エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















小説トップ
第七章 炎の町と精霊と水晶と〜星の君の大きな変化〜
第四十話 新たな遭遇と炎の精霊〜二人の正体と関係〜
 見慣れない姿と聞き慣れない名前に困惑しつつも、アルム達はフリートと名乗ったビクティニを険しい表情のままで視界の中に捉えていた。しかし、それはティルにおいては例外で、新しい出逢いに喜んでいるかのように笑顔で見つめている。緊迫した空気をぶち壊しにしているが、同時にティルが悪意を感じていないことを示唆しており、僅かにではあるがアルム達の方も警戒心が薄れ始めていた。
「ビクティニなんてポケモン、僕は知らないよ」
「俺だって知らないさ。こいつもティルと同じ、珍しいポケモンって事か?」
 アルムとヴァローの二人が訝(いぶか)しそうに口を揃えて凝視する一方で、シオンは一人考え込むように黙りこくっていた。
「ん……シオン、何か知ってるの?」
「え、ええ。王宮にあった本で見た気がするんだけど、確か体内で無限にエネルギーを生成する能力を持つとか」
「この小さい奴がか?」
 一拍置いてシオンが思い出したように呟くと、ヴァローは未だに疑うようにフリートを見つめながら疑問の声を上げる。それに反応するかのように、フリートは不満げに頬を膨らませた。
「小さい奴とは失礼な。そこのマリルの言う通りさ。ぼくはこれでも、“炎の精霊”としてここにいるんだからね」
 フリートが自慢げにその小さな腕を組んで見せると同時に、アルム達の表情は一瞬にして警戒から驚愕のものへと変化していった。フリートの口から思わぬ単語が飛び出したからである。
「あ、もしかして、炎の精霊ってあの――」
「そうだよっ。リプカタウンの祭典の時には、ぼくが町に行って儀式をするんだよ」
「そ、そうなんだ」
 精霊という事でもっとすごいものを期待していたアルムにとって、目の前にいる自分と同じくらいの背丈のポケモンがその正体なのだとは俄(にわか)には信じがたかった。その証拠に、一応軽く頷いてはいるものの、疑念が残っているかのように、まだ複雑そうな面持ちである。
「その顔は信じてないって顔だなー? 確かに精霊ってのは霊的存在の事を言うし、もっとすごいものを想像しててもおかしくないかもね。だけど、ここで君達を騙したって何の得も無いことも事実でしょ。それにそもそも“炎の精霊”の力を身に宿してるってだけなんだよ」
 柔らかい微笑みも不満げな色もそこには既に無く、いつの間にかフリートは真剣な表情に変わっていた。これにはアルム達も、目の前にいるポケモン――炎の精霊と自称するビクティニに対する印象を変えざるを得なくなる。
「なるほどね。それじゃ、あなたが本当に炎の精霊だと言うなら、突然姿を消してしまったあなたが何故今になって私達の目の前に現れたの?」
 本物なら確実に答えてくれるだろう――そう考えたシオンは、フリートが炎の精霊だと信用した上で浮かんだ大きな疑問をぶつけてみた。それを聞いたフリートは、その表情をやや曇らせてシオンの方を直視する。
「そう、実はぼくは、長い間眠り続けていたんだ。過去に起きたあの事以来、長い長い時間ね。だから、姿を現さなかったんじゃなくて、現せなかったんだ。こんなところで良いかな?」
「フリートって言ったか? もし良ければ、詳細を教えてくれないか?」
 あっさりと説明し終えたフリートの目の前に、ちょうどシオンへの視線を遮るようにしてヴァローが姿を現した。フリートは突然目前に現れた事に一瞬目を丸くするが、すぐに冷静さを取り戻したようで、ヴァローの方をじっと見据える。
「あのさ、君はもしかして“バロウ”かな?」
「なっ。いや、俺は“ヴァロー”だけど。一体俺と何の関係があるんだ?」
 似ているようで微妙に発音の違う名前がフリートの口から飛び出し、ヴァローは動揺しながらも、平静を装って返した。しかし、偶然にしてはあまりにも出来過ぎている。それをわかっているヴァローは、結果として歯を食いしばらせるという行動で困惑している心の様子を示した。
「やっぱり年月が経ってるから、そんなはずはないよね。とにかくね、それも詳細に関わってくるんだ。君が別人なら良いんだけど、実は過去に町が襲われた時に滞在していたガーディの名前が“バロウ”って言うんだ」
