第六十一話 別れは新たな旅立ちの為に〜明かされる理由と真実〜
三地点でそれぞれの壮絶な戦いを終えた後のこと。殺風景な荒野に再び静寂が訪れたところで、一同は一旦集結し、それぞれが得た収穫を持ち寄って話し合っていた。
「アルム、大丈夫?」
「う、うんっ。シオン、そんなに心配しなくても大丈夫だからっ」
慣れない戦いですっかり疲弊しきったアルムの事を案じて、シオンは頻りに体を触っている。皆が見ている中で恥ずかしくてむず痒いのか、アルムは笑みを浮かべて平気な素振りを見せる。
「そういえば、村長さんがここに来たって事は、ヘルガーさんは大丈夫だったのかな?」
「うん、今確認してきたけど、何とも無かったよ。“えんまく”で逃がしちゃっただけだって」
町に来た時に最初に目にした戦いがコータスとヘルガーのものだった。だからこそ、相手をしていたはずのヘルガーの安否を気遣っていたアルムだったが、フリートの口から無事を聞かされ、ほっと安堵の溜め息を吐いた。
「他の町の皆はどうなったかわからないけど、とりあえずフリートが元に戻ってくれて良かった」
「ごめんね、迷惑かけて。元々催眠が浅かったのもあるんだけど、アルムとウィンのお陰で何とか自分を取り戻せたよ。改めてありがとう」
「いえ、僕は単にあなたを止めようとしただけですから」
宙に浮いた状態でフリートが軽く会釈すると、ウィンは落ち着いた様子で優しく微笑んだ。そして、そのまま視線をアルムの方へと移した。
「恐らくはアルムさんの力が大きく影響してるんでしょうしね」
「い、いや、僕は特に何も。実際にフリートを止めていて下さったのはウィンさんですから、僕はお礼を言われる程ではないですっ」
変に気を遣って互いに謙遜し合っていると、二人は目を合わせて笑いだした。功績を譲りたい気持ちからか、はたまた嬉しさと恥ずかしさが入り混じっていたからなのか。ともあれ、咄嗟の行動が全員の笑いを誘い、先刻まで張り詰めていたムードが一気に解れる。
「アルムが守護の力をほぼ自分の物にして発動したからこそ、ぼくも呪縛から解き放たれたんだ。だから、恥ずかしがらなくても良いよ」
「でも、フリートの助言のお陰だから、僕はそんな」
喜ばしい事であるはずなのに、今までここまで感謝される事が無かったアルムは、回答に詰まってしまった。顔をほんのりと赤らめて俯くその姿を見つめるフリートの表情には、どこか親心のような物が垣間見える。
「まあ、ここまで上手く行くとは思ってなかったけどね。どちらにしろ、成功したようで何よりだよ!」
笑顔でアルムの下まで飛んでいくと、フリートはくしゃくしゃとアルムの頭を掻き乱した。アルムの方は、元々乱れている毛がさらにボサボサになっても、むしろ頭を撫でられた事が嬉しいようで。
「それにしても、ティルとレイルが何とも無くて良かった。操られていたとは言え、本当にごめんね」
「あははっ、全然大丈夫だよ! ちょっと熱かったけど、炎の中に入るって事無かったから、すごく良かったよ〜!」
下手したら炎に包まれて焼かれていたかもしれないと言うのに、相変わらずティルの呑気な態度は変わらなかった。幸い火傷も無いようで、明るく接してくれた事で、フリートの罪悪感も和らいでいく。一方で、レイルの方も何食わぬ顔で佇んでいるだけであった。
「それはそうと、俺達が戦った敵は意味深な事を言い残してたんだが、誰か心当たりは無いか?」
フリートの謝罪が一通り終わったと判断して、ヴァローが切り出した。その話題で晴れていたはずの心に再び雲が広がり始め、一様に全員の面持ちも堅くなる。
「ヴァロー達が戦った敵は、“祈りの神殿”って言葉を残して去ったんだよね。実はぼく達の前にはロゼリアが現れたんだけど、恐らく彼女と関係があるはず。彼女は瞑想と思索に耽る地域――サンクチュアリの出身で、祈りの神殿がある場所でもあるからね」
「それってどういう事なの? 私はその地名について両方とも名前すらも聞いた事が無いんだけど」
さりげなく丸くて青い木の実――オレンの実を持ち寄ってアルムに渡しつつ、シオンが会話に入り込んだ。その疑問は他の全員も同じらしく、揃って浮かない面持ちで頷く。ただ一人、ライズを除いては。
「実はこのサンクチュアリなんだけど、他の地域との交流を一切断ってるみたいなんだ。ぼくもここを離れる事は滅多に無いから、詳しくはわからないんだけど、どうやらエスパータイプのポケモンがたくさん集まってるらしいよ」
