エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第六章 義賊の真実と不思議な巫女〜出会いの真相と力の秘密〜
第三十五話 神秘的な孤島の巫女〜多彩な顔を持つ海へ〜
 空から降り注ぐ煌めくような光の雨。耳の奥まで染み渡るような癒しの調べ。定まった形を持たず、ゆらゆらと静かに秩序正しく打ち寄せる白波。それらの全ての要素が上手く調和して、神秘さと雄大さを醸し出している青い海の浜辺に、アルム達は移動していた。目の前の吸い込まれる程に青い水の中には、差し込む光によっていくつもの煌めくプリズムが映っている。その水上に波に大きく揺れながら浮かぶのは、ブレットが用意した一隻の木製の小さな船。中央の帆には白い布が高く張り上げられ、風を受けて忙しなくはためいている。しかし、見た目こそ小さいとは言え、アルム達が全員乗り込んでも、まだ同じくらいの人数が増えても乗れる程の余裕があった。
「それじゃ、早速出航するぞ」
 ブレットが鉄製の重いを砂浜から引き抜いて船尾を押すと、船は砂浜に向かってくる波の流れに逆らいながら、穏やかな潮風を受けてゆっくりと進み始めた。最初は大きく揺れて体が倒れかけるものの、その一度以来この船が乗っている者たちを脅かす様な行動に出ることはなかった。
「あの、その【月影の孤島】ってのはどの辺にあるんですか?」
 トリトンに向かっていた時よりも一段と濃い潮の香りを全身に浴びて改めて海を感じつつ、アルムは梯子を登って海から揚がってきたブレットの方へと視線を遣って率直な疑問を投げかけた。全身を振るって体に付いた水を滴にして払いながら、ブレットは言葉を発する事なく一点を指し示した。クリア以外の全員がその手の向く方角に注視すると、真っ蒼な地平線の上に極めて小さな豆粒のような物がぼんやりと見えた。
「あ、あれですか?」
「これは、確かに夜まで掛かるかもしれないわね」
 決断後に改めて目的地までの遠さを思い知らされ、アルムとシオンは並んで目を皿にして認識しづらい程の小さな島を見つめた。行くと決めた以上は覚悟はしていたものの、やはり驚きは隠せないようである。そうして、あまり距離などを考えないようにふと目線を横の方にずらしてみると、ティルが羽衣で海上を飛んで水の中を覗き込んでいた。
「ねぇねぇ、アルム! この中、すごいよ!」
 今までとは全く違う船旅という移動の仕方にはしゃいでいる様子のティルは、アルムを船首まで手招きする。呼ばれるがままに近づいていって覗いた先の光景に、アルムも思わず息を呑んだ。
 水面では滑らかな波が船の先に音を立ててぶつかり、きらきらと輝く無数の泡を生み出していた。そのさらに奥――太陽から降り注ぐ光線によって織り成された綾の先には、波のうねりに同調するかのように揺れ動く緑色の海藻が見受けられる。この海の様子も含め、矢継ぎ早に目に飛び込んでくる美しい景色の数々に、海が初体験のアルムは大きく感銘を受けていた。
「うん、確かに綺麗だね!」
「だよねー! ボク、海が好きになったよ!」
 海面に反射する光も相まって、二人の目は一層輝きを宿し、その笑顔には眩しさすらも感じられた。好奇心に満ちた無邪気な子供らしい姿であり、同じく海面を覗いていたヴァローとシオンも、その様子に顔を見合わせて思わず笑みを浮かべていた。一時は元気を無くしたようにも見えたアルムが、先刻くすぐり合いをしていた時のような明るい笑顔を見せていたからである。
「ねー、アルム! こっちも見て見てー」
「あ、ちょっと待ってよっ」
 照り付ける陽射しさえも気にしない程に楽しむアルムとティルの二人は、その後も目一杯海という名の宝庫を満喫した。時には水面に触れてその冷たさを実感し、また時には様々な表情を見せる海をずっと観察したり。一方で、同乗している為に近くで賑やかな声が聞こえても、クリアとブレットは一切嫌そうな様子は見せなかった。時折船の進路について配慮しつつ、ほかの乗員のやり取りを見守ったりして時間が過ごしていた。