 構わず先を続けるフリートにも、ほんの一瞬苦しさのようなものが過(よ)ぎった。おとなしく話を聴き入っているアルム達にもはっきりとわかるくらいに。
「たぶん町の住民からは、そのガーディ――バロウが狙われていたせいで、町も巻き添えを喰らう形で襲撃に遭った。そのように聞いたんじゃないかな?」
 語りべであるチルット――ウォルクの話を思い出して、アルム達は肯定の意を示すように黙って頷いた。すると、フリートはおもむろに両の手の平に小さな炎を発生させ、手慰みのように、もしくは気を紛らすかのようにじっと見つめ始める。
「でもね、それは真実じゃない。本当に狙われてたのは、ぼくなんだ。そしてバロウは、ぼくを守る為に必死で戦ってくれたんだ。だけど、敵側としては後々にも町の住民を敵に回すのを良くは思わなかったんだろうね。町を壊滅させた後で、襲撃の訳を改めて言い残して、町から反逆の因子(たね)が現れないようにしたんだと思う」
 アルムにはもう頷く事も、言の葉を発する事も出来なかった。話を聞いているだけで精一杯であり、反応する程の余裕が無かったのである。それだけ内容が衝撃的で、自分達とは別世界の話のようにさえ感じていた。
「で、でも、どうしてヴァローをそのガーディ――バロウだと思ったの? それに、その襲撃の時にフリートは一体何をしていたの?」
 受けた衝撃よりも好奇心の方が勝ったせいか、アルムは振り絞るようにして言葉を口に出した。声はやはり震えており、気分が下がっている時の合図のように耳も垂れ気味ではあるが、その無垢な眼差しは真っ直ぐフリートに向けられている。
「ぼくも全力で応戦したよ。でも、相手の力は強大で、ぼくとバロウだけでは力が及ばなかったんだ。だからぼくは精霊の力の一部をバロウに託して、しばらくの間休眠状態に入ったってわけ。まあ、それは置いといて、その授けた力の片鱗をそこのヴァローってガーディから感じたの」
 そう言って背中の羽でふわふわと浮遊しながらヴァローに近づくと、フリートは念じるように目を閉じた。その刹那、フリートの体を包むようにして淡い橙色の炎が現れる。しかし、揺らめきは炎のようでこそあれ、どちらかと言えば気の放出のようにも見える。
「おい、一体何を――」
 事態が飲み込めずにフリートから離れようとした次の瞬間、フリートを包んでいた炎の一部がヴァローに移った。それと同時に、ヴァローも同じ炎に包まれる。
「ふぅ、やっぱり君はバロウと何か関係があるみたいだね。それは追い追い分かると思うけど、今はまだ分からないかもね」
 フリートが目を開けて意識の集中を止めると、二人の周りの炎は霧散していった。そうして一息吐いたところで、フリートはヴァローから離れて元の位置に戻る。一方で、身に覚えが無い事が勝手に運ぶのに対し、ヴァローは呆然と立ち尽くしていた。もちろんもっと深くその事情に踏み込みたいとも思っていたのだが、今は静かに悠然と構える事にする。
「あの、質問ばかりで悪いんだけど、つい先日目覚めたのは何かきっかけがあっての事なの?」
「……ちょっと話してばかりで疲れちゃったからさ、別の場所に移動してからにしない?」
 続いてシオンが矢継ぎ早に話し掛けると、フリートは思い切り伸びをして微笑を浮かべると、そのまま背を向けるようにして森のさらに奥へと飛んでいってしまった。それを追いかけるようにしてティルも飛んでいった上、まだ全ての真相を聞いていないので、アルム達も仕方なく後を追う事にする。







 フリートが移動するのを止めてアルム達も追いつくのに、動き始めてから幾何(いくばく)も無かった。辿り着いたのは、見渡す限り太い幹の木が生えているだけで、周りと同じく何の変哲もない地点である。
「アルム、感じるか?」
「うん、あれだけ何度も見たり感じたりしてれば、あまり敏感じゃない僕でも分かるよ」
 目に見える以外に存在する何かを、視覚ではなく肌で感じていた。それはアルムやヴァローだけではないようで、シオンも神経を尖らせていた。
「へぇ、鋭いんだね。たぶん君達の勘は正しいよ。ほら、あそこにある大きな岩を見てみて」
 集中するのを一時中断してフリートの指差す方向に視線を向けると、その言う通りに楕円形の巨大な岩が“立っている”のが見えた。その地面に接している部分は大量の草花に覆われており、まるで植物たちがその岩を目指して根を伸ばしているようである。
