エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第七章 炎の町と精霊と水晶と〜星の君の大きな変化〜
第三十八話 訪れるはリプカタウン〜静かな静かな町の語りべ〜
 徐々に頭上まで昇り始めた白く輝く光球――太陽を時折見上げながら、アルム達は青く美しい海を横目にして海岸沿いを道なりに進んでいた。潮気を含んだ風の恩恵をその身にいっぱい受けていたため、暑さは幾分か和らいでいて、移動にも都合が良いようである。
 抱えていた不安が和らいだ事もあってか、アルムはてくてくと心持ち軽い歩調で先頭を歩いていた。その隣に寄り添って歩くシオンは、地図を広げて次の目的地をあれこれと話し合っている。時々その表情には朗らかな笑みが覗いており、アルムと一緒に歩いているのが嬉しいようにも見える。
 その上空をゆったりと気の向くままに、しかしどこかつまらなさそうに星の君――ジラーチのティルが浮遊していた。手をばたばたと動かして宙を泳いでいるかのように振る舞い、アルムの興味を引こうと努力してはみるものの、全て失策に終わっていた。そんなわけで、今は諦めたように飛んでいるだけである。
 その後方では、ヴァローとレイルが肩を並べて黙々と歩いている。こちらは共に流れていく景色を楽しんでいる様子もなく、ただぼんやりと海上を飛ぶ鳥ポケモンを眺めているだけであった。たまに道端の植物にも目は遣りはするが、特にこれと言って理由は無かった。
「ねーねー。ボク達はどこに向かってるの?」
 トリトンの砦がほとんど見えなくなるところまで進んだところで、ティルがアルムの前まで降りてきて首を傾げて聞いてきた。ぶすっとした様子は完全には消えていないものの、それでもティルは笑いかけてくる。
「えっと、シオン、何て言う町に向かってるんだっけ?」
「ここからもう少し歩いた先にあるリプカタウンって町よ。確か炎を聖なるものとして崇めているはずだけど、詳しくは行ってみないと分からないわね」
 シオンは地図を小さく折り畳み、苦笑を浮かべながら助けを求めるような視線を向けてくるアルムの方に一部分を指し示す。シオンに示された部分を見ると、アルムは納得したように軽く口を開いたまま数回頷いた。
「でもさ、炎を聖なるものとして崇めているところなら、ヴァローが行ったら何か良い事があるんじゃない? ね、ヴァロー?」
「ああ、そうだな」
 軽くからかうつもりで後ろを振り向いたアルムに向かって、ヴァローは冗談として受け止めてはいないような真剣な表情で返答する。この反応に違和感を覚えたアルムは、変に刺激するのは止めようと考え、表立った表情の変化を見せる事なく前に向き直る。そして今度はシオンの方に顔を向けた。
「何かヴァローの様子が違うと思うのは、僕だけかな?」
「さぁ。でも、ヴァローもあの巫女様に何か言われてたみたいだからね。ちょっと考え事でもしてるんじゃないの?」
 ヴァローには聞こえないようにひそひそ声で話し掛けてみると、シオンは少し困惑したような顔つきながらも、昨夜についての説明を簡単に返した。それを聞いて、今まで吹いた中で一番強い突風に思わず目を閉じた後で、アルムは何とは無しに「ふーん」と声を出して聞き流す。
 その後はと言うと、全員が特に会話を交わす事もなく歩いていた。ゆっくりとした速度ではあるが、徐々に海から離れていっているのを実感していた。
 砂浜にも広がっていたようなさらさらした白っぽい砂とは違う、堅い土と茶色っぽい砂へと足元が移り変わっていく。涼しく強い風はいつの間にか穏やかなものとなっており、辺りの空気も熱気を帯びたものに変化しつつあった。それは一息吸い込むだけで、僅かに息苦しさが感じられるほど。
「けほっ……何だか妙に砂が舞ってるような気がしない?」
