エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜 - 第七章 炎の町と精霊と水晶と〜星の君の大きな変化〜
第四十一話 招かれざる客との対面〜待ち受けるものたち〜
 不吉な濃い煙が立ち上っている町を目指して、アルム達は広大な森をひた走っていた。来た時のように通りやすい道を通ってるのではなく、鬱蒼と茂っている中を掻き分けるようにして直線的に進んでいた。故に、いくら全力で走っても、フリートに追いつく気配はなかった。
「はぁっ、フリート、もう、着いたかな?」
「さあな。とにかく急ぐしかないだろ」
 息を切らしながら話し掛ける最中にも、風に乗って焦げたような臭いが流れてきた。鼻に付いて離れないその強い臭いが、余計にアルムの不安感を煽っていた。“あの時と同じ”というフリートの言葉が頭から離れなかったからである。
「それにしても、何で、突然町が?」
「それは行ってみればわかるだろうな。あんまり喋ってると舌を噛むから、黙って走るぞ」
「う、うんっ」
 苦しげなアルムとは正反対に、ヴァローは呼吸を乱す事なく至って落ち着いて走っていた。そんな彼に諭されるように軽く注意を促され、アルムは口を一文字に閉じて走る事に集中した。ふと後ろを振り返ると、自分達の通った道をシオンとティルが並んで付いてきているのが見えた。空を飛ぶティルは何の苦もないようなのに対し、シオンは些か走りづらそうにしていた。いくら二人が踏み倒した後の道とは言え、やはり二足歩行では辛いものがあるようである。
「シオン、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。もう丘は目の前だしね」
 アルムが心配して声を掛けると、シオンは軽く笑みを浮かべてまだ余裕を見せた。それに安心して前に向き直ると、いつの間にか眼前は開けており、もうすぐで森を抜け出すところまで来ていた。休憩する間もなく緑の迷路から抜け、一気に急斜面の丘を上りきった。そのてっぺんから見下ろす町の中心である広場からは、一筋の灰色の煙が空に向かって伸びていた。しかし、それ以外は町に変化は無かった。その一例として、あれだけの音が鳴ったにも関わらず、町のポケモン達の姿が見えなかった。
「よし、まずはあの煙の出ているところだな」
「お祭りでもやってるのかな? とにかく、れっつごー!」
 先頭に立って元気に声を張り上げるのは、事の深刻さなどまるでわかっていないティルだった。あまりにも飄々とした態度に最初は呆然とするものの、アルム達は互いに顔を見合わせて思わず笑みを零してしまう。それによって緊張の糸が良い意味で切れたらしく、アルム達は先程よりは穏やかな気持ちで坂を降りていくのだった。







 相変わらず荒野のようで寂しい風が吹く町――リプカタウンにやっとの事で戻ってきたが、やはり他のポケモンの気配は無い。町を出た時と同じ様に、ただ土や木で出来た家が点在しているのが見えるのみである。
「ねぇ、本当にこの町で何かが起こってるのかな?」
 あれだけの事が発生しているのにも関わらず、町全体は不気味なまでに静まり返っていた。そんな光景を眺めて、アルムは不信感を抱かずにはいられなかった。眉を顰めてヴァローとシオンを交互に見つめると、二人も同じく現状に戸惑っているようであった。
「この町は本当にどうなってるんだ。良くわからないな」
「町のポケモン達は気にせず、私達はするべき事をしましょ」
 とりあえず中心地に行けばわかるだろうと踏んで、疑念を抱きつつ殺風景な中を歩き出そうとした次の瞬間。唐突に耳を劈(つんざ)くような一つの金切り声が聞こえてきた。
「さあ、そなた。素直に白状するが良い!」
 耳を澄まそうとせずとも、不快な程の甲高い声はアルム達の元にしっかりと届いていた。終始警戒しつつ発声主の方に近づいていってみると、そこには地面に座り込んでいるウォルクと、マントを頭からすっぽり被っている何やら見慣れない姿があった。どこからどこまでが頭部なのかはわからないが、少なくともマントを被っている方がウォルクを見下ろす形となっている。
「ウォルク、一体どうしたんだ? それと、フリート――ビクティニを知らないか? それと、俺達の仲間のポリゴンも」
「そ、それが、突然家が破壊されて。フリート様は別の方に飛んでいったのがちらっとだけど見えたよ。君達の仲間のポリゴンは、悪いけど見てないね。僕が家に戻った時にはもういなかったから」
 そう言われて見回してみると、確かにウォルクの背後には、元は家だったらしい大量の瓦礫が積み重なっていた。見るも無惨な有様に、アルム達も言葉を失ってしまった。それに対して駆け付けるなどといった対応を一切示そうとしていない町のポケモンの態度にも、些か信じられずに呆然としていた。