「あの岩の中には、神聖な力を宿す水晶――フルスターリが隠れているんだよ」
「やっぱり、この心が安らぐような感じはそうだったんだ。そして、それがここにもある、と」
 実物こそ見えないものの、岩の中を見透かすようなぼんやりとした目でアルムが眺めている一方で、フリートは岩の方へとゆっくり近づいていく。徐々にその距離が縮まるにつれて、接近に呼応するかのように岩が青白い光を放ち始め、光度が強くなっていく。そしてフリートが岩に辿り着いて手を触れる頃には、光源が岩だとは思えない程に輝いていた。
「あの戦いで力をほとんど失ったぼくは、ぼく自身が創りだしたこの“水晶の中”で長い間休んでいたんだ。たぶん、今日という日の為にね」
 相変わらず淡々とフリートは話していくが、次々と明かされていく真実と目まぐるしい展開に付いていけず、アルム達の頭はすっかり混乱していた。一応理解したように頷いてはいるものの、どこか自信なげである。
「とりあえず過去話はここまでっ。話を現在に戻そうか」
 まだ眩い光を纏っている岩から手を離すと、フリートは自分の前で一回手拍子をしてアルム達の近くまで戻ってくる。今度はその手拍子を合図にするように、岩から放たれていた光も、弾けて粒子のようになって静かに消えていった。
「さて、ぼくがさっき言った“今日の為”って言葉が気になるよね?」
 フリートは不意ににっこりと笑って見せた。その笑顔は決してぎこちないものではない。それにも係わらず、アルムにはそれが逆に怖かった。これから話す内容について、少しでも気持ちを和らげる為にしているかのようで。
「実はぼくが目覚めたのは、ちょうど七日前。そこのジラーチくんが君達のところに現れたのと重なるんじゃないかな?」
 悪戯な風がざわざわと木々を揺らして森を駆け抜けていく音が、嫌に大きく耳に反響してくる。一字一句聞き漏らさないように耳をそばだてていたという事もあったが、大きな理由はそれ以外にもあった。
「は、はい。確かにそうですけど、何故それを?」
 “好奇心”と“不安”。その両方がアルムの心の中でせめぎ合い始める。そのせいか、紡ぎだす言葉にもその色が濃く表れていた。
「そっか。まだ君達は知らないんだったね。そこのジラーチくんの正体について」
 緊張感が高まってきて全てが敏感になっているためか、アルムには自分がごくりと唾を飲み込む音がはっきりと聞こえた。一方で、話題に上がっている当人のティルはと言うと、我関せずとばかりに笑顔で木の実を取りに行ってはかじりついている。そんなティルを横目で一瞥だけしてすぐに視線をアルム達の方に戻すと、やや時間を置いて、フリートは深呼吸をして口を開いた。
「君達も疑問に思ってたそのジラーチくんの正体、それは実のところね――」
 そうして、フリートが次の言葉を口にしようと思った瞬間だった。突如として、風の音を除いては静寂だった森に轟音が鳴り響いた。これにはフリートもさすがに話すのを中断して高く飛び上がり、状況把握の為に辺りを見渡し始める。
「あ、あれは、リプカタウンの方角だ!」
 フリートが声を荒げて指差す方向に全員が一斉に顔を向けると、その町の様子こそ見えないものの、町の方から煙が立ち上っているのがアルム達にも見えた。それが先程の轟音の音源と同じ方向であるため、詳細が見えずとも、少なくとも灯明台に火を付けて燃やしているのではない事は火を見るよりも明らかである。
「まるであの時と同じ。でも、今回は過去と同じ失敗はしないよ! ごめん。悪いけど、話はまた後でね!」
 上空で拳を作って強く握り締めると、気合いを入れ直すように叫んだフリートは町の方に向かって飛んでいった。取り残された形になったアルム達は、しばらく呆然と立ち尽くすものの、決心したように互いに見合う。
「やっぱり僕達も町に行った方が良い、よね?」
「ああ。話を聞けなくなった以上は、町で起こっている異常な事態を調べに行く方が良いだろうからな」
「私も賛成。ここでじっとしてるくらいなら、状況把握に努めた方が利口だものね」
 ティルについての真実よりも、今は町で起きたらしい出来事の方が心に懸かっていた。だからこそ、一番重要な部分を聞けなかった事に対するもどかしさを振り払うようにして、アルム達はフリートの後を追うべく、町の方へと全力で駆け出していった。


コメット ( 2012/09/29(土) 16:44 )