エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第四章 芸術の都市と夫婦の悩み〜神秘的な力と不器用な愛と〜
第二十話 ドーブルの邸宅へ〜心も体も弾むガンマ通り〜
「あの……スパーダさん? この通りが一体どうかしたのですか?」
 音楽から絵画、彫刻にと様々な分野において、ポケモン達が大通りに集っている中、看板に“ガンマ通り”と書かれている大通りの手前で、一行は立ち止まっていた。ドーブルの家に向かう道すがら、せっかくだからと、スパーダの計らいで観光がてら寄り道をしているらしい。
 一見すると、色とりどりの煉瓦が敷き詰められているただの通り。煉瓦の色こそ目に優しいように浅緑色やクリーム色、水色などとなっているが、それ以外に目立った特徴は見られない。アルムが疑問を抱くのも無理はなかった。
「『百聞は一見に如かず』と言います。とりあえず、歩いてみて下さい」
 柔和な笑みを見せているスパーダを疑う訳にも行かず、本当に何かあるのかと半信半疑ながらも、一歩を踏み出した。
 その小さな足がゆっくりと一枚の煉瓦を踏み締めた瞬間、少し沈むような感覚がしたと同時に、足元から一つの音色が響いてきた。優雅で暖かく、柔らかい音色。それは周りの雑音に紛れて消えてしまいそうな程に優しいが、しっかりと耳に響く、そんな一音だった。
「スパーダさん、これはいったい何ですか?」
「いかがですか? ラデューシティの名物、リズムを刻む通りです」
 不可思議な現象に驚嘆しているアルムの横で、スパーダは違う色の煉瓦の方に一歩を踏み出した。エルレイドの特徴である細長い足で踏み付けられた地面からは、また先程とは違う、低めの音が鳴り響いた。
「色はそれぞれの音階を現しているのです。仕組みを詳しくは話せませんが、これも作品の一部なんですよ。もちろん、静かに道を歩きたいという方の為の通り道も設けられています」
 簡単に説明をしながらスパーダが指している方向に目を遣ると、通りの中央と両端だけは、真っ白の煉瓦がずらりと敷き詰められている。そこを平然と歩いている一人のニューラ――ガートの姿が見えて耳を傾けるが、確かにそちらの方からは何の音色も聞こえては来なかった。
「どうやら煉瓦の裏に何か叩くような装置があって、さらにその下にある音を発する物体を叩く事によって奏でるのでしょう」
「なるほどな。原理は何であれ、魅力的な通りである事に変わりは無いな」
 分析をしながら進んでいるレイルと、興味深そうに床を踏み締めながら歩くヴァローの二人は、アルム達よりも先行していた。ポリゴンという種族上、宙に浮いている為にレイルは床を踏んではいないものの、時々その足に当たる部位で床を叩いている。見知らぬ物に出会い、調査しているのであろう。
 そのように三人が普通に歩みを進める中で、やたらと元気に動き回って音を奏でているエネコとジラーチがいた。言わずもがな、シャトンとティルである。ティルは地に足を着いて歩くという事が出来ないので、低空飛行しながら、その手で太鼓を叩くように煉瓦を叩いている。
 軽快に跳びはねているシャトンの後をティルが追いかけている――そんな陽気なコンビの醸し出す音律は、ばらばらのようでありながら呼吸ぴったりで、二人で最初から一つのリズミカルな曲を奏しているように思える程である。聞いている方まで思わず踊りだしたくなるテンポであり、まるで待ちきれなくなった音たちが、煉瓦の下から溢れ出してくるようである。
「お仲間の方は、皆さん個性的で面白い方ばかりですね」
「あはは……本当に個性的で、困るくらいですけどね」
 スパーダの率直な感想に対し、アルムは苦笑いを浮かべた。前方から聞こえてくる楽しげな音楽に、自然と体が弾むように歩き出していく。ドームの中である為に、風も吹かず、暖かい陽射しが差し込むぽかぽか陽気の中。おとなしいアルムらしく、穏やかで心地好いリズムを刻みながら――。



 “ガンマ通り”をたっぷり満喫した後で、三人はようやくドーブルの家に近づいてきた。足元はいつの間にか煉瓦から石になっており、細い道が続いていた。緩やかな傾斜の階段の先は小高い丘のようになっており、そこには木製の一軒家が建っている。
 その佇まいは至って質素でありながら、どこか風情を漂わせるものとなっていた。敢えて修繕されずに放置されている樹皮の剥がれかけた壁面や、小さな花畑と緑色の小さな草原といったこじんまりした庭がある辺りも、その雰囲気を出している要因となっている。