「確かに言われてみるとそうだな。この辺の砂は、海岸近くの砂よりも風に飛ばされやすいみたいだ。風土が変わっていって、町に近づいてる証拠だな」
 アルムが噎せるのも無理は無かった。何しろ、無数の細かい砂が風に流されて空気中を漂っており、砂嵐とまでは行かないまでも、決して見晴らしが良いとは言えない程に視界を埋め尽くしていたからである。
「ぺっ、ぺっ。うーっ、この砂、美味しくないよ〜っ」
「さすがに美味しくは無いと思うけど。とにかくもうちょっとの辛抱だから、なるべく砂を吸い込まないように頑張って」
 さすがのティルもこの状況では楽しいとは思えないのか、必死に飛んでくる砂を防ぐようにして付いてきていた。アルムも一応励ましの言葉を掛けてはみるが、彼自身もそんなに余裕は無い様子である。目を細めていて狭くなっている視野に入る砂にいい加減飽き飽きしており、口を突いて出るのは疲れから来る溜め息だけであった。
「はぁ、もうこの鬱陶しい砂はたくさん――って、あれっ?」
 そうしてそろそろ休憩を取りたいと思いつつ愚痴を零した時、いきなりぴたりと風が止んで、移動の際の障害となっていた砂も舞う事は無くなった。同時に、砂で視界を塞がれていて確認出来なかった目的地の全貌が、突如として目に飛び込んできた。
 地面は相変わらずの焦げ茶色の土であり、その上に点在する家には木で作られている物と土で作られている物の二種類がある。“タウン”という名称ではあるが、ラデューシティやステノポロスのような広い町と言った感じはなく、どちらかと言えばブルーメビレッジのような村に近かった。それだけ眼中に映る集落は小さいのである。
 その点在する家の脇には、ほぼ一軒に一つくらいの割合で、脚の部分が長くて高い灯明台のような物が立っている。火こそ点いていないものの、その地面には灰が広がっており、夜には明かりの役目を果たしているのだと見て取れた。
「何か、殺風景な町ね」
「うん、失礼だけど、何も無いというか」
 植物もところどころにしか生えておらず、荒野に近い大地を見渡しながらシオンとアルムが交互に呟いた。その景色はまさに二人の言う通りであり、ポケモンの姿すらも疎らにしか見当たらない。
「ま、とりあえずは住民に話でも聞いてみようか。すいませーん」
 立ち止まっている二人の脇を通り過ぎていき、ヴァローは住民に話し掛けていく。一方で、話し掛けられた相手――綿毛のような翼を持つ青い体色をしたチルットは、決して暖かいとは言えない眼差しを一行に向けると、逃げるようにして家の中に入っていってしまった。
「あれっ、一体どうしたんだろう?」
「さ、さあな。俺の方が聞きたいよ」
 いきなり避けられるような行動を取られた事には、さすがのヴァローも戸惑っているようだった。別に鬼気迫るような表情をしていたわけでも、脅すような話し方や声でも無かったからである。
「とりあえず、今度は他のポケモンに話し掛けてみようよ。今の反応も気になるしね」
「私も賛成よ。手分けして聞き込みをしてみましょ」
 一時は呆気に取られたものの、初めて訪れた町なのだから、何が起きても不思議ではない。それを覚悟した上で意見も一致したところで、アルム達は散り散りになって家を一軒ずつ回り始めた。
 しかしその後も、成果はさっぱり上がらなかった。話し掛けようと思って近づくと、姿を見られただけで家の中に逃げ込まれる――この繰り返しだった。ここまで徹底的に避けられると、アルム達も一層動揺を隠せなくなる。
「この町はやっぱり何か変だよね? 完全に僕たちを避けてるって言うか」
「そう、それよ。至って平然としてたポケモン達も、私達が近づいた途端に血相を変えて踵を返して姿を暗ましてしまうんだもの」
「しかし、どうしたものかな」
