エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第八章 迷宮の森と運命の出会い〜特殊な力を持つものたち〜
第五十五話 差し迫った問題の真相〜訪れるはフリートの危機〜
 颯爽と現れたチルット――ウォルクの告げた事に、事情を知らないウィンやライズは首を傾げている。その一方で、先日出会って手助けしてもらったビクティニ――フリートの非常事態と言う事で、アルム達は驚きの色を表に出さずにはいられなかった。

「えっ、ちょ、ちょっと待って。一体フリートがどうしたって言ったの?」

「だから、フリート様が捕まったんだ!」

 狼狽えて信じられない事を顕わにしているアルムに向かって、ウォルクは声を荒らげた。その慌てぶりを見てようやく理解の域に達し、アルムは改めて言葉を失う。

「ねえ、フリートっていうポケモンは、アルムくん達の知り合い?」

「う、うん。ここに来る前の町でお世話になったんだ。だから、すごく心配なんだけど……」

 突如もたらされた不安から表情を暗くして俯くアルムを見ると、ライズは問うのを止めて口を噤んだ。下手に首を突っ込んではいけないと思ったし、何より重苦しい空気が漂っていたからである。誰もが詳細を気にしつつ、言葉を発するのを躊躇っていた。

「ウォルク、詳しい事情を教えてくれないか?」

 そんな気まずい雰囲気の中で、ヴァローが先陣を切って声を上げた。顔も体も強張らせていたアルムやシオンも、一様に頷いてウォルクに視線を移す。

「それが、君達がリプカタウンを去った後に、フリート様が僕のところに来たんだ。すごく深刻そうな表情をしてて、君達に言伝を頼まれたんだ。そして、今すぐ町から逃げて、この森に向かうようにも言われた。良くわからないまま遠く離れたその矢先、町の方から火の手が上がって」

 ウォルクはその目線をリプカタウンの方角に何度も向けていた。一刻も早く町の現状を確認したい衝動に駆られていたのがその理由であった。それでも使命を思い出し、落ち着きを取り戻して続ける。

「遠目にしか見えなかったけど、フリート様が何者かに捕まってたんだ。姿は見えなかったけど、他にも取り巻きがいたのは見えた。本当は戻ってでも助けに行きたかったけど、今は言い付けを守ってここまで皆を捜しに来たんだ」

 一通りの説明を終えた後で、ウォルクは俯いて深く溜め息を吐いた。その表情には、任務を達成した事による安堵とフリートを見捨てた後悔が滲んでいる。それでも何とか葛藤から逃れて平常を保ち始めているウォルクに対し、アルムは不安げな視線を送る。

「そ、そうだったんだ。それで、その言伝って何?」

「ああ、そうだったね。『遂に事態は大きく動き出した。君達が今までに訪れた町も、襲われる対象になるかもしれない』だって。何だかすごく物騒な事を伝えるように頼まれたもんだけど」

「ど、どういう意味? リプカタウンが襲撃に遭ってフリートが捕まった事と関係があるの?」

「僕に聞かれてもわからないよ。でも、それを言ってた時のフリート様の表情は、今までになく強張ってたのは覚えてる」

 ウォルクが言い切った後も、言伝を把握するまでに時間が掛かっていた。先に聞いたフリートの事が心配で、内容が上手く頭に入らなかったのである。

「ん、待てよ。襲われるって何にだ? それに、それが本当だとしたら、一体どこがその対象になってるんだ?」

「そうよ。わざわざフリートが伝えるように頼んだという事は、よっぽど重要な事なんだろうけどね」

「でも、僕にはさっぱりわからない。何か心当たりとか」

 ヴァロー、シオン、アルムが口々に思う事を発する中で、不意にティルの方に目を遣った。我関せずと言った様子で周りの植物に触れたり観察したりしており、相変わらず張り詰めた空気には似つかわしくないような素振りを見せている。こんな状況では相応しくないと思いつつも、アルムは思わず微笑んでいた。
 しかし、その笑顔も次の瞬間には陰りを見せる。ティルの現在地を確かめる為にゲンガーのタスマがリプカタウンにやって来た事が頭を過ぎったからであった。

「もしかして、ティルを追って全てを?」

 知らず知らず思っていた事が口を衝いて出た。アルムが核心を突いた事を零した事で、予期せず空気が凍りつく。自分がまずい事を言ったのだと気づくと、あちこちに視線を泳がせる。

