エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第六章 義賊の真実と不思議な巫女〜出会いの真相と力の秘密〜
第三十四話 追求のための決断〜砦に渦巻く心情〜
 トリトンの砦の中にある建物の中を誘導されて辿り着いたのは、先程よりも一回り大きな広間だった。地面には椅子の代わりとなる岩が置かれているが、それは比較的背丈の高いポケモン専用であるため、ブレット以外は地べたにそのまま座り込んだ。
「それで、一体何があったんだ?」
「まあ、ちょっと待ってくれないか。順を追って話すから」
 事情を知りたいが為に急かしているヴァローを軽く一瞥した上で、一旦背中を向けると、クリアは岩の裏から一つの箱を引きずり出してきた。それは、クリアとブレットがステノポロスの財物庫から盗み出したものであった。
「これを持ち出した後、僕達は真っ直ぐトリトンに戻ってきたんだ。元々入口の門は開け放されていないはずだから、不審に思って慌てて入ってみたら、既にこの状態。荒らされた後だったよ」
 区切りの良いところで小さく溜め息を一つ吐くと、クリアは視線を横の方へと逸らしていく。それは今の表情を見られまいとするものであり、アクティウムの洞窟での横柄な態度とはまるで違っている。
「荒らされたと言っても、ここから盗まれたのは一つだけ。まるで、その為だけにここを襲ったみたいだ」
「それで、その盗まれた物は何なの?」
 腕組みをしながらクリアの説明を引き継いだのは、ブイゼルのブレット。クリア程露骨ではないが、その表情には焦りの色が窺える。シオンが向かい合うようにして立っても、視線を合わせようとはしない。
「ああ。お前達にも関わりがあるんだろうが、ちょっと前にリーブフタウンで盗んだ図鑑のジラーチのページだよ」
 ブレットの口から出た重要な語句に、一同は表情を強張らせる。自分達が今まで探してきた物が、巡り巡ってここまでの出来事を引き起こしている――その事実に驚きを隠せないからである。
「さっき財物庫を確認したけど、盗まれたのは本当にそれだけだった。しかも、他のトリトンの皆はずっと意識を取り戻さないんだ。ちゃんと息はしているのに、死んだように眠っていて」
 クリアの言葉で空気はさらに重々しいものとなり、誰もが口を閉ざして黙り込んでしまう。予測不能の事態に戸惑っているのと、僅かながらクリア達に同情しているのがあったのがその理由であった。
「あの、何で図鑑のページを盗んだんですか?」
 突如としてこの険悪な空気を破ったのは、表情を曇らせているアルムだった。さすがに警戒はしていないものの、どこか自分が切り出した事に躊躇いを見せているようでもある。
「それは、盗み返して欲しいと依頼があったからだよ」
「ちょっと待て。あの図鑑は図書館の所有物のはずだろ?」
 あまりにも簡単に答えるクリアに、ヴァローはさらに一歩前に出て異論を唱えた。その意見には他の全員も賛成らしく、後ろで一様に頷いている。
「僕だって知らないさ。その盗み返して欲しいものが本当にその依頼主の物なのかは、全部巫女様に見てもらっているからね」
「巫女様?」
 聞き覚えのある語句が出て来て、アルムは口をぽかんと開けた状態で復唱した。続いてそのまま首を小さく傾げ、何かを思い返すように視線を上に向ける。
「確かラデューシティにて、パントさんの絵の説明をしている最中に、ペインさんが『とある巫女さんのお力のおかげ』とおっしゃっていましたね」
 アルムが思い出そうとしているのに気づいたのか、レイルが横から顔を出して記憶力を遺憾無く発揮する。それを聞いてアルムも思い出し、嬉しそうに繰り返し頷く。同時に、もう一つ大事な記憶が呼び覚まされた。パントは探し物を見つける絵を描く――と。
「ねえ、ヴァロー。もしその巫女様が、ペインさんが言っていたのと同一のポケモンだったら、一回会ってみた方が良いかな?」
「ああ、同感だ。どうしてこうなったのか事情を知りたいし、仮に聞けなかったとしても、今度はその巫女に探してもらえば良いからな。あくまでペインさんが言っていた巫女なら、だけど」
 とりあえずクリア達には聞こえないように耳元で話す為か、背の低いアルムが精一杯背伸びをしようとする。それでヴァローも目的に気づき、アルムの為に屈み込んで提案を聞くと、そのままの体勢で今度はアルムに耳打ちした。
「ねー、何をひそひそ話してるの?」
「わわっ! な、何でも無いよっ」
 二人の間に割り込むようにしていきなり現れた興味津々な様子のティルに、アルムは思わず狼狽(うろた)えながら飛び退いてしまった。その反応に、今度は怪しむような目でティルはじっと見つめてくるが、とりあえず取り繕った上で、気にしないようにしてクリア達の方に向き直る。
「えっと、もし良ければ、その巫女様のところに案内してもらえませんか?」
