エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第八章 迷宮の森と運命の出会い〜特殊な力を持つものたち〜
第五十二話 思わぬ知識と事実〜追いついた先で見たもの〜
 音を頼りにする追跡をする為に耳の良いシオンを先頭にしながら、ライズの見えない背中を追うようにしてアルム達は走っていた。先刻の宣言通りに、移動を続けながらウィンがこの森にいる経緯を聞いていた。ウィンが話す事全てがアルムにとっては奇抜な内容ではあったが、それでもさほど動揺する事もなく受け入れている様子であった。
「――つまりは、ウィンさんは僕達を助ける為に別の世界からやって来た。そういう事になるんですね?」
「はい、そうです。飲み込みが早いですね」
「ええ、既にティルで同じような事を体験済みですからね」
 ある程度は状況を理解出来た事に少し得意げになっているのか、聞き終えた後も笑みを浮かべる余裕さえあった。そんなアルムに引き換え、ウィンは一層表情を曇らせた。
「アルムさん、今言った事は一体どういう意味ですか?」
 ウィンの反応の原因は、アルムの発言に何かしらの疑問を抱いた事だった。何かまずい事を言ったのではないかと思って緊張するものの、アルムはすぐに気を取り直してウィンの望むものを用意する。
「あ、ティルの事ですか? 実は、ティルもウィンさんと同じように彗星から来たんですよ」
「僕と同じようにですか? それは興味深いですね。もしかすると、彗星は巨大な時空ホールになっているのかもしれませんね」
「時空ホール? ウィンさん。あの、その“時空ホール”って何ですか?」
 神妙な面持ちでアルムも、聞き慣れない単語を耳にして、ぎこちなく反復して質問を返した。ある程度全力疾走しているせいもあるのか、息を弾ませているアルムに対して、ウィンには大して疲労感が見られない。そんなウィンが落ち着いた調子で切り出す。
「見た目は空間が捻れて渦みたいになっていて、その中に入ると時空を越えて別の場所に移動出来るんです。滅多な事では見れないのですけどね。似た物も含め、僕も何度かそれでタイムトラベルを経験しています」
「うーん、渦みたいなものですか。見た事も聞いた事も無いような」
 頭の中で思い描いてはみるが、想像は出来ても原理はわからないが故に、アルムは困ったように唸り声を上げる。実際のところは見た事も聞いた事もなく、本当に存在するのか迷っていたのである。
「主、その方のおっしゃってる事は正しいですよ。確かに時空ホールと言う物は実在します」
 理解に苦しむアルムに助け船を出す形で口を挟んできたのは、他でもないレイルだった。普段は全く会話に入ろうともしないだけに、アルムだけでなく、ヴァローやシオンもただ呆然としている。
「僕は見た事ないけど、レイルは何か知ってるの?」
「はい。場合によっては、空間だけを越える物と、時間と空間の両方を越える物があります。そして話を伺う限り、そちらの方はこの星のどこかではなく、もはや別世界から来たのだと私は推測しました」
「えっ、ちょっと意味がわからないんだけど。どういう事か詳しく説明してくれる?」
 いきなり饒舌になった事に戸惑いさえ感じるものの、とりあえずアルムは知識を引き出す為に説明をレイルに委ねる事にする。相変わらず無表情のままでアルム達の後ろに付いてきながら、レイルは指命を受けたかのように畏まって頷いた。
「そもそも時空ホールの有効範囲と言うのはそれ程広大なものではなく、せいぜい一つの星の中が限界です。そして、ウィンさんのお話によれば、彼のいる世界では、皆が“ダンジョン”と呼ばれる不思議な環境に囲まれて暮らしているそうです。そのダンジョンでは、他のポケモンが襲ってくる事が多いと言うのも道中で伺いました。つまり、特に襲われる事もなく平和に過ごせている私達の世界とは根本的に違うのです。ここまではわかりますか?」
 “ダンジョン”という未知の単語が飛び出してはいたが、アルムは別段聞き返す事もなく首を縦に振る。理解した事を確認すると、レイルは滞りなくさらに進めていく。
「では、続きの方を。それでわかったのですが、どうやらウィンさんは違う町や地域から来たというレベルではなく、もはやこの星ですら無いところから来たという考えに至ります。しかし、そうなると今度は別の問題点が生じるのです」
「さっきの時空ホールの有効範囲について――よね。もしさっきの説明が全て事実なら、だけど」
