エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第八章 迷宮の森と運命の出会い〜特殊な力を持つものたち〜
第五十九話 操られし精霊との激突〜ウィンドモードvsパイロキネシス〜
 互いの技が衝突する度に爆風が立ち込め、尋常ではない高密度のエネルギーが飛び交う。――ヴァロー達の戦いが行われていた位置からは少し離れたところでは、イーブイのウィンとビクティニのフリートによる激戦が繰り広げられていた。
「へー、中々やるねっ!」
 遥か上空に舞い上がったフリートは、両手に蓄えた光炎を地上にいるウィンに向かって投げつけた。それは落下の最中に弾け、四方八方からウィンに襲い掛かる。
「随分と妙ですね」
 ウィンは抱いた違和感を口にしつつ、開いた口から連続で水のリングを放って、全ての炎を打ち消した。相殺を確認したところで、もう一度“みずのはどう”を撃ち出す。今度は複数ではなく、一発にその威力を凝縮した水の環である。
「でも、まだつまらないなぁ。本気出してよ」
 圧縮された水のエネルギー弾を、フリートは炎の塊で以って撃ち落とした。ティル達を閉じ込めている炎の牢に力を割いているにも係わらず、威力が衰えている様子はまるで無かった。しかし、ウィンが不思議がっていたのはそこでは無かった。
「あなたは、操られている割には感情の篭った話し方をしていますね。一体あなたの自我はどこにあるのですか?」
「さあね。君が本気で戦ってくれればわかるかも」
 フリートは薄々ウィンの秘める力に勘づいていた。だからこそ、本気の力――それはつまり、“ウィンドモード”を使うように要求していた。まだ早い段階であるが、真相を確かめる為にも、要望に応えるべきか、ウィンは迷っていた。しかし、すぐに迷いは吹っ切れ、次の行動に移る。
 ウィンは大きく口を開き、その中に黒い粒子が集合して一つのエネルギー球を形成していく。大きく膨らんで口から出た同時に、一気に漆黒の球体――“シャドーボール”を放った。
「だから、そんな力じゃなくてさ――」
 残念そうに溜め息を吐くと、フリートは片手をウィンに向けた。一瞬無色の空気が陽炎の如く大きく揺らめいた。それに同調するように炎が出現し、向かい来る黒く染まった球体を包み込んでいく。
「――隠してる力があるでしょ」
 真っ赤に燃え盛る豪火は、内包した“シャドーボール”を燃やし尽くして縮小していった。そして、続くターゲット――ウィンの周囲の地面からも炎が立ち上り、球状になってウィンの姿を覆い尽くした。
「ぼくの発火能力(パイロキネシス)を破るには、それ相応の力じゃないと――」
 フリートが俯瞰していると、突然炎の球体が“内側”から吹く突風によって弾け飛んだ。炎が打ち消された事で熱を含んだ風が一帯に吹き抜けて、自らの肌を撫でていっても、フリートは動揺している様子を見せない。
 風の渦を巻き起こした張本人のウィンは、茶色の毛は淡い青色に染まっており、尻尾は分裂して二本になっている。背中から伸びた青色混じりの白い四枚の翼を羽ばたかせ、高く空に飛び上がった。
「力を使わなかった――という意味では確かに本気ではありませんでした。でも、今度は正真正銘の本気です。行きますよ!」
 一呼吸置いて、ウィンは大きく翼を羽ばたかせた。空気を圧縮して刃を生み出すと、フリートに向けて一斉に解き放つ。隠していた手の内であり、さすがに簡単にはあしらえないはず。ウィンはそう高を括っていた。しかし、フリートは不敵に笑いながら留まっていた。小さく息を吸い込み、両手を広げる。
「中々特殊で面白い技だね」
 全身が一瞬で火だるま状態と化したところで、フリートは素早く両手を前方に向けて振った。複数の迸る火炎の弾となり、流星の如き速度で次々と風の刃――“一陣の烈風”に激突していく。物の数秒で全てが撃ち払われた。
「だけど、ぼくの“かえんだん”を破る事は出来ないみたいだね」
「ええ、どうやらそのようです。しかし、まだ他にも手はあるんですよ」
