エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第六章 義賊の真実と不思議な巫女〜出会いの真相と力の秘密〜
第三十七話 夜明けとともに旅立つ時〜初めて抱く想い〜
 アルムがヴァローから離れたのは、それからしばらく経ってからのこと。まだその瞳は潤んでおり、嗚咽も完全には止まってはいないものの、少なくとも先程までは落ち着いたように見えた。心の内に溜まっていた物を全てを吐き出したからか、晴れやかな表情が戻って、いつものアルムらしくなっていた。一歩、二歩と遠慮がちに下がり、アルムは自分から向かってちょうど海の方に立っているヴァローに視線を戻した。未だに涙のせいでぼやける視界の中でその目に映ったのは、自らの体毛以上に顔を赤らめているヴァローの姿だった。
「ぐすっ。あれ、ヴァロー、どうしたの?」
 さっぱり理由の分からないアルムは、泣き疲れた為に少し枯れかけている声音でヴァローに話し掛けてみた。対して、ヴァローは何かを言い掛けるように口を開けてはすぐに閉じるという行為を頻りに繰り返していた。その一連の動作が数回行われたところで、ヴァローは小さな一つの溜め息の後、声を出すためにようやく口を開いた。
「あのな、さっき自分が言った事や、今やってた事を改めて思い返すと、何か恋人同士みたいな事をやってて恥ずかしくなったんだよ」
「うん、そうだね。恥ずかしかった」
 その言葉通り、恥ずかしそうに視線を上方へと逃がしているヴァローに対し、先程までの泣いている顔から一変、けろりとした様子でアルムは言い放った。いつも以上に機転が利いており、むしろ吐き出しすぎたのではないかと疑うほどだった。
「ちょっ、お前――」
「えへへっ、冗談だよ冗談。ヴァローが言ってくれた事は、すごく嬉しかったよ。これからもまた頼っちゃう事もあると思うけど、よろしくねっ」
 予想外の豹変ぶりと返答に慌て出すヴァローを見て、アルムは悪戯っぽく舌を出しておどけたように笑って見せた。しかし、柔らかな表情を見せたのも束の間。すぐに真面目な顔つきに戻ると、視線をしっかりとヴァローに向けて素直な気持ちをぶつけた。
「一瞬お前に見放されたのかと思ってびっくりしたぞ。まあ、それは良いとして。こっちこそ、よろしくな」
 再び冷静に戻って微笑を浮かべると、ヴァローは目を閉じてやや顔を斜め下に向けた。それに呼応するかのようにアルムはヴァローの眼前まで歩み寄ると、同じく目を閉じておでこを押し当てた。そこから二人は微動だにせず、まるで言葉を交わさずして意思疎通をしているかの如く額をくっつけて、ただ互いの温もりを感じたまま黙っていた。
「ねぇ、こうやるのって久しぶりだよね?」
「ああ、そうだな。たぶん、お前と仲良くなるきっかけになったあの時以来だろうな」
「そっかぁ。何だか懐かしく感じちゃうよねっ」
 ずっと硬い殻で覆っていた心には、既に悲しさなどは微塵も残っていなかった。くっつけていたおでこを離すその顔には自然と笑みが零れており、ここ数刻の間に見せた偽りの笑顔とは比較にならない程に輝いていた。その祝福とばかりに心地のよい夜風が二人の体を撫でていった。予想外の涼しさにアルムは身震いするが、すぐ近くにいる拠り所を思い出して体を摺り寄せた。
「懐かしむのはいいから、あんまりくっつくなよ。そんな事よりもまず、お前がもういいなら、そろそろ戻るぞ。皆も心配してるだろうからな」
「うん、分かったよ」
 嫌がる素振りを見せながらも、内心はまんざらでも無かった。ヴァローが咳払いをしながら促すように背中を軽く叩くと、アルムもゆっくりと首を縦に振り、その歩みを進めて始めた。アルムの目くるめくような表情の流転はこれにて本当に終わりを迎え、夜空で優しく瞬いている無数の星の下を林に向かい、二人は仲良く並んで歩いていくのだった。







 アルム達が祠に戻ってきた時には、皆が落ち着いた様子で座り込んでいた。しかし、二人が姿を見せるなり、シオンは心配そうな面持ちで近寄ってきた。「何でも無いよ」と笑顔でアルムが言って見せると、シオンもほっと胸を撫で下ろした。特に交わす言葉も無く視線を漂わせていると、さっきまではまだ元気に見えたティルが草の絨毯の上ですっかり眠りこけているのが見えた。楽しい夢でも見ているのか、口元を緩ませて幸せそうな表情で静かな寝息を立てていた。
