エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第七章 炎の町と精霊と水晶と〜星の君の大きな変化〜
第四十二話 白熱する戦闘〜想いと力と“壁”と〜
 ヤミラミがティルをじっと鋭い眼差しで見つめているのに対し、アルム達は押し黙っているしかなかった。ヤミラミが言い放った言葉を上手く受け止める事が出来ないでいたからである。
「は? ティルの現在地を確認するって、それは一体どういう了見で――」
「おや、君達はそこのジラーチがどんな存在なのか知らないのですか?」
 ヴァローの言葉を途中で遮るようにして、ヤミラミは意地悪そうに薄笑いを浮かべた。戦いとは直接的に関係無いとは言え、立場上不利に立たされたくないとは思っていた。しかし、知らないのは事実であり、ぐうの音も出ないまま小さく頷いた。
「まっ、これは我々の事だから、君達には関係無い事だがね。それじゃ、我もこの辺で――」
「いいや、このまま行かせはしない。どういう事か、きちんと教えてもらうぞっ!」
 真実を知る存在を見す見す逃すつもりは無いらしく、ヴァローは猛々しい声を上げた。そうして交戦の意志を示すと同時に、口から真っ赤な炎を吹き出した。
「全く、喧嘩っ早い方だこと。嫌いじゃないがね」
 繰り出される速攻に対し、慌てる事なく泰然として構えているヤミラミは、迎撃の為に掌を合わせた。間で再び小さな黒い球が集合していき、ヤミラミの胴と同じくらいの体積の塊が形成される。エネルギーが安定して形を保ったところで、一気に球体を撃ちだした。
 ヤミラミの狙い通り、伸びてきた燃え盛る炎と黒い球体は激突し、相殺して砂煙を撒き散らした。互いの姿を隠すようにして煙の壁が現れると同時に、ヤミラミはその中に飛び込んでいった。先程と同じ戦法で攻めるつもりである。
「今度こそもらった――」
 分厚い煙の層を突き破って姿を現した時、ヤミラミは途中で絶句しながら、振り上げていた手をその状態で止めた。何故なら、目の前にいるはずの敵の姿が忽然と消えていたからであった。
「二度も同じ手を食うかっ!」
 不意に声が聞こえてきたのは、ヤミラミの背後――煙の中からだった。ヤミラミも急いで振り返ろうとするが、一歩間に合わなかった。煙の中から飛び出してきた、炎を全身に纏った“もの”を回避出来ず、横っ腹に直撃を喰らって突き飛ばされた。
「ぐっ、今のは効いたぞ」
 受けた衝撃によって後退させられつつ、ヤミラミは両足を地面を擦るようにして倒れないように踏み止まった。それでも、小声で呟いたようにダメージはあるらしく、脇腹を押さえながら膝を着いた。
「今のは急所にでも入ったか?」
「ふん、不意打ちの“かえんぐるま”を喰らわせたくらいで、良い気になるなよ」
 めらめらと燃え上がる炎を纏いながら、ヴァローは得意げに笑ってみせた。それに対し、ヤミラミは忌ま忌ましそうにヴァローを見据えつつ、ゆっくりと立ち上がった。
 体を完全に起こし終えると、ヤミラミは両手を胸に押し当て、何かを解放するかのように一気に手を左右に広げた。その手の軌跡からは次々と光り輝く小さな石が出現し、空中に浮かんだ状態で留まった。
「我の好きな宝石による攻撃、とくと味わいたまえ」
 ヤミラミが広げた腕を交差させると、浮かぶ宝石達は弾丸のように高速で撃ちだされた。全てがヴァロー目掛けてではなく、浮いていた時の位置そのままに、放射状に飛んでいった。
「それなら、こっちの炎も味わえ!」
 ヤミラミの攻撃に応じるようにして、ヴァローもすかさず“かえんほうしゃ”による反撃に転じた。一直線に飛んでいく凄まじい炎は、宝石の弾丸――“パワージェム”と衝突するかに見えた。しかし、互いが接した刹那、宝石達は炎を貫くようにして突き進んでいく。
「ははっ、そんなもので止められるとでも――」