 あくまで仮に信じているようであり、シオンは疑いの念を抱いている事を露骨に示した。それは言葉だけでなく、訝しげにレイルを見つめている表情にも見て取れる。共鳴するようにアルムも頷くが、レイルは特に気にも留めていない。
「はい、その通りです。一応仮説として話を進めましょうか。それで私もその問題点を発見した際に、ある一つの答えに行き着いたのです」
 疑いを持たれている事に微塵も動揺する素振りは見せず、レイルは淡々と語って言葉を一旦切った。いつの間にか全員がレイルの解説に引き込まれており、固唾を呑んで見守る事にする。
「それは、重力が時空を歪めるという特性を利用したのではないかと言う事です。もっと言うならば、強力な重力を時空ホールに掛けて、別の時空とこの時空を繋げたとまで言えるかもしれません」
 焦らすように時間を置いたところで、レイルは持論を言いきった。しかし、想像を超えた理論に付いていけないのか、アルムとティルは大きく首を傾げていた。
「まだ仮説とは言え、すごい展開だな。だけど、単に時を越えただけという可能性は無いのか? この星の過去や未来とかからさ」
 納得は示しているものの、信じきってはいないように困惑した面持ちでヴァローが切り出した。証拠もなく完全ではない説明に綻びを見つけようとしているらしい。
「一概に否定は出来ません。しかし、この世界にダンジョンなる物が存在しないので、この星の過去の時代から来たという筋は消えます。逆に未来からなら、今の時代の名残が未来の世界にもあるはずですが、それを知らないと言う事は、未来から来たという可能性が無くなり得ます」
 最後の方だけ何故かお茶を濁した。完璧な答えを出そうと努める事が多いレイルらしからぬ言動である。既に内容が理解出来る範疇に無かったアルムも、思わず不思議そうな思いを篭めた瞳でレイルを見つめる。
「ね、ねえっ。もし全部レイルの言う通りだったとして、レイルは何でそんな詳しい事まで知ってるの? 図書館で読んだとか?」
「いいえ、ある程度は初めから記録されていたようです。そして、それが昨夜になって、また別の情報が蘇ってきました。まるで数珠繋ぎに記憶のピースがはまっていくようです」
 この返答にはアルムも言葉を失った。レイルの生態を良く知らない以上は、何も口出し出来ないと悟ったからである。その一方で、昨夜と言うワードに違和感を覚え、躊躇しながらアルムはレイルをじっと見つめる。
「昨夜ってどういう事? ティルに異変が起きた時の事を言ってるなら、遠くに離れてたレイルも何か関係あるって事なの?」
「それは私にもわかりません。お役に立てず、申し訳ありません。しかし一つだけ言えるのは、私にも何らかの変化が起こっているようです」
「えっと、それはどういう事なのかな? ――ううん、やっぱり聞くのは止めとく。わからない事を聞いたって仕方ないもんね」
 また手詰まりとなり、別の懸念を抱く結果となってしまった。構わずにいろいろ聞いても良かったが、困らせたくないとの思いから問い詰めるのは終わりにする。ふと振り返ると、ヴァローの不服そうな顔が見えたが、アルムが苦笑を浮かべるのを見ると納得したように表情を戻した。視線を横にずらすと、続いて複雑そうな顔をしているウィンが目に入る。
「あの、皆さん。まだ真相もわかっていないと言うのに、話をややこしくしてすいません」
「い、いや、ウィンさんが悪い訳じゃないんですし、謝らなくても良いですよっ! むしろそのおかげで別の情報を聞き出せた訳ですから」
 先程の発言から暫し沈黙を貫いてきたウィンが、ここに来て再度口を開いた。そこから飛び出た謝罪の言葉に、思わずアルムも慌てふためきながら全力で首を左右に振った。否定する動作を終えた直後に互いに視線を合わせると、双方に笑みが戻った。

「さて、話は一段落したようね。話の腰を折るようで悪いけど、わかった事を報告すると、私達が追っている子はどうやら移動を止めたみたいよ」
 会話が途切れる頃合いを見計らい、先を走っていたシオンがその速度を緩め、全員の方に振り向いた。それに合わせて他の全員も足を止め、息を整えながら歩みを進める。中でもアルムは速足になってシオンを追い抜き、一番前を歩いていく。
「もしかして、あれかな?」
 目の前に立ち並んでいる木々の奥に、ぽっかりと開けた空間が見えた。まだ仄暗い中で遠方はほとんど何も目視出来ない中で、ぼんやりと光る何かが視界に飛び込んできた。光は時折点滅しており、その度に繰り返しいくらかの細い筋が光の周りを奔っている。
