エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















小説トップ
第七章 炎の町と精霊と水晶と〜星の君の大きな変化〜
第四十四話 フリートの戦闘の終息〜町に再び訪れる静寂〜
 正面から向かってくる高密度の黒いエネルギー球が視界いっぱいに入ったところで、フリートはようやく自らの置かれている状況を冷静に把握出来た。身のこなしが速くなっているとは言え、完全に避けきれるとは限らない。そして、迎撃した方がリスクが少ない――と。小さく息を吸って気合いを入れ直すと、徐々に迫る攻撃に対応するべく、即座に行動に移った。
 目を閉じて神経を集中し始めると、両腕を左右に広げて手の先に真っ赤に燃える灼熱の炎を蓄える。それが肥大すると、炎はフリートの体を包み込んで、フリート自体が大きな火の玉となった。
「“かえんだん”よ、全てを焼き尽くせ――!」
 咆哮のように大きな叫び声を上げるのに呼応して、フリートを包む高温の烈火が無数の炎の塊となって弾け飛んだ。四方八方に飛び散っていくそれらは、目前まで迫っていた“シャドーボール”に対抗すべく、半分以上が火花を散らして衝突していく。
 至近距離で二つの高密度の技がぶつかり、全方向に凄まじいエネルギーが放出される中で、フリートは目を閉じずにぐっと堪えた。さらに、負けじと両手を前に突き出し、火の勢いを強くするかのように力を送り込んだ。
「いっけぇぇ!!」
 一段と声を張り上げると、フリートの気合いに応えるように火炎の球が赤々と燃え上がった。それに伴い、両方のエネルギーが収縮していく。そして、“シャドーボール”の大きさが通常サイズにまで縮んだところで、一気に爆発を起こした。その小さな体では踏ん張る事は難しく、フリートはたやすく吹き飛ばされてしまう。
「このままでは――はぁっ!」
 勢いよく地面に叩きつけられそうになった時、その寸前で精神を集中して手先から力を放出し、“ねんりき”によって空中で静止した。ふわりと軽やかに一度舞い上がると、そのまま無事に地面に降り立った。
「ふぅ、相殺出来て良かった。でも、“かえんだん”が力比べをして互角なんて」
 小さく一息を吐いて一安心するものの、その言葉通りに内心は非常に焦っていた。それが表に出ないように、表情を険しくしてゲンガーの方を見据える。すると、あれだけの大きな技を繰り出したにも係わらず、相変わらず平然と佇んでいた。
「ふむ、あの技を正面から打ち消すとは、なかなかやるもんだねぇ。だけど、相当疲れているように見えるぞぉ」
「えっ、誰が疲れてるって? あまりぼくを甘く見ない方が良いと思うよ?」
 フリートは再び手を上げて慎重に構えるものの、何とか虚勢を張っているだけだった。それをちゃんと見抜いているのか、ゲンガーは両手を後ろに回して楽な姿勢を取っている。舐められた態度をされている事に悔しそうに顔を歪めると、フリートは再度羽を使って飛び上がった。一定の高さまで来たところで上空に留まると、両手を大きく横に広げる。
「そんなに高く飛び上がって、逃げるつもりかい?」
「いいや、その逆だよ。あなたを倒したかったけど、“完全に”力の戻っていない今では、逃がさないようにするのが精一杯。だから、こうするんだよ」
 嘲笑を浮かべていたゲンガーも、意味深なフリートの発言に表情を凍らせる。思いがけずゲンガーを動揺させた事に心の中で得意げに思いつつも、大きく息を吐き出して落ち着き、フリートはそっと目を閉じた。広げた両手の先から、今度は真っ赤な光が放たれると、突如として五本の火柱が地上に現れた。その燃え上がる紅蓮の炎の柱からそれぞれの火柱を結ぶように炎が走っていき、五角形の方陣を描いていく。
「さあ、こんなのは初めてだろうね」
 フリートが伸ばしていた手を素早く空に向かって突き上げると、その動きに連動するかの如く、地面に低く揺らめいている炎が高く燃え上がった。その炎は一瞬にしてゲンガーを囲む壁となり、やがて空に向かって伸びた壁同士がくっつくと、五角形の炎の“部屋”を作り上げた。
