エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第八章 迷宮の森と運命の出会い〜特殊な力を持つものたち〜
第四十九話 新たな舞台は広大な森〜出逢いは運命か必然か〜
 フリートと別れを告げて、リプカタウンを後にしていたアルム達は、森を抜けて草原地帯を進んでいた。こちら側では町に来た時のように砂を含んだ強風が吹き荒れている事はなく、歩くのに差し障りとなるようなものは無かった。
「ねーねー、今はどこに向かってるの?」
 悠々と黄色い羽衣を広げて風を上手く捕らえているティルの問いに、アルムは思わず首を傾げる。実のところ、先だって飛び出したは良いものの、アルムにも次の行き先などわかっていなかった。それ故に、リプカタウンに向かう時と同じように、アルムはヴァローへと期待を込めた眼差しを向ける。
「とりあえずはまた宛ても無く次の町に向かうってところだな。正確には、そこに何か大事な物が無い訳でも無いが……。その為にはこの先にある森を抜けないといけないんだけどな」
「えっ、また森に入るの?」
 決して森が嫌いという訳では無かったが、さっきまでフリートの住む森にいた事もあってか、一度過ぎた地形を再度通る事に対して抵抗があるように渋そうな顔をする。そんなアルムの反応を見て、ヴァローは軽く頷いて続ける。
「ああ。その町に行くには、真っ直ぐ森を突っ切って行く方が最短だからな。もしかして嫌か?」
「ううん、嫌じゃないよ。僕も森は好きだし。ただ、連続で入る事に少しびっくりしてるだけ」
 不満げな顔を崩すと、アルムは軽く舌を出して笑って見せた。本心からの言葉らしく、嘘から出るような引き攣った笑顔ではなく、先程の渋そうな様子もまるで見られない。
「ところでヴァロー、その森ってどんな森かわかる?」
「地図には“ミゴン・フォレスト”って名前しか書いてないけど、見る限りでは面積は随分広いようだな」
「へぇ、広い事しかわからないんだ。情報がそれだけだと、さすがに何かちょっと怖い気もするけど」
 苦笑を浮かべてアルムが返したのを機に、会話はぱたりと途絶えた。後は他愛のない話をするくらいのもので、時折アルムとティルがじゃれ合う以外は特に大きな行動も起こす訳でも無かった。ひたすら前に足を進めるだけ。
「わ〜っ! もしかしてあれがその森かなぁ?」
 何気ない退屈な移動が終わりを告げたのは、ティルの上げた陽気な一声だった。ふと俯き加減になっていた他の全員が顔を上げた際に視界に入ったのは、見渡す限りの植物の群れだった。見える空間全てに所狭しと樹木が敷き詰められているような感じを覚える。今まで訪れた木の密集地帯を森と言い表すならば、ここはそれよりも広範囲を示す森林と言うのが相応しい。
「リプカタウンの森も結構広いと思ってたんだけど、これはまた格が違うね」
「アルム、これを見て。“大陸一の面積を誇る森”ですって。そりゃ広い訳よね」
「あ、ほんとだ」
 シオンが見つけた看板に視線を遣ると、確かにそこには誇示するかのように大きな文字で案内が書かれていた。それを考慮した上でこの森林の樹木を上から下まで眺めてみると、改めて記憶の中にあるどの木々よりも高い事をアルムは実感した。
「さて、この中を通る覚悟は出来てるか? ここを住み処にしてるポケモンに襲われるかもしれないぞ」
「ちょ、ちょっと、脅かさないでよっ。例えそうだとしても、ここが近道なら、入る事に抵抗は無いよ」
 ヴァローの試すような問い掛けに対して、アルムは自信なさげにではあるが頷いた。少なくとも予想外の森の広さに圧倒されているようであったが、何とか士気を落とさないように平静を保とうとしている。
「まぁ、襲われるような事があっても、私達が付いてるから大丈夫よ」
「うん、すごく心強いんだけど、何だか複雑だなぁ」
 言い換えれば、守ってあげるという事。シオンの後押しするような優しい言葉は純粋に嬉しかったのだが、その反面頼りなく見られているのではないかと思い、内心は悔しい気持ちもある。それが思わず口を衝いて出ていた。
