エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜 - 第八章 迷宮の森と運命の出会い〜特殊な力を持つものたち〜
第五十一話 交流を深めた後で〜同種族の不思議な対面〜
 アルムがこの広大な森――ミゴン・フォレストで迷子になってから、既に結構な時間が経過していた。しかし、迷子になった者も、それを捜索する者も、共にどれだけの時間が過ぎ去っていたかはわからなかった。アルム達は知らなかったが、実はこの森は“迷宮の森”と銘打たれており、広大かつ樹木の密集率が高い事で有名であった。それ故に、立ち並んでいる数多(あまた)の木々によって陽光の侵入は阻まれ、日の傾きによる時の移り変わりを把握出来ないのである。
 塔のように高くそびえ立つ木の一本一本はさほど太くは無いものの、枝分かれが比較的多く、その途中や先には大量の葉っぱが青々と茂っている。その全てが傘の役目となって日光を受け止め、薄暗い世界を演出している。
 そんな一風変わった空間において、孤島のように周りの世界から隔離された一軒の小屋が建っている。その雰囲気は周囲に装飾の如く咲いている色とりどりの植物によって醸し出されており、佇まいは地味にしてこの世界の中では派手で異質なものとなっている。
 その建物の中では、二人のポケモンが話に花を咲かせていた。森を彷徨い歩いていたイーブイのアルムと、その彼を小屋に招き入れて持て成したマイナンのライズである。友情とまではいかないが、二人には互いに一種の親近感のようなものが芽生えていた。会話が進みにつれ、親睦も徐々に深まりつつあり、初対面同士だった最初からは大きく関係が前進している。
「へぇ、この近くのリプカタウンで炎の精霊に出会ったのですか。噂には聞いていましたが、確か滅多に正体を現さない事で有名なはず。羨ましいですね」
 話を聞き終えて呟くと、ライズは器用に木製のコップを持ち、香りの強いお茶を軽く啜った。大きな音は立てずに口に入れた分を飲み込んで、おもむろに視線を窓の方へと移していく。すると、ライズは驚いたように目を見張ってアルムの方に視線を戻した。
「話をしている内に、いつの間にか結構時間が経っていたようです。このままでは案内する事が出来ませんね」
「あの、ライズさん。何故この薄暗い中でそんな事がわかるのですか?」
「木が密集しているせいであまり太陽光は差し込んではきませんが、それでも微妙な光の加減で判断出来ますよ。しばらくここに住んでいれば、自然と目も慣れてきますからね」
 大空に浮かぶ太陽の傾きによって時が過ぎるのを把握してきたアルムにとって、ライズの言ったようなやり方は到底想像し得なかった。ちゃんと話こそ聞いているものの、アルムは呆けた表情でライズを見つめてしまう。しかし、膠着状態が数秒続いたところで重要な事を思い出して我に返る。
「あっ、そうだ。暗くなってるなら、早く皆に合流しないといけないんだった。ライズさん、僕はこの辺で――」
「いや、待って下さい。夜になるともっと暗くなるので危険です。今すぐにお友達を見つける事は出来ないでしょうし」
 現状を読んでアルムが立ち上がろうとした瞬間、ライズが言葉を遮るようにして制止した。アルムが不思議そうにして動くのを止めて見つめる中で、ライズはそのまま話を続ける。
「でも、それじゃあどうすれば――」
「それでは、一晩ここに泊まるのはどうでしょうか。外よりはここの方がまだ安全のはずです。本当は短時間でお友達を捜し出して、その上で森を出るのが一番望ましいのですが、無理な以上はそうするしかありませんね」
「えっ、そんな、いいんですか?」
 思いがけない申し出にアルムは困惑気味に返した。怖ず怖ずとした様子で、遠慮しているようにも窺える。すると、どう受け止めて良いか迷っているアルムの反応を受けて、ライズが溜め息を吐いて立ち上がる。
「こうなった以上は、なるべく危険の少ない方を選ぶべきですからね。たぶん今日なら何も起こらないでしょうし」
「あ、ありがとうございますっ。本当はどうしたら良いのかわからなかったので、嬉しいです。でも、さっきからここが危険なようにも聞こえるんですけど、気のせいですか?」
 小さく頭を下げてお礼を言ったかと思うと、今度は顔を上げて首を傾げた。この切り返しはさすがに予想だにしなかったのか、ライズは一瞬躊躇いを見せる。
「うーん、どう言ったら良いのか。とりあえずは気にしないで下さい。その事よりも、一つお願いしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「あ、はい。一体どういった事ですか? 出来る限りの事は何でもお手伝いしますけど」
「いや、お手伝いとかじゃないんですけど、ちょっと難しい事で――」