 三人は口々に溜め息を吐きながら、もう一度方々に建っている家に視線を遣ってみる。来た時はちらほらと見えていたポケモン達も既に姿を消しており、この部分だけ切り取って見るとゴーストタウンのようである。
 ここで一行が何を悩んでいたかと言うと、今後の予定についてであった。これまでの旅路では幸運に恵まれた事もあってか、苦労せずして住民に町を案内してもらったり、宿泊場所を提供してもらったりしていた。しかし、この町ばかりはそう上手くは行かないと言う事で、この町に留まる事さえ考えているのである。
「これじゃ、あわよくば――とか言う以前の問題よ。このまま駄目だったら、もしかしたらこの町を通り過ぎる事も考えないといけないかもしれないわね」
「うーん、それは残念だね。でも、このままじゃ確かにいけないから、やっぱり仕方ないのかなぁ。ねぇ、ヴァローはどう思う?」
 その場で一周しながら今はすっかり人気の無くなってしまった集落を見渡した後で、アルムは改めてヴァローの方に視線を送ってみる。しかし、ヴァローは上の空と言った感じで物思いに耽っているようで、全く気づいていない。
「ヴァロー、どうかしたの?」
「ん? ああ。離れるんなら、なるべく早く決めないとな」
 もう一度歩み寄りながらアルムが話し掛けてみると、今度は一瞬呆気に取られたような表情を見せた後で反応を示した。視線はアルムの方に向けてはいるものの、あくまで視界に入るような程度の見方であり、むしろ遠くをぼうっと見つめているようである。そんな彼を見て、異変と言うか違和感と言うか、とにかく何かを直感的に感じたアルムは、眉をひそめながらそっと近づく。
「あのさ、ヴァロー。僕が言うのも何だけど、何かあったの?」
「いいや、別に何も無いさ」
「えっ、でも――」
「無いったら無いって」
 心配して掛けた言葉も軽く跳ね返されてしまい、アルムは押し黙ってしまう。決して冷たい態度を取られたという訳ではないのだが、「話し掛けるな」と暗に示すかのようにヴァローに突き放されたような気がして、気後れを感じていたのである。



「あの、もしや、旅のお方ですか?」
 風の吹く音しか耳に入るものがない程の沈黙が続く中で、ふと聞き慣れない別の声が割って入ってきた。全員がそちらに目を向けてみると、そこにいたのは先程ヴァローが話し掛けて無視された種族のポケモン、チルットであった。
「あら、あなたはさっきの?」
「いえ、“彼女”は僕の友人です。彼女の――引いては住民達の大変無礼な態度を、僕が代表して謝ります。すいません」
 姿を確認して声を掛けるや否や、矢継ぎ早に喋りだしたかと思えば、チルットは急に頭を下げた。まだ状況が上手く飲み込めないままで、アルム達も釣られてお辞儀をして、一旦顔を上げる。一呼吸置いたところで目の前にいるチルットの容姿を改めて確認すると、その円らな目の色は黒ではなく茶色で、先程のチルットとは違っているのに気づいた。
「違いがわかって頂けましたか? もし良ければですが、事情を説明させて頂きたいので、一度僕の家に寄るというのはいかがでしょう? 少々差し出がましいようで申し訳ありませんが」
「あ、えと、いいえ。そんな、差し出がましいなんて事ないですよっ。むしろ教えてもらえるなら、教えて欲しいくらいでしたし。でもその前に、名前を聞いても良いですか?」
 思いがけない申し出がチルットの口から発せられた事に、驚きのあまりアルムは縺れた様子で応じた。それでも、すぐにその顔に笑みを浮かべると、チルットも安心したように溜め息を吐いてみせる。直後、今度はそれとは別に小さく笑って見せると、チルットは口を開いた。
「ふふっ、すいません。自己紹介がまだでしたね。僕はウォルク。この町に語りべとして存在する者です――」


コメット ( 2012/09/29(土) 16:38 )