エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第八章 迷宮の森と運命の出会い〜特殊な力を持つものたち〜
第六十話 立ち向かう勇気と仲間〜アルムとライズの共闘〜
「邪魔な標的を二名、排除します」
 放つ一言一言に抑揚が全く無く、敵意を剥き出しにしているエネコロロと対峙しているアルムとライズ。目に光が宿っていない機械のような相手に、他の組以上に苦戦を強いられていた。
「そう簡単にはやられないよっ!」
 気合いの叫びを上げると同時に、ライズは駆け出した。機敏な動きでエネコロロの背後に回り込み、“でんこうせっか”の速度で突撃していく。一方で、エネコロロは先読みしていたように振り返り、迎え撃つ形で“たいあたり”を仕掛けた。
 正面からぶつかり合い、体格の差など感じさせない程に押し合っていく。程なくして、結果は明白な物となった。競り合いはライズに軍配が上がり、エネコロロの体は突き飛ばされる。
「ライズ、すごいねっ」
「いや、今のは全然効いてないはずだよ」
 ライズの予想通りだった。ダメージは全く無いようで、エネコロロは立ち上がるとすぐに素早く接近、尻尾を大きく振り上げた。それで叩いてくると読んだライズが、振り回してきた方向に手を向けて防御の構えを取る。しかし、そちらは囮であり、本命は前足による殴打だった。防ぐ暇もなく、むざむざとライズは直撃を喰らってしまった。
「うっ、“だましうち”か」
「ライズ、大丈夫?」
「うん、大丈夫。だけど、気をつけて」
 攻防を交えたからこそ出るライズの言葉に、アルムも気を引き締め直した。今度は一歩ずつゆっくりと近づいてくるエネコロロを見据えながら、身を屈めて相手の出方を窺う。
「弱い者から排除します」
 氷のように冷たいエネコロロの視線が、ライズからアルムへと移った。いきなり貶(けな)された事に不快感を覚えつつ、アルムは攻撃に備える。
「僕は、弱くないもん!」
 強く否定するように、そして自らに言い聞かせるように声を張り上げて、アルムは向かいくるエネコロロに正面から“たいあたり”を仕掛ける。しかし、全力の猛進もエネコロロに軽く前足であしらわれた挙げ句、尻尾による打撃で弾き飛ばされてしまう。
「僕がいる事を忘れるなよ!」
 アルムが地面に倒れ込んでいる時に、ライズは全身から電気を迸(ほとばし)らせながらエネコロロに突っ込んでいく。かわす隙を与えず噛まされた“スパーク”という名の突進は、エネコロロを大きく後退させた。今の一撃は効いたのではないかと淡い期待を抱いたが、纏わり付いていた電気を振り払う仕種でそれは消え失せた。
「これも効いてないの?」
「いや、今のは僕も決まったと思ったんだけど……。何だかまだ上手く電気の制御が出来てないみたいなんだ」
 攻撃をしたライズ自身が手応えの無さに戸惑っていた。そして本人の感じていた通り、彼が放っていた電気量は先よりも減退していた。それは単純な充電不足では済まないレベルである。
「それってどういう事なの? 何か体調が悪いとか――」
 アルムが心配して声を掛けていた途中で、エネコロロの突撃によって妨げられた。意識が刈り取られるような重い一撃に不意を突かれ、アルムの体は大きく突き飛ばされて転がる。
「よそ見をするのは弱い証拠です」
「よくもアルムくんを!」
 アルムが襲撃を受けたのに気づくと同時に、ライズは瞬時に体位を変えて両手を前に突き出した。その先からは無数の星型の光が生まれ、次々とエネコロロに向けて飛んでいく。素早い星の光線の群れ――“スピードスター”は、確実に標的を捉えてダメージを与えていった。
「うぅっ、今のは痛かったぁ」
「あっ、アルムくん、大丈夫だった!?」
 アルムは体に付いた砂を足で払い、ゆっくりと起き上がった。いつになく緊迫した空気と初めてと言っても過言ではない実戦に、すっかり足が竦んでいる。
「アルムくん、下がってて。このエネコロロは何か普通じゃない」
「でも、ライズは電気が上手く使えないんじゃ……。まだ僕は戦えるよっ」
 ライズが身を案じて指示するのをよそに、アルムは珍しく意欲的に、勇んで前に進み出た。状況が状況なだけに、今までのように甘えてられない事を直に感じていたからであった。
