エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第五章 水の王国と一人の少女〜変わった出会いと階級の差と〜
第二十九話 国王との謁見〜違う世界の邸宅の中へ〜
 アルム達がシオンに連れられるがままに訪れる事になったのは、この町のシンボルと言っても過言ではない居城だった。建物としては、アルム達が見てきた中でも最大級である。荘厳さと優美さを兼ね備えている城壁や装飾の数々も、見ていて圧巻な光景であった。
「あっ、シオン王女! どこへ行ってらっしゃったのですか!? 国王が心配してらっしゃいましたよ!」
「うん、まあ、ちょっとね」
 アルム達の身長よりも遥かに高い扉の前には、額には赤い宝石のようなもの、手足には水掻きがある、水色の体色をしている門番らしきポケモン――ゴルダックが立っていた。城に近づいてくるアルム達に視線を向けた際に、シオンの姿を見つけて驚嘆の声を上げた。そんな状況でもしっかりと敬礼をしており、忠誠心が見受けられる。一方のシオンはと言うと、些かその堅苦しさにうんざりしているようにも見えた。
「ともあれ、お帰りなさいませ。ところで、そちらの方々はシオン様のお客ですかな?」
 深々と下げていた頭を上げてアルム達の方を一瞥すると、ゴルダックは手の平を上に向けた状態――あくまでも失礼の無い形で、見慣れぬ訪問者を指した。アルムは一瞬、何か問題があるのかと心配になるが、シオンが耳打ちで説明をしてくれた事でゴルダックも承知したらしく、ほっと胸を撫で下ろす。その耳打ちしている時のシオンの表情は、傍から見ても満面の笑みが零れており、どこか誇らしげにも見えた。
「失礼しました。新しい朋友とは知らずに。では、只今門を開けますので、少々お待ち下さい」
 今のやり取りでシオンがどのように説明したのか大体分かり、アルムも思わず嬉しくなって微笑んだ。恥ずかしさを紛らそうとゴルダックを視界に捉えると、同じように明るい色を浮かべているのが窺えた。その門番は多くの視線に気づいて表情を元に戻すと、アルム達に背を向け、両手を扉の方に突き出した。
 この城の事については何も知らない一行が見守る中で、突如軋むような音が前方から聞こえてきた。音の発生源の方に目を遣ると、門が青白い光を纏っており、徐々に左右に開いていくのが見えた。ゴルダックの顔を覗き込んでみると、額の赤い部分が強い光を放っているのが見え、超能力の類いを使っているのが理解出来た。
 そこから扉が開ききるまでにさして時間は掛からず、城内の全貌が見えた瞬間、アルム達は言葉を失った。外から見るよりも中はより広く、床には黄色い糸で縁取りされた深紅の絨毯が敷き詰められている。天井には美しく豪華なガラス製の照明具が数多く見られ、この城を支えている巨大な支柱には紋章の刺繍が入った旗が掛けられている。
「ここは単なる玄関みたいなものよ。さあ、こんな入り口で驚いてないで、上に行きましょうか」
 王女であるが故に慣れた様子のシオンは、中央に構えている二階へと続く階段へと誘導した。階段の手摺りはピカピカに磨かれている上、ここにも段差に合わせて絨毯が敷かれていた。その上を歩くのが緊張する反面、高揚も味わいつつ、アルムとヴァローは恐る恐る段を上っていた。その傍らでは、ティルは相変わらず忙しなく飛んではしゃぎ回っていた。今度ばかりは、アルムとヴァローが二人して胸が高鳴っており、ティルを制止する余裕も無いようであった。
 少しばかり長い階段を上った先では、せかせかと廊下を歩き回る大勢のポケモンの姿が目に入った。腕や足に紋章の入った布を巻いており、城に仕えているポケモンである事は一目瞭然である。
「この階には、お客様を接待する為の部屋や、王や王妃、私の個室があるの。脇にある階段を上ってもう一つ上に行けば、玉座とかちょっとした庭園なんかもあるわ。でも、それはまた後にして、とりあえずは私の部屋に行きましょう」