 しかし、アルムもティルも二人ともにそんなに元気が長続きするはずも無かった。奥行きのあるように見えていた海岸が遠くなり、線のように見え始めた頃。そして、点に目を向けてみれば、太陽が先程までとは異なる色の衣装を纏い始めた頃。頬に橙色の暖かい光線が当たっているのにも気づかず、すっかり疲れて眠りこけていた。
 空が薄暮になった事で少しずつ遠くが見えづらくなっていたが、それでも橙色に染まっている島が徐々に近づいているのははっきりと確認出来た。風も僅かながら冷気を帯び始めており、ゆっくりではあるが夜の帳が下りていた。熟睡しているアルムとティルの寝息と波が立てる静かな音以外は、至って船上に聴覚を刺激する物は無かった。つまりは、全員が口を閉ざして島に到着するのをひたすら待っていたのである。
 そして、理由はもう一つ。二人を起こさないようにとの気遣いでもあった。それ故に、船上に響く音だけ聞くと、無人の船が突き進んでいるようでもある。そんな小さな船は静寂と優しさを乗せて、目的の場所に向かって進んでいくのだった。







「ううん……」
 二人が眠りに落ちてからしばらく経った後のこと。ほぼ時を同じくして目を覚ました頃には、ついさっきまで青かったはずの空も海も、いつの間にか黒く染まっていた。空には孤独に浮かぶ月を掠めて雲が飛んでおり、穏やかで神々しい光を放つその天体をわざと避けているようにも見えた。
「あれ、僕は寝ちゃってたの?」
「そうだ。ティルと二人して、仲良くぐっすりとな」
 突然の景色の変化に驚きつつ、アルムは目前にあったヴァローの顔を見て、恥ずかしそうに苦笑いを浮かべた。気恥ずかしさからそれ以上ヴァローと目を合わせられずに少し視線を逸らせば、自分のほうを見て優しく微笑みかけてくれているシオンの姿も目に入った。それはそれで余計にむず痒いらしく、密かに赤面したのを隠していた。
「何か、恥ずかしいなぁ。あっ、そういえば、【月影の孤島】は」
 別の惹かれる対象を発見し、船の外側に目を遣った。先程までとは性質の違う潮風により、見渡す限りの海面には小さくギザギザな形の水の山がえられている。その波は月から零れてくる青白い光を帯び、静寂な海を演出していた。その視線をやや遠くに移すと、この海洋にぽつりと寂しく浮かぶ孤島が見えた。目的地が既に眼前に迫っていた事に、アルムははっと息を呑んで驚いた。
「この島がそうなんだね」
「ああ、そうらしい。もう少しで陸地に着くから、いつでも降りる準備をしておこうな」
 アルムの囁きが波に揉まれて静かに消えていく中で、船は速度を落としながら少しずつ浅瀬に近づいていった。遂には足が着くまでの位置に達し、ブレットが最初に降りて碇を降ろした。船を動かすのも止めるのも率先して動くブレットに対し、クリアは静かに待ち構えてまかせっきりにしているようだった。
「よし、いいぞ。全員降りてこい」
 しっかりと船を固定して安全を確認したところで、全員がブレットに続いてぞろぞろと船を降りていった。足元に広がる砂は細かくて白く、月光を反射して地上にぼんやりとした明るさを齎していた。光の絨毯の上に乗っているような錯覚さえ感じており、一行はまさに夢見心地になっていた。
「この林を抜けた先に、巫女様がいる。一応僕が先頭でブレットが殿を務めるし、ほぼ一本道だけど、迷わないようにちゃんと付いてきなよ」
 この光景には慣れた様子で、クリアは先頭を切って草木が鬱蒼と生い茂る中へと歩き出した。アルム達は島の様子を細かく観察する暇もなく、後に付いて足を前に進め始める。クリアの言う通り、ほとんど周りは茂みではあったが、通り道は舗装されたかのように歩き易くなっていた。目的の場所まで植物達が道を空けてくれているようであり、不思議と何者かに誘われているような感覚に陥っていた。