「標的は変わらず。戦闘続行します」
 “スピードスター”が直撃した事もあってか、エネコロロはやや体力が衰えているようだった。しかし、それでも戦意は喪失しておらず、尻尾をピンと立てて迫りくる。さながら鬼気迫る光景だった。
「――来るよ!」
 時機を見計らってライズが合図の声を出した。その勘は的中しており、真っ直ぐ突進してきたエネコロロは、高く跳躍して二人の背後に飛び込んできた。四足で必死にブレーキをかけると、すぐさま死角からアルムに接近していく。
 臆して反応が遅れ気味にはなるが、それでもアルムは後ろ脚で砂を蹴り上げた。目を暗ませる事が目的の“すなかけ”は、的確にエネコロロの顔を捉えて直撃した。しかし、当の敵は砂を物ともせず射程範囲まで踏み込み、尻尾でアルムを打ち据えた。その体が地面に叩き付けられたところで、エネコロロはさらに二発目をお見舞いしようと尻尾を振り上げる。
「させないっ!」
 ライズは“でんこうせっか”のスピードで切り込み、エネコロロを突き飛ばした。思いがけない突撃に、エネコロロの体は離れたところまで退いていく。
「ここは任せて!」
 高らかに声を張り上げると、ライズはエネコロロに接近していく。

(僕はどうしたら良いんだろう――)
 その後ろ姿を途中まで見送って、アルムは地面と向き合う。いつの間にか目の前の景色がぼやけて見えていた。不動のはずの大地が、激しく揺れて波打っているように映る。
 意気込んでむきになった割に、結果は散々なもの。協力するどころか、重荷になっている。そんな自らの無力さを痛感して、改めて悔しさを滲ませていた。
「戦わないと。僕も、戦わないとっ」
 ライズが上手く電気技を使えない以上は、手助けが必要だとも思っていた。それでも、思うように足が前に進んではくれなかった。自分が弱いと認識されたのも無理は無いのだと悟ると、アルムの心の中で一気に負の感情が膨らんでいく。大きな心の揺らぎは、アルムから徐々に力を奪っていった。
「アルムくん、危ない!」
 標的は依然として変わっていないのか、ライズをあしらってエネコロロが近づいてきた。しかし、敵が迫ってきていると言うのに、もやもやしたものが心の中で渦巻き始め、危険を察知する能力を鈍くしていた。ライズに注意を喚起され、アルムはようやく身の危険を理解するに至ったが、その時点では既に回避不可能な位置まで距離を詰められていた。
「このっ、相手は僕だろっ!」
 全力で駆けてきたライズが追いつき、再びエネコロロを撥ね飛ばした。その光景を見届けはするものの、アルムの頭には全く入って来なかった。またしても視界を暗い方へと移してしまい、地面には雫によって斑点模様が描かれていく。
(助けたい。僕も上手く立ち回ってライズと一緒に戦いたい。でも――)
 焦っても役立たずじゃ無駄なんだ――その思いが、アルムに僅かに残る勇気さえも食い尽くしていった。呼吸も上手く出来ず、もはや意識が朦朧としかけていた。
『アルム、元気を出して』
 心も完全に折れそうになった時だった。頭に響くような、しかしどこか心地好い声が聞こえてきた。それに影響してか否か、微かに吹いていた風が不意にぴたりと止んだ。戦闘によってぶつかり合う音も、ずっと遠くに感じる。自分の周りの時が固着してしまったような錯覚に陥っていた。
「だ、誰なの?」
 幻聴の疑いを持ちつつ、孤独を紛らす為に未知の声に問い掛けた。ミゴン・フォレストの時と感覚こそ似ているものの、声は異なるものであった。
『ぼくだよ、わからないの?』
 落ち着いてみると、聞き覚えのある声調だという事に気づいた。しかし、そんなはずが無いと思ってアルムはその名前を口に出せないでいた。そうして戸惑っていると、耳に声が響いてきた。
『ぼくは、君に宿した炎の中にある残留思念だよ。君の力を発動させるのを手助けする為のね。さあ、アルム。勇気を出して』
 元気の次は勇気を出して。自信を喪失してるアルムにとって、それは自力では不可能の領域まで達していた。対象こそ見当たらないものの、心の内を表現するように顔を背ける。
『君だって、このままじゃ駄目だってわかってるんでしょ? だったら、差し迫っている事から目を背けないで』