 足を止めて再び辺りを見回しながら、どうして良いか分からないでいるアルム達に、シオンは簡潔な説明だけしてさらに奥へと誘った。暖かい太陽の光も差し込む大きな窓がある、簡素な白黒の模様の廊下を通り、突き当たりにある一段と華麗な飾りの付いた部屋へと入っていった。
 部屋の中には水色を中心とする調度品が多く並べられており、風景画の綴れ織り(タペストリー)や工芸品が特に煌びやかである。興味津々な様子のアルム達は、隅に置かれている木製のベッドや窓の脇に付いているカーテンにすっかり見入っているようである。
「ここは私の部屋だから、気を遣わずにゆっくりくつろいでね」
 アルム達が部屋を眺め終わった頃を見計らって、シオンはどこからともなく飲み物を持って来て落ち着くように勧めた。アルム達も最初はそわそわしていたが、とりあえず言われるがままに絨毯の上に座り込み、渡された容器に入った飲み物を口にした。
「あっ。この水、美味しいねっ」
 容器に付けていた口をそっと離し、最初に感想を述べたのはアルムだった。その発した言葉の通り、シオンが渡してくれた飲み物はただの水であった。しかし、それは一点の濁りも無く透き通っており、飲んだ瞬間に心まで洗われて落ち着くような、そんな感じさえアルムは抱いていた。
「なるほど。この水は多くの無機塩類(ミネラル)を含有しているようですね」
「ええ、その通りよ。この国の湧水には多くの成分が含まれていて、体に良い水として有名なの。因みに、“ステノポロス”って名前も、どこかの言葉で水と関係のある名前みたいよ」
 水を凝視して分析をしているレイルに、シオンはさりげなく補足を加えた。何故見ただけで成分が分かったのかはともかく、少なくとも今のアルムには気になる事が二つ出来た。一つはシオンの持っている、大変美しい透明の水差し。そしてもう一つは、水と関係があるというステノポロスの事についてだった。
「あ、そうそう。この国は水晶細工でも有名なの。この水差しも一応、町で造られてる名産品なのよ。私もこれは気に入ってるの」
 どう聞いてみようか――そんな事を考えてる最中にシオンの説明を聞いて、アルムははっとした。気がつけば、その水差しをじっと見つめており、シオンがそれとなく悟ってくれたらしい。これには、アルムも堪らず苦笑を浮かべてごまかそうとする。
「あはは……ありがとう、シオン。ついでにもう一つ聞きたいんだけど、国王――シオンのお父さんも、水タイプのポケモンなの?」
 アルムがどうしても気になっていたもう一つの事――それは、シオンの父親にも当たる国王の事だった。さりげなくとまでは行かないものの、万が一を考えてなるべく直接的には聞かないように上手く流れに乗せて切り出せた事に、アルムは心の中でほっと安心していた。
「ええ、そうよ。せっかくだから、今から会いに行きましょうか。一応、帰った事も報告しなくちゃいけないし、ね」
 王女という身分でこの時期に小さな家出をしておきながら、その大事な報告をシオンは“一応”と片付けてしまった。その悠然とした態度に一種の憧れさえ抱きながら、アルムは後を追ってさらに上へと続く階段を駆け上がっていった。
 階段を上がった先は、高度ならでの爽やかな風が吹き抜ける、屋上のような造りになっていた。高い位置から町の景色が一望でき、眼下に広がる建物や店、大勢のポケモン達は、一目でその盛大さが見て取れる。
 そんな屋上の中央はちょっとした花園(ガーデン)となっており、色とりどりの花が咲き誇っていた。中央には小さな噴水も設置されていて、吹き抜ける風も相まって涼しさを演出している。言うなれば、窮屈な感じのする城における憩いの場のようであった。その噴水の近くには、大きな尻尾の上に乗った青い球体のようなポケモンの姿が見えた。
「あっ、おねーちゃん! やっと帰ってきたんだ!」
 地面に座り込んで花を眺めていたそのポケモンは、尻尾に乗って弾みながら一行の方に近づいてきた。アルム達が緊張から固まっている一方で、シオンはそのポケモンの頭を撫でると、横に並ぶようにしてアルム達の方に振り向いた。並んだ二人を見比べてみると、丸く大きい尻尾や耳の辺りが特に良く似ていた。