「そっか。ソルロックはエスパータイプだから、繋がりが無い訳じゃないのか」
説明を聞いてヴァローもある程度は納得したが、その一方で更なる疑問を生み出した事に気づいた。すぐに眉を寄せて、悩ましげな表情になる。
「真意はわからないが、これで繋がりはわかった。だけど――」
「――ロゼリアはエスパータイプじゃない。そう言いたいんでしょ?」
顔に色濃く表れていた心中を察したフリートが、ヴァローよりも先に言葉を紡ぎ始めた。それに大して驚く様子も無く、ヴァローはフリートに歩み寄っていく。
「そうだ。それに、何故そんな無関係に見えるロゼリアがサンクチュアリと言う場所に関係があると見抜いたのか。フリートの判断も気になるんだ」
「そうだね。説明不足だった。実を言うと、ロゼリアは彼女の本当の姿では無いんだ。あれは幻。だから、彼女という表現が適切かどうかすらもわからないよ」
全員が言葉を失ってしまった。次元の違う話をされているようで、付いていけないらしい。姿や戦闘を実際に目撃していないとは言え、見聞きした事が無い故に戸惑いを隠せないようである。
「だけど、ぼくだって伊達に精霊って名乗ってる訳じゃない。力の流れとかを読むのは得意だから、彼女の力に僅かに揺らぎが出たのも見えたんだ。本物の技じゃないという感じのね。その時に、強力な幻を見せる力を持つポケモンがいるというのを思い出したんだ」
「なるほどね。外界との交流を断ってきたのも、存在自体があまり知られなかったのも、幻を駆使して地域全体を見えなくしていたから、と言ったところかしら」
的を射たシオンの発言に、フリートも口を開きかけて首を縦に振った。アルムも力の流れの下りこそ理解出来ないものの、概要は掴めたようで、やや呆けた表情で繰り返し頷いている。
「まあ、本当のところはわからないから、行って確かめてみないとわからないけどね」
「そうなったら、次の目的地は必然的に決まってくるわね」
「そうだな。手がかりを知る為に、行ってみるっきゃ無い。罠があるかもしれないけど、宛てもなく歩くよりは良いだろう」
ヴァローとシオンの考えは合致しており、意見を求めてアルム達の方を向いた。ティルが旅を続けるのに乗り気な事と、レイルが無回答な事は想定内だった。しかし、ここに来てアルムがはっきりと答えを示さない。
「僕は行ってみたい。でも、ライズとウィンさんはどうしたいのかなって思って」
自分の意見を押し通せば良いはずなのに、アルムは何故か他人の事を持ち出して遠回りしようとした。そこに一種の迷いが窺い知れたが、ヴァロー達は追及せずに回答を待つ。
「そう、だね。僕は一度だけサンクチュアリに訪れた事があるから、案内出来るかも。だから、僕はアルムくん達に付いていくよ」
「えっ、本当に?」
自ら同行を申し出てくれるとは思わず、アルムも口を開けてライズの方を見つめる。その表情に曇りが見え隠れしているが、アルムの視線を感じると即座に引っ込めて笑みを“作った”。
「うん。力が上手く制御出来なくなった原因を突き止めなきゃいけないし、実はやり残した事もあるからね」
「そうなんだ。それじゃ、これからもよろしくねっ!」
アルムは飛び切りの笑顔を振り撒きながらライズに体を寄せた。そのまま潤いを得てきらきらした――期待の篭った眼差しをウィンの方に向ける。
「そうですね。僕も良ければこのまま同行したいところですが――」
「――それは無理だよ」
ウィンが遅れて応答しようとしたが、低いトーンでフリートが口を挟んだ。一斉に視線がフリートに注がれていく中で、アルムは恐る恐る口を開いた。
「どうしてそれをフリートが決めるの? 決定権はウィンさんにあるんじゃないの?」
アルムにはどうにも腑に落ちなかった。引き離さないでと言わんとばかりに、哀歓の情が混じり合った面差しでフリートを見つめる。しかし、無言の訴えに対するフリートの回答は、左右への首の往復に留まった。
「わかってるでしょ。元々ウィンは別世界の存在。あくまで助っ人であり、長く滞在する事は出来ないんだ。アルムもわかるよね?」
フリートも諭すように語りかけるが、アルムは視線を逸らして口を真一文字に堅く閉ざしてしまう。明らかに受け入れたくない時の決まった兆候である。
「聞いて。元は君達を助け、乱れた時空間に修正を加えてもらうべく、時空を越えてこの世界に来てもらったに過ぎないんだ。そして、長い滞在は逆に時空の乱れを生んでしまうんだよ。だから、一日くらいが限界なんだ」