 極太の炎の柱をいとも簡単に突き破った事をヤミラミが鼻に掛けようとした時、勢いが衰える事なく向かってくる炎が視界に飛び込んできた。緊急回避の為に左に走り出すが、全てをかわしきれずに炎の一部が腕を掠め、うめき声を上げて地面に座り込んだ。
 一方で、依然として三つの宝石に狙われているにも関わらず、ヴァローは危機など感じてないように悠然と構えていた。そして“パワージェム”が眼前まで迫った瞬間、大きく口を開け、宝石を食べるかのように待ち構える。口の中に入ると同時に、今度は牙を立てて口を素早く閉じた。
「ぺっ、さすがに“かみくだく”事は出来なかったか」
 残念そうにぼやきながら、ヴァローは口の中から何かを勢いよく吐き出した。地面に落ちた際に確認すると、それはヴァローを狙い撃たんとしていた“パワージェム”の宝石の一部だった。
「まさか、炎で相殺するのが目的ではなく、最初から打ち破られるのを想定していたのか? そしてそのまま“かえんほうしゃ”で我を攻撃しようとしつつ、自らは直接真っ向からぶつかり合うとは」
「ま、上手く行く保証は無かったけどな。おかげでちょっと牙が欠けたが、それでも上出来だ」
 炎が掠めた腕を押さえつつ立ち上がるヤミラミに対し、ヴァローは軽く笑って見せる。作戦が上手く行った事に対する安堵の表情でもあった。それを受けて、ヤミラミも悔しがるのかと思いきや、むしろご満悦といった面持ちであった。
「おい、何がおかしいんだ」
「いやな、君一人を狙う為だけにあの技を放ったとでも思うのか?」
 ニヤニヤと不気味に笑い続けているのを不審に思いつつ、ヴァローは慌てて後ろを振り返った。そこに見えたのは、尻尾の細い部分を掴みながら呼吸を荒くしているシオンの姿と、その前方の地面にいくつかの輝く宝石が埋まっている光景だった。
「シオン! 大丈夫かっ!」
「え、ええ。何とか“アクアテール”で防いだから――」
「――ヴァロー、前を見てっ!」
 遠くから聞こえてきたアルムの叫び声に反応して急いで向き直ると、ヤミラミが走って向かってきていた。しかし、既にある程度のダメージを与えているせいか、その動きもどこか遅い。
「ちっ、あそこのちっこい坊やまでは届かなかったみたいか」
 軽く舌打ちをしながら、ヤミラミは両手に力を集中し始める。黒い粒子の集合体が手の平サイズの大きさまで膨張したところで、今度はそれを地面に向けて放った。爆発音と地面が抉られる音がすると、間もなく視界を遮るかの如く大量の砂が突風とともに吹き付けてくる。
「くっ、目暗ましか」
 これには目を閉じるしかなく、何も対応出来ない事に対する悔しさに歯を食いしばりながら、ヴァローは土煙が晴れるのを待つ。否、正確には攻撃が来るのを待ち構えていた。
「攻撃が来ない? 何故――」
 しかし、いつまで経ってもそれらしい物は来なかった。怪しく感じて思い切って煙を突っ切って晴れたところに出ると、そこにヤミラミの姿は無い。辺りを見渡すと、遠くにいるイーブイ――アルムの方に急速に接近している影が見える。
「くそっ、最初からアルムを狙うつもりだったのか!」
 ようやく目的に気づいたヴァローも全力で駆け出すが、とてもではないが追いつけなかった。そうして走っている間にも、ヤミラミは徐々にアルムに近づいていく。
 一方で、怪しい影が迫ってくるにも関わらず、アルムは足が(すく)んでその場を動けずにいた。幸いと言えるかはわからないが、少なくともそれより前にティルは別の場所に避難させていたため、アルム一人であった。
「ここまでやられて、おめおめと帰るのも何だからな。のうのうとしてるお前にも、恐怖を味わわせてやろう」
「あ、えっ」
 自分が狙われているという恐怖から、アルムはただ呆然と立ち尽くすしか出来ないでいた。安全なところから戦いの行く末を見守っていたのから一転、いきなり標的にされ、その表情は不安から強張っていた。どちらかと言えば、今にも迫りくる恐怖から泣き出してしまいそうである。