「ぼくはこれを【ペンタグラム・シャンブル】って呼んでるんだけどね。この中でおとなしくしてもらうよ」
 自らの得意とする空間(テリトリー)に封じ込めた事で、フリートは満足げにピースサインを作った。しかし、直後に全身の毛が逆立つような感じを覚え、緊張感を取り戻してその場から緊急に離脱する。その回避行動の振り向き様に、先まで自分がいた場所を黒い球体が通り抜けていったのが目に入った。狙ったように放たれた攻撃が斜め下方から飛んできたのを確認し、睨みつけるように地上を凝視するフリート。その視線の先には、赤い光を宿す宝石の目を持つヤミラミがいた。
「きぃーっ! お前がタスマ様をこんな狭い空間に閉じ込めた犯人だなぁぁ!」
 ヒステリックを起こしたような甲高い声が鳴り響き、思わずフリートは両耳を塞いだ。ヤミラミが一通り叫び終えたところで視線を戻すと、その姿は五角形に燃え立つ炎の前にあった。炎を睨むようにして立ち尽くしている。
「タスマ様、大丈夫ですか!?」
「お前の耳障りな声は、炎の壁で姿が見えずとも、一発でわかるようなものだねぇ。まあ、とりあえずは閉じ込められているだけだから大丈夫だ」
 炎越しに二人が会話を交わしているのをフリートは黙って傍観していた。これからどうするつもりなのかもわからなかったし、何より壁の中に封じ込めておく自信があったからである。
「さぁて、こんな暑い空間にいるのもうんざりだから、そろそろ脱出しようかね。さすがにおれっち一人じゃこの防壁は破れないから、内と外の両方から攻めるのだ」
「はい、タスマ様」
 タスマと呼んでいるゲンガーの説明を心得たように頷くと、ヤミラミは掌中に黒い粒子を溜め込み、“シャドーボール”の構えを取る。さっきまでただ見守っていたフリートも、その成り行きに不安を覚えて表情を強張らせて待ち構える。
「タスマ様、参ります!」
 中にいるタスマに良く聞こえるように声を張り上げて呼び掛け、ヤミラミは溜めていたエネルギーを解き放った。それが炎に当たったと同時に、接触部分の炎が一瞬にして弾け飛び、ぽっかりと環状の穴が空いた。
「良くやったぞ、ヤミラミ」
 “シャドーボール”で穿(うが)たれた穴の中から、タスマが悠々と飛び出してきた。その無事を確認すると、ヤミラミは嬉しそうに飛び上がる。
「嘘だ。ぼくの炎の防壁が破られるなんて」
 自信のあった事もあって、フリートは愕然としているようだった。失意と共に水平に構えていた手も垂れ下がり、炎も静かに消えていってしまう。
「ひゃーはっはっ、これがタスマ様の力だよ! 思い知ったか!」
「うるさいねぇ、お前は」
「す、すいません」
 騒音の如く大声で称賛するヤミラミを咎めるゲンガー――タスマは、脱出も早々にフリートの方を見据えていた。先程まで以上に涼しい顔をしており、またしても不敵な笑みを覗かせている。
「さて、どうしてくれようかね。これで二対一だが、尻尾を巻いて逃げるか?」
「だ、誰がっ! まだ諦めてないよ!」
 威勢を張る為に声を荒らげるが、声が震えていてむしろ逆効果。タスマはしてやったりとばかりにほくそ笑んでいた。劣勢の状況に追い込まれたのをフリートが悔しそうに拳を強く握り締めるのをよそに、タスマとヤミラミの二人は両手を突き出して攻撃の体勢に入る。
「炎の精霊くん、そろそろおとなしくやられてもらおうか――」
「――フリート、大丈夫かっ!」
 絶体絶命の状況下に於いて、不意に響いた別の猛々しい声。その発生源に三人が一斉に振り向くと、そこにはイーブイ、ガーディ、マリル、ジラーチ――アルム達の姿があった。ティルを除く三人は侵入者達の方をじっと見つめる。
「またお前達かぁっ! 性懲りもなく追ってきおってぇ!」
 撒いたと思っていた相手が目の前に再び現れ、ヤミラミは動揺して喚き始めた。それを鎮めるように片手でヤミラミの肩を触って押し退けると、タスマはさらに一歩前に出た。