「そ、そんなぁ」
夜の様相を呈している空を見上げながら、アルムは悲嘆に暮れていた。一連の騒動が片付いた時には、すっかり日も落ちており、フリートの言うタイムリミットが間もないと事も理解出来た。そうして森でウィンと出会ってからここまでの行程を振り返ると、長い間共に過ごしていたような気がした。
「まだお別れの挨拶する時間はある。その後は、ぼくがウィンを元の世界まで案内するから」
アルムの気持ちを汲み取ってか、フリートは身を引いて一旦その場を離れていった。せめてもの好意は嬉しいものの、複雑な想いは拭えずにいる。アルムの顔にそれがはっきりと浮き彫りになっているのを見て取れた。
「アルム、せっかくだから、ウィンと二人きりで散歩でもしてきたらどうだ? 俺達はここで待ってるからさ」
意気消沈しているアルムの背中を押したのは、他でもないヴァローだった。この場の誰よりもアルムの気持ちをわかっており、だからこそ踏ん切りを付けられるように導いた。
「アルムさん。それでは、散歩でもしましょうか?」
「あ……は、はいっ!」
ヴァローの言葉をそのまま借り受けて、ウィンの方から誘ってきた。一瞬呆気に取られるものの、アルムはすぐに空元気の返事をした。二人のイーブイは、ヴァローやシオン達にその後ろ姿を見送られながら、町外れの方へと歩みを進めていく。
◇
大地を照らす光彩を放っていた太陽は鳴りを潜め、青く澄み切っていた天空は既に無数の宝石を散りばめた黒い衣を纏っていた。緑で覆われていた草原はその鮮やかな色を奪われ、一面が黒い絨毯と化している。
「静かで綺麗な世界ですね、ここは。心が落ち着きます」
光の粒が点在する天を仰ぎつつ、ウィンが穏やかな声で囁いた。一方で、その後ろに付き従っているアルムは、何故かばつが悪そうに歩いている。異変に気づいたウィンが立ち止まって振り返ると、アルムはゆっくりと顔を上げた。
「ごめんなさい、ウィンさん。ウィンさんの世界は大変な事になっているのに、わざわざ僕を助け来てもらう事になって」
顔を合わせたのも束の間の事で、アルムはすぐさま自らの影へと視線を落としてしまう。ウィンは別世界の存在であり、あちらにも事情がある中で自分達を助けてくれた――そんなフリートの発言が引き金となっていた。出逢いの喜びに浸っていた事で今まで見えなかった陰の部分を思い知らされ、自らの力の至らなさに気づいた事で、塞ぎ込んでいたのである。
「何故アルムさんが謝るんですか? アルムさんは何も悪い事をしていないじゃないですか。全て僕の意思ですよ」
優しく声を掛けながら、ウィンはアルムの頬にそっと前足を沿えて撫でた。その光景はさながら弟を宥めている兄のようにさえ見える。
「あ、あの、ありがとうございます。いろいろ助けて下さったのも、僕を助けようと思って下さったのも。たぶんウィンさんがいなかったら、乗り越えられなかったと思います」
直にウィンの暖かさに触れて、アルムに活気が戻っていった。自然と笑顔が生まれ、心も次第に落ち着いていく。そんな状態から紡ぎ出された言葉は、純粋な想いを表に出したものであった。
「いえいえ。僕の方もいろいろと学ばせてもらいましたし、アルムさんにも助けられた事もありましたから、お互い様です」
アルムに釣られるようにして、ウィンの表情も綻んでいった。二つの笑顔が暗い空間でも明るく弾け、一気に空気も和やかになっていく。先程までの気まずい雰囲気が嘘のようである。
「あ、あの、元の世界に帰ってしまう前に、一つだけお願いしても良いですか?」
ウィンの顔と地面を交互に見つめつつ、アルムが躊躇いがちに切り出した。胸を高鳴らせて返事を待っているその姿に、ウィンも疑問を抱きつつ視線を合わせる。
「はい、何ですか?」
「はっ、そ、その」
じっと見つめられて、アルムは思わず動揺して飛び上がってしまった。その素振りからは、隠しきれなくなった恥ずかしさが溢れ出してくるのが一目瞭然だった。言葉を発する為に必死にそれを押し殺し、別の明るい感情を描き出していく。
「ウィンさんは僕の事を“さん”付けで呼びますよね。出来れば違う呼び方が良いなぁ、なんて」
照れ隠しとして足で耳を触っていた時に、アルムは自らの発言を思い返して驚いた。先日ライズに言われたのと似たような事を自分も口走っていると気づいたからである。