 息を潜めてそろそろと近づいていくと、その輝く筋が稲妻である事がすぐに認識出来た。そこに立っているのは、間違いなく一旦は逃げ出したはずのライズである。
「ねぇ、ライズ? 僕は何か悪い事したのかな? もし気づかずにしてたたならごめん……」
 アルムは真っ先に声を上げ、仲良くなった相手の元へと駆け寄る。しかし、当のライズは顔を俯けたまま何も聞こえていないように反応を示さなかった。
「でも、すごく苦しそうだったから、何か出来ないかなと思って来たんだけど……」
 無視されても諦めずに、アルムはさっきまで溜め込んでいた不安な思いを言葉に乗せて語りかける。今度はライズも下に向けていた頭を重そうに上げ、アルムの方に急に向き直った。
「お前に心配される筋合いは無い」
 声が届いていた事にほっと一安心したのも束の間の事だった。鋭い目つきでアルムの事を睨みつけると、まるで別人のような棘のある声色と口調で吐き捨てた。あまりの威圧感にアルムも思わず身が竦んでしまう。
「アルム! そいつから離れろっ!」
 やや離れた位置からでも異変を感じ取っていたヴァローが叫び声を上げた。目の前で明らかに異なる雰囲気を放っているライズに戸惑っているのか、アルムもたじろいでいた。何とかヴァローの声で我に返るものの、未だに気圧されており、徐々に後退りしている足もおぼつかない様子である。
「ど、どうしたの? さっきまでのライズと違う――」
「“おれ”はライズじゃないっ!」
 自らの名前を否定したマイナンは全身に帯びている電気を手先に集結させ、アルムに目掛けて解き放たんとしていた。ここに来てより一層身の危険を察知したものの、既に対応は遅れていた。どう動いたところで、電撃をかわしきれない事は元より覚悟している。何よりライズなら攻撃を当ててこないと信じていたのもあった。
 しかし、そんなアルムの願いも虚しく、瞳に映るマイナンは躊躇う事なく腕をアルムの方にスライドさせ、攻撃の照準を合わせた。手の甲に溜まった電気は一気に勢いを増していく。
「ライズ、僕は――」
 アルムの呼びかけにはもはや応じる様子も無い。突き付けられた手から雷撃が放たれ、あわや直撃するかと思われた瞬間だった。背後から極大の炎が鞭のように伸びてきて、今にもアルムを襲おうとしていた雷を弾いて軌道を逸らした。
「静かに見守っていましたが、穏やかではないようですね。少々お節介になるかもしれませんが、加勢させてもらいます」
 消えゆく炎の筋を目で追って辿り着いた先にいたのは、一行の中で唯一炎技を使えるはずのヴァローではなく、イーブイであるウィンだった。足を一歩前に出しており、先程までの優しい表情は影を潜めている。
「お前も何か邪魔するつもりか? こいつと言い、さっきから目障りなんだ」
「僕が目障り? そんな、さっきまで楽しく話してたのに――」
「――楽しくだって? 冗談きついな。こっちが付き合ってやってたんだ」
 まだ微かに抱いていた希望も、この言葉で粉々に打ち砕かれた。せっかく仲良しになれたと思っていたのが、真っ向から否定されたせいである。あまりの衝撃からアルムは言葉を失い、黒くつぶらな瞳はいっぱいに溜まった涙で潤んでいる。
「なるほど、アルムさんの心を弄んだという事ですね。部外者ではありますが、こうなった以上は僕も黙って見過ごしはしませんよ」
 口調は相変わらず温和な感じではあったが、ウィンの全身には闘気のようなものが(みなぎ)っていた。こちらも雰囲気ががらりと変わり、悲しみに暮れていたアルムも呆気に取られてしまう。
「へぇ、おれと戦おうってんだ。覚悟は出来てるんだろうな」
「あ、あの、待って」
 二人が既に睨み合って敵対心を剥き出しにしている中で、アルムは複雑な思いを抱えていた。さっきまで楽しく会話していたライズと、自分の捜索を手伝ってくれていたウィン。この二人に無駄な戦いはしないで欲しいとは思っているのだが、ライズと思わしきマイナンの攻撃的な行動で気持ちが揺らいでいたのである。
 震えた声でのアルムの呼びかけはまるで二人には聞こえておらず、臨戦体勢のままじりじりと距離を詰めている。緊迫した現状を避けられない事に当惑しており、アルムはもう突っ立っているしかなかった。そんな最中で、不意に微かに何かを感じて神経を尖らせる。すると、それに反応するように、上に向けてぴんと立てた耳が、その不明だったものを捉えた。
「アルムくん、お願い――僕を助けてっ!」




コメット ( 2012/10/08(月) 23:14 )