「そうなると、俺達が訪れた町がどうとか言うのも、ティルの足跡を辿ってって事か。だとしても、襲う目的はやはりわからないが」

 嫌な沈黙を払拭するかのように、ヴァローは悩ましげな唸り声を上げながら呟いた。同時に全員がティルの方を見つめる。一斉に注目を浴びる形になっても、ティルは笑顔を崩さないでいる。

「みんな、どうしたのー?」

「ううん、何でもないよ。もうちょっとゆっくりしててね」

「はーい。終わったら呼んでねー!」

 下手に心配させまいとアルムが優しく微笑みかけると、ティルは呑気に返事をしておとなしく草花を弄り始めた。視界から外れるまでは柔和な表情を保ちつつ、しかしすぐに外れてウォルク達の方に振り向いた時には、一瞬にして暗くなった。

「それで、どうしよう。まずは一刻も早くリプカタウンに行って、フリートを捜した方が良いと思うんだけど」

「俺も賛成だ。とりあえず町の様子も気になるしな」

 互いに見つめ合い、アルムとヴァローは深く頷いた。意見を求める為に銘々の方に振り返ると、シオンとライズは複雑な顔つきをしているのが窺えた。

「あ、あのっ――」

「私は――」

 ライズから僅かに遅れて、シオンの声が覆い被さった。双方が声に気づくと、譲り合うように同時に押し黙る。遠慮して二人とも言葉が途切れてしまい、膠着状態がしばらく続いたところで、ライズがシオンに向けて手を差し出した。“お先にどうぞ”の合図だと判断し、会釈してシオンが言葉を紡いでいく。

「フリートの伝言が本当なら、私は国が――ステノポロスが心配なの。だから、国に戻って現状を確かめたいって思ってたの。さっきまではね」

 一旦言葉を切ったシオンの表情からは、踏ん切りをつけて吹っ切れた印象を受けた。その証拠に、不安の色を孕(はら)んでいた声から震えが消え、元の落ち着いた声を発している。

「でもね、ティルを狙ってる可能性があるんだとしたら、一緒にいる皆の方がステノポロスよりも心配なの。何より私も皆と一緒にいたい。駄目かしら?」

「だ、駄目なんかじゃないよ! むしろ本当にいいの? シオンは王女なんだし、ステノポロスの事が心配でやっぱり戻りたいんじゃ」

 アルムは自分達の事を気遣ってくれるシオンを逆に気遣う姿勢を見せる。しかし、それは心の内に秘めていた本音とは違っていた。視線を逸らして言っている辺りも、悟られないようとする無意識の行動である。

「――ううん。たぶんステノポロスなら大丈夫だって思えるの。さすがに国一つを簡単に襲うなんてそうそう出来ないしね。だから、皆さえ良ければ、このままリプカタウンに付いていきたい。改めて聞くけど、いい?」

 嘘を吐いてるようには感じられない真っ直ぐな瞳で見つめられ、改めてアルムの心の灯火が燈った。シオンが付いてきてくれると言うだけで自然と心が晴れ、この状況下でも“本当の”笑顔を浮かべる事が出来ていた。

「うんっ!」

 アルムの明るい調子の返事が響く。純粋な想いを乗せたそれは、いつの間にか他の皆の笑顔も誘っていた。素直に喜ぶ光景に、少なからず親心のようなものを感じていたからである。

 暫し空気が和やかになったところで、ライズも何か言いかけていた事を思い出した。全員の視線がライズに集中する。一極集中に一瞬戸惑うものの、苦笑を交えながら口を開く。

「あのさ、僕もアルム君に付いていっても良いかな? もうレイズに苦しむ事も無くなったし、いい加減この森も出たいしね」

「えっ、本当に?」

 頭の片隅では考えて望んではいたものの、実現するとは露にも思っていなかった。そんなライズの申し出に、アルムは上擦った声色で聞き返す。

「うん。何だか今は上手く力を引き出せないんだけど、たぶんそれは色んな事があったからだろうし、すぐに力は戻ると思う。そうしたら、アルム君達の役に立てると思うんだ。どうかな?」

 ライズから穏やかな眼差しが向けられた。その目には自らの意志が強く込められている事を感じていた。協力を買って出てくれている事に対する喜びから、アルムの顔に留められない想いがさらに溢れ出していく。

「ライズがいいなら、僕は大歓迎だよっ。こっちこそ、よろしくね!」

「ありがとう。まだ先の事は細かく考えてないけど、よろしくね」

 アルムとライズは互いに歩み寄り、誓いの儀式の如く握手を交わした。それは新たな旅の友として迎え入れる事を承認するものであり、二人は向かい合ってにっこり微笑んでいる。