「あ、見て。あそこに何か見えるわ」
 月明かりのおかげで良好だった視界に入ってきたある物に、クリアのすぐ後ろを歩いていたシオンが最初に声を上げた。一斉にそれぞれが顔を左右に動かして確認すると、その先には寂しく佇む石で出来た社のような物が見えた。その作りこそ質素であるが、石に刻み込まれている傷や削れ方を見る限りでは、長年この地に建てられていた重要な物だということが考えられた。
「あそこに巫女様がいるんですか?」
「ああ。僕達が来る時は決まってあそこにいるんだ。ほら、話をしていれば――」
 歩みを止めてクリアが指す方にもう一度目を向けると、頭部は緑色で丸い形で、下半身はひらひらとした白い布のようになっており、胸と背にはピンク色の逆三角形の突起を持つ背丈の高いポケモンが立っているのが見えた。アルム達が一斉に見つめているのに気づくと、そのポケモン――サーナイトも柔和な笑みを浮かべて近づいてきた。
「クリア、ブレット、お久しぶりですね。そしてアルムにヴァロー、ティル、シオン、レイル。遠路遥々、ようこそいらっしゃいました」
 クリアとブレットが敬意を表するように軽く頭を下げるのに対し、アルム達は大きな反応も示さずにただ立ち尽くすしか無かった。特にアルムは、耳をぴんと立ててその優しい声を聞きながら、何かを思い返すように虚空を見つめていた。
「えっ、待って下さい。何故私達の名前を?」
「それは、あなた達が光によって導かれし出逢いを果たした者達だからです。そして、ここまで導いたのが他でもない、この私だからです」
 真面目な表情に一変したサーナイトの言葉に、再び一行は顔を強張らせる羽目になった。涼しくて程よく感じていた風の流れが、今では肌に突き刺さるように冷たくさえ感じられた。普段以上に感覚が敏感になっており、軽く耳を澄ませてみれば、高鳴っている心臓の鼓動が風に運ばれて聞こえそうであった。
「それって、どういう事ですか?」
「簡単な話です。この二人とあなた達を巡り会わせるべく、ステノポロスの財物庫にある箱を盗むように仕向けたのですよ。仕向けたという言い方はちょっと違うかもしれませんけどね」
 驚愕の真実を次々と突き付けられ、アルム達は固まったまま動かなくなってしまった。反応を見て気まずい空気になった事に気づいたのか、サーナイトは固い表情を崩して再び優しい面持ちになった。纏っている暖かい雰囲気が一気に解き離れたことにより、アルムたちの緊張も少しずつ和らいでいった。
「ちょっと駆け足で話し過ぎましたね。一先ずせっかく訪ねていらっしゃったんですから、こちらでゆっくりして行って下さい」
 短い石段を宙に浮かんだ状態で上がりつつ、サーナイトはその淡い緑色の細い腕で手招きをした。クリアとブレットの二人が平然と従っていくのを確認してから、アルム達も少し時間を置いて石段を一歩ずつ登って祠の方へと向かった。
「さあ、どこにでも好きなところに座って下さい」
 若草が絨毯のように生えているところで移動を止めると、サーナイトはその場を軽く指し示した後に奥の方へと姿を消していった。とりあえず指示された場所に座り込んでか時間が経って戻ってきた時には、両腕に一杯の木の実が抱えられていた。――正確に言うならば、木の実がサーナイトの体の近くに浮遊していて、両手で抱えているように見えたのである。
「もし良ければ、ご自由に召し上がって下さいね」
 静かに木の実をアルム達の近くに降ろすと、サーナイトも落ち着いて地面に座り込む形となった。サーナイトの一連の行動の後に、特に緊張感を抱いていない様子のティルが一人、モモンの実を抱えて嬉しそうにかじりつき始めた。呑気な行動に羨ましささえ覚えつつ、アルム達は気を張ったままサーナイトに視線を向けた。
