エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第七章 炎の町と精霊と水晶と〜星の君の大きな変化〜
第三十九話 ウォルクの語りと町の事情〜炎と町の関係〜
 通常のチルット族とは違う目の色を持つウォルクと出会ったアルム達は、寂しく風だけが通り抜ける荒野を誘われるがままに歩いていた。一応通りがけに家の周りに視線を送ってはみるが、誰も表に出てくる者はいなかった。
「狭くてすいませんが、どうぞお入り下さい」
 飛ぶのを止めてウォルクが指し示した先にあった建物は、他の家よりは一回り小さい土製のものだった。その綿雲のような翼で扉を開けると、ウォルクは中に入るように促す。
 ちょっと狭いせいか、余計な家財は置かれておらず、質素と言えば質素である。しかし、住居としては十分な役割を果たすものであり、家の地面には干し草の絨毯が敷かれていて、比較的熱い砂の上に立っていなければならなかった外よりは快適である。
「どうぞくつろいで下さい。とは言っても、狭いですから伸び伸びとはいきませんが」
 家の隅に置いてある篭の中からいくつか小振りの木の実を器用に運んでくると、ウォルクは苦笑を浮かべながら小声で呟いた。イーブイ、ガーディ、ジラーチ、マリル、ポリゴンという比較的小柄なポケモンが揃っているとは言え、窮屈さは否めなかったため、アルム達も思わずごまかしの愛想笑いをする。
「それで、この町の事について話してもらっても良いですか?」
「ええ、ちょっと待って下さいね」
 一瞬気まずい空気が漂ったところでシオンが切り出すと、ウォルクはこの家の中では一番大きな家具となっている本棚のところまで行って、一冊の分厚い本を引きずってきた。
「これは我が家に代々伝わっている史書です。範囲こそこの町に限定されていますが、過去に起こった大きな出来事が全て事細かに記されています。それでまずお聞きしますが、この町の家の脇に、一軒に一つの割合で灯明台があるのは気づいてらっしゃいますか?」
 最初にこの町に入った時に見た物、ウォルクの家に来る途中に見た物を思い出し、アルム達はそれぞれに頷いた。
「そうですか。実は、それがこの町の伝統と関係していまして、今からそれについて説明させて頂きますね――」
 それから、ウォルクは身振りを交えつつ、懇切丁寧に説明を始めた。その話の内容はと言うと、この町で行われてきたという祭典に関してだった。
 祭典が催される日には灯明台に火が灯され、町中が幻想的な空間になるのだとか。町の長の邸宅の前では巨大な焚き火が煌々と炎が燃え盛り、それを住民達が囲んで“炎の精霊”を祀る為の儀式を始める。そしてそれが終わると、全員が家から出て、外で会食をするという。その盛り上がりは炎に負けず劣らず熱いものであるらしい。
「――と、概要はわかって頂けましたか?」
「はーい。わかったよっ!」
 全員を代表するかのように、ティルが元気良く声を張り上げる。それが本当にわかっているのかどうかはともかく、少なくともティルを除く全員はその行事について理解したようであった。
「良かったです。それでですね、その儀式を終えると、いつもは炎の精霊が姿を現すのです。しかし、過去に一度ある事が起こってから、精霊が姿を見せなくなってしまいました」
「そうなんですか。それで、その過去に起こった事とは一体何ですか?」
 やや重々しい空気が漂い始める中で、恐る恐るアルムが首を傾げながら問い掛ける。すると、ウォルクは一度深く溜め息を吐いて本のページを次々と捲っていく。
「実は、今の住民が生まれるずっと前の時代の事なのですが、ある年にいつもと同じように祭典の準備をしていたのです。そして、その時にふらりと訪問者が現れました。それが、こちらの絵のポケモンなのですが」