「紹介するわね。こっちは弟のラグナ。種族はルリリっていうのは分かるわよね? この子は王子だから、一応次期国王の可能性もあるのよ」
「はじめましてー。ラグナと申します。どうぞお見知りおきをー」
 シオンの下に駆け寄ってきた時とは異なり、ルリリのラグナはすらすらと丁寧な物腰でアルム達に声を掛けてきた。身分相応の振る舞いをするように教え込まれた成果が見事に現れていたが、言葉の端々にはまだ幼さを残していた。あどけない言動に、緊張を解しながらアルム達も一礼する。
「はい、挨拶はこれくらいにしましょ。私達はこれから国王に会いに行くから、ラグナはおとなしくしててね」
「お父様に、ね。分かったよ。気をつけて行ってらっしゃーい!」
 ラグナは快活そうに何度も体を弾ませると、アルム達が来た道を戻って城の中に入っていった。後ろ姿が見えなくなるまで見送ったところで、シオンは再び歩みを進めた。
 ガーデンを挟んで階段と対極の位置には、石造りの小さな塔のような建物が構えていた。その見た感じでは小さな家が建っているようでもあるが、左右にある物見やぐらでは宮仕えのポケモンが見張っており、城の一部である事は確かなようである。
「さあ、この先に国王が待ち構えているのよ。みんな、心の準備は良い?」
 急ぎ足で扉の前まで来たシオンは、取っ手に手を掛けた状態でアルム達の方に振り返った。緊張で強張っている顔が、今の言葉でさらに引き攣るが、それでも恐る恐る首を縦に振った。その了承の合図を受けて、シオンは大きくて重そうな扉をゆっくりと開いた。


 最初にアルム達の目に入ったのは、入り口から続く深紅の絨毯に、柱に掛けられた紋章の入った旗と言った感じで、下の階とほとんど同じ光景だった。しかし、明らかに今までと違い、四方の天井近くにステンドグラスが嵌め込まれているなど、通ってきた城の廊下とは差別化が施されていた。奥の方に目を遣ると、肘掛け装飾が多くてきらびやかな玉座が見えた。
 その目立つ席には、一人の威風堂々した空気を放つポケモンの姿があった。王冠のような三つ又の角があり、紺色の体色をしたペンギンのようである――その種族名はエンペルトである。
「ただいま帰りました、お父様。大変、ご迷惑をおかけしました」
 シオンはつかつかと歩を踏み出していき、エンペルトの前で立ち止まって軽く頭を下げた。一方で、一国の主が目前にいるこの状況では下手に動き出す訳にも行かず、アルム達は黙って佇んでいる。
「シオン。お前は、自分の立場を分かっていて城を出ていったのか! それも、この戴冠式という大事な時期に!」
 今まで微動だにしなかったエンペルトが突如として発した空気を震わせる程の怒声に、アルムは一瞬にして身が竦んだ。自分が怒られている訳でも無いのに、心臓が高鳴り始める。そんな中で視界の端でシオンを捉えると、今の怒鳴り声に怯む様子も無く、徐々に顔を上げていった。
「――とまあ、ここまでは“国王”としての言葉だ。それで、ここからは“父親”として聞くのだが、何か良い事があったようだな」
 先程まで怒りの感情が込められていた声が一転して、穏やかなトーンになった。あまりの変貌ぶりに腰を抜かしたアルム達は、言葉も発せずに呆然として立ち尽くす形になる。
「えっ、もう許してくれるのですか?」
「ああ。私も昔はこっそり家出をしては、先代の王に叱られてたものだからな。お前の気持ちも良く分かる。それに、もういつも通り、敬語じゃなくても良いぞ」
 今度はトーンだけでなく、表情までも綻んで優しく微笑みかけていた。エンペルトの纏う空気は、父親が娘を思いやる時の穏やかさと何ら変わりなかった。
「それで、だ。家出をしたと思ったら、嬉しそうな顔をして随分と早く帰ってきて、何か収穫があったのか?」
「ええ、私にとっては初めての――そして大事なものに出逢いました」