「ま、心配無用って事だ。ここで立ち止まってても仕方ないから、とりあえず進むぞ」
「探検隊しゅっぱーつ! えいえいおー!」
 ヴァローが指揮を取ろうとした瞬間、ティルが先陣を切って声を張り上げた。いきなり出鼻を挫かれた形になるものの、変わらず自由奔放な振る舞いを見せるティルを見て、アルム達は笑みを零していた。それが良い緊張緩和剤になったのか、一行は軽い足取りで森の中に足を踏み入れる。
 内部の様子はと言うと、数歩進んだだけで、夜の世界に飛び込んでしまったのではないかと錯覚する程に暗かった。真っ暗とまではいかないが、空で燦々(さんさん)と輝いている太陽から降り注ぐ光線を半分以下しか感じる事が出来ない。如何に木が茂っており、密林と化しているかが窺い知れた。
「うわぁ、これは歩くのに気をつけないとね。下手したら迷子になっちゃいそうだし」
「そうね――って、早速ティルの姿が見えなくなってるみたいだけど」
「えっ、まさか――」
 冗談だろうと思って前方を良く見てみれば、いつの間にかティルの姿は消えてしまっていた。開いた口が塞がらない状態がしばらく続いた後で、ようやく我に返ったアルムは慌て始める。
「どっ、どうしようっ。迷子になっちゃったら大変だし。僕、ちょっと先を見てくる!」
 監督が不行き届きという事もあり、責任を感じたアルムはすぐさま駆け出した。早まった行動をシオンが制止しようとするも、既に間に合わずにアルムの姿も闇へと消えてしまう。
「あれー? 皆立ち止まってどうしたの?」
 背後から間延びした声がして振り返ると、先に進んでいったと思っていたティルの姿があった。人の気も知らないでこの雰囲気を楽しんで笑っているのを見ると、ヴァロー達も溜め息を吐くしかなかった。
「それに、アルムはどこに行っちゃったの?」
「あ、そうだ。アルムっ!」
 ほっと安心したのも束の間。ティルの言葉を思い返し、一気に不安が押し寄せてきたヴァローは、あらん限りの声を振り絞ってアルムを呼んだ。しかし、声は虚しくも、木々の創り出した、全てを飲み込まんとする果てない闇路へと吸い込まれていくだけであった。
「主は既にこの辺りにはいないようですね。生命反応を感じられません」
 続けて今まで言葉を発さなかったレイルが抑揚のない無機的な声を出すと、より一層事の深刻さを際立たせた。さっきまでの朗らかな気持ちが一気に萎んでしまうと、一同は黙り込んだ状態で、今は見えないアルムの姿を暗闇の中に見出だそうとしていく。







「ティルはいない。シオン達も、見つからない」
 一方で、ティルを捜している内にいつの間にやら彷徨う事となり、ヴァロー達から離れてしまったアルム。整備などされていない獣道に一人取り残され、途方に暮れていた。すっかり動揺しており、独り言にもたどたどしさが混じり始める。
「これじゃ、僕が迷子になっちゃったみたいじゃないかぁ」
 周りを何度も見回す中で、ふと不安の篭った言葉が零れる。迷子になった経験は既にあるが、ステノポロスの時とは訳が違った。先例ではポケモンが周りにたくさんいて賑やかであったのだが、現在は完全に孤立した状態。必然的に心細くなっていく。
「そうだ、こんな時はオカリナを吹いてみれば」
 前回の経験を生かし、アルムは自分の居場所を知らせようと、首から下げているオカリナの吹き口に静かに息を送り込んだ。大きな音こそ出ないが、楽器としての特徴的な優しい音色が少しでも届けば、ヴァロー達も気づいてくれるはず――そう思って。
「――えっ、何で音が出ないの?」
 だが、ここで予想だにしない事態が発生した。いつもなら軽く息を吹き込むだけで奏でられた音色が、全く出て来なくなってしまった。吹き方が下手だったのだろうと考えて何度も吹き直すが、ただ空気が抜ける音がするだけである。アルムの願いは一瞬にして叶わないものになってしまう。