 躊躇いがちにアルム達の方を見つめながら、ウォルクは開ききったある一ページを翼で指し示す。そこには一体のポケモンの姿が描かれていた。赤とベージュのふさふさな毛並みが特徴の、犬のようなポケモン――それに全員が見覚えがあった。いや、むしろ知らないはずがなかった。
「これって――ヴァローと同じガーディじゃないの?」
 呆然とした様子のアルムが震えるような声の言葉を零した。ティルとウォルク以外の全員の表情が凍りついており、ヴァローは特に口を開けたまま声も出せずにいた。
「ええ、その通り。訪問者というのは、そこのあなたと同じガーディなのです。そのガーディはオスだったのですが、彼は旅をしている途中でこの町に立ち寄ったようなのです。その当時、住民は彼を暖かく迎え入れ、祭典に参加するように促してもてなしました。そう、そこまでは良かったのですが――」
 一旦ウォルクが話すのを切ったのを受けて、アルム達は続きが語られるのを固唾を呑んで見守る。一方で、真剣な眼差しで見つめられているのに気づいたウォルクは、深い溜め息の後に、再度口を開いた。
「問題は、祭典が終盤に入った頃――炎の精霊への祈りを捧げる為の儀式を行う際に起こりました。突如として町が何者かに襲われたのです。住民も必死で抵抗はしましたが、何より奇襲であったので、歯が立ちませんでした。炎の精霊も住民の方に加勢をしてくれてはいたのですが、とても敵う相手ではなく、町はほぼ壊滅状態にまで追い込まれました。この町が荒野のようになっているのも、そのせいなのです」
 そこまで聞いて、ようやくアルム達もこの町の荒廃した状態の真相を把握したのか、居た堪れない気持ちになって顔を俯けた。直接的には関係が無いとは言え、平穏な暮らしをしてきたアルムには、過去の事であっても衝撃的であったのである。
「それで、そのガーディと事件とが何か関係があるの?」
 シオンが一人はっきりと声を上げて切り出すのに対し、アルム達は驚いて顔を上げた。それと同時に、一斉に答えを求めるような視線をウォルクに投げ掛ける。
「そう、それなのです。町を襲った連中の正体については詳しくは書かれていないのですが、その連中がガーディを狙っていたとは記されています。恐らくはそれ以来、住民は旅人を警戒するようになってしまったのでしょう。特にあなたがいれば、ね」
 優しく静かに本を閉じると、ウォルクはヴァローを一瞥してそれを棚へと戻した。その振り返り際にほんの僅かに浮かべた複雑そうな表情を、アルムは見逃さなかった。
「それじゃ、ウォルクさんは何故僕たちを家に入れて下さったんですか?」
 アルムも自分が言った内容自体は決して良いものだとは思っていなかった。だけど、自分達がいる事で迷惑を掛けているのだとしたら、何だか申し訳がない――幼心にそう感じた故の決断であった。それに対して、思いも寄らない突然の問い掛けに、ウォルクは目を丸くする。
「僕はそんな過去に縛られるのは嫌だからです。あくまで語りべってだけであって、僕自身の意見というのもありますし。それと、たぶん歳はさほど変わらないはずですから、敬語じゃなくても結構ですよ」
 先刻に見せた悲しみの色は消えており、そのウォルクの表情には微笑みが湛えられていた。アルムも返答を受けてほっと一安心したらしく、強張っていた顔も少しずつ解れていった。
「それじゃあ、ウォルクさん――じゃなくて、ウォルクの方も気軽に話してよ」
「そう、だね。アルム、よろしく。ここには好きなだけ居てくれて構わないよ。町のポケモン達の態度は冷たいかもしれないけど、気にしないでくれるとありがたいな」
「はい、わかりました――って、あれ?」
