エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第四章 芸術の都市と夫婦の悩み〜神秘的な力と不器用な愛と〜
第二十五話 襲撃者との激突〜素早さ対決の行方は〜
 何も無かったはずの空間から突如として発生して放たれ、空気を切り裂くように高い音を立てながら、斜め下に向かっていく素早い衝撃波。それは発射した者の狙い通りに進み続け、確実にシャトンとガートの体を引き裂かんとしている。
「よしよし、気づいてない。呆気ないものだな、くっくっ………」
 恍惚な表情をしているのが容易に想像出来る程の忍び笑いがドームの上で微かに響く中で、僅か数十センチのところまで衝撃波が近づいた時、横から飛来してきた、別の三日月型のエネルギー波に打ち消されてしまった。そのエネルギー波を放った主は、腕の刃を向けて牽制しているエルレイド――スパーダであった。
「二人とも、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。あんたのおかげでな」
 スパーダは急いで駆け寄って、二人の無事を確認した。ほっと安心したのも束の間、鋭い眼光をドームの上に向かって飛ばした。陽射しが逆光になってる位置にいたのは、六本の足があり、背中や尾には薄い羽根と鋭く尖った突起を持つ、蜻蛉(とんぼ)のようなポケモン――メガヤンマである。
「あのポケモンが攻撃をしてきたんですね。貴方達は早くここから逃げて下さい」
 スパーダはじっとメガヤンマを見据えたまま、顔を背ける事なくガート達に指示を出した。対するガートも何か言い返そうとするが、ふとスパーダの後ろ姿から強大な威圧感のような闘気を感じ、黙ってシャトンを連れ、その場を離れていく。
「はっ、馬鹿め。おめおめと目の前で獲物(ターゲット)を逃がすと思うか?」
 最初の目論見が頓挫しても、メガヤンマにとっては支障を来す程では無かった。再び臨戦体勢に入り、四枚の薄い羽根を広げながら体をやや折り曲げると、二人に向かってあの衝撃波を放とうと構えた。
「そうはさせませんよ」
 しかし、背後から静かに、重い声が耳に響くように聞こえてきて、メガヤンマは素早く離脱する。いつの間にか、“テレポート”で隙だらけの背面を取っていたのである。攻撃を中断したのを確認すると、スパーダは不意打ちをする事はなく、ドームの上から再び地上に飛び降りた。
「あくまで邪魔をするつもりか。ならば、貴様を倒して遂行させてもらおう」
 怪しくその複眼を光らせると、メガヤンマは体を真っ直ぐに伸ばし、瞬時に加速して突進していった。先の衝撃波に負けず劣らず速いスピードで繰り出される体当たり――それはまさしく“でんこうせっか”。スパーダはその速度に臆する事なく、淡い緑色のエネルギーの衣を纏った両腕をクロスさせ、肘の刀を突き出して防御の体勢に入った。
 直後、二つの技――“リーフブレード”と“でんこうせっか”がぶつかり合って走る衝撃の中、二人は押し合い続ける。やがて、スパーダが後ろに伸ばした支えの脚に力を込めて押し始め、最後にはメガヤンマの体を弾き飛ばした。
「ふん、余の初撃を受け止めるとは、大したものだな――っ!」
 まだまだ余裕といった様子のメガヤンマの眼前に突如、薄紫色の三日月型の刃が現れた。先程までの緑色から薄紫色に変わっている、肘の刀に纏っているエネルギー。それを収束して放たれたその刃は、ぎりぎりで回避行動を取ったメガヤンマの体を掠めて飛んでいった。
「無駄口を叩いてる暇がありますか?」
「ちっ、“サイコカッター”か。味な真似をしてくれる……」
 接近するのは得策ではないと感じたメガヤンマは、一旦上空へと飛び上がった。スパーダも追撃の為に連続で腕を振って刃を放つが、距離を取っている現状では、軽々とあしらわれてしまう。
「さあ、今度はただの羽ばたきが生む衝撃波ではないぞ。覚悟するがいい――」
 技が当たらないのに苦労しているスパーダを尻目に、メガヤンマは意気込みも強く羽根を広げると、さっきと同じように大きく羽ばたかせる。しかし、今回のは宣言の通りに質が違っていた。単なる空気を震わせて起こす衝撃波ではなく、スパーダの“サイコカッター”のように湾曲した空色のエネルギー弾が無数に巻き起こされ、標的に目掛けて次々と襲い掛かる。