 互いの持つ力を一度目視し終えたところで、いよいよ本番に移るようであった。今までのは準備運動だったのか、ここに来て二人とも表情を引き締める。先に攻めに転じたのは、変化したイーブイ――ウィンの方だった。
「“裂帛のかまいたち”!」
 ウィンの口から飛び出したのは、先に披露した技とは別物だった。フリートも身構えながら見守る中で、ウィンは先刻と同様に神々しいまでの翼を目一杯広げる。同じ動作で同じ手を使うのではないか。そう推測したフリートは、迎撃の為にその身に烈火を蓄える。
 “かえんだん”の発射準備が整ったところで、ウィンも翼をはためかせた。無数の素早い刃が放たれるまでは同じだったが、その威力が“一陣の烈風”とは段違いだった。フリートの放出した火炎の集団を容易く切り裂くと、そのままフリートの体にも襲い掛かった。
「“終焉の疾風”」
 畳み掛けるように、ウィンは次なる行動を起こした。もはや目では追いきれない程に、まさしく疾風のようなスピードで飛び回る。フリートの周囲に風が吹き抜けたかと思えば、その体にいくつもの傷が作られていく。さながらかまいたちのようであり、回避する事はおろか一矢を報いる事さえも出来ずにいた。
「結構速いんだね。でも、これなら――」
 対抗策を思いついたフリートは、再び“かえんだん”を放つ構えに入った。体を包んで大きく膨らんだ炎は、分裂して全方向に勢いよく弾け飛ぶ。移動速度がいくら速くても、広範囲に及ぶ攻撃なら当たるはず――と判断しての行動だった。
「甘いですよ」
 一方で、ウィンは戸惑う事なく軽々と――様子は目では捉えられないが――炎の弾丸をかわしていった。全てを避けきってフリートの頭上まで飛翔すると、すぐさま身を反転して体当たりを噛ました。だが、フリートは何とか落下半ばで持ち堪えて墜落を防いだ。
「ちょっと目が慣れてきた。今度こそは――」
 自分より高い位置にいるウィンに向けて、フリートは一つの火炎の塊を撃ちだした。途中で細かく分離すると、独立して意思を持ったように自由に動き始めた。フリートの手と炎一個一個が青白い光を纏っている。
「“ねんりき”で操っているんですね。確かにすごいです」
 迫ってくる炎を見据えて確認し終えると、再びウィンの姿が掻き消えた。先程よりも速度は増し、追尾してくる炎も難無く避けていく。これにはさしものフリートも焦りの色を浮かべた。
「でも、ぼくの間合いにいるのは変わらないよね」
 しかし、フリートはすぐさま内側に動揺を押し込め、落ち着きを取り戻して神経を尖らせた。巧みに火の弾を動かし、自らの周りに円状に展開する。頻りに目をきょろきょろさせ、高速で動き回るウィンの出方を窺っているようである。
「そこだぁっ!」
 フリートは遂に反撃の狼煙(のろし)を上げた。ウィンが近くを通過する際に炎が揺らめく事に気づき、移動を繰り返して特定出来ない現在位置を予測するに至ったのである。目視は出来ない中でも、火炎の弾丸が連続でウィンに直撃した。ようやく姿が現れると同時に、ウィンはゆっくりと地面に向かっていく。
「はぁ、はぁっ。中々やりますね。正直言って、この技が破られるとは思いませんでした」
 翼を労るようにしながら、ウィンは一旦地上に舞い降りた。息を切らしつつ、急に弱気な発言が飛び出し、逆にフリートは誇らしげな表情を浮かべる。だが、すぐに顔を上げたウィンを見て、その表情は険しい物へと一変した。
「でも、アルムさんの為にも、この戦いは負けられません!」
 ウィンは決して諦めてなどいなかった。ただ、そこに使命感などは無く、別に生まれていた異なる感覚――“仲間”の為に戦うという想いが、ウィンの中を駆け巡っていたのである。それは、彼自身にも新たな変化を(もたら)した。――疲労が重なって起こっていた息切れが、ぴたりと止んだ。
「フリートさん、目を覚まして下さいっ!」
 叫喚を発するのを合図にして、ウィンは地表から舞い上がった。フリートも防御を兼ねて炎で再度陣形を取ろうとするが、その時間すら与えずにウィンは懐に飛び込んだ。反射的に身を退こうとするのも間に合わず、フリートはウィンの初速での一撃を貰う羽目になった。空中で大きく突き飛ばされるも、羽を広げてブレーキを掛けて留まった。
