行動に移った。頭を軽く揺らして二輪の赤い花から粉を零していく。
「この村には草ポケモンがたくさんいて、状態異常に精通してる人も多いのよ。吐かせようと思えばいくらでも吐かせられるけど、今言っちゃう方が楽じゃないかしら?」
 差し詰め強がりだろうと踏んでいたフィオは、今度は拷問を匂わせる事を口にした。口調こそ優しく微笑んでいるものの、内容に関しては怖い事を平然と言ってのける。
「はっ、そんな――ごほっ、ごほっ」
 “しびれごな”を吸い込まされ、身体の自由が奪われていくのを実感して、初めてはったりではない事を悟った。そして同時に、フィオの見せる顔の極端な相違に、バシャーモは身震いしながら視線を合わせた。
「お前、恐ろしい女だな。まあ、どうせ任務が失敗して俺は用済みだろうから、話してやってもいいぞ」
 突然、そして初めて譲歩してきた事で、猜疑心を抱かざるを得なかった。フィオは訝しげな表情でバシャーモの目を見つめる。あまりにも真っ直ぐな目にさらなる違和感を覚えつつ、話すのを待つ。
「ただし、俺を匿ってくれ。作戦の内容を漏らした以上、無事では済まないからな」
「ええ、わかったわ。さすがに拘束はさせてもらうけどね。じゃあ、話して」
 条件を突き付けてきた事にも冷静に対応し、ようやく白状させるまで漕ぎ着けた。その安堵感を悟られないように心の中で溜め息を吐き、フィオは続きを促した。バシャーモの不審な行動にも細心の注意を払いつつ、耳を傾ける。
「実は俺達のリーダーに当たる奴から、フルスターリとか言う水晶のありかを教えられて、行って回収するように命じられたんだ。そっからバラバラに散らばって、俺達はここに来たって訳さ」
「ふーん、あなた達も詳細を知らずに派遣されたという事ね。じゃあ、その黒幕に当たるリーダーってのは誰なのかしら?」
「さあ。姿は見た事が無い。だから、何とも言えないな」
 重要な部分は肩透かしだった。それが真実か否かを確かめる手段も無いため、とりあえずは納得して頷いて見せる。だが、それで諦めるはずもなく、フィオは引き続き質問をしていく。
「それじゃあ、そのフルスターリを回収する目的は何? 私はその存在自体も知らなかったけど、何か価値があるものなの?」
「さあな。俺はただ計画を聞いて加担したくなっただけだから、フルスターリを何に使うかまでは知らないな」
 手当たり次第聞いてみるが、まともな答えが返ってこなく、すぐに行き詰まった。完全に手の平を返した訳ではないらしく、フィオもいよいよ痺れを切らし、作り笑顔を崩した。
「あなた、中々口を割らないのね。本当は何か隠してる事でもあるんでしょ」
「知らないもんは知らないんだ。仕方ないだろ」
「さあて、それはどうかしら。嫌に余裕があるのも、何か怪しいわね」
 信用に値する態度は全く見せないバシャーモに、フィオは顔を近づけていく。しかし、バシャーモは頑として詳しくは話そうとしない。フィオが呆れて一歩下がったところで、今まで沈黙を続けていたラックが身を乗り出して口を開いた。
「おかしいです。あなた、うっかり口を滑らせましたよね。最初の“俺達”ってのは別として、二回目の“俺達”は、まだ近くに仲間がいるって意味ですよね?」
「……はっ、そんなの言葉の綾だろ」
 『俺達はここに来た』という告白に違和感を覚えたラックは、鋭い指摘を突き付けた。微妙な間を置いて、バシャーモは目を逸らした。嘘を吐いている時に見られる目立った兆候が見られ、フィオもますます怪しむ。もし本当なら一刻の猶予も無いかもしれないが、焦って事をし損じるのを避けようと、慎重に考えを巡らす。
「もしかして、これも時間稼ぎという事かしら?」
「だから、言葉の綾だって言っただろ。俺は単身で乗り込んできたし、仲間なんて連れて来ていない」
 何とか真実を見定めようと、フィオは揺さぶりを掛けて(けしか)けるが、バシャーモは急に殻に篭ったように容易く尻尾を掴ませてはくれなかった。今度は話題を変える事にする。
「それじゃ、何故この村にあると仮定して、そもそも行動を起こして村のポケモン全員に気づかれないとでも思ったの?」
「まあな。気づかれたとしても、相性もあるから、倒せると思ったんだけどな。今の状況は計算外だ」
 バシャーモは不意に引き攣った苦笑を見せた。自分が陥っている状況など苦にも感じていないかのような振る舞いに、ますますフィオ達は困惑していた。仲間に関する手掛かりはまるで聞き出せず、時間だけが過ぎていく。取り越し苦労ではないかと思いつつ、それでも不安は拭えずにおり、焦燥感だけが残る。
「フィオさん、どうしましょう。このまま意味の無い会話を続けても、時間の無駄じゃないでしょうか」
「そうね。村の皆にも事態を知らせて、いろいろ協力してもらった方が良いかも。私がここで見張ってるから、ラックさんは皆に――」
「――その役、我が買って出ようか?」
 二人の背後から近づく別の声が、唐突に口を挟んだ。両手にある鋭い鎌状の腕を擦り合わせながら現れたのは、体色が褐色で体はやや平たく、中心で折れて八の字になっている長い触覚、背中には薄い(はね)があるコロトックである。
「あなた、どうしてここに……。それに、こいつは――」
「事情はこの様子を見れば何と無くわかる。とりあえずこのバシャーモが逃げないように見張っていれば良いのだろう」
 その登場と飲み込みの早さに驚きつつ、フィオは静かに頷いた。これで自由に動ける者が増え、より早く状況を伝える事が出来る。
