エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第七章 炎の町と精霊と水晶と〜星の君の大きな変化〜
第四十七話 それぞれが醒めた後の事〜夜更けの二つの会話〜
 眩しいながらも暖かさを含んだ光がふと和らいだのを感じた時には、気が付けばいつの間にかまた目を閉じていた。閉じる前に心の中で渦巻いていた想いが一気に溢れ出し、視界を取り戻すのを妨げる。目を開けば、また怖いものが待ち構えてるんじゃないか――その恐怖も相まって。
 それでも、このまま閉じっぱなしではいけないのもわかっていたので、覚悟を決めてゆっくりと瞼を上げていく。まず最初にその黒い瞳に映ったのは、ティルから発せられた光に反応して瞼を閉じる前と同じ光景だった。そしてやや下方に視線を遣ると、ティルが若草の上に横たわっているのが見えた。
「ティル、もしかして寝てるの?」
 すやすやと羽衣に包まるようにして横になって寝息を立てており、眠っているのは明らかである。何事も無いようでほっと一安心するが、そこで大きな疑問が浮かんだ。先程見たのは何だったんだろう――と。
「アルム、起きたのか?」
 ずっと長い間聞いていなかったような、待ち侘びていた声を耳に感じ、アルムは飛び上がるように振り返った。そこには、期待していた者達――“夢”の中ではいなかったヴァロー、シオン、フリートの三人の姿があった。一人ずつじっと見つめて確認すると、アルムは瞳を潤ませて走り寄っていく。
「よかったっ! みんな、どこにも行ってないんだね!」
「当たり前だ。どこにも行くはずが無いだろ? まあ、いつの間にか意識が無くなって、ちょっと変わった夢を見てたけどな」
「えっ、変わった夢?」
 自分にも思い当たる節がある単語がヴァローの口から飛び出し、おうむ返しの要領でアルムも聞き返す。不思議そうに小さく首を傾げているアルムを見てふと笑みを零しつつ、口を開こうとしたヴァローが、不意に表情を強張らせた。

「そうだ、確か夢の中にはティルが出て来たんだ。本当にティルかどうかは怪しかったが、とにかくリプカタウンの未来がどうとか聞いたな……。聞く限りでは、どうやらシオンも同じ物を見たらしい」
「えっ、それ、僕も見たよ!」
 ヴァローの隣で頷いているシオンにも気づき、アルムは一層声を張り上げる。それぞれ同じ物を見たという事で疎通すると、驚きを隠せない表情で三人が一斉に顔を見合わせる。
「やっぱりか。それで、肝心のティルは――」
 ヴァローとシオンが自分の後ろの方を見つめているのがわかって、アルムも振り返る。その視線の先には、未だに気持ち良さそうに寝返りを打っているティルの姿があった。体を左右に動かしながら、口元をもごもごさせて笑っている。
「まさかあいつが、なぁ?」
「うん、試しに起こしてみる?」
 確認するように互いに見つめ合うと、既に表情には緊張の色など無かった。目の前で熟睡している存在からは、神秘的な雰囲気を微塵も感じなかったからである。こくりと頷いた後にそっと忍び足で歩み寄っていくと、アルムは前足で優しくティルの頬を撫でる。
「くふふっ、くすぐったいよー」
 アルムの接触に反応して、笑いながら片手で撫でられた箇所を摩るものの、目を覚ますまでには至らなかった。そんなティルの仕草にアルムは柔らかい笑みを湛えつつ、今度は大きく揺り動かしてみる。
「うーん。あれ? アルム、おはよーっ」
 すると、自らを包んでいた羽衣を解き放ちながら、ティルはゆっくりと体を起こした。両手で眠い目を擦っていてまだ寝ぼけた状態ではあるが、アルムの姿を確認するや否や、いつもの明るい笑顔を振り撒く。今までも見てきたあどけない笑みを見るだけで、アルムは自然と心が安らいだ。
「おはよう、ティル。君は夢か何かを見てない? もしくは何か“見せて”ない?」
「ううん、ボクはなーんにも見てないよ? どうかしたの?」
「やっぱりそうなんだ。ううん、別に何でもないよ」
 ティルには特に嘘をついてる様子も無いので、探ろうとしていた事を下手に悟られないようにアルムはごまかした。一方で、きょとんとした表情を浮かべたティルはアルムに急接近する。
「ねー、アルムー。何かボクに隠し事してるでしょ?」
「そ、そんな事してないよっ」
