エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第八章 迷宮の森と運命の出会い〜特殊な力を持つものたち〜
第五十八話 迎え撃つは太陽の化身〜熱い戦いと小さな波紋〜
「それでは、小手調べとでも行こうかの」
 太陽の分身と噂されるポケモン――ソルロックは、二対一という状況でありながら、あくまで余裕を持って行動に移った。今よりもやや低い位置まで降下していくと、そのままヴァローとウォルクに目掛け、地面すれすれに飛んでいく。
 しかし、そんな単調な“たいあたり”を見す見す喰らうはずもなく、二人は両脇に飛んでかわした。華麗な着地と同時に、間を通り抜けていった敵に照準を合わせ、ヴァローは大口を開けて高熱の炎を吐き出す。
「ふむ、力の制御がなっとらんの」
 向かってくる真っ赤な烈火に臆する様子もなく、ソルロックは堂々と構えている。直撃を確信して心の中でヴァローはほくそ笑んでいだ。だが、その余裕は次の瞬間には打ち砕かれる事となる。ぎりぎりのところで、そしてソルロックの周りだけを避けるようにして、火炎が分岐していってしまったのである。
「軌道を大きく変えるよりも、力を消費しなくて済むからの」
 器用に“ねんりき”で防いだ事を得意げに説明する最中にも、ウォルクは音を立てずに接近していた。その俊敏な動きに、ソルロックはその気配に気づいていない。
「よそ見はいけないよっ!」
 不意を突ける絶好のチャンスだった。背後まで迫ったところで、ウォルクは“おどろかす”ようにソルロックを押した。勢いもあって前のめりになり、攻撃の手応えを感じる。
「気づかれないようにそっと奇襲か。良い判断じゃの」
 衝撃こそ伝わっていて攻撃も決まってはいたが、決定打とはならなかった。ソルロックはゆっくりと振り返ると、全身に薄紫色の光を溜めていく。
「さて、“サイコウェーブ”なんてどうかの」
 わざわざ“先に”教えた後で、ソルロックは波状となったエネルギーを放った。説明の間に後退していたウォルクは、迫りくる薄紫色の波紋を見据えて、片方の翼を振るった。敏捷な羽ばたきによる風が発生すると共に、自らを襲わんとするエネルギー波と同一の物が放たれる。“サイコウェーブ”はぶつかり合うと、互いに相殺していった。
「“オウムがえし”とは、また英断じゃったの」
 前もって攻撃を知らせた事も含め、逐一ヴァロー達の対策に感心しているといったソルロックの態度に、二人はまたも違和感を抱いていた。余裕があるようにも、遊ばれているようにも見えなくは無いが、少なくともソルロックがそういった類いの考えを持ち合わせていない気がしていた。
「おい、俺達と本気で戦う気があるのか?」
「さて、どうかの。目的はまた別にあるかもしれぬし」
 ヴァローの思い切った質問にも、曖昧かつ理解不能な答えが返ってきた。ますます戸惑いを感じるが、悠長な事を考えてられないと思い直す。即座に行動に移したのはウォルクだった。
「ヴァロー、耳を塞いで!」
 予め注意を促した上で、ウォルクはキーの高い透き通った声で歌い始めた。忠告を聞いて前足で耳を塞いでいるヴァローでさえも、頭の奥を揺さぶるような音波が伝わってきていた。ましてや防御の手立てを講じていないソルロックには効き目がある――。
「可愛いさえずりじゃの。眠らせようとするのは確かに良いが」
 ――そう確信していた時だった。ソルロックの体から、まさに紅炎(プロミネンス)のように炎が上がってうねった。それは轟々と激しい音を立てつつ、ソルロックの元を離れてウォルクに向かっていく。
「ちゃんと音が届かなければの」
 響き渡っていた美しい声は炎に掻き消され、あっという間に形勢が逆転された。渦状に炎が動き、ウォルクの動きは封じられていく。それを受けてヴァローは駆け寄って間に割って入り、炎からウォルクを庇った。
「助かったよ、ヴァロー。大丈夫?」
「ああ、俺に炎は効かないからな」
 炎を弾くと言うよりは、体毛が吸収したようだった。攻撃を物ともせず、ヴァローは牙を剥き出しにして威嚇をする。その際に体から溢れ出した炎は、幾分か熱を増している。