 その中で、それほど大きな反応を見せなかったのはレイル、クリア、ブレットの三人だった。戻ってきたのを確認する為に一瞥だけすると、すぐにそっぽを向いてしまった。それでも、ブレットにだけはほんの僅かだけ安堵の様子が窺えた。もちろん心が読める訳ではないが、顔を背ける際にブレットが軽く自分に微笑みかけてくれたのに気づいて嬉しくなり、アルムは下を向いてはにかんでいた。
「それで、お前達はこの後どうするんだ?」
 ふと静かな雰囲気の中で、グレイシアのクリアがいの一番に切り出した。これから先の事を考えていなかったアルム達は、互いに顔を見合わせて一斉に反応を示した。うなり声を上げながら暫し考え込んだ後で、ヴァローがアルムのほうに視線を向けた。
「そうだな。アルム、どうする?」
「僕はとりあえず、元いた大陸の方に戻りたいかな? そう言うヴァローはどう思うの?」「まあ、俺も同じ考えだ。ここにいたって仕方ないしな。とりあえず先へ進もう」
「うん、でも――」
 二人の考えは同じだったため、ほとんど即決だった。しかし、今はすっかり夜も更けてしまっており、戻るのは明けてからでない事も分かっていた。そうなると、一つ迷ってしまう事柄が浮上してくるのに気づき、揃って同じように表情を曇らせた。
「このまま夜が明けるまで待ってから出発していては、時間が無駄になってしまいますね」
 どちらかが先に口にする前に、心の中を透視したかのように語りかけたのは、二人をすっぽり覆ってしまう程の大きな影の持ち主。天から伸びてくる淡い月明かりに照らされて、より一層神秘さが醸しだされている巫女――サーナイトだった。
「ここまで来るのにも時間が掛かったのは分かってます。だから、私がここから船を操って、確実にトリトンの近くまで航行させましょう。そしてその間に、あなた達は船の上でゆっくり休む事が出来ます。せめてもの償いと言っては語弊があるかもしれませんが、それでいかがでしょうか?」
 耳にも心地好い程の優しい声調で、サーナイトは一つの提案を持ち掛けてきた。もちろん、アルム達の考えていた事も全て承知の上であり、協力したいとの思いに偽りなどない様子である。さすがにアルムもきょとんとしてサーナイトを見つめるばかりであった。
「あの、せっかくなら私達と一緒に来て頂くという事は出来ないのでしょうか?」
 今までは特に会話には割り込んでこなかったシオンが突如横から顔を覗かせた。丁寧な物腰で見据えるその眼差しには、一種の期待のような物が込められていた。それに対し、サーナイトは瞳に悲しげな色を浮かべつつ、静かに首を左右に振った。
「ごめんなさい。私はここから離れると、水晶から力を得られないのです。私はこの島に縛られし巫女。この場からしかあなた達を手助け出来ないのです」
 その表情を崩さないまま徐々に体を屈めていくと、サーナイトは頭を深々と下げた。誠心誠意謝罪をしようとしており、見ているアルム達の方が逆に申し訳なくなってしまった。対等な目線で接しようとしているサーナイトの姿勢に自然と影響され、沈みかけていた気分がまたすぐに浮き上がった。
「そんな、あなたが謝る事なんて無いですっ! むしろここまで協力して下さって感謝しているんですから。改めて、ありがとうございます」
 俯いているサーナイトの視界に入るように、アルムは僅かに屈み込んだ状態で慌てて近づいていく。そんなアルムが放ったいつもより堅くて丁寧な言葉に、サーナイトは再度首を――しかし、先程とは違って優しい表情で左右に振った。
「いえ、これが私の“役目”ですから、当然の事をしたまでです。さあ、導かれし出逢いを果たした坊や達。次なる出逢いを見つける為に、旅立つのです。乗り込んだのを見計らって、船を動かして見せましょう。――こんな感じでよろしいでしょうか?」
