第三十一話 氷を操る訪問者〜謎の箱を巡る戦い〜
水色の体毛をしたグレイシアの姿と高貴な台座の上にある箱。この二つからパントが描いた絵が瞬時に浮かんだアルムは、背筋が凍り付いて瞬間的に思考が止まってしまっていた。足を動かそうとしても、体が緊張に支配されて上手く動かせずにいた。
「あれって、もしかして、クインさんの図書館にあった図鑑の一部を盗んだ――」
「ああ、パントさんの絵が正しければな」
隣にいるヴァローはと言うと、屈み込んで威嚇の姿勢を取っていた。アルムとは態度こそ違えど、同じく見知らぬ遭遇者を警戒している。その凛とした瞳は、怪しい侵入者を射抜いていた。
「あなたは誰なの? 何故これを?」
三人の中で最初に相手に向かって話し掛けたのは、この地に最も関係ある者――マリルのシオンだった。表情は強張っており、声にも緊張感が窺える。しかし、絶対に渡すまいと、“王家の証”を強く握り締めていた。
「これはこれは王女様。お初にお目にかかります。僕はクリアと申します。以後お見知りおきを」
至って丁寧な物腰で深々と頭を下げるグレイシアのクリア。その様子からは敵意の欠片が一切感じられず、数秒の後に頭を上げた際も微笑みかけてきた。だが、その笑みは逆に全員の背筋を凍らせる程に不気味な薄ら笑いであった。
「しかし、お言葉ですが、僕が望むのはそちらの箱の方です」
一呼吸を置いて、クリアの表情は一転して真剣なものに変わった。ゆっくりと上げた前足で指し示すのは、台座の上に置かれている謎の箱だった。これにはアルム達も唖然としていた。
「という訳で、ブレット。後は任せたよ」
「はいはい。ご紹介は終わりか。これでようやくオレの出番が来たって訳ね」
気を張っていた中で聞こえてきた、クリアとは違う声を聞いて、アルム達も一斉に身構えた。固唾を呑んで待ち構える中、三人の間を何かが疾風の如く通り抜けていった。その一瞬の出来事の後には、地面に細い水の線が残っているだけであった。
「えっ?」
呆気に取られたような声を漏らしながら後ろを振り向くと、さっきまでいなかったはずのポケモンの姿があった。首には黄色い浮袋、両腕には半円状の青い鰭があり、尻尾が二股に分かれているブイゼルという種族である。そのブレットと呼ばれたブイゼルは、悠々とした表情で箱に手を掛けていた。
「さ、させないっ!」
いち早く反応したシオンは、息を大きく吸い込んでから口を窄(すぼ)め、のけ反りながら勢いのある水流を吹き出した。迷う事なく放たれたスピードの速い水流――“みずでっぽう”は、ブレットに向かって一直線に飛んでいく。
「へー、王女様にしては中々強気じゃんか」
随分と軽い発言をすると、ブレットは箱を取って掴んだ状態で、僅かに身を翻して易々と水流をかわした。片手で箱を持ち上げて、さらに余裕の態度を見せた。この辺りからも、反応速度も運動神経も良いようである。
「さあ、目的の物は手に入れたんだ。さっさと――」
クリアから言葉がそれ以上告げられる事は無かった。アルム達など眼中に無いかのように背を向ける途中で、赤々と燃え盛る炎が伸びてきたからである。対するクリアは、一瞬でそれを察知して、ぎりぎりのところでジャンプして避けた。鋭い眼光を向けた先にいたのはもちろん、ヴァローである。
「へぇ、あくまでも邪魔するつもりなんだ」
攻撃の矛先を向けられた事に苛立ちを感じているのか、クリアは口元を綻ばせているヴァローを睨みつけた。体の方にも変化が現れ始め、全身の毛を凍らせて逆立てていき、先程までの穏やかな雰囲気とはまるで一変した。それと同時に、空気が徐々に冷気を帯び始め、冬が訪れたかと錯覚してしまう程に身震いするまでの寒さになった。
「これ、さっき階段を降りる前に感じたのと同じ寒さだ」