「さあ、お仕置きを喰らうが良い――」
 アルムの目の前に辿り着いたヤミラミが手を振り上げるのとほぼ同時に、ヴァローが二人の元まで追いついてきた。全力疾走のため、息を整えるのに苦労していたが、それでも口の中に高熱の炎を蓄え始める。
「――なんてな。引っ掛かったな」
 ふとヤミラミがその顔に笑みを零したのが見えた。しかし、表情の変化を捉えたのもつかの間、速やかに体を捻らせてヴァローの方に振り向き、ヤミラミはアルムから視線を逸らす。そこから振り上げた紫色の光を纏った手を勢いよく下ろした先は、自分の背後にいた――今は目の前にいるヴァローだった。
「ぐぁっ」
 急襲に上手く対応出来ず、ヴァローはヤミラミの鋭い爪による攻撃によって大きく突き飛ばされた。地面に擦られるようにして飛ばされながらも、止まったところで何とか足に力を込めて立ち上がる。
「アルムも、囮だったのか。本当の目的は、“だましうち”を決める事か」
「ご名答。仲間想いの君なら、最初に戦線から離脱させたあの坊やを絶対に助けに行くだろうと思ったからね。まさか、ここまで上手く行くとは思わなかったが」
 現状に満足しているらしく、ヤミラミは口元を緩ませている。そんな態度のヤミラミをヴァローは眼光鋭く睨みつけるものの、肩で息をしており、その威勢は少し衰えているようにも見える。
 その少し離れたところでは、アルムが悔しさと哀しさが入り混じった面持ちで見つめていた。助けになれないまでも、邪魔にはならないでいよう――そう思って離れた位置にいたのに、結局は自分が不甲斐ないせいで迷惑を掛けたからであった。
 もっと助けになりたいと思う一方で、なるべく迷惑にならないようにおとなしくしていようとも思っており、アルムはアルムなりに葛藤していた。それに伴い、リーブフタウンでレイルに庇ってもらった事を思い出し、同じ失敗を犯していたという事実にも苛まれる。その上で口元を強く結びながら、アルムは混在する想いと戦っていた。
「さてと、長かったお遊びもここまでだ。少しの間、眠ってもらおうか」
 すかさず手を突き合わせ、ヤミラミは“シャドーボール”を組成する構えに入った。見る見る内に球は大きくなり、今まで撃ちだしていたのと同じ大きさにまでなる。既に体力が大幅に減っていたヴァローには、相殺の為の技を繰り出す事も、ぎりぎりまで引き付けてかわす事も出来そうに無かった。未だに呼吸が整っていないのも、その証拠だった。
 この危機的状況下に直面し、アルムの心臓の鼓動が一層強くなった。責任感から来る焦りと、ヴァローの身を案じる不安からであった。目には大粒の光り輝く涙が溜まっており、焦れったい気持ちを顔いっぱいに表現している。

 ――誰かとまともに戦えなくてもいい。自分の身を自分でちゃんと護れる力が――そして、大事なひとを護れる力が僕にあれば――
 溢れ出しそうになる涙を必死に堪えながら目を閉じて、アルムは心の中で強く願った。これ以上は無いというくらい瞼をきつく閉じ、まるで念じるようにして。すると、その強い想いに応じるかのように、首から下げているオカリナが眩い光を放ち始めた。それは今まで発していたように蒼いものでありながら、光度はまるで別物のようで輝かしいものであった。
「何だか知らないが、さっさと片付けさせてもらうぞ!」
 背後にて起きている異変に気づいたヤミラミは、半ば焦るようにして黒いエネルギー球を放った。確実にヴァローを仕留めるべく真っ直ぐ進んでいき、今までの中で最速のスピードで迫っていく。
「僕は――ヴァローを護りたいっ!」
 アルムが抱く想いを言の葉に変えて口に出した刹那、オカリナが放つ光が弱まると同時に、ヴァローの周りを優しい蒼い光の層が包んだ。それは球状に薄く広がっており、一つの(バリア)がヴァローを囲んでいるようである。