 言われなくてもわかってる。そう言って突っぱねたかったが、事実を認めざるを得ずにうなだれてしまう。心まで弱い自分を見た気がして、一人ではただ悔しがる事しか出来ないと思い知らされて。しかし、フリートと思わしき声に励まされてから、気分が楽になり始めていた。
『そうだよ、前を向いて。“今”をちゃんと見るんだ』
 きっかけの言葉はまたフリートの残留思念に貰った。俯けていた顔を上げると、失いかけていた臨場感が戻ってきた。方々からは戦闘の継続を示す轟音が近くにはっきりと聞こえるようになり、飄々と吹く風もその身で感じている。
『大事な感覚は捉える事が出来たみたいだね。今度は力の使い方だよ』
「えっ、でも、力って言われたって、良くわからないよ」
 また弱気になってしまった。今まで無意識の内に熟していた事だからこそ、余計にどうして良いのか自分でも理解出来ずにいるのである。暗かった表情が、自らの不確かさによってますます曇っていく。
『大丈夫、ぼくが手解きしてあげる。その為に炎を授けたんだから。ほら、炎をイメージしてみて』
「炎を、イメージ?」
 いまいち釈然とはしないが、アルムは言われるがままに頭の中に小さな炎を思い描いていく。しかし、その最中にも、目の前ではライズがエネコロロに一方的に押されているのが見え、集中して上手く想像を固める事が出来ないでいた。
『気を逸らさないで。今は自分が出来る事にだけ目を向けていれば良いから』
「う、うんっ」
 フリートの声に諭され、アルムは気になる周りの諸々を自らの意思で遮断した。不思議と心が落ち着いており、先程までの焦りは微塵も残っていない。まるで別人の自分を第三者の視点で見ているような感覚になる。
 気持ちがどこか宙に浮く中で、アルムは静かに息を吸い込んで目を閉じた。視界がほとんど真っ暗になったところで、想像力を活かして小さな揺らめく橙色の炎を思い浮かべる。
『そう、それで良いよ。今度はその炎をゆっくり広げる事を想像してみて』
「炎を、ゆっくり広げる」
 小声で復唱すると、次は少しずつ息を吐きだした。集中力を欠かないように配慮しつつ、留めている炎の心象を頭の中で膨らませていく。それが全て自らの欠点の改善に繋がると信じて。
「うわあっ!」
 しかし、そこで予期せぬ叫び声が響き、集中力が途切れた。イメージをそっちのけにして目を開くと、ライズが近くまで飛ばされて倒れているのが目に映る。
「ごめん、アルムくん。今の僕じゃ力不足だったみたい」
「何で、ライズが謝るの? そんな、ライズは必死に戦ってくれたのに。謝るのは何も出来ないでいた僕の方なのに」
 自分の事を思って一人で戦い、傷ついたライズの姿を改めて見ると、アルムの頭の中は徐々に漂白されていった。
 いつでも自分は守られる立場。だから、いつかは自分が守るように強くなれたら良い――そんな願望を抱いていたのも、所詮は叶わない夢なのか。不思議な力を身につけたのも、幻想なのだろうか。そうして湧き出してきた感情が、鎮まっていたはずの心を混乱させて狂わせていく。
『自分を見失わないでっ!』
 するべき事を忘れかけていた時に、内から轟く声に喝を入れられ、アルムは我に返った。その時点で、止めを刺そうとするエネコロロが眼前まで接近していた。アルムは頭よりも先に体が動き、迷わずにライズの前に立った。次の瞬間、アルムの小さな体は宙に舞った。
「あっ、アルムくん!」
 絶叫が飛ぶと同時に、ライズを攻撃から守る盾となったアルムは、後方の地面に叩きつけられた。意識はまだあるものの、その身は困憊しきっていた。
「守りたいものを守る。確か僕の力は、守りたいと強く念じた時に出るって言われたような」
 しかし、その一方で心はまだ折れておらず、むしろ何かを掴みかけていた。未だかつて無かったくらいの力を四肢に込めて立ち上がり、確信を持った目つきでエネコロロを見据える。
「あと一撃で、確実に仕留めます」
 エネコロロの方も前足を曲げて力を蓄え、一気に駆け出した。もうライズの助けも、他に援護も無い。それでも動じる様子は無く、アルムは再び目を閉じた。自分を見失わないようにとの言葉をしっかりと心に刻み付けて。
(ライズを守りたい。その想いを炎のように強く燃やして、大きく広げる――!)
