エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















小説トップ
第八章 迷宮の森と運命の出会い〜特殊な力を持つものたち〜
第五十七話 操られし者と捕らわれし者〜強力な束縛と新たな危機〜
 アルム達の思考は一瞬にして止まった。傀儡という意味がわかってるからこそ、そして、フリートが自分達に敵意を剥き出しにしているからこそ、改めて恐怖が一気に押し寄せてきた。状況も上手く飲み込めずに、ただただその場に立ち尽くすだけになってしまう。
 そんなアルム達とは引き換えに、フリートは相変わらず威嚇の為に手をアルム達の方に向けている。――本来自分が守るはずの町を壊す敵の隣で。
「フリート様が、何だって? お前がフリート様に何かしたのかっ!」
 誰も動こうとしなかった中で、異常なフリートの様子を見て、普段は穏やかな調子のウォルクが声を荒らげた。憎しみの篭った目でソルロックを睨みつけるが、仮面を被っているかのように全く表情を変えない。
「いいや、自分は何もしておらんよ。とある小娘がやりおったからの。自分は単に経過観察と、それとは別の仕事があってここに来ただけなのだよ」
「別の仕事だって? それは何の事だ」
「別に教える必要もないが、まあ良いじゃろ。蛻(もぬけ)の殻になってるこの町を、とりあえず破壊し尽くせとの事じゃよ」
 突拍子な事を躊躇いなく言い切った。それが唐突な事態で凍りついていたアルム達の闘争心を掻き立てる。ある者は眼光鋭く睨みつけ、またある者は身を屈めて、各々が攻撃に備える。
「随分と殺気立っとるようじゃの。結構結構。じゃが、お主達全員には用は無いんじゃよ。用があるのは――」
 軽く体躯を揺らして飄々と浮遊していたソルロックが、固定されたように一定の座標に静止した。その視線の先には、アルム達からは僅かに離れた位置にいるジラーチとポリゴン――ティルとレイルの姿があった。
「あの二人がどうかしたのか?」
「はて、それはさすがに教えられんかの」
 ソルロックの気を逸らす為に問い掛けつつ、ヴァローはアルムに一瞬視線を送った。長い付き合いから意向を汲み取って頷くと、アルムはさりげなく尻尾を動かして二人に後退するように指示を出した。ソルロックがヴァローに視線を移したのを見計らい、意味を理解したレイルは、無言でティルを伴って静かに下がっていく。アルムをそれを視界の端に捉え、ひとまず安堵感に浸る。
「逃げようとしたって無駄だよ」
 二人を視界から外した途端の出来事だった。抑揚の無いフリートの声が響き、アルムは背筋が凍りつく。何かを察知して振り返った時には、既に遅かった。ティルとレイルが、燃え盛る炎の壁で見えなくなっていく。そして次の瞬間には、炎の正五角柱が二人を包み隠すように形成されていた。
「ふむ、催眠はしっかり機能しておるようじゃの。標的はこれで捕らえたから、一安心と言ったところか」
「ちょっ、ティルとレイルをどうするつもりっ!?」
「――アルム、私に任せて!」
 アルムが動揺して猛り立つのを宥めるように、シオンが速足で前に出た。大きく息を吸い込んでマリル特有の丸いお腹を膨らませ、すぼめた口から勢いよく水を射出する。もちろん“みずでっぽう”によって炎を打ち消すのが狙い。しかし、望むような結果は得られなかった。炎にぶつかったまでは良かったのだが、逆に水の方が蒸発して霧となっただけであった。
「水で消せない? そんなはずは――」
「よし、今後は俺がやる!」
 炎は水で消えるという常識を覆され、全く通用しなかった事にシオンは唖然とするばかりだった。続いてヴァローが身を乗り出し、強力な炎を吐きつける。
「あれは単なる炎じゃない。ぼくの発火能力(パイロキネシス)による炎だからね。そう簡単には破れないよ」
 衝突する直前にフリートが無表情で口にした通り、事態はまるで変わらなかった。その発言の中で出た耳慣れない事に、全員がフリートの方を振り向く。
「ぼくの持ってる属性は“ほのお”と“エスパー”でしょ。その二つを組み合わせて、より強固な炎の壁を造ってるってわけ。今のところは捕らえるのが目的だから二人は大丈夫だよ。今のところは、ね」