 隙間を縫って避けるのは不可能な散発の攻撃を前にしても、スパーダは落ち着いた様子で相手の攻撃を見据えながら一度小さく息を吐き出し、肘の刀に再度サイコパワーを集中させた。そして、腕を前に突き出した状態で一歩踏み出し、素早い剣捌きで刃の群れを往(い)なしていく。腕の振りによってタイムロスが生まれて防げない分は、その腕を振った勢いを利用して身を翻しながら、ぎりぎりのところを掻い潜って躱(かわ)していった。その行為が行われ、全ての攻撃を防ぎ、躱しきるまでに要した時間は、三秒も掛からなかった。
「ぐぬぬ、“テレポート”で逃げれば良かったものを……」
 メガヤンマはその広範囲が見える眼を活かし、“テレポート”で出現した瞬間を狙って攻撃を喰らわせるつもりだった。彼にとって、スパーダの行動は予想外のようで、悔しそうに唸り声を上げた。
「あなたの“エアスラッシュ”も、なかなかの威力でしたよ。防ぐ時の衝撃のおかげで回避が難しくなり、一発貰ってしまいそうになりました」
 息一つ切らす様子もなく、スパーダは相変わらず悠々と立っていた。この時点でメガヤンマを手玉に取っているようで、相手の恐怖を増幅させる程の笑顔を見せる。
「まさか、ここまで盾突くとは思わなかったぞ……。では、これならどうかな?」
 一瞬毒気に当てられるも、すぐさま冷静に戻ったようで、メガヤンマはジグザグに飛行して攪乱しながら徐々に接近していく。些か先程よりも素早い動きを正確に目で追いながら、スパーダはタイミングを計って、超能力を凝縮した三日月型の刃を放った。
「さっきの不意打ちごときで、いい気になるなよ」
 正面から向かっていくメガヤンマは、身軽な動きで易々と刃を避けながら近づいてくる。それと同時に、強靭な顎を擦り合わせ、歯ぎしりのような不快な音を発した。
「ぐっ、なんて“いやなおと”を……」
 頭の芯まで揺さ振るような音には、さすがのスパーダも堪らず耳を塞いだ。メガヤンマはその隙を狙って急加速して懐に飛び込み、脚の一本を突き出して標的の体を切り裂いた。しかし、スパーダもただではやられず、すれ違い様に尾の部分を切り付けた。
「くっ、やはり手練れのようですね。かつて遠くの地を訪れた際に、素早さに長けた強者のメガヤンマがいるという話を聞いた事がありますが……。まさかあなただったとは、ね」
 受けたダメージが想像以上に大きいのか、スパーダは攻撃の当たった胸の部分を押さえながら、初めて苦悶の色を見せた。距離を置いて振り返ったメガヤンマは、ようやく直撃した事に満悦していた。
「ほう、そこまで噂が回っているとはな。そうだ。余こそが、“迅速の蜻蛉(かげろう)”の二つ名を持つメガヤンマだ」
 誇らしげに言い放つその様子は、スパーダの反撃をものともしていないようであった。意気揚々と羽根を高速で羽ばたかせつつ、スパーダに不敵な笑みを向けた。
「では、その名の所以を見せてやる。そして、その体に恐怖を刻み込んでやろう――」
 自己紹介も早々に、メガヤンマはその場から瞬時に姿を消した。“テレポート”を使えるはずも無いはずであるが、その速度はまさしく瞬間移動のようだった。
「一体どこへ――っ!」
 スパーダは目を忙しく動かし、居場所を探るべく辺りを見渡した。神経を張り巡らしている最中で突然目を見張り、表情が険しくなる。その視線の先には、自分を取り囲むように飛び回っている無数の影があった。
「ふふっ、余の特性――“かそく”をお忘れでないかな?」
 全ての影が実像かと錯覚する程に、全方向から声が響いてきた。その言葉から察する限り、影はたった一つを除いて、全ては残像という事になる。しかし、一見するとそれぞれに差異など見受けられず、全てが本体だと見紛ってしまう。
「さあ、防ぎきれるかな?」
 自信たっぷりな発言が開始の合図となり、スパーダの背後から空色の刃が迫ってきる。スパーダは即座に反応してこれを避けるが、直後に背中に衝撃が走った。“エアスラッシュ”はあくまで囮であり、そちらに気を取られている隙に、後ろに回って鋭い足先で直接切り付けたのだった。
 スパーダも何とか見極めながら往なそうとしていくが、体力だけが少しずつ削られていくばかり。前から体当たりしてくるかと思えば、すぐにその背後から攻撃が来る。素早い身の熟しによる、攻撃と回避の繰り返しだった。
「本当はまだ温存しておきたかったのですが、仕方ないですね。そろそろ、戦い方を切り換えないといけないようです」