 最後の方で何故か悪戯っぽく笑いかけてきたサーナイトの方に向き直ると、アルム達は決心したように一様に頷いた。それを出発の合図とするかのように、一行は来た道を戻るようにして海岸の方へ向かった。一度通った道だったので、行きほど時間は掛からずに船まで到着した。他の全員が乗り込んだのを確認すると、ブレットが碇を上げてすかさず飛び乗った。その後、誰一人船を漕がずとも、時間の経過とともに波に攫われ始め、徐々に海に向かって動き出した。
「なぁ、今さらだけど、本当にあの巫女の言う事を信じていいのか?」
 岸から離れているのを確認しながらも、ヴァローは不安そうに海の方を眺めていた。それと言うのも、これと言って船には何も変化は無く、このまま寝ているだけでちゃんとトリトンまで着くのか怪しんでいるからであった。
「まあ、いざとなったらオレが起きててしっかり見張っててやるよ――っと!?」
 ブレットが軽く鼻を鳴らして嫌そうな素振りを見せつつ、その一方では少し誇らしげに腕組みをしようとした時だった。何の前触れも無く船がいきなり大きく左右に揺れた。それほど大きな波が寄せてきたわけではないのにである。
「な、何が起きたの?」
「さ、さあ。でも、これを見て!」
 衝撃で倒れ込んでからようやく起き上がり、アルムとシオンは船の外郭へと視線を移した。すると、船全体がラデューシティで見た水晶――“フルスターリ”と同じような神秘的な青白い光に包まれているのが見えた。続いて水面の方に視覚を集中させると、船の先端部に波がぶつかっても、揺られる事なく悠然と突き進んでいっていた。
「これが、巫女様の力か」
「方向も――確実にトリトンの方に戻っているようですね」
 クリアは体を大きく乗り出して、興味津々といった様子で現状を見守り始めた。今まで沈黙を貫いたまま対極の位置にいたレイルは、船の向かう先を真っ直ぐ見つめながら、未知の力による誘導を冷静に分析・記録していた。
「そう、それなら安心だね。これで、ゆっくり、眠れ、る」
 首をこっくりこっくりと動かして眠そうにしていながらも、アルムは何とか堪えようとしていた。しかし、いろいろあって疲れたのか、遂には耐え切れなくなって重い瞼を下ろすと、そのまますやすやと寝息を立てて眠りに落ちてしまった。



 その後にアルムが目覚めた時には、まだいくつかの星がほのめいている中で、太陽が僅かに顔を覗かせて、徐々に空も明るみつつあった。その色も日中に見られるような鮮やかな薄い青色ではなく、青碧色であり、いつも見ない風景に新鮮な感じを覚えた。時間の経過を視界で以って確認し終えたところで改めて辺りを見回すと、他の全員も横になって眠っていた。波を掻き分けて進んでいると言うのに、船の進行は至って穏やかであり、アルム以外の全員の眠りを妨げる程の揺れは起こらないでいる。
「ふわぁ。今はどの辺なんだろ」
 まだ半分は寝ぼけた状態で欠伸をしつつ船の外を眺めてみると、目前には既に広い砂浜と見覚えのある砦が視界に飛び込んできた。その砦と言うのはトリトンの事であり、遠くから眺めていると、敷地全体が朝焼けの光に照らされてその寂しさがより誇張されて映った。
「もう着いたんだ――うわっ!」
 舳先に立って船が動くのをぼうっと見ていると、今までは起きなかった大きな揺れが生じ、アルムの小さな体は船の方に放り出された。海に落ちることは免れた上に、想像以上に衝撃は感じなかった。それでもちかちかする目を何度か瞬きをして正常に戻し、足元に妙な感覚を味わいながら立ち上がった。
「いたた。まさか突然揺れるなんて」
「ぐぅっ。おい、アルム。まずはそこをどいてくれないか」
 アルムが倒れてたたき付けられた先は、堅い木の板ではなく、静かに眠っていたヴァローの上だった。下から聞こえてきた潰れたような声に慌ててその場を離れると、苦悶の表情を浮かべながらヴァローは体を起こした。
「それで、どうしたんだ?」
「うん。どうやら船が止まったみたいだよ」
 もう一度揺れやしないかと警戒しつつ船から身を乗り出すと、いつの間にか全体を覆っていた光が止んでいるのが分かった。船自体は既に浅瀬に辿り着いて砂浜に乗り上げており、沖の方に引き寄せられる心配はなかった。
「今の揺れたのはなーにー?」