「ちょっと待った! 我は親衛隊なるぞ。無視をするな!」
 まるで眼中に無いかのような反応に耐え切れなくなったのか、マント姿の方が再度耳障りな声を上げて騒ぎ出した。関心を向けて欲しいとばかりに、同時にばたばたとマントの下で何かを激しく動かしている。
「そういえば、こいつは何者だ? さっきから喚いてるみたいだが」
「こいつが攻撃を仕掛けてきて、僕の家を破壊したんだよ」
 目の前のいかにも怪しい存在に対して邪険な態度を示していたヴァローも、ウォルクの言葉に耳を疑わざるを得なかった。フリートが追いかけていった奴ではなく、目の前のマント姿の奴が襲ったのか――と。
「えっ、この正体もわからない“もの”が?」
「こら、そこのちっこい坊や。我をもの扱いするんじゃない!」
 ぽつりとアルムが零した言葉に、マント姿の“もの”は過剰に反応して怒りをあらわにした。この怒鳴り声には、アルムも一瞬びくついて身を引いてしまう。そんなアルムを庇うようにしてシオンは一歩前に踏み出し、怒ったような表情をマントの方に向けた。
「それじゃ、そんなマントなんか被ってないで、堂々と素顔を見せたらどうなのよ」
「いや、それはだな、このマントを脱ぐ訳には――って、何をするっ!」
 中断して声を荒げた訳は、ティルが力ずくでマントを引き剥がそうとしていたからである。それも、眩しいまでの笑顔を絶やさない状態で、想像以上に深刻な状況下にあっても、全く邪気や敵意の類いが感じられなかった。
「顔を隠さないでーっ! ねー、早く脱いでよー」
「や、止めろっ。我は素顔を見せるのが嫌なのだ。止めろと言うとるに!」
 必死に抵抗を試みるも、強い好奇心を持った無邪気なティルには敵わず、遂にはマントが体から離れていった。そのマントの下に隠れていた正体は、胸の部分に付いている赤く光り輝く宝石やダイヤモンドのような目、尖った耳などが特徴的な紫色の細身のポケモン――ヤミラミであった。
「きぃーっ! 眩しい太陽の元は苦手だと言うのに!」
 マントを脱がされて直射日光に曝されるようになってから、ヤミラミは急にあたふたし出して声をさらに張り上げた。暗いところからいきなり明るいところに出たせいもあるのか、頻りに手で陽光から目を覆うようにしていた。
「なあ、本当にあいつがこの家を壊したのか、疑問に思えてきたんだが」
「僕も、この姿を見る限りでは同意見。だけど、一撃で僕の家をバラバラにしたのも事実だよ」
 警戒は怠らないようにはしているものの、ヴァローには目前のポケモンが危険な存在だとは到底思えなかった。ウォルクが改めて事実を付け足してもそれは変わらず、半ば冷めたような目でヤミラミの事を見始めた。
「ほう、我を馬鹿にするものがいるようだな。しかし、余裕でいられるのもそこまでだ。まずは小手調べとでも行こうか――」
 先程まであんなに逆上しかけていたヤミラミが、ふと落ち着いた態度を見せた。いきなりの変化に背筋が凍るような感覚を覚えると同時に、直感的に何かを感じたヴァローは、四本の足全てに力を込めて身構えた。
 全員が固唾を飲んでヤミラミの動向を見守る中で、予測していなかった事態はにわかにして起こった。ヤミラミは大きく両手を広げると、一番近くにいるウォルクに高速で詰め寄った。やや遅れてウォルクも反応しようとするが、その間もなく眼前で両手を打たれ、思わず飛びのいてしまった。
「アルム! ティルを連れて下がれっ!」
 ヤミラミの先制攻撃――“ねこだまし”でウォルクが怯んでいるのを見て、危険を感じたヴァローがアルムに向かって大声を上げた。一瞬躊躇いを見せるものの、アルムはティルを誘導しながら、少し遠く離れた場所に移動した。
「別にお相手は君一人でも構わないけど?」
 特に不測の事態という訳でもないようで、むしろヤミラミは不敵な笑みさえ浮かべていた。怯んだ状態から立ち直ったウォルクがその場から離れても、気にしないようである。
「一人じゃないわよ。私がいる事も忘れないで」
 直線距離ではヴァローよりも離れたところにいて、シオンは攻撃に移る為の姿勢は崩さないでいた。しかし、些かヤミラミの見せる余裕に不安を覚えて表情を曇らせた。
「はいはい、お嬢さんもまとめてお相手してあげるよ」
「いや、お前は俺一人で充分だ」
 威嚇するようにして表情を強張らせると、ヴァローは一歩ずつ踏み締めて近づいていった。その内心は、未知の相手に対する不安が渦巻いていた。対するヤミラミは、その威嚇に臆する事もなく、両手を胸の前で突き合わせる。その中心では黒い粒子が集合していき、徐々に一つの球体を形成していく。
「こんなのはいかがかな?」