 意味深な言い回しに違和感を覚えたアルム達は、再度炎の正五角柱――【ペンタグラム・シャンブル】の方に向き直る。すると、先程まで穏やかだった炎は、徐々に火力を上げて膨張を始めた。
「ティル、レイル、大丈夫っ!?」
「何か、急に暑くなってきたよぉ……。アルム、ここから出してー!」
 今までに聞いた事のない、助けを求めるティルの悲痛な叫び。それがアルムの胸を苦しめ、焦燥感が津波のようになって心に押し寄せてきた。自分が助けないと――その一心から、アルムは我を忘れて、厚くて熱い炎の壁へと突っ込んでいく。
「あうっ、ティルっ!」
 何とか突き破ろうと試みるものの、必死の体当たりも虚しく、軽々と弾かれてしまった。その身に灼熱を感じて怯むが、すぐに立ち上がって再度向かおうとする。しかし、助けたい者も助けられない自分の無力さに苛まれ、足を止めて俯いてしまう。
「アルム、誰にだって出来る事と出来ない事があるのよ。心配しないで、今度は大丈夫だから」
「えっ、シオン?」
 シオンがまた一歩前に出て、宥めるようにアルムの頭を撫でた。興奮状態から落ち着きつつも、戸惑いの表情を浮かべるアルムをよそに、シオンはゆっくりとした足取りで炎に接近する。自らの体一個分空けた位置で立ち止まると、両手で尻尾を掴んで念じるようにして目を閉じた。
 アルムが口を閉じて静かに見守る中で、シオンは空中に二つの円を描くようにして尻尾を動かした。すると、青い尻尾の先の軌跡をなぞるように水の筋が生まれ、繋がった時には二つの輪が出来上がって宙に浮遊する。
「邪魔、する気だね。させないよ!」
 目論みに気づいて阻止しようと、フリートは両手に少しずつ炎を蓄えて攻撃の準備を始めた。しかし、一歩速くヴァローが牽制の炎を放ち、止むなく攻撃を中断させられる。一方で、ソルロックは他人事のようにただ傍観しているだけである。
 その間にシオンが閉じていた目を開き、尻尾を軽く振り上げると、それに連動して二つの水の輪が炎の上空へと移動した。やや斜めに傾いて浮いている輪っかからは、炎の壁を包み込むようにして、青い光のベールが下方に伸びていく。直後、轟々と音を立てていた炎が鎮まっていき、出現当初と同じ程度に大きさと火力が治まった。
「“アクアリング”――本来の使い方とは違うけど、これで一応炎の膨張は抑えられるわ」
「くっ、小癪な真似を」
 自らの力を押さえ込まれ、フリートは柄にもなく舌打ちを見せる。それだけ屈辱の念と悔しさが表に出ているのが窺えた。すぐにその感情を引っ込めると、炎を宿して戦闘の構えに入る。
「でも、結局膨張を止める事しか出来ないんだよな。そうなると、やっぱりフリートか、フリートを操ってる奴を倒さなきゃならないって事か」
「ちょっと待ってよ! フリート様は操られてるってわかったなら、操ってる奴を倒すべきだ! フリート様に危害を加える必要は無い!」
 ヴァローが下した判断に、すぐさまウォルクが噛み付いた。フリートの身を案じるが故の反論は、ヴァローも理解出来ていた。しかし、その上で目つきを鋭くし、ウォルクの方に顔を向ける。その形相は迫力があり、思わずウォルクも口を閉ざす。
「じゃあ、お前が炎の膨張を止めるか? それとも、炎の壁を壊してくれるとでも言うのか?」
「そ、それは」
「今は悠長な事を言ってられないんだ。必死にシオンが抑えてくれている内に片付けないと」
 ヴァローの力強い瞳の奥に映る焦りの色を垣間見て、ウォルクはぐうの音も出なかった。フリートの事よりも、ティル達を優先するように考えをシフトした。忠誠心から来る躊躇いをかなぐり捨てて、決意を新たに静かに頷く。
「標的を苦しめる事は命令に無かったはずなのに、違ったような事をするとはおかしいの。心の中で必死に抵抗でもしてるのか……。ま、お主達には関係ないかもしれぬが、今が好機かもの」
 沈黙を続けていたソルロックが、不思議そうに漏らした。しかも、何故か丁寧に助言を与えるような事までする。その不可解な行動に一同は顔を見合わせる。
「だが、自分にも義務があるからの。お主達と戦わねばならぬ」