「一撃で倒せなかったのは失敗だね!」
 ウィンの後ろ姿を一瞥しつつ、直ちにフリートは集中して炎を操ろうとした。しかし、即座にウィンは一気に加速した。繰り返しフリートに接近し、擦れ違い様に攻撃を浴びせていく。こちらは確実にヒットしており、徐々にフリートの体力を削っていった。
「フィニッシュ!!」
 良い頃合いを計り、ウィンは最後の一撃を叩き込んだ。最高速度でぶつかった衝撃には堪えられず、フリートはそのまま地面に突き落とされた。ウィンは翼を大きく広げ、確認の為にゆっくりと降下していく。
「このっ、まだ終わってないよ!」
 まだ意識を失っていなかったフリートは、右手だけを突き出した。すると、浮遊していた炎の数発が躍りだし、ウィンの背中を狙い撃った。焼け付くような痛みに顔を歪めつつ、ウィンは不安定な着地をする。
「くっ、決まったと思って油断しました。さすがですね」
「それはこっちの台詞。ぼくもここまでやられたのは久しぶりだよ」
 双方に疲労が溜まり始めているものの、闘志を剥き出しにして立ち上がって相手を見据えた。ウィンは翼を広げていつでも羽ばたけるようにし、フリートは両手を前に突き出した。
「戦いは、まだこれから――うっ」
 しかし、突然フリートの威勢はあっという間に衰えていき、その場に倒れてしまった。戦闘の続行を覚悟していたウィンも、呆気ない幕切れにやや戸惑っている。
「やはり、操られているにしてはおかしいですね。“エンジェルブリーズ”も使ってませんし、これはもしや――」
「――ううっ」
 呻き声が上がると共に、フリートの体も起き上がった。ウィンは攻撃が飛んでこないか警戒するものの、その兆候は一切見られない。むしろ手を下に向けて、攻撃の意志が無い事を示していた。
「あれ、君はアルム……じゃないよね。ともかく、ありがとう。君がある程度肉体にダメージを与えてくれたおかげで、主導権を取り戻せたよ」
「主導権を取り戻したと言う事はつまり、あなたは本来のフリートさんですか?」
 フリートはこくりと小さく首を縦に振った。その素振りには敵意すら感じられない。まるで別人のようである。
「信じ難いと思うけど、さっきまでのぼくはぼくじゃなかったんだ。ちょっと説明しづらいけど」
「一応状況はわかっています。少なくともあなたの体が何者かによって乗っ取られていた事くらいなら」
 正気に戻ったふりをして油断させるのは常套手段だが、その可能性も無かった。何とか戦闘の収束に漕ぎ着ける事ができ、ほっと一安心する。
「でも、僕は本当に応戦しただけですけど」
「ぼくも必死に内側から抵抗してたってのもあるかもしれない。だけど、別の力がぼくに伝わってきたと言うか――」
 両手を結んだり閉じたりして自らの感覚を確かめながら、フリートは何かに気づいたように振り向いた。その方角には、交戦中のアルムとライズの姿があった。二人とも苦境に立たされている様子が窺える中で、アルムの体が淡い光を纏っているのが目に映った。
「やっぱり。とにかく、ようやく自由に動けるようになったし、ぼくも加勢しないと――」

「――あら、安心するのは早いんじゃなくて?」
 向こうの戦いに参戦する為に二人が動き出そうとした時、背後から不意に女性特有の高い声が響いた。ウィンとフリートは揃って後ろを振り向くと、右手は赤色、左手は青色の薔薇になっており、体色はほとんどが緑のポケモン――ロゼリアが離れた位置で立っているのが見えた。
「お前は確か、ここでぼくを捕まえた奴だな!」
「ええ、そうよ。まあ、正確には違うのだけどね」
 ウィンとフリートを見据えつつ、ロゼリアは右手を前に出して怪しい行動を見せる。すかさずウィンが口から烈火を放つが、炎はロゼリアの体を何事も無く通過していってしまった。
「攻撃は無駄だってわかったかしら? 私達の作戦に支障を来す事すらも不可能よ」
「なるほど、その姿は“幻影”ですか」
「……さあ、それはどうかしら。別の可能性だって有り得るかもしれないわよ」