 教示された事を踏まえて、アルムは想像を強固なものとした。想いを強く、しかし自分の純粋な気持ちを押し殺さないように抱いた。そして、自分を信じ、決して逃げないと誓った。その覚悟が、遂に実を結ぶ――。
 勢いのついた尻尾が振り下ろされ、アルムを捉えたように見えた瞬間に、身を守る球状の防御壁(シールド)が展開された。蒼い光の壁は、外敵(エネコロロ)の侵入を頑(かたく)なに拒み、体ごと弾き返した。
「出来たっ。これが、守護の力」
 思い通りに力を発揮出来た故の満足感からか、足の力が抜けてその場に崩れた。薄氷を踏むような状況を乗り越え、助力もありながら自らのすべき事を見出だした。口元が綻んでいる表情が、達成感や安堵などその全てを物語っている。
「アルムくん、すごいね。今度は自分で力を操れるようになったんだ」
「あっ、ライズ! 体はもう大丈夫?」
「ふふっ、僕ならアルムくんよりも体は動かせるよ」
 歩いて近寄ってくるライズの無事な姿を見て、アルムはほっと胸を撫で下ろした。一方で、心配される立場であるはずのアルムに心配された事で、ライズも思わず笑みが零れる。苦しい戦いではあったものの、結果的に互いを思い合う事で乗り越えられた。その事から、二人の間には穏やかな空気が流れる。
「排除の指令は……まだ終わっていない」
 安心したのも束の間の事、気を抜いていた二人を現実に引き戻す声が聞こえてきた。二人揃って吹き飛ばしたはずのエネコロロの方に視線を遣ると、ふらふらと立ち上がる姿が目に入った。
「あの壁にぶつかった反動で、結構効いたと思ったのに」
「まだ、戦いは終わってないと言う事だね」
 疲労が癒えてないなどと言ってはいられないとわかっていた。ライズに支えられつつ、アルムは必死に体を起こした。疲れが溜まっているのは相手も同じだと考えて気を楽にして、身を屈めて待ち構える。
「アルム、もう安心して――」
 様子を窺いながら特攻を掛けようとしていた時だった。背後から別の優しい声が耳に届き、ゆっくりと振り向いた。そこには、先程まで心に語りかけてくれていたのと同じ声色の持ち主――本物のフリートがいた。敵意は全く無く、微笑みかけてくる様子から元に戻ったのだと瞬間的に悟った。
「フリート、元に戻ったんだ。良かったぁ」
 正気を取り戻した事を確認したところで、一気に喜びが押し寄せてきた。それに反比例して緊張感が薄れていき、アルムは足に力が入らずに倒れそうになるが、フリートはそんなアルムの体を後ろから支える。
「心配かけてごめんね。もう大丈夫だから。さてと」
 アルムをそっと地面に座らせると、フリートの表情は一瞬で険しいものとなった。その鋭い眼光で見つめる先にいるのは、もちろんエネコロロである。
「君が最後の手がかりなんだ。おとなしくしててもらうよ」
 羽で軽く浮き上がり、フリートは軽く腕を横に振った。それに呼応して大地から真っ赤な炎の柱が立ち上り、エネコロロを取り囲んでいく。自力では逃げられないような炎の檻を素早く作り上げ、身動きが取れないようにした。しかし、炎を固定していく段階で、何の前触れもなく、辺りに黒煙が立ち込め始める。それがエネコロロの姿を覆い隠す前に、赤く長い首と黒い甲羅が垣間見えた。
「けほっ……フリート、村長のコータスさんだよ!」
「わかってる! だからこそ、村長ごと炎で囲い込む!」
 苦しそうに咽(むせ)ながらアルムが伝えた情報を元に、フリートも即座に対策を練った。濃い煙で良く見えない状態でも、炎を動かしてコータスの捕獲を試みる。
「今ここで捕まる訳には行かない。一旦引き上げるぞ」
「逃がさないっ! 事情はきっちりと説明してもらった後で、村長を正気に戻す!」
「それは不可能な話だ。それに、良いのかな? 坊や達の方には“スモッグ”も混じってるら、引火する可能性もあるのだぞ」
 互いに目視出来ないままやり取りを交わす中で、フリートはその手を下ろした。アルム達にまで被害が及ぶ危険を冒せないと判断し、炎で逃亡を阻止するのを止めたのである。そこですぐさま作戦を切り替え、“ねんりき”で気流を操って煙幕を吹き飛ばしていく。
「よし、今度こそ二人とも捕まえて――」
 戦いに備えていたフリートだったが、直後に絶句してしまった。煙が晴れた頃には、既にエネコロロとコータスの姿は無く、まんまと取り逃がしてしまったのである。
「上手く出し抜かれた、か。せっかく敵の正体がわかると思ったのに、悔しいっ……」
 町の破壊を止め、操られていたフリートを正気に戻した。成果はそれで充分ではあるが、三人全員の逃亡を許してしまったのは、状況を把握する上では痛手であった。誰よりもその事を悔やむフリートの声が、戦いの集結を告げる静かな風に乗って荒野に漂うのであった。



コメット ( 2012/10/15(月) 00:01 )