「お願いはそんな事で良いんですか?」
「そんな事って言わないで下さいよっ。勇気が要ったんですから」
今度はウィンに嘲笑われているのではないかと思い、アルムは甲高い声で俯き加減に呟いた。すると、ウィンは穏和な表情を崩さずに口を開く。
「すいません、そういうつもりじゃないんです。ただ、名前の呼び方について触れてきたのは、ある一人を除いてはいなかったもので」
苦笑いを浮かべつつ、ウィンは遥か遠方を望んでいた。元の世界に想いを馳せているようにアルムには映り、返す言葉を失って呆けてしまう。その態度から考えを推し量ったウィンは、途切れた会話を再度繋いでいく。
「それで――アルム“くん”と呼んでも良いんですか?」
「は、はいっ。その方が何となく距離が縮まったような気がすると言うか、親しくなれたと言うか。何となく“さん”付けされると、遠い存在になる気がして」
「そんな事はありませんよ。この呼び方はただの癖ですし、アルムくんの事は他人のように思えなくなっていますから」
さりげなく呼び方を変えてくれた事に気づくと、アルムの笑顔が花開いていった。また一歩ウィンに近づけたような気がして、そして認められたような気がして。素直な感情を抑え切れなくなった結果として、満面の笑みとなって表れた。
「えへへっ、何だかもう一人お兄さんが出来たみたいで嬉しいなぁ」
「えっ、アルムくん?」
ゆっくりと歩み寄っていくと、アルムはぎゅっと力強くウィンに抱き着いた。突然の事でウィンも戸惑いながらも、ふわりと軽く抱擁で返す。
「でも、せっかく来てもらったのに、この世界や友達を他に紹介出来なくて残念です。本当はもっと一緒にいて、いろんな事をしたかったのにっ」
顔を
埋めている箇所の毛が徐々に濡れていっても、ウィンは厭(いと)う様子も無かった。別れを惜しんでいるアルムの心情が、痛い程伝わってくる。それだけでこの状態を維持するのには充分な理由だった。
「泣かないで下さい。永遠の別れって訳ではないんですから」
「でも、でもっ、ウィンさんは違う世界から来てるんでしょ? そんな簡単に会えませんし――」
「――簡単じゃないだけです。現に僕はここにいて、今まさに帰ろうとしてるんですから。行き来が不可能では無いんですよ」
暗く落ち込んでいたアルムの心に、一筋の希望の光が射した。それを届けてくれた相手を見る為に顔を上げると、暖かいものが内側から込み上げてきた。この人は嘘を言ってるんじゃない――それをはっきりと感じ取ったからだった。
「それじゃ、また会えますか?」
「あなたがそう望めば、願いは叶うはずです。一度はこうして巡り会えたんですからね」
「……はい。またいつか会えるように願ってますね」
もう一度アルムはウィンに寄り添った。温もりが伝わってきて、心まで暖かくなった。故郷以外で出逢った初めての同種族であり、そして、兄のような存在。そんな頼れるウィンに、いつしか心惹かれていた。だからこそ、最後という事で、次に会うまでの分も温もりを記憶していく。
「ありがとう、ウィンさん。もう戻らないといけませんよね」
「ええ、たぶんそろそろ」
たった一日と短い時間であっても、アルムにとってはとても濃い一日。それをしっかりと頭と心に焼き付けて、互いに離れて落ち着いた。狭めていた感覚を戻したところで、何かが近づいてくるのを感じて二人は振り向いた。
「別れの挨拶は済んだようだね」
二人の世界を邪魔しないように、フリートが距離を置いたところに姿を現した。時間が来た事を悟り、今度はアルムが身を退く。目に見えて元気を無くしているのを見抜いたフリートは、心配そうに見遣る。
「ヴァロー達はウォルクの家にいるよ。見送りは出来ないけど、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。僕の方も最後まで見送りは出来ないようだし。それじゃあ、ウィンさん、さようなら」
もう悲しい顔は見せないように、最後は明るく送り出そうと、アルムは笑顔のままで背を向けて町へと戻っていった。その哀愁漂う後ろ姿が見えなくなるまで黙って見つめた後で、改めてフリートがウィンに接近する。
「さてと、用意はいいかな? フルスターリの強力な力で一旦彗星まで送り出して、そこからまた君の世界に送るからね」
「わかりました。でもその前に一つ、質問をしても良いですか?」
フルスターリの存在する郊外の森へと足を運びつつ、ウィンが問い掛けた。フリートは無言で頷いて続きを待つ。