「ほんとに、すごい揺れだったわね。おかげで目が覚めたけど」
 無事海岸に到着したのを境にして、ティルとシオンが目を覚まし始めた。ティルは大きな欠伸をして伸びをすると、羽衣をゆっくりと伸ばして空を飛び、水面に手を付けて水しぶきを飛ばして元気に動き回っていた。そのはしゃぎ声を聞いて、残りの全員も次々と目を覚まして船から降りていった。
「さてと。用は済んだことだし、僕達はもう砦に戻るよ。それじゃ、せいぜい元気で」
「えっ、お別れ、ですか?」
 着いてほっとしたのもつかの間、クリアはそっけなくアルム達に背を向けると、その場を去ろうと歩き出した。アルムがその背中に向かって声を掛けても振り返る事なく、砂浜に足跡を残しながら速足で行ってしまった。
「まあ、あいつはあんな奴なんだ。許してくれな」
 冷たく別れを告げたクリアとは対照的に、ブレットはすぐに去るような素振りは見せなかった。相棒の無愛想な行動に苦笑を浮かべつつ、ばつが悪そうに頭を掻いており、そんな些細な気遣いが嬉しいアルムは、知らずブレットに好意を寄せていた。
「別にブレットさんが謝る必要は無いですよ。何となく分かってましたから。それと、クリアさんには言いそびれたのですが、僕たちに協力して下さってありがとうございましたっ」
 最初は敵だとばかり思ってた相手が示した誠意ある行動に、アルムは改めて安堵を覚えつつ、にっこりと笑って頭を下げた。そうして一時的に視線を下に向けていると、突然頭に何かが触れるのを感じた。確認の為にふと頭を上げてみると、そこには笑みを湛えているブレットが立っていた。そこまで親しみの無い者に頭を撫でられる機会が無く、アルムもきょとんとした表情で見返していた。
「そこまで大した事はしてないからさ、そんな堅苦しいのは良いぜ。それに、オレ達は敵同士じゃないから、いつでも気軽にオレ達のところに立ち寄ってくれて構わないからな。じゃ、元気でな。また会うことがあれば、今度はゆっくりと話を聞かせてくれよっ!」
 くしゃくしゃとアルムの頭を撫でると、ブレットはクリアの後を追うようにしてトリトンの方に駆け出していった。その途中で一度だけ振り向くと、別れの挨拶として左右に手を振って見せ、再び背を向けて去っていった。
「あいつらも結局は悪い奴らじゃなかったんだな。次に会うときは、仲良くやれそうだ。それじゃ、俺達もそろそろ出発するか。目的も果たした事だし」
 ヴァローが話し掛けてくるのに反応して振り返るそのアルムの表情は、先程まで見せていた微笑から一変していた。俯き加減で暗そうな面持ちのままで、口を一文字に閉ざしたり小さく開いたりを繰り返していた。
「んっ? アルム、何か言いたい事があるのか?」
「えっ?」
 そこは故郷での付き合いが長いだけあって、ヴァローはアルムが何かを言いたげなのを見抜いていた。見事に図星で立つ瀬が無く感じたためか、アルムは力なくささやき声を発するのが精一杯だった。
「言いたい事があるなら、はっきり言えよ」
「でも――うん、分かった」
 さすがにここでごまかすのは止めようと思い立ち、アルムは小さく一回呼吸をして足を前に進めた。そして、ゆっくりと時間を掛けて移動して足を止めた先は、不思議がっているマリル、シオンの前だった。
「アルム、どうしたの?」
 シオンは優しく問い掛けながら、少し離れた位置で止まったアルムの方に一歩ずつ近づいていった。そんな心遣いが逆にプレッシャーとなり、やっとの思いでシオンの前まで来たアルムだったが、またしても心のうちを曝け出す事に戸惑っているようであった。
「あのね、シオン」
 いつも以上に速い鼓動を続ける胸を静めるために一拍置いた後で、ようやく決心が着いてシオンの方にしっかりとした視線を送ると、アルムはシオンに向かって静かに抱きついた。いつに無く大胆な行動で、感情が剥き出しになっているようだった。
「ちょっ、一体どうしたの!?」
 シオンは突然の事に驚いて少しのけ反るものの、尻尾でバランスを取って何とか体勢を立て直した。ぴったりとくっついて離れないアルムをそっと両手で引き離して、視線を合わせてみる。正面から見据えたアルムの瞳の中は、僅かに涙が溜まって潤んでいた。