 言った側から思わず敬語を使ってしまった事に素っ頓狂な声を上げると、その張本人であるアルムとウォルクは顔を見合わせて吹き出した。これで完全にさっきまでの暗い空気や戸惑いのようなものは吹っ切れたようで、家の中には僅かに和やかさが戻り始める。
「やはり僕にはあなた達が悪いポケモンには見えないね。いつまでも過去のしがらみに捕われててもしょうがないから、町の皆も早くそれに気づいてくれると良いんだけど」
 ばつが悪そうに苦笑いをして見せると、ウォルクはアルム達に背を向けて扉の方に向かって飛んでいく。どうかしたのだろうか――と少し不安になりながらアルムがその後ろ姿を見つめていると、ウォルクは扉に翼を触れかけたところで止まって振り返った。
「あ、そうそう。もし町に居づらくなったら、ここから一つ丘を越えたところにある森にでも行ってみると良いよ。あそこは静かで落ち着けるし、何より誰もいない。この町で残ってる宝の一つと言っても過言じゃないくらいに良いところだから」
 思い出したようにそれだけ言い残すと、ウォルクは扉を開けて、かんかんと陽射しが照り付けている屋外へと飛び出していった。残されたアルム達の方は、何をして良いか分からずに立ち尽くす。
「慎重そうに見えて、結構うっかり屋さんなのかしら? 家を空けて出て行っちゃったけど」
「だよね。ここに居ても良いって事なのかもしれないけど、外に出たい時はどうすれば良いんだろう、ね」
 アルムは語尾を引っ張るようにしながら、名前を呼ぶ事なくヴァローの方を一瞥するが、相変わらず心ここに在らずと言った様子であった。だからと言って、不安そうな顔をしている訳でもなく、むしろ何か決心をしたような精悍な顔つきとなっている。
「なぁ、とりあえずここにいたって仕方ないから、外に出てみないか? ウォルクも俺達が出る事を見越して何も言わなかったんだろうし」
 今まで何の反応も示さなかった中で、ヴァローはふと提案を出してきた。その声はいつもよりも一段と低く、真剣さを表しているようでもある。
「うん、いいよ。ただここで待っていても何だかつまらないからね」
「えっ、お外に出ていいの? だったら、森に行きたいっ! すごく楽しそうだもん!」
 外に出れると聞いて、ティルの声が一段と明るくなった。その顔には満面の笑みを浮かべており、今にも扉を勢いよく開けて飛び出さんとしている。気のせいか、その楽しい気分に合わせて短冊が左右に揺れているようにも見える。
「そうだね。この暑い町の中を歩くよりは、そっちの方が涼しいかも」
「決まりだねっ。それじゃ、早速行こっ行こっ!」
「ちょっ――引っ張らないでってば!」
 同意を得た事でティルの気分はより高まり、アルムの体を強く引っ張るようにして外へと繰り出していく。少し痛がる様子を見せるアルムも、最近遊ぶという事をしていないせいか、胸を踊らせているかのように笑顔で駆け出した。
「もう、相変わらず早いわね」
「まぁ、それがティルだからな。レイル、お前は一応ここに残っててくれないか?」
「はい、了解しました。行ってらっしゃいませ」
 とりあえず留守番としては適任であるレイルを残し、シオンとヴァローは先を行く二人の後を追いかけ始めた。片や前方を走る楽しそうな二人組を見て笑みを零しつつ、片や真一文字に口を結んだ状態のまま、熱気の帯びている外界の地を一歩ずつ踏み締めながら――。







 ウォルクの言う通りに、一番近くにあった丘を登りきると、その眼下には広大な緑が一面に広がっていた。背後の荒れた砂地からは考えられない程に青々とした植物が育っており、広さにおいてはアルム達の故郷であるレインボービレッジの森と良い勝負と言ったところである。
 今まで見てきた森との決定的な、唯一の違いと言えば、上方から見たその外観であった。縁に生えている木々により、のこぎりのようにギザギザしたような地形が生み出されており、まるで揺らめく炎をっているようにも見える。