「さて、一旦落ち着いたところで、本題に戻りますね。先程も言いましたが、あなた達がクリア達と出逢い、ここに来るように画策したのは私なのです。おそらく簡単には信じられないでしょうが」 
 目を閉じてゆっくりと息を吐き出し、サーナイトは顔を引き締めてアルム達の方を見据えた。優しそうだったその瞳の奥には、それとは対極の位置にあるような違う色が窺えた。その場にいる誰もが変化に気づき、ごくりとつばを飲み込む者もいた。
「――と言う事は、トリトンの皆があんな事になるのも、計画の内だったのか?」
 すかさず体を半分乗り出すようにして、ブレットはアルム達よりも先に反応した。歯を強く食い縛っていきり立っているようで、少しでも刺激すればその怒りが爆弾の如く弾けそうであった。まだ一歩手前だという事にアルム達も薄々気づいており、ここは意思を汲み取って黙って見守る事にしていた。
「いえ、それは違います。本当はトリトンの皆さんにご迷惑をお掛けするつもりはなかったのですが、あれは私の計算ミスでした。私にも完全には未来の流れを掴めなくて。ごめんなさい」
 ブレットの思いをひしひしと感じて少し間を置いた後で、サーナイトは半歩退いて深々と頭を下げた。心の底からの謝罪の思いが伝わるようにと、懇切丁寧でゆっくりとしたものであった。体を固定してからしばらく時間が経っても、全くその頭を上げようとはしなかった。
「ま、まあ、巫女様がそう言うんなら、オレは何も言わない。今までも、そしてこれからも、巫女様の事は信じてるからさ。だから、もう頭は上げてくれよ」
「ありがとうございます。それに、気休めになるかはわかりませんが、トリトンの皆さんは大丈夫です。私からは詳しくは何とも言えませんが、いずれは目覚めますので」
「そうですか。それは一応安心ですね」
 ブレットが安堵の溜め息を吐いた後で、続いてクリアもほっとしたような表情を覗かせた。理由は何であれ、仲間が無事だと分かって安心したようである。それは同時に、巫女に対する絶大な信頼を示す事となっていた。二人が共に認めていた事がより一層引き立てており、アルム達は自然と安心感を抱いていた。
「ちょっと待った。俺達にはまださっぱり理解出来ない。何故俺達を知ってるのか、明確な証拠は無かったしな。それと、あなたが画策したというのも、信用性に乏しい」
 クリア達の方の話も一段落したところで、ようやく話せるとばかりにヴァローはサーナイトに一歩近づいた。話し掛ける時も、訝しげな表情は崩していない。
「そうですね。皆の先頭に立ってオコリザルやクリアとも勇敢に戦う姿勢を見せるあなたなら、そのくらいの警戒心を持って接するのも当然ですよね」
「な、何故オコリザルの事まで」
「簡単に言うならば、“みらいよち”に依るものなんです。パントに授けた力も、私の力の一部なのですよ。とは言え、結局は確たる証拠は無いですから、信じて頂くしか無いのですけどね」
 クリアとの事ならまだしも、それより以前に出逢っていたオコリザルやパントの事まで知っていた。その事実は充分な証拠となりうる物であり、暫し口を開けて呆然とした後に、ヴァローは納得したような面持ちで引き下がった。
「あ、あの、良いですか?」
 続いて控えめに声を上げるのは、未だに不思議そうにサーナイトを見つめているアルムである。
「もしかして、どこかでお会いした事はありませんか? 声を聞いた事があるような気がして……」
 最初にサーナイトの声を聞き直感的に感じていた事を、アルムは静かに口に出した。しっかりと視線を上に向けて目を合わせている辺り、何か確信を持っているようである。それを聞いて、サーナイトは微笑みながらアルムの方に顔を向けた。
「ちゃんと覚えていてくれたのですね。その通りです。ブルーメビレッジであなたの夢に入り込み、声だけ登場させて頂きました」



コメット ( 2012/09/21(金) 14:56 )