アルムが身に覚えのある嫌な感覚を再度感じている最中、クリアの体の周りに細かな氷の結晶が浮遊し始めた。クリアの目の動きに連動してゆらゆらと動いており、完全に制御下にあるのは火を見るよりも明らかだった。
「来るぞ、気をつけろ!」
注意を促すようにヴァローが叫ぶのと同時に、クリアがその体を震わせると、どこから突風が吹き始める。その風の中には、目に見えるまでに大きくなった美しい氷の結晶が入り混じっていた。
「アルム、シオン、下がれっ!」
さらに一歩前に踏み出し、ヴァローは足に力を込めて大口を開けた。そこから鞭のように
撓る赤い炎柱――“かえんほうしゃ”を繰り出し、冷気の篭った風に真正面からぶつけた。炎は易々と氷の結晶群を突き破り、クリアへと迫っていく。
「こんな小技を破ったくらいで、いい気にならないでよ?」
威力とスピードは若干落ちているものの、それでもまだ勢いのある火炎を、クリアは冷静に見切って跳躍して逃れた。そのまま体勢を崩す事なく、今度は空中から先程の青白い光線を口から放った。
「こっちこそ、当たるかっ!」
“かえんほうしゃ”よりも速度の速い光線を、ヴァローは前方に跳ぶ事によって回避に成功した。安心するのも早々に、その身に真っ赤な炎の衣を纏うと、素早く回転しながらクリアに向かって突進していく。
「そんな直線的な“かえんぐるま”が当たるわけ――」
余裕を持って跳び上がるクリアだったが、一瞬にして顔から余裕の色は消えた。足元を通り抜けていくはずのヴァローが、予想に反して跳び上がり、追いついてきたからである。空中ではかわす術もなく、クリアは直撃を喰らう形となった。弱点のタイプである為に、小さく呻き声を上げながらも、何とか無事に着地を決めた。
「なるほど、さすがに盾突くだけあるって訳だ。これで楽しくなりそうだね」
クリアは微笑を浮かべると、全身の毛をさらに逆立てて、臨戦体勢に入った。一方で、空気がより一層冷たくなったのを感じつつ、ヴァローは気持ちの高ぶりを覚えながら駆け出した。
◇
「さあて、オレはこっち二人の相手って事だな?」
ヴァローとクリアが戦っているのを尻目に、アルムとシオンはブレットと対峙していた。二人とも戦闘の開始に備えて身構えてはいるが、アルムはどこか及び腰にも見え、構えもぎこちないものにしかなっていなかった。
「ぼ、僕が相手になるよ!」
恐怖が上回っていた状態でも、威勢だけは張ろうと一歩近づいて宣言してみせるが、声は突然の出来事に対する恐怖で震えていた。戦いが避けられないのであれば、シオンを戦わせたくない――その思いで、何とか一歩を踏み出したのだが、体の方は正直だった。
「いいえ、アルムは下がってて。ここは私が相手をするから」
アルムよりさらに前に出たシオンは、手を伸ばして落ち着いた声で制止した。しっかりと視線を敵へと向けており、意気込みも充分のようである。だが、その頼もしい程の後ろ姿が、アルムにとっては心を惑わせるものとなっていた。
「任せてってそんな。だって、シオンは――」
「心配しなくても大丈夫よ。王女だって、ただ城で国を治める為の勉強をしてるだけじゃないもの。それに、アルムの方こそ、戦うのが怖いんなら、無理しなくてもいいのよ」
心を見透かすような優しい微笑みを見せられ、アルムは思わず口を噤んでしまった。恐怖を乗り越えて、もう一歩先に踏み出したい――その気持ちこそあったものの、足を前に出す勇気が持てなかった。
「それじゃ、少し下がっててね」
勇んでブレットに近づいていくシオンを見て、今度は悔しそうに口元を噛み締めた。それは、勇気を振り絞りたいと思う自分がいる中で、言葉に甘えてしまう自分が見えて情けなく感じていたからである。そうして胸に葛藤を抱えているアルムを背に、シオンは鋭い目つきでブレットと向かい合った。
「さあ、私達も始めましょうか」