 そこで何故かライズの方が言葉を詰まらせた。さらには、手を口元まで近づけて軽く咳ばらいをして、顔をほんのりと赤らめ始める。明らかに今までの落ち着いた素振りとは違い、挙動不審であった。予期せぬ沈黙が続く中で、それを生み出した張本人のライズが自らが切った言葉を繋ぎだす。
「突然ですが、この他人行儀な喋り方は止めて、もっと親しげな感じで話しませんか? その、ですます調は止めにして」
「えっ?」
 ちゃんと聞こえてはいても、聞き返さずにはいられなかった。今までの会話の中でも、声の調子が一番崩れている。それ程までにアルムは呆気に取られているとも言えた。
「あ、あの、無理なら良いんです。ただ、僕にはあまり誰かと長く談話する機会が無かったもので、親しげに話したり呼び合う事が憧れだったのです。ですから、この際やってみたくなりまして」
 ライズはか細くなった声をもごもごとしながら発し、思いの丈を言い切った。しかし、言いたい事を言えて安堵の溜め息を吐いた反面で、恥ずかしそうに顔を俯かせてしまう。さっきまでと同一の相手が取ったとは思えないような行動に、アルムも思わず気が緩んで微笑を湛えていた。
「わ、笑わないで下さいよっ! 僕にとっては、言い出す事だけでもすごく勇気が要るんですから! そんな、何言ってんだ、みたいな目で見られると辛いです」
 躍起になって赤面しているのを弁解しようとする最中も、ライズの顔は見る見る内に赤く染まっていく。自分は何も言っていないのに、独り芝居で恥ずかしさを紛らそうとするライズを見て、ようやくアルムも綻んでいた口を開く。
「別におかしいから笑ってるんじゃないです。そう言ってもらえるとは思わなくて、僕も――嬉しかったの」
 了承の証として、アルムは躊躇いがちに間を置いて丁寧語抜きで語りかける。突然話し方を変更した為にまだ慣れないのか、こちらも言い終わった後で照れ臭そうに視線を逸らして宙に泳がせる。
「本当に良いんですか? 僕ともっと仲良くしてくれます――じゃなくて、してくれる?」
 ライズは慌てて訂正すると、顔を俯けて上目遣いになってアルムをじっと見つめた。それに応じるようにして、アルムも視線を合わせてライズを直視する。
「あははっ」
「えへへっ」
 両者の気持ちが相呼応した。だからこそ、互いに自然と心が暖かくなっていた上で、笑顔も零れた。少し回りくどかったが、それでも確実に近づいた距離。それが二人だけしかいない現状においては、たまらなく嬉しいのである。この広大な森に置き去りにされて淋しかったアルムだけでなく、ライズにとっても。
「あっ、夕食の代わりになる軽食でも持って来るね。ちょっと待ってて」
 自らが築いた雰囲気に馴染むのは早かった。迷う事なく敬語抜きの呼び掛けを放つと、ライズは食器を抱えて奥へと引っ込んでいった。完全に姿が目視出来なくなったところで、アルムは人知れずほっと一息吐く。
「ライズ、変わった人(ポケモン)だけど、一緒にいるとすごく安心する」
 本人にこそ言わなかったが、心に秘めていた旨を言の葉にして小声で解き放った。ここに来るまでは胸が塞がっていたが、今ではすっかり胸を弾ませていた。自分が置かれた状況に関する不安なども一切無く、心境も穏やかなままである。
「ライズに皆の事を紹介して――」
 抱いていた考えを呟いている途中で、平穏だった空気は唐突に破られた。その原因はライズが向かった方向から高い破砕音が響いてきた事にある。食器が陶器だった事を思い出し、アルムは慌ててライズの元に向かう。音が聞こえたのは扉一枚で隔てられた一室であり、扉を押し開ける形でアルムは中へと入った。
「おっとっと。ライズ、どうかしたの?」
 勢い余ってよろめきながらも、アルムは上手く体勢を立て直して当たりを見渡した。その両目に映った全景はと言うと、周りの床では食器が粉々に砕けている中で、頭を抱えながら(うずくま)っているライズの姿だった。足元に散らばる危険な破片には目もくれずに、アルムは一直線に駆け寄る。
「ねぇ、苦しそうだけど大丈夫?」
「あ、アルムくん。ああっ! 駄目だ、せっかく出来た友達なんだから、今は抑えてよぉ」
 アルムの存在には気づいたようだが、すぐに歯を食いしばって固く瞼を閉じてしまった。アルムの方を見る余裕も無いようで、何かに抵抗するかのように必死に首を横に振り続ける。
「ど、どうしたら良いんだろう。えっと――」
「僕の事は良いから、君は早く逃げて!」
 狼狽(うろた)えて顔をあちこちに動かすアルムをよそに、ライズは今までに無く大きな声を張り上げた。突然の叫び声にびくつきながらも、アルムは恐る恐るライズに顔を近づけていく。
「だめっ! 僕から離れてぇっ!」
 接近を拒絶しているのか、喉が張り裂けんばかりのライズの甲高い声が部屋中に反響した。この反応に対し、アルムはさすがに身を引こうとする。しかし、戦慄を覚えたのも一瞬だけだった。眩い閃光が眼を焦がし、劈(つんざ)くような雷鳴が轟いた。







「い、今のは何なの!?」