 改めて敵対する意志を示したのを受けて、アルム達も臨戦準備を整える。数だけで言えば、仮にシオン達を頭数に入れないとしても、二対五で圧倒的にアルム達が優勢。僅かながら心に余裕も生まれていた。
「それでは、まだこの場にいない仲間を呼ぶとしようかの」
 ここに来ての悠々としたソルロックの発言。アルム達ははったりだろうと踏んでいた。そんな胸中など露知らず、ソルロックは高く浮かび上がり、独楽のように回転を始めた。同時に身体から眩い光を放射するその姿は、さながら太陽のような異彩を放っている。
「油断は禁物ですね。何を仕掛けてくるかわかりませんし」
「同感だな。中途半端な攻撃をして返り討ちにある可能性もあるから、下手に攻撃も出来ないか」
 ウィンとヴァローの意見が一致し、次の動きが見られるまで待機する事にする。固唾を呑んで奇妙な光景を見つめていると、回転によって風を切る音とは別に、遠くから地面を蹴って駆ける音が響いてきた。
「おお、来たようじゃの」
 徐々に近づいてくるものが鮮明に見え始めたところで、ソルロックは回転を止めて降下した。その側に一つの影が歩み寄っていく。紫色の大きな耳と首元の毛、先がチューリップのような形をした尻尾を持つポケモン――エネコロロである。
「お主にもあの者達と戦ってもらうぞ」
 ソルロックの指示に対してエネコロロは返事はせず、ただ黙って頷くだけだった。その瞳には光が宿っておらずに、黒く塗り潰されて濁りきっている。アルム達の方に向けた顔も、無機的で感情の欠片も感じられない。
「エネコロロってまさか、姿を消したシャトンの親って事はないよね?」
「いや、たまたま種族が同じだけだろ。可能性も無くはないが、同じ種族のポケモンは多く存在するはずだし――」
「――二人とも、来ますよ!」
 新たな敵の登場に気を取られている内に、フリートが視界の外で攻撃の為に炎を溜めていた。推測の途中でウィンの呼び掛けでようやく気づき、迫りくる巨大な炎を散り散りになって避ける。上手くアルム達の戦力が分断されたのを見定め、三人は相手の前へと移動する。
「では、お主達の相手は自分が担当しようかの」
 ちょうどソルロックと衝突する事になったのは、ヴァローとウォルクだった。ガーディとチルットという種族のタイプでは歩が悪いものの、目前で挑まれて逃げられるはずもない。二人は覚悟を決めて身構える。
「ぼくは君と一対一(タイマン)でやりたいな。君なら本気を出しても大丈夫そうだし」
「わかりました。こちらも本気を出して戦わなければならないようですね」
 フリートが相手として選んだのは、ウィン一人だった。それが洗脳されている状態で導き出した答えか否か、ウィンには知る由も無かったが、こちらも気を引き締めて向き合う。
「残るは僕達かぁ。そして相手も残ってるのは――」
 アルムが不安そうにライズを見ると、口を一文字に閉ざして強張った面持ちをしているのがわかった。その視線に気づくと、ライズはアルムを安心させる為に軽く口角を上げた。それを受けてアルムも僅かに表情を解して、顔を身体と同じ方向に戻した。
「迎撃命令を遂行します」
 二人の前に立ちはだかるのは、ソルロックが援軍として呼び寄せたエネコロロ。冷たい表情は相変わらずで、囁いた言葉も冷酷さを帯びている。感情の起伏がまるで見られず、逆にそれが戦いづらい相手だという印象を二人は抱いていた。
「アルムくん、共闘になるけど、よろしくね」
「う、うんっ。こっちこそ、迷惑を掛けるかもしれないけど、頑張るねっ」
 程よく緊張を保ち、改めてエネコロロと対峙する。殺気の篭った目に威圧されてたじろぐものの、傍らには頼もしい味方がいる事を考え、しっかりとした目つきで敵を見据える。アルムには一瞬だけ、相手の瞳が揺らいだように見えた。
「標的はイーブイとマイナン。ネフィカ様の命の下、仕留めます」
「アルムくん、行くよ!」
「あっ、うん」
 些細な機微を確認する暇は無かった。誰に向かって言うでもなく、独り言を呟いた後で、エネコロロは真っ直ぐに駆け出した。迎え撃つライズも、地面を蹴って走っていく。戦いの結末とは別に嫌な胸騒ぎを覚えつつも、アルムも後を追う。こうして三組の戦闘が、幕を開けるのだった――。


コメット ( 2012/10/12(金) 15:04 )