「“もらいび”か。厄介なものじゃのう」
「ぼそぼそと呟いてる暇は無いよ!」
 炎の残り香を追うようにして、ウォルクは翼を大きく振り動かした。時間を巻き戻したかの如く空間に炎が再度生まれ、ソルロック目掛けて飛んでいく。仕返しとばかりに蛇のように動き、標的を中心に炎の円を作り上げる。
「こいつもおまけだ!」
 “ほのおのうず”で動きが制限されているところに、ヴァローが灼熱の豪火を撃ち込んだ。先の渦状の炎と上手く合流し、火力を上げてソルロックに直撃した。相性の薄い攻撃も、様々な要素が相まって効いているようであった。ソルロックは大きく後退する。
「ふむ、面白いの。即席のコンビにしては中々やるわい」
 敵でありながら、あくまで指導するような立場で見ていた。体の一部に焦げ跡を作りつつも、ソルロックは前進して元の位置に戻る。
「相変わらずわからない奴だな」
「まあ、お主達にはどうという事も無いんじゃよ」
「やっぱり怪しいな」
 何か奥の手を隠してるのではないか――そんな疑念を抱きながらも、攻めの姿勢は崩さないようにする。ヴァローは全身に真っ赤に燃える炎を宿らせ、四足に力を籠めて走りだした。真っ直ぐ駆けていく途中で、前足と上半身を内側に折り込んで体を丸め、車輪のように地を転がっていく。
「“かえんぐるま”かの。正面から来るとは単調じゃな」
 炎の鎧を纏って回転しながら突進してくるヴァローに、嘆息混じりに対応しようとソルロックは動く。目だけ頭上に向けると、何もないはずの空間に忽然と多くの岩が出現した。重力に従って落下してくる。
「単調なのは――そっちだ!」
 ヴァローは高速で転がりながら、自らを押し潰そうとする落下物を察知した。咄嗟に回転途中で前足を地面に着け、慣性に逆らって高く飛び上がった。岩の落下直前に回避しつつ、ソルロックの頭上を飛び越して背後への回り込みに成功した。
 予想外の行動に思考が追いつかない一瞬の隙を狙い、ヴァローは牙をあらわにして素早く噛み付いた。硬質な岩石の体ではあるが、噛み砕かんとする強靭な顎の強さに、ソルロックも初めて苦悶の表情を見せる。
「ぐぐっ、離れるが良い」
 徐々に強まる衝撃を堪えつつ、ソルロックは体から青白い光を放った。瞬間、ヴァローは不可視の力に捕らえられ、無理矢理ソルロックから引き剥がされた。空中で必死にもがいて脱出を試みるが、到底“ねんりき”の捕縛からは逃れられない。
「ヴァローを放せっ!」
 その小さい(くちばし)から叫び声と同時に、目も眩むような白銀に染まったエネルギーの渦が飛び出した。ウォルクが放った援護の衝撃波――“りゅうのはどう”は、空気を切り裂きながらソルロックに向かって直進する。
 防ぐのも避けるのも、もはや間に合わない――それを悟ったソルロックは、甘んじてエネルギー波を受けた。着弾によって爆発が起こると、ヴァローは解放されて地面に降り立ち、その場を一時離脱する。
「盾にする暇も無かったの。ここまでやるとは、計算外じゃな」
 煙が晴れていくと、度重なる攻撃により疲弊しているソルロックの姿が見えた。まだ問題なく宙に浮いており、戦闘は続行出来る状態にある。しかし、その“意志”は感じられなかった。そして、覇気も右に同じ。ヴァローは鋭く睨みつける。
「一通り戦ってみて感じたんだが、やっぱり俺達を倒す気が無いだろ」
「さて、それはどうかの」
 いつまで経ってもはぐらかす態度に業を煮やしたのか、ヴァローはもう一度接近戦に持ち込もうと駆け出そうとした。しかし、既にソルロックは別の手を打っていた。直後に炎に辺りを囲まれ、逃げ道を完全に塞がれてしまう。
「俺には炎系の攻撃は効かないって――」
 猜疑心とは別に存在した僅かな慢心。それが二人の判断を鈍らせた。炎の壁で互いの姿が見えない間に、ソルロックは攻撃を仕掛けてきた。逃げ場の無い二人に、上空から大量の岩石が降り注いだ。
「こんなものっ!」
 避ける事が難しい現状で、ウォルクが取った策は、落ちてくる岩を破壊する事だった。口から白銀の衝撃波を放ち、次々と撃ち込んで粉々に砕いていく。
「殊勝な判断じゃ。だが――」