「も、もう迷子なんてごめんだよ。あっ、もしかしたら、声が聞こえるかも――」
 今度は自分から発信するのではなく、受信しようと思い、耳をぴんと立てて聴覚を集中し始めた。せめて誰か一人の声さえ聞こえれば良いため、全方向に対して神経を張り巡らす。しかし、どこに注意を払っても、聞こえてくるのは不気味に木の葉がざわめく音ばかりであった。
「はぁ、聞こえるはずないかぁ」
 普段なら心地よささえ感じる木の葉が揺らめいて奏でる音も、淋しさを助長させるものでしか無かった。そのせいか、周囲に変化が無いとわかっていても、挙動に乱れが見られるようになった。人恋しさのあまり、無意識の内に視線を動かして誰かを捜し求めている。
 そして、先程まで淋しさを紛らす為に零していた独り言も無くなっていた。いくら体験済みの事とは言え、慣れているはずもなく、すっかり項垂(うなだ)れてしまっている。それでも、意地でも泣くまいとしながらぼとぼと歩き出す。口を一文字に結んで、そこから淋しい想いが飛び出さないようにも堪えている。
(もう迷子くらいで弱気になっちゃ駄目だ。これから先に何が待ち受けてるかわからないんだし。駄目だってわかってるけど、でも――)
 誰かに対して威勢を張って強がる必要までは無いが、負の感情をおくびにも出さなかった。しかし、表に出さない分だけ、心の中ではその感情が激しく暴れていた。涙を流させようと誘ってくるが、首を横に振って拒む仕種を見せると、屈せずに歩みを進めていく。
「でも、やっぱりこのまま何も見つからなかったら――あれっ、あんな所に小屋がある」
 そんな我慢しようとする意思にも綻びが見え始めた頃だった。植物以外は何も見られないと考えていた所に、幸運にも一軒の小屋を見つけた。外装は至ってシンプルで、丸太を積み重ねたログハウスのようになっている。それぞれの隙間からは苔や蔓が伸びており、自然とも同化しているのが窺い知れる。その周りには森の中に息衝いている植物とは別個に、鮮やかな花畑が(こしら)えられている。
 とりあえずその閑居と外観を一通り確認したところで、まだ見えていない反対側へと回り込んだ。なるべく用心しつつ、小屋の壁に体を張り付けるようにして慎重に覗いていく。最初に見えてきたのは、薄黄色の体と、楕円形の青い耳、そして棒のような青い尻尾をしたポケモンの姿だった。しかし、あくまで後ろ姿でしかなく、正面からの姿は確認出来ないでいる。
「そこにいるのは誰なのですか?」
 ふと気が緩んで大きく身を乗り出していると、気配を察知したそのポケモンはアルムの方に振り返った。その際に、先程までは見えなかった正面からの容姿が明らかになる。両頬には青い円形の皮膚に一文字の模様が見られ、アルムにも種族名がようやくわかった。それと同時に、見つかった事に動揺しつつ、反射的に警戒心を抱いて身構える。
「あ、もしかして迷子になったのですか? そんなに警戒しなくても、襲ったりしないから大丈夫ですよ」
 突如現れた迷子のイーブイを怪しむ様子もなく、逆にそのポケモン――マイナンは笑顔を覗かせて落ち着かせようとしている。思わぬ相手方の対応に驚きつつも、アルムは緊張していた表情を綻びばせた。警戒心を解いた事でさらに優しい笑みを浮かべると、マイナンはアルムの方へと歩み寄っていく。
「僕はマイナンのライズと言います。立ち話も何ですから、良かったら家にどうぞ――」







 アルムが偶然の出逢いを果たしている一方で、ヴァロー達はそのアルムの捜索に傾注していた。今度は遭難者が出ないように出来るだけ密着して歩き回りながら、ひたすらアルムの名前を叫んでいた。しかし、この広大な森林の中で成果が上がるはずもなく、それぞれの声が微かに木霊(こだま)するだけであった。
「また迷子になったのか。シオン、お前の良い耳でアルムの声とかは聞こえないか?」
「いいえ、木の葉がざわつく音が大き過ぎて、全く聞き取れないの」