 不気味な声を上げると同時に、ヤミラミは両手を前に突き出して、大きくなった漆黒のエネルギー球――“シャドーボール”を放った。それは空気の抵抗を受ける事なく、真っ直ぐヴァローへと向かって飛んでいく。
 待ち受ける側のヴァローはと言うと、たじろぐ事なく深く息を吸い込むと、大口を開けて灼熱の火炎を吐き出した。赤々と燃え上がる炎と黒い球体とが真っ向からぶつかり合い、爆風と衝撃波が同時に発生して放射状に飛散した。
「くっ、ようやく相殺か」
 悔しそうに歯を食いしばりながら、ヴァローは技の衝突の様子を見つめていた。基本的な威力だけで言えば上回っているはずの“かえんほうしゃ”が純粋に力負けしたからである。
「突っ立ってる暇はあるのかい?」
 爆煙のせいで相手が目視できずに待ち構える中、突如ヤミラミが煙を突っ切って姿を現した。一応覚悟は決めていたが、それでも多少なりとも動揺しており、ヴァローは一歩後ろに退いてしまった。それを見逃すはずもなく、ヤミラミは片手を振り上げ、攻撃の構えで急接近してきた。ヴァローは咄嗟の反応で身を翻し、ヤミラミが引っ掻こうとするのをかわした。
「こんなんで終わりだとでも思った?」
 ヤミラミにとって一撃目を空振ったのは想定内らしく、体勢を立て直してもう一方の手を振り上げた。今度はその先に濃い紫色の光を纏っており、先程よりも素早く振り下ろす。思わぬ強襲を避けるのは難しく、脇に強い衝撃を喰らい、ヴァローは吹っ飛ばされてしまった。
 腹部に走った痛みに顔を歪めつつ、ヴァローは何とか体勢を崩さずに耐え切って前を向いた。しかし、その時にはヤミラミは既に一度開いた距離をほとんど詰めていた。同時に、再度紫色の光を伴った鋭い爪――“シャドークロー”で攻撃を仕掛けようとしている。
 それに応じる形として、ヴァローは一呼吸置かずして、口から煌々と燃え盛る炎を放った。だが、ヤミラミはその直線的な赤い放射物を跳躍でかわすと、そのまま爪を突き立てて突っ込んでいく。
「かかったな?」
 続いてヴァローが見せた行動と言えば、にやりとほくそ笑んだ事だった。そして、空中で姿勢を変えられないヤミラミがその怪しい態度に疑問を感じたのは、ほんの一瞬だけ。気づいた時には、赤々と燃える炎を纏わせた鋭い牙が手に深々と食い込んでいた。ヴァローは攻撃を貰うピンチから、カウンターの要領で“ほのおのキバ”を使い、反撃に転じたのである。
「い、いた――熱いっ! 離せぇ!」
 熱さと痛みが同時に襲い掛かり、ヤミラミは悶えるように叫んだ。それに正直に応えるかのように、ヴァローは一度振りかぶってヤミラミを空中に放り投げた。
「まとめて相手してくれるのよね――」
 小声で呟いた後に、凝視しながら勢いのある細い水流を放ったのは、他でもないシオンだった。投げ飛ばされて空中を移動している標的目掛け、正確に“みずてっぽう”を狙い撃った。
「ふん、冷静さは失っていないぞ!」
 ヤミラミは上手く体を捻らせつつ、両手の間に力を溜め始める。そして、自分に向かってくる攻撃の方に向き切った時、ある程度の大きさまで膨らんだ黒い塊を撃った。そのエネルギーの球体は、水流を押し退けつつシオンに迫っていく。
「シオン、気をつけろっ!」
 ヴァローが叫ぶと同時に、自分が攻撃を受ける側に変わってしまった事をシオンは瞬時に悟った。だからこそ、無駄な攻撃は解除し、着弾寸前に後ろに向かって跳び、“シャドーボール”の直撃を逃れた。爆風に少し押し流されるものの、受けたダメージは無い。
「ふう、随分と手荒い真似をしてくれる。さすがに一瞬慌ててしまったではないか」
 不安定な体勢から余裕を持って軽やかに着地を決めると、ヤミラミは噛み付かれた方の手を軽く数回振った。その上で、怒りの感情を篭めて睨みつけるでもなく、静かにヴァロー達の方に向き直った。
「“ほのおのキバ”がさほど効いてない、のか?」
 片手に攻撃しただけとは言え、それでも技は完全に決まっていた。それなのに、ヤミラミはそれ程ダメージを負ったようには見えず、ヴァローはその事に対して不満な様子を覗かせていた。
「ま、痛いのに変わりはないが、支障を来すまでではないというわけだぞ。それに、戦う必要はもう無くなった訳だから」
「戦う必要は無くなった? まだ俺達を目の前にして、何を言ってるんだ?」
 明らかに攻撃を仕掛けてくる素振りもなく、ヤミラミは警戒の姿勢を解いてその場に突っ立っている。それとは正反対に目を離さないようにしながら、ヴァローは思うままを言葉にして投げ掛けた。すると、ヤミラミは突然鼻で笑うと、食い込んだ牙の跡が残る方の手で、離れた場所でおとなしくしているティルを指差した。
「そいつの現在地さえ確認出来れば、ここに来た我々の仕事はほぼ終わったも同然だからな――」



コメット ( 2012/10/01(月) 22:12 )