「さて、同行者も増えたところで、リプカタウンに向かうか。何が待ち受けてるかはわからないけどな」

 気を引き締める役目を担ったのはヴァローだった。その宣言を皮切りに、綻んでいた全員の表情から明るさが消え失せる。

「うん、とにかく最優先なのは、リプカタウンに行く事だね。ウォルクに空から誘導してもらうのが一番早いかな?」

「いや、それは無理だと思う。僕が皆を見つけられたのは、蒼いドームが目印になったからだし。上空から目を凝らしてもほとんど姿は見えないくらいに木がたくさんあるから、たぶん地上から僕の姿を確認するのは難しいと思うよ」

 思いついた案もウォルクに呆気なく否定され、出端を挫かれた気がしてアルムはがっくりとうなだれる。それを見たライズがいち早く近づいていき、アルムの肩を軽く叩いた。表情には優しい笑みが映っている。

「僕なら最短距離で森を抜ける道を知ってるよ。道案内なら僕に任せて、後を付いてきて」

 手で自分の胸の辺りを軽く叩いて自信満々にアピールすると、ライズは全員を誘導するように駆け出していく。最初は信じて良いのか戸惑いを見せるものの、ライズに確固たる信頼を寄せるアルムの瞳を見て思いを汲み取り、一行は足を揃えて走り始めた。









 酷く冷たくて、息を吸い込むだけで体の芯まで凍てつきそうな空気が漂う。周りを見渡そうとしても、頼りになる明かりも無く、視界の確保が不可能に等しい。そんなどこともわからない場所に一人のビクティニ――フリートは幽閉されていた。

「まずここはどこだろう。ウォルクに言伝を頼んだのまでは覚えてるんだけど、その後にいきなり目の前が真っ暗になって……」

 倒れていた身体をゆっくり起こすと、両手を開いたり閉じたりして身体の感触を確認する。別に異常は見られないようで、ひとまず胸を撫で下ろしつつ、現状を把握出来ずに眉を顰める。

「あら、目覚めるのが案外早いのね。まあ、幻のポケモンならありえなくは無いけど」

 自らの声以外は何の音も聞こえてこなかったはずだった中で、不意に音域の高い声がフリートの耳に届いてきた。辺りを頻りに警戒しつつ、神経を尖らせて声の主の気配を探ろうとする。

「どこにいるっ! 何故ぼくをこんな目に遭わせるんだ!」

「何故って? それはもちろんあなたが炎の精霊で、利用価値があるからよ」

 空気と同調するが如く響く冷たい声に、フリートは一瞬背筋が凍りついた。それは喉元に鋭い物を突き立てられているような錯覚を覚えるほど。しかし、すぐに目付きをきつくすると、攻撃に備えて両手を突き出して身構える。

「ぼくなんかに利用価値があるって? 何かの間違いじゃないの?」

「いいえ、あなたはフルスターリを創造したポケモンでしょ。大いに役に立つわ」

「だから何? いくら創造したとは言え、役に立つのはフルスターリの方だと思うけど」

 見えない敵との対話を続けつつ、フリートは打開策を模索していた。同時に、自分の事を知っている事に対しても動揺は見せず、平然を装って流暢に会話をする。

「それは自分を過小評価してるだけね。あなたは“私達”にとって、重要な存在だもの」

「なるほど。つまり、君には仲間がいて、ぼくが炎の精霊だと知った上で、目的があって捕まえたという事か。しかも、ぼくが森じゃなくて町にいた事もわかってたみたいだし。随分と計略してたんだね」

「計略なんて人聞きが悪いわね。狙ってた事に間違いは無いけど」

 淡々と答える声に時折畏怖すら抱くが、フリートは臆する事なく強気に振る舞う。その中でさりげなく両手を広げて炎を灯して視野を広くしようと試みるも、何故か願いに反して周囲は明るくならなかった。――炎はしっかり燃え盛っているのにも係わらず。

「明かりを点けようとしたって無駄よ。ここは私が“創り出した”空間ですもの。私の意のままに出来るのよ」

「創り出した、だって? 君は一体何者なの。正体を現しなよ」

「いいわよ。相手がわからないのは不安でしょうし。でも、全部見せる義理は無いから、ちょっとだけだけど」

 フリートの要望に応え、奥の暗がりから一つの細身の影が前進してきた。背丈だけで言うなら、フリートの倍近くはある。しかし、暗い影しか見えない為に、種族の特定までは出来なかった。