 肩で息をしながら、スパーダは静かに目を閉じた。その瞑想を皮切りにして、急に彼を取り巻く空気が一変していった。今まで溢れ出していた炎のような攻撃的な闘気ではなく、落ち着いた静かな――例えるならば、水のような気を放ち始める。
 敵も油断せずに移動を続けながら様子を見守っている中で、スパーダは膝を折ってしゃがみ込んだ。すると、その姿勢を保ったままで左腕を引いて脇に添え、右腕を前に回して左腕と脇腹の隙間に通す。その様子はまるで、鞘に入った刀を持って構えているようである。
「ふん、遂には降参したか。だからと言って、容赦はせん!」
 小さい攻撃を与えてはいるものの、決定打が決まらずに苛立っていたメガヤンマは、止めの一撃を加えようと最大加速で背後から襲い掛かろうと試みた。
 視界を自らの意思で封じ、体勢も低くして隙だらけとなったスパーダの背後から、メガヤンマは最大限の力を込めて突進していった。そして、互いの距離が僅か数メートルに近づいた時だった。スパーダは自分を傷つけんとする敵の方に瞬時に振り向き――


「ぐあぁっ!」
 ――次の瞬間には、メガヤンマは自身の進行方向とは逆の方に吹き飛ばされていた。その体が地面へと叩き付けられるのと同時に、剣士のような出で立ちのエルレイド――スパーダは、振り上げた右腕をそっと下ろす。
「ぐっ……何だ、今のは。太刀筋が全く見えなかったぞ。一体何をした?」
「“いあいぎり”ですよ。一般に“いあいぎり”とは、単に何かを斬るだけの技のように思われがちですが、元は自らの“居合い”に入った者を“斬り”つけるもの。それを再現したまでです」
 放っていた闘気を瞬時に鎮め、スパーダは打ち負かした相手の方へと一歩ずつ歩み寄っていく。変わらず背筋を伸ばしており、既に上がっていた息も整え終えていた。たった今激闘を繰り広げたとは思えない程に落ち着いている様子だった。
「あの目にも留まらぬ振り抜きのスピード――思い出したぞ! も、もしや貴様、“六徳(りっとく)の魔剣士”の異名を持つスパーダか!」
「あなたが私の事を知っているとは思いませんでした。その名前で呼ばれるのは懐かしいですね。尤も、その名前は好きではありませんが」
 先程までの高飛車な態度は消え去り、声を震わせているメガヤンマに、大きな影が覆いかぶさった。スパーダが腕を組みながら仁王立ちをして、倒した相手を見下ろしているのである。
「な、何故だ。何故貴様のような強者が、こんな辺境の地で燻っているのだ。確かお前は、どこかの王国で、無類の強さを誇る兵士だと謳われていた程の逸材のはず……」
「さあ。あなたには関係の無い事ですよ。私にとっては、所詮は過去の話ですし」
 メガヤンマが身の上に関する事実を持ち出してきても、スパーダは全く動じている素振りは見せなかった。そして、認めはするものの、素性を掘り下げて明かすような事はせず、あくまで隠し通そうという意思がそこには窺えた。
「私の事は脇に置いておきましょう。それでは、何故彼等を襲おうとしたのか、話して頂きましょうか」
 言葉遣いは相変わらず丁寧だが、その表情や声色は決して穏やかなものではない。メガヤンマも思わず身震いをして、怯えの相を呈した状態で精一杯の睨みを利かせていた。
「その前に、余の質問に答えて貰いたい。貴様はそこで何か事件を起こしたのではなかったのかな?」
「……答える義理はありません。それに、戦いに負けた今、貴方は私に抵抗する事は不可能です。さあ、話を本筋に戻して、貴方の目的を答えて頂きましょう」
「ふん、否定はしないという訳だな。これで良い土産話が出来たわ。……ところで言っておくが、まだ余の特性は続いている。そして、ここで余たちの目的を知られる訳にはいかんのだよ!」
 詰め寄って問い質そうとするスパーダが、一歩後ろに身を引く程の迫力のある怒号を放つと、メガヤンマは羽根を震わせて砂埃を立たせ始めた。この視界では目も開けていられない為に、スパーダは腕で目を庇う事にする。しばらく堪えている内に、砂埃は徐々に晴れていったが、既に眼下にメガヤンマの姿は無かった。
「逃げられましたか。爪が甘かったようですね。しかし、目的は一体何だったんでしょうか……」
 淀みのない青一色に染まった天を仰ぎながらふと漏らす、不安の篭ったスパーダの呟きは、一陣の突風に流されて掻き消えていった。一瞬虚空に向けられた鋭い瞳が何を射抜いたのか、彼以外は誰も知る由も無いのだった――。



コメット ( 2012/07/29(日) 21:29 )