「おやぁ、おれっちの部下が世話になったようだねぇ。本来ならここで挨拶とでも行きたいところだけど、今日のところはそろそろ失礼させてもらおうか。目的は果たせたようだから」
 何故か(うやうや)しく頭を下げると、タスマはすぐに後退りを始める。いくら敵陣の数が増えたとは言え、まだ優勢であるにも係わらず。そして、それは隣でおとなしくなっていたヤミラミもであった。
「それってどういう事だ? 逃げるつもりか?」
「まさか、逃げる訳ではない。情報を持ち帰るのが元々の目的だから、あくまで撤退するだけだ」
「良いように言ってるが、結局はおめおめと逃げるんじゃないか」
 威嚇の姿勢を崩さずにヴァローとタスマは睨み合った。どちらもすぐにでも攻撃を放つ用意はしており、またしても緊迫した空気が漂う。
「ほう、ずいぶんと口が達者な奴だ。一度手合わせしてみたいものだが、今はその時間も無いからな。そろそろ失礼させてもらおう」
 攻撃に移るのかと思えば、突然タスマは前に突き出していた手を下ろし、目を大きく見開いた。その行動に異変を感じたヴァローが仕掛けようとするも、口の中に赤い炎を蓄えた時には既に遅かった。タスマの口からは煙のような微細な黒い水滴――“くろいきり”が溢れ出し、二人を隠すように辺りに立ち込めた。
「この、逃がすかっ!」
 冷気を持った“くろいきり”で完全に姿を暗まされ、急いでヴァローは高熱の火炎を吐き出した。目で捕捉出来ずに闇雲に放たれた炎は霧を貫き、その余韻である熱風で微粒子の水を吹き飛ばしていく。しかし、もうそこに二人の姿は無かった。遠くの方まで眺めても、その影さえも見つけられない。
「逃がしちゃった、か。でも、みんなも無事なようで一安心だね」
 ゆっくりと地上に降りていき、フリートは安堵の溜め息を吐いた。その一言を皮切りに、アルム達もその場に座り込んで落ち着く。しかし、その中で一人ヴァローだけが佇んでいた。
「なぁ、フリート。途中だった話の続き、聞かせてくれよ。俺と似た名前のバロウについてと、仲間のジラーチ――ティルについてだ」
 真剣な眼差しでフリートの方に向き直り、ヴァローは唐突に切り出した。戦いの時とは違う張り詰めた空気になり、普通に話をしようとしていたアルムも口を噤んだ。
「あー、その事ね。だから、もう言ったでしょー。君とバロウの事に関しては、旅を続ける中で追い追いわかっていくって。ぼくの口からわざわざ語る事じゃないよ」
 すっくと立ち上がると、フリートはいつの間にか傾き始めていた橙色の発光体に背を向けた。穏やかで暖かい光を投げ掛けている夕日を見ない状態で、フリートはヴァローの問い掛けに答えた。しかし、腑に落ちない様子のヴァローは引き下がるつもりもなく、回り込んでフリートに詰め寄っていく。
「うーん、困ったなぁ。それじゃさ、もうちょっと経ったら手がかりを教えてあげる。だけど、この陽が沈むまで待ってくれないかな。そうすれば、ジラーチのティルくんについてもわかると思うから」
 執念深さに観念したらしく、フリートは妥協案を持ち掛けた。それでヴァローも納得したらしく、おとなしく後退する。一方で、普段は見せないヴァローの珍しい態度に、離れた場所から見守るアルムも目を丸くしてしまっていた。
「フリート、ティルについて陽が沈んだら――つまりは夜になったらわかるって事だろうけど、一体どうして知ってるの? それに、どういう意味なの?」
 親友の必死さに対する驚きから立ち直ると、アルムは怖ず怖ずと身を乗り出す。この場に来てからしばらく喋っていないせいか、緊張のせいか。どちらにせよ、やや高く上擦ったアルムの声が耳に届き、フリートも振り返った。その表情は既に穏やかな物になっており、アルムの方を無垢な眼差しで見つめると、躊躇う事なく口を開いた。
「そりゃあ、ティルくんはぼくの仲間だからね。夜にわかるのがどういう意味かって言うのも、彗星から訪れたティルくんについての大切な事は、“星”が教えてくれるって事だよ――」



コメット ( 2012/10/03(水) 22:41 )