「はーっ。王女様が相手なら、オレも丁重にもてなさないとな」
ブレットは巻き添えを喰らうのを避けようと箱を元の位置に戻しつつ、ニヤニヤと意地悪そうな笑みを見せていた。そんな彼に反感を覚えたのか、シオンはむっとした面持ちになりながら小さな口から先制の水流を放っ。
「だから、当たらねぇって――」
余裕を持って身を翻して水を避けるブレットの眼前に、いつの間にかシオンが迫っていた。両手で尻尾の細い部分を掴んでおり、その球のような先は透明な水で包まれている。
「これならどうかしら?」
射程距離に入ったと判断し、シオンは腕力で力強く振り回した。纏った水は尻尾から離れる事なく密着して付いていっており、ブレットの体を狙い打たんとしている。
「おおっと。随分とやんちゃな王女様だな」
確実に捉えたかに見えた一撃だが、ぎりぎりのところで後ろに身を引いてかわされた。攻撃を空振った事で着地の姿勢が不安定になると踏んでブレットは、澄ました顔でゆっくり振り返ろうとした。しかし、予想は大きく外れており、当のシオンは難無く着地を決めた。
「――こっちが本命よ」
一瞬綻んだ表情を見せると、もう一度口を窄めて攻撃の体勢に入った。しかし、そこから放たれたのは“みずてっぽう”ではなく、大量の光り輝く泡――“バブルこうせん”だった。近距離で放たれ、しかも一直線ではなく放射状に広がる無数の泡をかわしきる事は難しく、体に当たって弾ける度にブレットは顔を顰めながら後ろに飛ばされていった。
「はっ、ただのおとなしい王女ではないようだな」
腹部を押さえながらも、ブレットは高揚してきたようで、その気持ちを表情に滲ませていた。出方を窺うシオンも、ここからが本気なのだという事を直感的に感じ、表情を険しくする。互いに見つめ合って膠着状態が続く中で、先に動き出したのはブレットだった。片足を半歩前に出して構えるような姿勢を取ると、続いて尻尾を大きく振って二日月の形の衝撃波を生み出した。
「こんな“ソニックブーム”くらい!」
素早い攻撃に焦りを見せるものの、それはほんの一瞬だった。すぐさま迎撃すべく、水を纏った尻尾――“アクアテール”を発動し、思い切り振り回してで弾き返した。弾いた際の反動で強制的に後ろに下がらされるも、大してダメージは受けてなかった。そのまま衝撃を堪え、再度ブレットを視界に捉えようとするが、視線の先にその姿は無かった。
「君が使ったのと、同じ手だぜ?」
「えっ」
不意に背後から聞こえてきた声にシオンは身構えるものの、完全には間に合わなかった。振り向く動作の最中に水流に押し流され、気がつけば壁際まで追いやられていた。
「ま、まさか逆にフェイントをやり返されるなんて」
同じタイプの技という事で、効果は薄いものではあるが、一撃を受けた事でシオンは動揺していた。三段階目でようやく攻撃を当てた自分に対し、相手は一段階少なく熟したからである。
「どうした? もう降参するかい?」
「誰も降参するなんて言ってないわ」
シオンは挑発的な申し出を跳ね退け、体に付いた水滴を振り払った。続いてすっくと立ち上がると、小さく深呼吸をして冷静さを取り戻し、ブレットの足元を見澄ました。その両足はいつの間にか水で包まれており、そこから次の行動が容易に読み取れた。
「おいおい、仮にも王女なら、素直に降参した方が良いと思うぜ?」
つまらなそうに言葉を吐き出す同時に、ブレットの姿が目の前から消えた。それを見て次にシオンが取った行動はと言うと、体をなるべく小さくして“まるくなる”事だった。迫る攻撃をかわすという選択肢は、この時点で切り捨てていた。
「さあ、喰らいな!」
声が聞こえた直後に、右側から衝撃を受けて突き飛ばされた。体は大きく放物線を描くようにして飛んで地面に叩き付けられるも、先刻程の痛手は受けなかった。守りを固める作戦は功を奏したらしい。