「な、何だ、あれは!」
 目を見開いてヤミラミが驚きの声を上げる中で、そのヤミラミが放った“シャドーボール”が蒼い光の層へと突っ込んでいった。その衝突の反動で衝撃が周囲に走ると、押す力と受け止める力が均衡し、漆黒の球体は層に接した状態で宙で静止した。
「これは、一体?」
 自分を護るようにして突然発現した謎の(バリア)に、中にいるヴァローも不思議そうに首を傾げていた。誰もが驚愕している目の前では、徐々に変動が起こり始めた。蒼い球状のバリアに接触して拮抗していた“シャドーボール”が、保っていた球体の形を崩していき、遂には霧散して消滅してしまった。それに続いて、役目を終えたように光のバリアーは薄れていき、ヴァローの周囲から消失した。
「何だ、その(バリア)は。“まもる”とは違う物なのか!?」
 自分の技が防がれた事に唖然としながら、ヤミラミは張り裂けそうな声を上げた。攻撃を仕掛けた本人はもちろん動揺の色を隠しきれないようであるが、それは他の全員も同じようで、特にアルムはぼうっとして呆気に取られていた。
「これは思わぬ誤算だな。とりあえず、目的は果たした以上、足止めを食う訳にはいかない」

 一時は声を荒げながらも、冷静さを取り戻して意を決したヤミラミは、アルム達に背を向けて逃走を図った。休んでいる間に体力を回復させていたヴァローが追撃の火炎を真っすぐ放出するが、距離が離れていたヤミラミには遠く及ばなかった。
「くそっ、逃げられたか」
「あっ。ヴァロー、大丈夫?」
 ヤミラミが姿を消して、アルムはようやく我に返った。気を引き締めるかのように数回瞬きを繰り返すと、苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべるヴァローに気づいて心配そうに駆け寄っていった。
「ああ、俺は大丈夫だ。それより、お前は一体どうしたんだ?」
「えっ、僕? それが、自分でも良くわからないんだ。そんな事より、ヴァロー、ごめんなさい。僕が臆病で何も出来なかったせいで、受けるはずの無かった攻撃を受ける事になって――」
「――そっか。細かい事はまた後で考えてみよう。それとな、お前が謝る事ないさ。だから、そんな哀しそうな顔はするなよな」
 先程の自分の意気地の無さを思い出し、アルムはすっかり元気を無くして俯いていた。またしても悔しさから涙を堪えており、必死に口を閉じて泣くまいとしていた。そんな悲しみの色を浮かべているアルムの頭を、ヴァローは柔和な笑みを見せてそっと片足で撫でた。
「で、でもさ、僕のせいで――」
「自分を責めなくて良いんだっての。俺はやりたい事をやっただけだから。それに、何が起こったかはわからないけど、あの時“シャドーボール”から俺を守ってくれたのは間違いなくお前が関係してるんだ。感謝してるよ」
 “感謝してる”――この暖かい言葉が心地よく耳に入っていき、意味を理解すると同時にうなだれていた顔を上げると、ヴァローの顔を視界に捉えた。アルムは安堵のあまり、自然と顔が綻んでいくのを感じた。
「さ、悲しげな顔はそこまでだな。今はとにかくヤミラミを追いかけよう。もちろんフリートも捜さないといけないしな」
「うんっ! それじゃ、早く行こうっ!」
 アルムから既に暗い表情は取り払われていた。状況は好転したとは言い難いが、それでも褒められて純粋に嬉しかったからである。それが例え自分の功績じゃなくても、自分ではわからない事でも、今は悔恨が消えて心が落ち着いていた。
 晴れ晴れとした表情のままヴァローの言葉に強く頷くと、アルムは離れた場所にいたシオンやティルと合流し、四人揃ってヤミラミの走り去った方向へ駆け出すのであった。



コメット ( 2012/10/01(月) 22:13 )