「そんな義理は僕達には無いけど?」
「あっ、それは」
 真剣な眼差しを向けながら思い切って切り出した申し入れを即座に断られ、アルムは口ごもってしまう。一方のクリアの方はと言うと、一瞥してすぐに視線を逸らすと、アルム達の視界から逃げるように部屋の中を歩き出す。
「義理なんか無くても、お前達だって気になるのは一緒だろ。少なくとも、お互いにとって真実を知るのは、マイナスじゃないはずだ。もしかしたら、それで仲間を何とか出来るかもしれない。違うか?」
 少し威圧的ながらも、アルムと同じような真っすぐな目で見られ、クリアとブレットもたじろぐ。それは、ヴァローの説き伏せるような言葉が強く響いたからであった。決して威嚇しているのではない、自分達の事も思ってくれているような誠実な態度が。
「少し考える時間をくれないか」
 ややあった後で、ブレットが俯き加減で小声で告げた。それに対してアルム達が承諾の意を示すように頷くと、クリアと一緒にとぼとぼとこの場を離れていく。
「やっぱり、駄目なのかな?」
「いえ、そんな事は無いと思う。たぶん彼らも、突然の出来事に戸惑ってるのよ。ただ、そこまで表に出して無いだけみたいね」
 すぐに黙り込んでしまった事に反省しつつ、アルムは二人の背中を心配そうに目で追っていく。そんな彼を気遣うように、シオンはアルムの体毛を優しく撫でて梳(と)かしている。それで気が紛れて落ち着いたのか、アルムは固まっていた少し表情を綻ばせてその場に座り込む。
「まあ、後はあいつら次第だから、俺達は静かに待っていよう」
 とりあえずは事態が好転し始めた事を信じ、アルム達は口を閉ざして何も喋らずに結果を待つ事にする。ある者は落ち着かない様子で動き回り、またある者は精神統一するかのように目を閉じ。二人がどう出るのかをずっと心配しながら、それぞれが時間を過ごす。







「ねーねー、いつまで待っていれば良いのかな?」
 ひたすら待ち続けていくらか時間が経った頃、ティルが手持ち無沙汰といった様子で辺りをうろつき始める。沈黙の空間に耐えられなかったようである。
「えっと、もうちょっとだけ待ってくれない?」
「えーっ。もうつまんないよー。ねぇアルム、一緒に遊んでよ!」
「わっ、ちょっと――」
 この張り詰めた空気などお構いなしとばかりに、今度はアルムにじゃれるかのように飛び掛かる。楽しい雰囲気が好きなティルにとっては、ある意味至極当然の行動かもしれない。寧ろここまで我慢したのが不思議なくらいである。
「もう、今はそんな場合じゃないんだから、離れてよっ」
 とりあえずティルを離れさせる為に、アルムは自らの雫のような形をしたふさふさの尻尾でくすぐってみる。密着していて身動きしづらい体勢のままで、一番効きそうな場所である腹部を狙って。
「くくっ、あははっ! くすぐったいよ!」
 先っぽを近づけてはすぐに離すという絶妙なくすぐりに堪えきれなくなったのか、ティルは直ぐさま抱き着いていた手を離した。離れた直後も、くすぐられた部分を押さえながら、顔中に笑みを湛えている。
「もぉっ、お返しだー!」
 離れたのもほんの一瞬。すぐにアルムに再接近すると、今度は上から乗っかって身動きを封じた。
「なっ、何をするの!?」
「だから、お返しだよ!」
 先程とは別の笑みを浮かべると、ティルは両手でアルムの腹部をくすぐり出した。逃げられないように、羽衣を足にしっかりと巻き付けている。
「あ、止めてっ。きゃははっ!」
 先程とは発声主こそ違うが、同じく明るく生き生きとした声が部屋中に反響する。そうして、アルムの口から次から次へと吹き出る声の泡は忙しなく壁に当たって弾け、空気を暖かい色に染めていく。
「ははっ。やったなぁ! こっちだって!」
「ボクだって負けないよー!」
 交代になって繰り返される、くすぐりとそこからの脱出。次から次へと楽しそうな声が飛び交い、じゃれ合いも一層活発になる。その様子を眺めるヴァローとシオンも、いつの間にか口元を綻ばせていた。二人の微笑ましいやり取りを皮切りに、緊張の糸が完全に切れたらしく、ここが義賊のアジトである事などすっかり忘れている。
「お前ら、一体何をやってるんだ?」
 突如として和んだ空気を破り、一同を現実に引き戻すのは、この場にいる者とは別の声だった。声のした方に振り向くと、暗い通路の奥から徐々に近づいてくるクリアとブレットの姿があった。
「それで、どうなんだ」
「ああ。その場所まで案内するよ」
 その表情に陰りは見受けられない。虚ろな目などではなく、寧ろしっかりと目線をアルム達の方に向けていた。目の奥には強い光を宿しているようにも見える。
「本当に信用していいのね? もし嘘だって分かったら――」
「僕達は義賊だ。騙すのが仕事じゃない。そりゃ、信用してくれって言うのに無理はあるかもしれないが、僕達だって真実を知りたいしね」