「あなた、一呼吸を置いてから攻撃しようとするから、次の行動が読みやすいわよ?」
追い詰められていた戦況から一転して、今度はシオンが挑発するように語りかけた。最初は動揺こそしたものの、一回攻撃を受けた事で、落ち着いて戦う為の切り替えが出来たからであった。
「な、何をっ! 黙ってれば調子に乗りやがって!」
ブレットの方はその逆で、手玉に取られたようなシオンの言葉に、すっかり苛立っていた。今のブレットに、冷静さは失われている。尤も、元からそれ程冷静さがあった訳でもないのも事実ではあった上で、さらに欠く事となっていた。
「これならどうだっ!」
気合いで押そうとする声の調子にも、明らかに変化が現れていた。微妙な震えなど本人は気づいていないようで、ブレットは動揺を払拭するかのように尻尾を大きく振り回した。それによって描かれた光の軌跡から飛び出してきたのは、“ソニックブーム”ではなく、数多の檸檬色の星型の光線だった。
「がむしゃらな攻撃をしても当たらないのにね」
くすりと小さく笑うと、シオンは大きく息を吸い込んで、勢いをつけて大量の泡を放った。一つ一つの泡はシオンを守る壁のように浮遊し、星型の光線――“スピードスター”とぶつかって、弾けながら攻撃を相殺していった。
「くっ。これなら、これなら!」
容易く攻撃をあしらわれてしまったブレットの焦り様は、シオンにもはっきりと見て取れた。再び足元に水を湛え、駆け出す準備をした。指摘通りの、一呼吸置いたわかりやすい攻撃の準備である。対して迎え撃とうとするシオンは、ブレットの様子をさらに凝視し始めた。
その後、宣告通りにブレットが攻撃に移った。全身に水を纏うと、ブレットは左足に力を込めて走り出した。足に纏った水を勢いよく噴出する事によって、推進力を得て素早く突撃する――“アクアジェット”。これで三度目となる技だが、先程までのように行けば上手く決まる――“はずだった”。
右側に回り込んだ時には、既にシオンはブレットの方をしっかりと見据えており、次の瞬間には水に包まれた尻尾がブレットの腹部に直撃していたのである。
「ぐはっ……!」
重い衝撃に踏ん張る事も出来ず、ブレットの体は宙を舞って壁に叩き付けられた。攻撃を受けた部分を押さえながら立ち上がろうと試みるも、その前にシオンが立ち塞がり、とうとう抵抗するのを止めた。
「あなたって、頭に血が上ると、同じ攻撃パターンになってしまうのね。“アクアジェット”の軌道もスピードも全く一緒だったわ。さあ、アルム。聞きたい事があるんでしょ?」
さらりと対処した理由を述べると、今度は笑顔を見せながらアルムの方を振り向いた。突然指名された事に驚きつつも、アルムは“例の絵”の事を思い出して恐る恐る近づいた。
「あ、あの、もしかして、あなたがリーブフタウンの図書館にある図鑑の一ページを盗んだんですか?」
「はっ、知らねぇよ。そもそも、オレ達が何で盗まなきゃならないんだ?」
「えっ、それは……」
必死に声を振り絞って聞いたのに、簡単に否定され、アルムは言葉に詰まってしまった。仮にパントの絵が間違っていたなら、とんでもなく失礼な事を言っていると思ったからである。そんなまごまごし始めたアルムを見兼ねたのか、シオンが一歩詰め寄った。
「何でも何も、この財物庫に忍び込んでステノポロスの所有物を盗もうとしたあなたが、偉そうに言える立場かしら?」
「だから、元はあの箱はオレ達の所有物なんだっつーの。それに、誰も図鑑のジラーチのページなんか興味ねぇよ!」
不当な問い詰めだとばかりに、ブレットは声を荒げて立ち上がった。一瞬痛みに顔を歪めるが、それでもさっきまでのダメージはさほど残っていないように見受けられる。
「あっ、違ったんだ。それは――」
「アルム、待って」