「まずは村長に知らせるのが先決であろう。報告の方、頼むぞ」
「え、ええ。わかったわ。そいつには気をつけてね。でも、本当に大丈夫?」
 フィオが念を押すように問い掛けるが、コロトックは無言で肯定していた。そのただならぬ雰囲気に、フィオとラックも顔を見合わせる。しかし、当の本人は至って涼しい面持ちを貫いている。
「それじゃ、クリケさん。よろしくお願いします」
 この場に残る者に会釈を一つ。それを皮切りに、二人の草ポケモンは林の中へと駆けていった。草を踏み締める音が離れていき、完全にその後ろ姿が目視出来なくなったところで、コロトックは悠然とバシャーモを見下ろした。二人の間を、突風が吹き抜ける。
「まさか村人として溶け込んでるとはな。クリケ、なんて随分と滑稽な名前まで使って」
「元々はここの出身だからな。しかし、お前が派遣されてきたのに、あのキレイハナと戦って苦戦する事になるとは。油断大敵だ」
 フィオ達が戦った相手と、フィオ達が慣れ親しんだ相手が、互いに見合って不気味な笑みを浮かべた。見慣れぬ者もいて異様な光景だが、それを気に留めるような者は周りには誰もいない。
「それはもういいだろ。ところで、フルスターリの在り処はわかったのか?」
 自らの失敗を掘り返されるのが嫌なのか、バシャーモは即座に話題を転換した。腕組みをしながらコロトックは軽く首を縦に振る。
「ああ、大体の目星は付いている。サクロガーデンと呼ばれる花園があってな。あそこだけ異様に神聖な空気で包まれているのは前々から不思議だった。後はお前が来たという事で、この村にフルスターリがあるのと、その時が来たという事がわかった」
 淡々と説明を終えたところで、コロトックは突如組んでいた腕を解いて背筋を伸ばした。空けていた距離を縮めていき、その影がバシャーモを覆う位置まで歩み寄っていく。今度は、木々を大きく揺さぶる冷たい風が過(よぎ)る。
「ああ、どうやら力を手に入れる段階まで来たらしいからな。……おい、どうしたんだ? フルスターリを手中に収めるタイミングと場所に関する情報が揃ったんなら、早速向かうべきだろ」
「その前に、やっておかなきゃいけない事があるからな」
 緩んでいたバシャーモの顔が強張り、途端に空気が張り詰める。コロトックがゆっくりと右腕の鎌を振り上げ、輝きの無い瞳でバシャーモを再度見つめた。
「これ以上余計な事を詮索されては困るからな」
「な、何をするつもりだ。そんな――」
 続きを告げるよりも先に、コロトックの鋭い凶器が、バシャーモに向けて真っ直ぐ下ろされた。その瞬間、刃物は対象を切り裂き、赤い物が宙に舞った。







「さて、と。いかにも怪しいのは、あれか」
 用を済ませたコロトックが次にやって来たのは、新緑色と薄紅色とが共存している花園だった。かつてエネコのシャトンがアルム達を案内した場所であり、中心には象徴とも言うべき巨大な樹木がその身を構えている。太い幹や茂った木の葉からは溢れんばかりの生命力が感じられ、この地を見守り続けていた歳月の長さを物語っている。
「ただの木では無いと思っていたが、まさかこれがそんなに大事な物とはな」
 感慨に(ふけ)るのも早々に、コロトックは徐々に樹木に近づいていく。異変を察知したかのように風で草木がざわめくが、我関せずと歩みを進めて木陰まで辿り着いた。ふと壮麗な木立を見上げて、そのこおろぎポケモンは両腕を突き出して構える。
「しかし、この木の中に力の源があるのだとすれば、みすみす放っておけない。切断してでも見つけ出して、あの方の元へと届けねばな」
 ぶつぶつと独り言を呟き終えると、目の前の木に向かって攻撃の体勢に入った。もう何も心残りは無い。目的の為に両断するのみ。そう決心して、コロトックは今度は両腕を振り(かざ)した。
「ちょっと待ったぁっ!」
 しかし、その集中は直後に響いた叫び声によって掻き乱された。邪魔者が現れたのだと瞬間的に感じ、コロトックは敵意の篭った鋭い視線を声の発信源に向ける。
「じゃじゃーん。正義の味方さんじょー! ……なーんてね」
 明るい声を張り上げたのは、緑色の羊のような角と楕円型の赤い瞳、それを備えた茶色の小柄な体をすっぽり覆い隠す程の大量の綿毛が頭から伸びているポケモンだった。コロトックも険しい表情を崩し、穏やかさを偽って相手を見据える。
「何だ、祭の時に悪戯をしてたエルフーンか。こんなところに何の用だ?」
「何の用なんて、そんなの決まってるじゃん。お前を懲らしめる為だったりするのだー!」
 無邪気な笑顔を振り撒く一方で、エルフーンは小さな手を顔の前で突き合わせた。その中央では見る見る内に緑色の粒子が集まっていき、内に力を秘めた球体が出来上がった。
「せんしゅぼーえーの“エナジーボール”だっ!」
 本人は意味もわかっていない言葉による掛け声と共に、エルフーンは両手を突き出し、溜めていた球体を解き放った。直線状に進むエネルギー球は、素早く飛んでコロトックに直撃した。両腕を交差して防御の構えを取りながらも、大きく後退させられる。
「仕掛けたのはそちらの方だぞ。覚悟すると良い」
 正当防衛を主張する為に、敢えて攻撃を受けたのである。ようやく準備が整ったコロトックは、衝撃を受けて痺れる腕を軽く振り、冷静な目で睨みつける。目の前にいる草タイプの小人を相手に、脚に力を込めて駆け出した。


コメット ( 2012/10/19(金) 14:15 )