「わぁ、すごい森だね! 広くて何だか楽しそう! 誰か遊び相手がいると良いなぁ」
 丘を降りて森の入口付近まで辿り着いたところで、ティルは一段と声を大きく弾けさせる。森は上から見ていたよりも奥行きがあるように感じられ、かけっこでもしようものならすぐに迷子になってしまいそうである。
「おっ、確かにこれは広いな。さて、ここに来て何をして遊ぶんだ?」
「うーん、それはティル次第かな?」
 予想以上の広大さに圧倒されつつ、ヴァローはアルムに尋ねた。一瞬考えるように見上げた後、森に向けた視線をそのままティルの方に向け、アルムは軽く笑みを零す。
「ボクはとにかくこの先に進みたーい!」
「――だ、そうだけど?」
「良いんじゃないか? ちょっとした探険気分ってやつで」
 ティルが早く付いてきてと言うかの如く手を激しく上下に振ってるのを見て、アルムとヴァローも思わず見合わせてくすりと小さく笑って見せる。何故笑ってるのか理解出来ないティルを先頭にして、神秘さと不気味さの混在する奥の方へと歩みを進める。
 森の中は、天空から降り注ぐ熱を伴った光を遮ってくれる程の背の高い木が多く、おまけに風通しも良くて快適だったので、一行は休憩の為に立ち止まる事なく移動を続ける事が出来た。
「ねーねー、りんご食べるー?」
「あ、うん。ありがとう」
 時には途中で見つけた木の実などを頬張って自然の恵みを堪能しつつ、突き進んでいた。高い位置にあるりんごなんかは、ティルが自慢の羽衣で飛んで取りに行っており、余分に取ったのはアルムに渡していた。
「む、私だって。はい、アルム。召し上がれ」
「えっと、うん、ありがとう」
 ティルに負けじと、シオンも口から細い“みずてっぽう”を放って、的確に木の実を撃ち落としていた。こちらも多く取った分はアルムに上げており、すぐにアルムの周りは木の実でいっぱいになってしまう。
「二人とも、木の実をくれるのは嬉しいけど、これはいくら何でも多過ぎだよっ」
 嬉しい気持ちはもちろん大きいものの、ここは叱っておこうと思い、アルムは膨れっ面になってティルとシオンの両者をじっと見つめる。さすがにこれはやり過ぎたと反省したのか、二人はしゅんとして静かになる。
「ねぇ、本当に誰もいないのかな?」
「いや、いるさ。さっきから誰かに見られている気がする」
 気まずくなった雰囲気を打開すべく、話題を変えてアルムが話し掛けてみると、ヴァローは目を細めて鋭い視線を左右に動かす。アルムには感じられない気配を感じているようで、警戒しているようである。
「それって、誰かなぁ」
「さあな。とりあえずあっちから姿を現すのを待つしかないな――」
 警戒している割には、至って落ち着き払っているヴァローの様子に些か疑問を感じるものの、アルムは気にしないようにする。
「――つまんないなぁ。そっちから正体を暴こうって気は無いの?」
 そうしてヴァローの方から前に視線を戻し、アルムが一歩踏み出そうとした時だった。やや高音の悪戯っぽい声が背後から聞こえてきた。前にいるティルの声で無い事は明白であったため、三人はすぐさま振り返る。
 そこに立っている一本の木の影から、一人の小さなポケモンが顔を覗かせた。橙色のV字の大きな耳や背中に生えている小さな羽、澄んだ青色の目が特徴の黄色い体色のポケモンであった。
「君は、誰なの?」
 ティルの時と同じく、今まで見た事も無いポケモンに遭遇してアルムは動揺していた。それでも、危険を感じなかったので、ゆっくりと歩み寄っていく。すると、そのポケモンはにっこりと笑顔を浮かべ、アルムの方に近づきながらもう一度口を開いた。
「うん、ぼく? ぼくはビクティニって種族のフリートって言うんだ」





コメット ( 2012/09/29(土) 16:41 )