 いつになくティルは勘が良く、図星を指される形となった。アルムは視線を泳がせて質問から逃れようとするが、幼さを残す高い声に乱れが生じ、平静を失っている。
「ボクに隠し事は無しだよー? ね、教えて?」
「な、何も無いってば。本当だよ?」
 そうは言いつつも、知らず知らずの内に、つい癖でリボンの付いた方の耳を前足で撫でていた。それはすなわち、アルムの中では一種の逃げの行動だった。上手く隠す事が苦手なのが祟っている。
「怪しいなー。アルム、何だか困ったような顔してる。そういう時のアルムって、いつも何か大事な事を言わないで黙ってるんだよねー」
「そんな事無いったら! ねっ、今日は疲れたから、ティルの質問はここまで」
 気が引ける思いから曇らせていた表情を見抜かれ、苦し紛れにアルムは提案した。ティルも頬を膨らませて納得が行かない様子ではあったが、渋々了承したように頷くと、その場に再び横になる。
「教えてくれないなら、もういいもーんだ。それじゃ、アルム、おやすみっ」
「ちょっと待って! まだ僕の方が聞きたい事が――」
 話が終わったものだと判断したのか、ティルはそのまま目を閉じて眠りに就いてしまった。あまりにも迅速な変わり身に対応が間に合わず、アルムは慌てて起こそうとする。しかし、それを阻むように目前に小さな手が現れ、足を出すのを止めてそちらの方に振り返った。アルムを制止した正体は、V字型の大きな耳と羽が特徴的であるビクティニのフリートであった。
「今はまだわからないんだと思うよ。だから、問い詰めなかったのは正解だね」
「うん。でもさ、本当にティルは知らないのかなぁ? それに、知らないんだとしたら、あれは一体」
 フリートに諭されるように言われると、アルムも納得したように、しかしどこか元気なく返答する。“こちら”でのティルが変わり無い事には安心をしているが、それでも真相がわからず仕舞いになる事にもどかしさを覚えたからである。
「大丈夫、焦らなくても、いずれはわかるようになるから。今はいろんな事がいっぺんに起こり過ぎて頭が混乱してるだろうし、落ち着いてからでも良いと思うよ?」
「でも、もし悪い事だとしたら、早く知りたいんだ。その方が対処しやすくなるし……」
 アルムも今回ばかりは食い下がろうとはしない。声音には戸惑いと不安も窺えるが、それでも勇気を持って受け入れる覚悟があった。だからこそフリートの提案を押し退けてまで切り出したのである。しかし、対するフリートは静かに首を左右に振る。
「アルム、炎の精霊は心に宿る炎や暖かさまで感じる事が出来るんだよ。だから、君の心の炎が激しく揺れているのもわかるし、これ以上突風が吹けば消えてしまいそうなのもわかるんだ。……さあ、今日はもう疲れたでしょ? ゆっくり眠ると良いよ」
「――うん、わかった。ありがとう、フリート。それじゃ、お言葉に甘えて寝させてもらうね」
 精神的に疲れるような体験ばかりしていたため、急に眠気が襲ってきたアルムは、フリートに促されるがままに意識を沈めるのであった。
「さて、フリート。今度こそ知ってる事を詳しく話してもらおうか?」
 愛らしい寝顔をしているアルム達を見守るフリートの背後からは、寝ている二人を起こさないようにヴァローが静かに近づいてきた。こちらも疲労を感じている事が読み取れるが、覇気はまだ消えていない。
「うん? 何の事かな? 君も早く寝た方が――」
「とぼけるな。バロウについての事、夜になったら話すって言っただろ」
 はぐらかそうとするフリートを鋭い眼差しで見つめるヴァロー。その威圧的な言葉を受けると、フリートは小さく笑って言葉を続ける。
「――だったよね。わかってたよ。でもね、もう一晩だけ待ってくれないかな。ちょっと大事な用事が出来たから」
「わかった。どうせいずれはわかるようになるんだからな」
 フリートが先程言った事を復唱すると、それ以上は追及するつもりもなく、ヴァローは背を向けてその場に寝転んだ。一言も発さずに。ふて腐れているような印象を抱いたフリートは、ヴァローの背中を見て微笑みつつ、遥か上空へと飛び上がった。
「確か光が飛んでいったのはあっちだったかな――」
 月と彗星の光を同時に背中に浴びつつ、フリートは森の木々よりも高く上昇する。ある位置で止まると、地上で眠っているアルム達を一瞥した後に、思い出すようにある方向に振り向いた。そして、小さく一息吐いて羽を広げると、その高度を保ったまま滑空を始めた。一度は去った町の方角へと。