「ここでは貴重な体験が出来ましたし、アルムくん達に会えた事は良かった事だと思ってますから、不満はありません。ですが、何故僕である必要があったのか、もしその理由があるのなら聞きたいです。別の次元と繋がる事が出来るなら、他にも強い方はいらっしゃるでしょうから」
至って正当な疑問だった。自分が召喚された詳しい理由について、依頼を果たした分には知る権利がある。そう判断したフリートは、軽く咳払いをして説明の準備をした。
「この惑星――と言うかこの世界全体はね、空間的にすごく不安定な場所に存在するんだ。目には見えないけど、君達のいる“不思議のダンジョン”が点在する世界の目と鼻の先にね」
「それは、二つの世界の境目が近いという事ですよね」
「うん、そうだね。それで、ここからが大事なんだけど、君達の世界で起こる“星の停止”と“歴史の改変”が、この世界にも影響を及ぼすんだよ」
「――っ!」
自分達の世界の事情を把握しているフリートの口振りに、ウィンは大きく平静な表情を崩した。何故“星の停止”について知ってるのか――疑問の声を口に出そうとした時、フリートが先に声を出した。
「何らかの行動によって時空を変化させる事は、後に大きな皺寄せを生むきっかけとなるんだ。それがその世界だけに留まればまだ良いんだけど、改変の程度に比例して影響が広がるんだよ。こんな風にね」
ウィンが理解し易くなるようにとの配慮から、フリートは両手から柱状の炎を二つ作り出した。それぞれを接近させた上で片方に力を入れると、中央辺りで炎が弾け、隣の柱も大きく揺らいだ。
「炎がそれぞれの世界だと考えると、もうわかるよね。そして、この惑星(アストル)は、全ての時空の歪みを引き受ける世界なんだ。だから、その歪みをなるべく防ぐ為に、一番近い世界の君に託したんだ。信じるか否かは勝手だけどね」
話に一つ区切りがついたところで、当のウィンはすっかり言葉を失っていた。道すがら一瞬足を止めるが、すぐに平静に戻って歩みを続ける。
「今のはあまり気にしなくて良いよ。大きな理由は、君とアルムなら同じイーブイ同士で上手くやって、アルムの力になってくれると思ってたからだよ。それと、レイルに“とある”きっかけを与えるのもあるみたい。と言っても、決めたのはぼくじゃないけどね」
「そうですか」
全てを飲み込めた訳ではないにしろ、ある程度は頭に入っており、ウィンは気難しそうな表情で相槌を打つ。その様子を見届けたところで、フリートは堅くなっていた顔付きを解いた。
「難しく考えなくても良いよ。元々はこっちの問題だからね」
「わかりました。ありがとうございます」
「いや、お礼を言うのはこっちの方だよ。本当にいろいろとありがとう」
町から遠く離れ、茂みの手前まで来たところで、フリートは飛行を止めて地上に降り立った。ウィンの前足を両手で掴んで握手すると、そっと足を下ろし、再び浮遊してウィンと向き合った。
「それじゃ、時間だよ。大丈夫、心配しなくてもちゃんと元の世界には送ってあげるから」
「ありがとうございます。しかし、アルムくんはもう大丈夫なのでしょうか?」
この世界を離れる間際になっても、ウィンは未だにアルムの事を気にかけていた。今回手助けをしたとは言え、あくまで一時的な処置に過ぎない。一度行動を共にして戦った仲間だからこそ、余計に今後の身を案じているのである。
「そっちも大丈夫だよ。ぼくもその一人だけど、君が助けてくれた新しい仲間も付いてるからね。改めて、本当にありがとう」
感謝の想いを込めたフリートの微笑みが見えたのも、ほんの一瞬の事だった。ウィンの体は直後に眩い光の繭に包まれたかと思えば、そのまま遥か上空――夜の帳(とばり)の中でも輝いている彗星の元へと向かっていった。
「これで、一先ずは分岐点が変わったかな。ぼくも今日は疲れたから、アルム達のところに戻って休もっと」
白い光の尾が消えるまでその場に留まった後で、フリートは大きく欠伸をした。緊張が全て解けて眠そうに目を擦りながら、町に向かって暗い夜道を飛んでいく。
慌ただしい一日を終え、一時の休息を得る一同。役目を終えた者は居るべきところに帰り、戦いを終えた者達は眠りに就く。全員が夜の空気に飲み込まれていき、静かな時間が訪れる。しかし、彼らはまだ知る由も無かった。各地で暗躍する者達が、着々と表立って動き始めていた事に――。