 同時刻の少し離れた地点でも、激しく弾けて飛び散るような轟音がヴァロー達の耳に届いていた。シオンも思わずその場で飛び上がってしまう。
「方角は――あっちだな。もしかしたらアルムが絡んでるかも」
「僕もそう思います。それに、嫌な予感がしますね。急ぎましょう」
 異変に対する推測も早々に、胸騒ぎがしていたウィンは、先頭を切るようにして音の聞こえてきた方に走り出した。一歩遅れる形でヴァロー達はウィンの後を追いかける。
 徐々に周りの世界が暗んでいく中で、いくつもの木々の間を抜け、とうとう一筋の煙が立ち上っているのが視界に飛び込んできた。その発生源は一軒の小屋であり、アルムが招き入れられたライズの小屋そのものであった。
「こんなところに寂しく小屋が建っているなんて」
「まあ、この小屋の所有者が誰であれ、まずは煙の上っている方に行こう」
 ヴァロー達は建物を冷静に一見だけすると、回り込むようにして現場の方に駆ける。木材が焼け焦げる臭いが辺りに立ち込めている中で、角を曲がったところで見えてきたのは、地面にへたり込んで怯えた様子のイーブイ――アルムと、わなわなと体を震わせながら帯電しているマイナン――ライズの姿だった。二人のいる部屋の一角が吹き飛んでおり、その穴の縁からは黒煙が空に向かって伸びている。
「アルム、大丈夫かっ!」
「あっ、ヴァロー! うん、僕は大丈夫。だけど――」
 互いに友の姿を確認するのも束の間の事だった。アルムが視線を戻した先にいるライズは、頭を抱えた状態でゆっくりと立ち上がる。
「うぅっ……このままじゃ、またアルムくんを襲いかねない……」
 背中に何かがのしかかっているようにまたしゃがみ込もうとするが、両足に力を込めて再度起立すると、ライズは後退りを始めた。目を閉じたまま、一歩ずつ自らが空けた穴に向かっていく。
「ライズ、本当にどうしたの?」
「ごめん、もう堪えられないんだ。それじゃ――」
 最後にそれだけ言い残すと、ライズは外界に飛び出して一目散に走り去った。まだ迸る電気を身に纏って明るく発光しているその姿は、あっという間に暗黒と化した雑木林の中に吸い込まれるようにして消えてしまう。姿を消したライズの面影を探すように、アルムは呆然と暗がりを見つめるばかりである。
「――おい、アルム。一体何が起きたのか、事情を説明をしてくれないか?」
「あっ、うん、それはもちろんだけど――」
 余韻に浸っている状態から呼び覚ます為に、間を置いたところでヴァローが声を掛けた。アルムもその声が耳に届いてはいたが、顔はある一点を凝視しながら全く動かなかった。その見つめる先には、アルムと同種族の蒼い目をしたイーブイ――ウィンが立っている。
「初めまして、アルムさん。僕はウィンと言います」
「あっ、初めましてっ」
 穏やかな笑顔で名乗り出るウィンに対し、アルムは素っ頓狂な顔をして応じた。ライズの事は一旦頭の中から吹き飛び、今は目の前にいるウィンという存在に唖然としているようである。
「あの、そんなにじっと見つめて、どうかしましたか?」
「はっ、ごめんなさい! 何だか他人とは思えないと言うか、ここで同じ種族の方に会えるとは思ってなくて」
 気が付けばずっとウィンを見つめており、アルムは慌てて頭を下げて顔を赤らめる。まだ恥ずかしさから熱く火照っているが、ある程度ほとぼりが冷めた頃に垂れていた頭を上げると、距離を縮めてほんの目前まで迫っているウィンが目に映った。
「助けを求められた理由が何となくわかったような気がします。まさか、同じ種族の方だとは思いませんでしたけどね」
「ウィン……さん? それって――」
 次の言葉を繰り出す前に、アルムは思わず息を呑んだ。出会ったばかりだと言うのに、ウィンが興奮気味のアルムの気持ちを和らげるように優しく頭を撫でたからであった。先程まで腰が低い姿勢で言葉を交わしていたのを見ていたヴァロー達も、些かその言動に驚きの色を見せる。
「あの、ウィンさんは一体どうして僕の事を?」
「それはまた移動しながらにでもお話します。それより今は、一緒にいた方の事が気になってるのでしょう?」
 ウィンの言った事を受けて、アルムははっとして現実に引き戻される。ライズは何故か苦しんでいて、逃げるように自分の前から去った。この事実を思い出し、アルムは再度表情を引き締める。
「僕は、ライズの後を追いかけたいです。すごく苦しんでいるみたいだったから、何か出来ないかと思いますし……」
「では、決まりですね。積もる話は道すがら話すと言う事で、早速追いかけましょうか」
「あ、はいっ。よろしくお願いします」
 自然と同調してくれるウィンに、アルムは妙に親近感を覚えていた。同時に、まだ会ったばかりではあるが、行動を共にしてくれると言うだけで安心感を抱いている。促すように前足を差し出すウィンを見て、強い意思を込めて頷くと、二人は並んで真っ直ぐにライズの消えた方角へと駆けていく。





コメット ( 2012/10/08(月) 23:13 )