 念の為に疑ってかかるシオンを遮ってでも、クリアは自らの信念を告げる。こちらにも、もう躊躇っている様子は無い。
「ううん、信じますっ。だって、クリアさん達は悪そうなポケモンには見えませんもん」
 疑う素振りなどこれっぽっちも見せず、アルムは澄んだ優しい声を発する。決して取り繕ったのではない――心からの正直な言葉に、真っ直ぐアルムを見つめていたクリアもやや視線を逸らして泳がせていた。
「でも、信じるのは今だけですけど」
 さりげなく付け加えた本音に、ヴァローだけでなくクリアやブレットまでも苦笑を浮かべる。一人ティルだけが、「ねー」と訳も分からず同意していた。この複雑な状況に軽く咳ばらいをして、ブレットが口を開く。
「ま、好きにしな。とりあえずだ。巫女様がいるのは【月影の孤島】という場所なんだが、ここに行くには船を使う必要がある。そして、そこまでの航海には時間を要するんだ。今から行くとなると、もしかしたら夜まで掛かるかもしれない。それでも行くか?」
「俺は早めの方が良いと思うから、是非とも今から行きたい。シオンはどうだ?」
「私もあなたに賛成よ。後はアルム次第ね。ティルはあなたに従うでしょうから」
 ヴァローとシオンが順に決断を下していく中で、アルムは決めかねていた。さっきまでは早く行く方が良いとも思っていたが、それが自分にとっては好ましくない事をも齎(もたら)すのだと気づいたからである。
「どうしたんだ? どっちかはっきりしろよ」
「うーん。じゃあ、今すぐにでも行きたいです」
「よし、決まりだな。準備をするから、しばらく待っててくれ」
 決め(あぐ)ねているのに苛立ちを感じて片足で地団駄をしているブレットの様子を見て、曖昧ながらにアルムも決断する。それを受けてブレットもようやく落ち着き、クリアを残して颯爽とその場を後にする。
「あの、クリアさん?」
 和むわけにも行かない、かと言って張り詰めさせるわけにも行かない空気が漂う中で、アルムがクリアに歩み寄る。警戒の為ではないが、下手に刺激したりしないように一歩ずつ慎重に。
「何?」
「そのステノポロスの所有物である箱は、この後どうするんですか?」
 実はこの空間に入って辺りを見渡した際に、アルムは一つの見覚えのある透明な箱を見つけていた。前足でその箱を指し示しながら、クリアの方へと視線を注ぐ。
「もう僕達には必要ない。それを持って来るように言ってたリーダーがやられちゃったからね。だから、王女様に返すよ。ほら」
「ええっ、うん」
 平然と言うと、クリアは足で押して箱をシオンの元に寄せる。突然返してくれるとの事に戸惑いつつも、シオンは両手で拾い上げて受け取った。そのやり取りを見て、アルムは瞬時に表情に暗い色を落とす。
「あら、どうしたの? とりあえず箱を取り戻せたんだから、そんなに暗い顔をしなくても」
「別に、暗い顔なんかしてないよ。それより、箱が無事に戻ってきて良かったねっ」
 先程と同じように、アルムは暗い表情を払拭するかのように口角を上げて微笑んで見せる。しかし、本心を隠すような仕種が垣間見えた為、シオンは相変わらず怪訝そうな表情を崩さないままであった。
「アルム、私に隠し事をしたって無意味な事は分かってるわよね?」
 ややきつい口調ではあるものの、その中には優しさが込められていた。丸い両耳を小さく動かしてそれとなく仄めかしつつ、シオンはアルムに寄り添おうとする。
「おい、出航の準備が出来たぞ。行くならそろそろだけど、心の準備は良いか?」
「え、はい、大丈夫です」
 ばつが悪くなっていたところに、アルムにとっては頃合い良く入ってきたのはブレットだった。半ばシオンを避けるように視線を逸らすと、アルムはブレットの方に近寄っていく。一方のシオンは、はぐらかされた事を不服そうにしながらも、それ以上は追及しないようにして同じくブレットの方に向かう。
「全く、ブレットもせっかちだな。とりあえず僕も付いていくから、さっさと行こうか」
 建物の外へと続く通路を歩き始めた三人に続き、クリアを足を進めていく。その直後、早く付いてくるよう指示するかのように、顔だけを一瞬ヴァロー達の方に向ける。
「随分と無愛想な奴らな事で。俺達は氷タイプの奴とはつくづく相性が悪いのかもな」
「炎タイプのガーディであるあなたから見たら、寧ろ相性は良いと思いますけど」
「そうだよそうだよ! ヴァローは氷に強いんだもんね!」
 クリアの言動に対する呟きに対してやや的外れな反応を見せたレイルとティル。そんな二人に普通ならばつっこみ混じりの訂正を入れたいところではあるが、あいにくヴァローはそんな気分ではなかった。大きな溜め息を一つ吐いて、二人の背中を押すようにしてアルム達の背中を追いかけるのであった。


コメット ( 2012/09/21(金) 14:54 )