 微妙な間を置いた後で、ロゼリアは曖昧な回答を示した。表情にも些細な変化があるのをウィン達も見逃さなかったが、一方でロゼリアはごまかすようにして手の薔薇を下に向けた。花びらの中心からは、小さな種が落ちていった。
「待てっ! わざわざここに来た目的は何だ!?」
「そうね。もしもの時を考えて、標的を回収する事かしら」
 声を張り上げるフリートに対し、ロゼリアは冷静に振る舞っていた。その薔薇の手で指し示した方向には、フリートの炎の壁から解放されていたティルとレイルがいる。
「あの二人は危険な存在ですから。それと、催眠が解けてしまったあなたもついでに引き戻さなくてはね」
 不気味なまでの笑みを顔いっぱいに湛えると、ロゼリアは突き出した手を軽く振った。呼応するようにして、種の落ちた地面から多数の蔓が伸び始める。経験から本体への攻撃が無意味だと踏んでいたフリートがただ様子を見守る一方で、ウィンは望みを捨てていなかった。
「幻影が“かげぶんしん”の類いなら、実体はどこかにいるはずです!」
 自らの確信の下に、ウィンは翼を広げて闇雲に風を圧縮した刃を放つが、その甲斐は無かった。目の前のロゼリアには相変わらず通り抜けていき、他の刃も空気を斬るのみ。技は結局全く通用しなかった。
「だから、無駄な足掻きなのよ。それじゃ、まずはあなたからね」
 せせら笑いを浮かべつつ、ロゼリアは手の薔薇をフリートに向けた。それで目標を感知したように、上に伸びていた蔓がフリート目掛けて伸びていく。前回と同じく、蔓で(から)め捕ろうとしている。
 その動きは二人の想像以上に速く、目で捉えるだけでも容易では無かった。蔓に捕まっては一巻の終わりだとわかっているフリートは、羽で飛び上がって回避を試みる。しかし、蔓は目が付いているように追尾してきて、あっという間にフリートの所まで辿り着いた。
 迎撃も間に合わない――そう思ってフリートが捕まる覚悟を決めた時だった。フリートが不意に体の内から爆発的な力が溢れ出すのを感じて解放すると、絡み付こうとしていた蔓が全て弾かれた。そのまま蔓はぴたりとも動かなくなって萎れていく。
「私の技が通じない? そんな馬鹿な事は――」
「なるほど、ようやく開花し始めた訳だね。だとしたら、この結果も納得がいく。ぼくも予想外だけど」
 抱いていた自信が崩れた事で、ロゼリアは激しく動揺していた。それとは正反対に、意気消沈していた先程までとは打って変わり、フリートは堂々と構えている。立場が一瞬の間に逆転した。
「ちょっとずつ力が戻ってきて、君の素性と力の正体が少しだけわかったよ。確か瞑想と思索に耽る地域――サンクチュアリの出身じゃない?」
 フリートの問い掛けに対して、黙秘こそ続けるものの、ロゼリアは明らかに目の色を変えた。図星なのは二人にも見て取れた。しかし、瞬時に平静を装うと、口角を吊り上げて怪しい笑みを零す。
「まあ、あなたごとき手中に出来なくたって、想定内だから構わないわ。私の本来の目的は視察だったし、まだまだ彼らを捕らえる機会はあるようだからね」
 ロゼリアは戦いの構えを解除したかと思えば、急に遠くにいるティルとレイルを指差した。攻撃の合図ではないかと二人は用心するものの、その兆候は見られずにロゼリアを直視する。
「それと、フルスターリの大まかな在り処もわかったから、そちらの手配も済んだわ。他に催眠に関して課題が残ってる事もわかった事だし、もうあなたとここに用は無いわね」
 その言葉を言い切った途端に、何の前触れも無くロゼリアの姿が揺らぎ始めた。逃亡を図ろうとしているのだと気づいた二人が一斉に炎による攻撃を仕掛けるが、それは既に遅かった。ロゼリアが軽く手を振った刹那、何も無かったはずの空間に大量の木の葉が出現した。それはロゼリアを中心にして渦状に飛び、姿を完全に覆い隠していった。炎が着弾して全ての葉っぱを焼き尽くした頃には、ロゼリアの姿は忽然とその場から消えてしまったのであった。



コメット ( 2012/10/14(日) 23:57 )