「さて、話はここまで。本題に入るわ。あなたを利用させて頂きます」

「利用するって、操るって事かな? 何人かのリプカタウンのポケモンにしたみたいにさ。……先日ゲンガーが襲った、ね」

 歩み寄ろうとしていた影が止まり、一瞬だけ大きく揺らいだ。フリートの返しに些か動揺しているように窺える。

「声を聞く限りは別人だから、ゲンガーの仲間ってところだよね。さしづめ、ぼくを捕まる為に操った町のポケモン達には、前回ゲンガーが“さいみんじゅつ”でも掛けておいたんでしょ」

「ご名答ね。その方があなたを捕まえやすいと思ったからよ。ま、あくまでゲンガーのはきっかけを作る為に過ぎないけど」

 相手の声に震えのような動揺の様子はこれと言って無い。影が揺らいだのは、すぐに感情を押し込めたのか、単に動揺したふりをしたのか――フリートには理由は結局わからなかった。しかし、少なくともこれで倒すべき敵である事ははっきりした。

「あの時からぼくを捕まる為の準備をしてたって言うんだね。随分とやってくれるじゃないか」

 淡い黄色の背中の羽で宙に浮かび上がると、フリートは両手を広げて臨戦体勢に入った。橙色の炎を纏わせると、影に向かって手を勢いよく突き出す。

「反抗するのね。でも――」

 二つの拳サイズの炎の塊は、細かい火の粉を散らしながら相手へと迫っていく。しかし、当たる事を確信していた攻撃は、直撃する事なく影を易々と通過してしまった。

「当たらない、だって? かわされたならまだわかるけど」

 特に相手が何かをしたような素振りも見られないのにも係わらず、命中するはずの炎が当たらなかった事に、フリートは衝撃を受けていた。目を凝らして注視するものの、やはり原因はわからずに困惑する。

「だから、抵抗したって無駄なのよ。これでわかったでしょ。さて、覚悟はいいかしら」

「覚悟出来てないって言ったって、どうせ何かするつもりでしょ」

 威圧的な態度で迫ってくる影に対し、フリートは一旦距離を取るべく後退を始めようとした。だが、すぐ背後に壁がある事に気づかず、壁伝いに横手へ逃げる事を余儀なくされ、あまつさえ距離は徐々に縮まりつつある。

「逃げようとしたって無理。何度も言うけど、ここは私の支配領域なの」

「だから何だって言うの。そんなの――」

 懸命に逃げ道を探して右に進んでいる最中、フリートはまたもや壁と出会って絶句した。隅に追い詰められて袋の鼠となってしまい、焦燥感が一気に高まる。それでも闘志は潰える事なく、心の内で燃え続けていた。

「だったら、真っ向勝負を仕掛けるだけだ!」

 フリートが腹を据えて前に出した両手からは、青白い光が激しく迸(ほとばし)る。光の爆発が収束してうっすらと光で包まれた両手からは不可視の力が発生し、影全体を同色の光で覆い尽くす。

 相手の出方を窺いつつ力の放出を続けるが、影は“ねんりき”の影響を受けている様子は微塵も無かった。歩みを止める事も無く、じりじりとさらに詰め寄る。

「ま、まだだ。手段は他にも――」

 めげずに攻撃を繰り出す為にひとまず“ねんりき”を緩めた瞬間だった。何の前触れも無く天井から伸びてきた細い蔓に避ける間もなく絡み付かれ、フリートは身動きが取れなくなってしまう。

「ぐっ、これは」

「見苦しい抵抗はいい加減に見飽きたわ。そろそろ手駒になってもらいましょう」

「誰が、手駒なんかにっ!」

 自らを縛りつけている蔓を振りほどこうとフリートは全身に力を込めるが、緩まる気配は無く、効果はゼロに等しかった。そうする内にも捕縛する力は次第に強まり、意識が遠退いていく。必死に策を巡らす中で、蔓を焼き切る事を思いついて炎の蓄積を始める。

「しぶといわね。さっさと意識を私に渡しなさい」

 敵は凄みを利かせてきた事で、切羽詰まった状況下で、さすがのフリートも一瞬怯みを見せる。それが隙を生み、一気に何かが自分の中に侵入してくるのを感じると、フリートの意識は急激に薄れていった。最後に白い物が僅かに見えたのを境に意識は途絶え、漆黒の闇へと突き落とされるのであった――。


コメット ( 2012/10/12(金) 00:14 )