 昼間とは違い、暗い中を冷たい風を受け続けてフリートは飛んでいた。無言で飛行を続けて着いた先は、本日二度目になるリプカタウンだった。静けさはより一層深まるばかりで、ポケモンの気配こそ僅かに感じられるものの、黒一色に染まっている空間の中に埋もれてしまっている。
 暗闇に包まれた町の外れ辺りの上空に一旦留まると、自らの掌に明かりとして橙色の炎を燈しながら、フリートは地上近くに降下する。しかし、降り立つ訳でもなく、周囲を照らして浮遊しつつ移動を開始する。何かを捜索するように(しき)りに目を動かし、耳をそばだてて、そろそろと進んでいく。
「ポリゴンのレイル――だったかな? 君がいるのはわかってる。おとなしく姿を現して」
 不意に何も見えない闇に向かってフリートは呼び掛けた。すると、それに応じるように暗がりから徐々に影が進んでくる。フリートの掌に宿る炎により照明されている範囲に完全に入って来たのは、多角形の輪郭が特徴的なポケモン――フリートの宣言した通りにポリゴンのレイルだった。
「さて、どうしてこんな所にいるのかな? アルム達が心配してるよ」
「ええ、ちょっと用事の方を済ませていました」
「そう。差し支え無ければ、その用事とやらを教えてくれないかな」
 レイルが淡々と回答を返してくるのに対し、フリートは問い詰めるように近づいていく。炎の明かりで照らし出されているフリートの表情は、決して穏やかな様子ではなかった。
「実は、自分の“目的”をつい先程思い出したのです。私の今まで記憶の底に眠っていたものが、突如発現してきたようで」
「目的? それは一体――もしかして、君のところにも“光”が届いた事に関係があるのかな」
 相変わらず単調で冷たい印象を抱かせる口調で躊躇う事なく語る中で、フリートは腕を組むようにして考え始めた。目まぐるしく事態が動き出した中で、頭の中で何とか整理する。そうした上でフリートは先のティルの放った光が怪しいと踏んでいるらしく、思わず口に出した。
「私にも詳しくはわかりません。しかし、少なくとも私の中で何かが変わり始めたようです。今までは無かったような使命感のような物が、急にプログラムされていたかのように現れました。それと関係あるかはわかりませんが、唐突に光に包まれた時に、何か別の生命反応をキャッチしました」
「使命感? それに、光の中で生命反応?」
 フリートが反復して唱えると、レイルは小さく頷いた。それは無機的でありながら、確信のあるようなしっかりとしたものである。
「なるほど、ぼくには何となくわかったかもしれない。とりあえずアルム達の所に戻りながら詳しく話を聞かせてよ。たぶんぼくが教えてあげられる事があると思うから」
「わかりました。しかし、主達には他言無用です。お願い出来ますか?」
「了解したけど、それは何故なのかな? もしかして、それはアルムに対する思いやり?」
 要求を呑んだ上で、思いもしないレイルの受け答えに、フリートは目を丸くする。驚きが明白に現れており、その証拠に両手の炎が大きく揺らいでいた。それに対して、レイルは特に関心も無いように素早く首を横に振ると、説明を続ける。
「いいえ、単にこれから先に支障を来す可能性を排除しておきたいだけです。さあ、参りましょう」
「レイル、君は一体? ――まあ、良くわからないけど、まずは森に戻ろうか。せめて夜が明けるまでには戻って寝たいからね」
 一瞬表情を強張らせるものの、すぐに緩ませて何事も無かったかのようにフリートは森のある方角に振り向いた。とりあえずまだ移動はせず、目の端で背後にいるレイルを何度も見るが、特に変わった様子もない。変わらずに無表情で視線を真っ直ぐ向けるだけ。フリートには逆にそれが不気味にさえ感じられた。
「これも何かの予兆なのかな……。とにかく、白羽の矢も立てられたみたいだし、上手くぼくが導いてあげないと、ね――」
 レイルには聞こえないようにぽつりと呟くと、その微かな声は瞬く間に寂寥とした空間に同化していった。その声の行く末を見守るまでもなく、自らの灯火を絶やさないようにしながら、フリートは気持ちを押し殺してレイルに寄り添うようにして飛び始めるのであった。




コメット ( 2012/10/01(月) 11:34 )