 期待を込めてヴァローが尋ねてみるが、シオンは残念そうに俯いて呟いた。アルムを欠いた一行は、先程からこの調子で暗いムードであった。
「また不安になって泣いてないかしら。こんな広い森に一人で置き去りにされて……」
「アルムなら大丈夫さ。きっとあいつはあいつで俺達に合流する為に努力してるだろうからな」
 突然の喪失感を体験し、シオンは不安に駆られていた。そんな彼女を励ますかのように、ヴァローは軽く背中を叩いて優しく声を掛けた。すると、不安が吹っ切れたようにシオンの表情に明るい色が戻っていった。
「そうね。ここで私達が諦めちゃいけないもの。絶対に見つけ出してあげないと――」
「――ねーねー、アルムが見つかったよ!」
 意気込みを新たにしようとした最中、それを遮るようにしてティルが溌剌(はつらつ)とした声色で二人の間に割り込んできた。急な発言に反応が追いつくはずもなく、シオンもヴァローも唖然としてしまう。
「んっ? ティル、一体何を言ってるんだ?」
「だから、アルムを見つけたの! 今連れてくるから、ここで待ってて!」
 ようやく思考が追いついたところでヴァローが疑問の声を上げると、ティルは平然として言い切った。それと同時に、屈託のない笑顔を見せながら、ティルは木々の間を縫うようにして飛び去っていってしまった。
「ちょっ――いつの間に見つけたんだ? それ以前に、このままだとティルまで迷子になってしまうな」
「それは大丈夫よ。そんなに遠くに行ったんじゃないみたいだし、もうこっちに戻ってきてるみたい」
 二人目の迷子が出る事を危惧するヴァローを宥めるように、自慢の耳を小刻みに数回動かしつつ、シオンは耳を澄ましてそう告げる。そして、シオンの言葉が正しい事はすぐに証明された。ティルが飛んでいった方角からがさがさと草を掻き分ける音が聞こえ始め、時間の経過と共に徐々に大きくなっていく。
「えっ、またいきなり何ですか? そんなに押さなくても、ちゃんと歩きますから」
 掻き分ける音がほんの近くまで接近した時、続いて聞き慣れない声がヴァロー達の耳に入って来た。アルムならいつも聞いているから間違いないため、自然と緩んでいた気持ちも引き締まる。誰かが自分達を襲うのではないかと警戒しつつ、固唾を呑んで姿を現すのを見守る。
「ほら、ちゃんと連れて来たよ!」
 相変わらず明るい喚声を出しながら、全身に数枚の葉っぱを纏わせたティルが叢(くさむら)から飛び出してきた。その傍らには、見覚えのある種族のポケモンがいた。長い耳と大きな筆先のような尻尾、首の周りを覆う毛が特徴的なイーブイである。
「えっ、本当にアルム?」
「いや、アルムとは違うぞ」
 シオンとヴァローは驚きの色を隠せないものの、突如ティルが引き連れてきたイーブイを冷静に凝視する。すると、本来イーブイという種族が持つ黒い瞳とは違い、見ていると吸い込まれそうな程に澄んだ蒼い瞳をしているのがわかった。そして何より大きな違いとしては、アルムならいつも耳に付けていたオレンジ色のリボンがどちらの耳にも見られないのがある。
「えっと、あなた達は人違いをなさっているようですね」
 じっと見つめられて戸惑っていた風変わりなイーブイは、一拍置いて口を開いた。
「僕の名前はウィンと言うのですが――」


■筆者メッセージ
「小説家になろう」のほうで既読の方はご存知だと思いますが、実はここからウィンデルさんという方と“ウィン”というキャラをお借りするという一方通行のコラボをさせていただいています。ですが、現状ではまだウィンデルさんのこちら(POKENOVEL様)への転載がこの話の執筆当時の進行状況に追いついていませんので、こちらの方で初めてこの作品を読んで頂いている方にはさっぱりわからないかもしれません。なので、「こういうキャラがウィンデルさんの作品には登場して、それが今回こっちに来てるんだ」という感じで、本当に簡単にで良いので念頭に置いて続きを読んでいただけると幸いです。
コメット ( 2012/10/07(日) 13:26 )