ステノポロスの財物庫から盗もうとした事はさておき、少なくともあらぬ疑いを掛けてしまった事を謝ろうとアルムが頭を下げようとした時だった。シオンが片手を横に突き出し、アルムの謝罪を阻止した。
「シオン、どうしたの?」
「気づかなかった? アルムは“図鑑の一ページ”ってしか言ってないのに、このブイゼルは“図鑑のジラーチのページ”ってはっきり断定して言ったわよね?」
「あっ!」
“はい”か“いいえ”の返答しか考えてなかったアルムには、そこまで頭が回っていなかった。シオンに改めて教えてもらってようやく気づき、一瞬ぽかんとして呆けたような顔になっていた。一方で、ブレットもそこでやっと自分の失態に気づき、焦りの色を強くしていた。
「さて、泥棒イタチさん、おとなしく捕まってもらおうかしら?」
体格差などひっくり返すように威圧感を放ち、シオンはじりじりと近づいていた。一応笑顔ではあるが、その裏に潜む怖い色は、アルムにもブレットにもひしひしと伝わっていた。そんなシオンに気押されているのか、ブレットも後退りするものの、すぐに背中が壁にぶつかって立ち止まった。
「お、オレ達は泥棒なんかじゃ――」
「――シオン! 横に跳べっ!」
うろたえるようなブレットの言葉の次に聞こえてきたのは、背後からのヴァローの張り裂けんばかりの叫び声だった。咄嗟の事ではあったが、シオンは反射的に指示通り横に跳んだ。そのコンマ数秒後、シオンが立っていた場所に光線が直撃し、一瞬にして凍りついた。
「ブレット、何やってるんだい? 遊びはここまでにして、とっとと帰るよ」
アルムとシオンが同時に振り返ると、クリアの前に張られた瑠璃色の壁がヴァローの火炎攻撃を弾き返しているのが目に入った。善戦こそしているものの、取り押さえるまでには至っていないようだった。
「はいはい。こっちは遊んでた訳じゃないんだけどな。相変わらず手厳しい事で」
二人ともに敵から目を離したのは失敗だった。ブレットの声が聞こえた時に思ったものの、それは時既に遅し。慌てて振り向いた時には、ブレットの姿は忽然と消えていた。
「今度こそ帰ろうか。頼まれた物は回収したから、ここでの用は済んだしね」
もう一度クリアの方に向き直ると、その隣には箱を脇に抱えているブレットが立っていた。してやったりと言わんばかりにニヤついており、舌を軽く出して挑発まがいの行為にまで及んでいた。
「くっ、逃がすか!」
アルム達より幾分かは近い位置にいるヴァローは、体を小さく丸めながら炎を纏い、回転を加えて体当たりをしようと試みた。
「もう、戦う必要は無いよ」
目の端でヴァローの姿を捉えていたクリアの表情が、言葉を発したのを機に急に綻んだ。その変化に異変を感じたヴァローは“かえんぐるま”による攻撃を中断し、すぐさまアルム達の元に駆け寄っていった。
ヴァローが二人の前まで辿り着くのとクリアが行動を起こすのは、ほぼ同時だった。クリアが全身を震わせると、その背後から強風が吹き始めた。しかし、今度は小さい氷の結晶ではなく、大量の白い雪を含んでおり、先程の“こごえるかぜ”とは桁違いの凍てつく冷気が空間を覆い尽くしていった。
吹きすさぶ“ふぶき”にあっという間に辺りが白く染められる中で、アルム達は何とか堪えていた。寒さから身を守るべく炎の鎧を纏ったヴァローが、二人を庇うようにして立っていたからである。
「くっ、前が見えない」
強固な鎧は破られはしないものの、視界は完全に雪で覆われて見えない状態。どれだけ火力を上げようとも、吹き付ける雪は止むところを知らず、ただ攻撃が終わるのを待つしか無かった。
そして、財物庫全体が白一色に塗り潰されてしまった頃、徐々に雪の量も減っていき、“ふぶき”の勢力が弱まり始めた。しかし、視界がようやく開けてきて安心したのも束の間、既に二人の姿は消えていたという現実が待ち受けていたのだった――。