 全ての岩を吹き飛ばして安堵したのも束の間、息吐く暇も無く第二波がやってきた。炎では援護出来ないため、再度ウォルクが迎撃にかかる。しかし、いくつかは砂塵となって消滅するものの、全部を防ぐ事は不可能だった。残った岩石が頭上から降り懸かった。
「ぐっ、ウォルク、大丈夫か?」
「な、何とか。でも、今のは結構危なかったかな」
 ヴァローは顔を顰めつつ、背中を圧迫している岩を押し退ける。味方の無事を確かめると、炎が消えて見えるようになったソルロックの方へと向き直った。威勢は潰えてはいないが、今の一撃で大きな痛手を負っており、自然と息遣いも荒くなる。
「ほら、これでも倒す気がないと言えるかの?」
 じりじりと詰め寄ってくるソルロック。嫌に威圧感があるその姿勢に、二人も思わずたじろぐ。たった一度の反撃で圧倒され、精彩を欠いて動揺しているのもあった。
「伸び代はあるようじゃが、まだ青二才と言ったところじゃ。もうちっと成長しないと無理かの」
「だから、一体何が言いたいんだ?」
 いい加減焦らすような話し方に苛立っていたため、ヴァローは身構えながら問い掛ける。すると、ソルロックは二人をじっと見据えて一旦停止した。
「自分には“戦う”義務はあるが、“倒す”義務は無いのじゃよ。一つ、取引をせぬか」
「は?」
 今の今まで戦っていた相手からいきなり交渉を持ち出された事に、ヴァローは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。横を見れば、ウォルクも怪訝そうな顔をしていた。
「仲間になれと言うなら絶対にお断りだ。お前らがどんな連中なのかも、こんな事をする動機とかも、全くわからないしな」
「いや、仲間になれとまでは言わぬ。自分に協力をして欲しいのじゃ」
 戦意も感じさせないソルロックの口調に、二人はますます混乱してしまった。互いに顔を見合わせるが、攻撃して良いかもわからないため、もう一度ソルロックの方に視線を戻した。騙し討ちをする様子はなく、それでも用心を怠らないようにしつつ、恐る恐る口を開く。
「お前の――いや、お前らの目的は何だ? ティル達を捕らえ、この町を破壊し、その後は何を企んでいるんだ?」
 ヴァローは率直に感じた疑問を吐き出した。相手が応じる確証は無い。まして、向かい合っているのは倒すべき敵。それはヴァローも承知の上だった。しかし、意味深な事を繰り返していたソルロックに、情報を聞き出す余地はあると考えていたのが大きな理由である。
「その質問には答えかねるの。主語の違いによって答えが変わってくる訳じゃから」
 ソルロックはある意味誠意を持って応えた。相変わらず含みは持たせているが、まるで次の質問を誘導しているようであり、あまりにも回りくどい。苛立ちが最高潮に達したウォルクは、今にも攻撃を再開しそうである。それを抑えるように、ヴァローが先に切り出す。
「いい加減にしてくれ。俺達をおちょくってんのか? 戦うのか、話し合うのか、どっちかにしろ」
「そうじゃの。単刀直入に言うとな、どちらにせよネフィカ様の為の行動を起こすのが目的である事に変わりは無い。しかし、自分の目的には、お主達の協力が必要なのじゃ。今は無理なようじゃがな」
「それはどういう意味? もっと詳しく話してよ」
 歯痒い思いはもうたくさんとばかりに、ウォルクも声を上げた。だが、これに対しては太陽と見紛(みまが)うような体を左右に振って拒否の意を示した。
「話が核心に行かないのは老人の悪い癖じゃな。老兵はおとなしく去った方が良さそうじゃ。しかし、最後に一つだけ覚えておいてくれ。“祈りの神殿”と、大きな関係がある事をの」
「ま、待て。お前は――」
 最後の最後まで不可解な事を告げると、ソルロックは素早く体を回転させて光輝を放った。二人は飛び掛かってでも取り押さえようとするが、目が焼け付くような光に視界を奪われ、空振りに終わってしまう。目が回復して開けた空間が見えた時には、もうソルロックの姿は眼前から消え去っていたのだった――。


コメット ( 2012/10/12(金) 15:05 )