 後半にかけて強く、はっきりと聞こえるように答えを告げ、シオンは後ろを振り向いた。その視線の先には、きょとんとした様子のアルムの姿があった。まだ良く分かっていないアルムは、シオンが微笑みかけると、同じく微笑み返しをするだけであった。
「なるほど、彼が……。お前にとっては初めての存在のようだな。私にも紹介してくれないか?」
「ええ、もちろんよ。アルム! みんな! こっちに来て!」
 いきなり呼ばれた事に驚愕しながら、アルム達は一歩ずつ慎重に踏み出しながら近寄っていった。決して緊張した空気が漂っている訳ではないのだが、遠くから見ているだけでも恐れ多い国王に近づくというのが憚られたのである。いつも歩いているよりも倍以上の時間を掛けて、ようやく国王の御前に辿り着いたアルムは、深呼吸を繰り返した後で口を開いた。
「あ、あのっ。ぼ、僕は、アルムと言いますっ」
「ははっ、そんなに緊張しなくても良い。私は国王のセトだ。ほら、もっと落ち着いて」
「は、はいっ」
 緊張で口が思うように動かせず、アルムはしどろもどろになっていた。落ち着かせようと思ってセトが放った言葉も逆効果となり、恥ずかしそうに俯いてしまった。
「んっ、まあいいか。それでそちらの三人は?」
「ボクはティルって言うんだ! よろしくねー!」
 まず三人の中で、ティルが先陣を切るように言葉を発した。アルムとは正反対で、国王が相手だからと言って全く臆している様子は無かった。それどころか、玉座の周りを楽しそうに飛び回ってさえいる。
「俺はレインボービレッジ出身のヴァローと言います」
「私はレイルです。どうかお見知り置きを」
 残りの二人も、失礼の無いように丁寧に、そして緊張してる様子も無く、簡単に挨拶を済ませた。尤も、ヴァローは上手く繕って緊張していないかのように見せているだけであり、実際は心臓が早く鼓動していた。
「うむ、娘のシオンが世話になったようだな。改めて礼を言わせてもらおう」
「あっ、いえいえ! 僕の方こそ本当にお世話になりましたし、王様が頭を下げなくても……」
 角度も浅くて軽いとは言え、国王が頭を下げてくるのに対し、アルムはおどおどしながら深々と頭を下げた。少しは落ち着いてきたものの、やはりまだ声が上擦(うわず)っているようである。
「いや、礼を言うのに、国王も何も無いのだよ。私も、身分の違いというのはどうも苦手でな。この地位にいる私が言うべき事では無いかもしれないがな」
 セトの方はと言うと、腰掛けている玉座からゆっくりと立ち上がり、しゃがみ込んでアルムの頭をそっと撫でた。王と身分にしては親しげな行為に、アルムも目を丸くしながら改めて顔を凝視した。威厳こそ滲み出ているものの、その柔らかな表情は、親が子に向けて見せるそれと全く同じだった。
「とにかく、明日はちょっとした儀式があって慌ただしいが、今日はゆっくりしていってくれて構わないよ。シオン、空いている部屋に案内してあげなさい」
「はい。それじゃ、行きましょうか」
 セトの指示を受け、シオンはアルム達を手招きして誘い、玉座の間を後にした。振り返り様に目に映ったセトの表情には、シオン達の後ろ姿を見て和んでいるような印象を抱かせる微笑が湛えられていた。







 その後、アルム達はシオンの隣にある部屋に案内された。空き部屋と言う割に、中には豪華な家財が綺麗に並べられており、普通の部屋と比べると、客室としても十分過ぎる程である。
 慣れない環境にそわそわしながらも、各々が自由に時間を過ごす事にする。シオンも自分の部屋には戻らずに、アルム達と共に楽しんでいた。時々部屋に尋ねてくる城のポケモン達が、その光景を見て思わず笑みを零す程に。
「ねぇ、アルム。お願いがあるの」
 そんな中でシオンが突然暗い声色で切り出したのは、日も傾き始め、活気のある広い町にも徐々に夜の足音が忍び寄り始めた時の事だった。



コメット ( 2012/08/21(火) 23:19 )