「僕、シオンと一緒にまだ旅を続けたい。だから、ステノポロスに戻らないでっ!」
「えっ、アルムが言いたかった事ってまさか――」
「箱も取り戻したし、何よりシオンは王女だから、国に戻らなきゃいけないのは僕だって分かってる。それでも、僕は、シオンと一緒にいたい! シオンと一緒だと、すごく安心出来るんだ。だから――」
 目を強く瞑って必死に思いの丈を吐き出している最中、ふと頬に何か暖かい物が触れたのを感じ、アルムは声を出すのを止めて目を開いた。その視界に入って来たのは、シオンが口を自分の頬に押し当てている光景だった。横目でそれを見た瞬間は、今体験している事が自分の事じゃないような錯覚に陥り、しばらく夢心地になってぼんやりとしていた。
「わ、わわわっ! し、シオン! な、な、何をしてるのっ」
 ふわふわしていた状態から現実に引き戻されても、相変わらず頭がこんがらかったままであり、言葉もしどろもどろになりつつ、アルムはシオンから飛び上がるようにして離れた。一旦間を置いて状況を把握すると、その顔は見る見る内にりんごのように真っ赤になっていった。
「ふふっ、ちょっとしたお礼よ。初めてあなたの方から“一緒にいたい”って言ってくれたから、嬉しかったの」
「あ、うっ。で、でも、やっぱり――」
 まだその顔から動揺は拭えておらず、アルムは口を頻りにもごもごさせながら、顔を俯かせてしまった。それに気づいたシオンは、もう一度自分から歩み寄って覗き込むような姿勢になった。
「――お父様は、たぶん私がステノポロスに戻るとは考えてなかったと思うの。だからね、私はこれからもあなた達に付いていくわ。あなたが私と本当に一緒にいたいと思ってくれるなら、ね」
「本当に、本当に良いの?」
「ええ、もちろんよ」
 シオンの真っ直ぐな眼差しと返答をしかと受け止め、寂しい思いから来る心の迷いのせいで濁っていたアルムの目には、光が再び宿って輝きを増した。恥ずかしさと不安が混在していた表情にも、嬉しさでいっぱいの明るい笑顔が戻っていく。
「あははっ! アルムの顔、真っ赤だー! それに、シオンに抱き着くなんて、甘えん坊みたいだねー」
 横から割り込むように顔を覗かせると、ティルは茶化すように笑いかけた。一時は落ち着いていたアルムだったが、そのティルのからかいによってまたしてもうろたえ始めた。
「い、いや、そんなんじゃないよっ! ただ、えっと」
「顔がどんどん赤くなってるよ〜。真っ赤なアルムも面白いねっ!」
「ちょっ――ティル、からかわないでよっ!」
「まあまあ、良いじゃないの。とりあえずは次にどの町に行くか考えましょうよ」
 恥ずかしさが最高潮に達してやや涙声になっているアルムを宥めるように、シオンは片手で頬を軽く撫でた。しかし、それはむしろ逆効果で、アルムはますますおどおどし始めてしまう。
「あれ? アルム、何かいつもと違うねー」
「もうっ、後で覚えておいてよね」
 相変わらず陽気な笑顔を振り撒いているティルを叱り付ける事など出来るはずもなく、アルムは諦めた様子で溜め息を吐いて、シオンに寄り添って歩き出した。構ってもらえない事を不満に思ったのか、頬を膨らませてティルもその後を飛んで付いていく。
「何か知らないけど、アルムも悩みが解消されたみたいだし、俺達もぼちぼち後を追うか」
「了解しました。余談ですが、私が共に時間を過ごした中で、主は一番落ち着いた表情をしているように見えます。……関係ない話を失礼しました。参りましょう」
 三人の後ろ姿を見つめながら歩みを進めようとした時、レイルが発した言葉にヴァローははたと足を止めた。それに合わせて、レイルも機械的にぴたりと移動を一時停止する。
「そうか、分かった。レイル、お前も……。ま、今はとにかくアルム達に追いつく事を考えるか」
 一人で納得するように呟くと、ヴァローは先を進む三つの影を目指して駆けていく。そして、レイルも一回首をかくかくと“それらしく”――不思議そうに傾げると、ゆっくりと移動を再開するのであった。



コメット ( 2012/09/29(土) 16:34 )