「あれが皆さんの捜していらっしゃったドーブルさんの家です。それでは、これで私の役目は終わりなので、この辺で失礼します」
「はい。ありがとうございました、スパーダさん」
 ここまで案内をしてくれたスパーダに対し、アルム達はお礼の言葉を述べた。それをしかと聞いて軽く笑みを浮かべながら手を振ると、スパーダは瞬時に“テレポート”でその場から消えていった。名残惜しさを感じるのももほどほどにし、アルム達は駆け足で長く続く階段を上っていった。庭は丁寧に手入れが施されているようで、花の生育を疎外するような雑草は見受けられない。この町に来てからは久しぶりに見た、両脇に広がる緑を尻目に、やや古びた木の扉へと歩みを進める。
 村の外に出るのが初めてのアルムにとって、素性の知らない他人の家に訪ねるのも初体験だった。今まではレインボービレッジの顔見知りの家、もしくは家の主が同伴した状態で、他人の家を訪問した事があっても、全く見知らぬ家に訪れた事はなかった。だからこそ、緊張の面持ちで前足で扉をノックしてみた。こつこつと軽い音が響き、一同が静粛にして扉から少し離れ、家の主が出て来るのを待った。しかし、中々現れる様子はなく、聞こえなかったのだろうかと思い、今度は力を込めて叩いてみた。
「あれっ、留守なのかな?」
「これだけ出て来ないんなら、そうかもしれないな」
 アルムは首を傾げながら、突き出していた前足を引っ込めた。残念そうに耳を垂らしてヴァローの方を見ると、こちらも同じく大きく溜め息を吐いている。ここまで来るのに結構歩いてきたのだから、がっかりするのも無理もない。
「しょうがない、また後で来てみるか」
 ヴァローの一言を聞いて全員が家に背を向け、とりあえず諦めて引き返そうとする――。
「こんなところまで誰じゃ?」
 ――その時だった。扉が僅かに開き、その隙間から低音の(しわが)れた小さな声が聞こえてきた。それに気づいたアルム達は、驚きつつ一斉に振り返った。
 隙間から顔を覗かせていたのは、ガートよりも少し背の高い一人のポケモンだった。頭部がベレー帽のようになっており、大きな目の下には茶色の隈のような模様がある。見た目が白い犬のような、このポケモンの種族名はドーブルである。
「あ、あなたが、探し物を見つけるのが得意なドーブルさんですか?」
「いかにもそうだが……。わしは今忙しいんだ。依頼をしに来たなら、とっとと帰っとくれ」
「あっ、ちょっと――」
 ようやく出会えたと一安心して、あたふたしながらも話し掛けたアルムだったが、それははかなくも徒労に終わった。ドーブルは訪問者達を一瞥だけすると、有無を言わさずにぴしゃりと扉を閉めてしまった。
「な、何さ。まだ何も言ってないのに、追い返す事ないじゃないかっ……」
 今はもう姿の見えない家の主人に対して、アルムは陰口のように不満を吐露した。よほど門前払いみたいな扱いを受けた事に、愕然としているようである。
「――ったく。とんだ無駄足だったな。こんな事がある事くらい、事前に調べておくべきだったんじゃないのか?」
「それが嫌なら、お一人で観光でもなさってたらいかがですか? ガートお兄様?」
 ガートがぼそっと漏らした不満を苦々しく思ったアルムは、ガートの方を振り向きもせずにうんざりといった様子で返す。元々の原因がガートではないとは言え、非がある事を自覚しているガートは、反論出来ずに口を閉じる。
「ヤードさんの言ってた通り、気難しいポケモンみたいだな……。一旦出直した方が良いかもな」
「え〜っ! せっかくここまで来たのにまた戻るのー?」
 急な展開にも悠然としているヴァロー。そして、ここから離れる事を提案した途端に、嫌がりだしてヴァローを揺らすティル。そんな二人を見て、微笑を浮かべて心を落ち着けたアルムが町の方に向けて歩き出そうとした瞬間の事だった。背後で再び、今度はその限界まで扉が開く音が聞こえた。
「お客さんですね?」
 続いて声が聞こえて素早く振り返ると、そこに立っていたのは一人のドーブルだった。しかし、同じドーブルでも、先程の声とは違い、(しわが)れていながらも暖かく優しい声である。
「はい。あの……僕はアルムって言います。あなたは?」
「わたしはあの人の――パントの妻です。さあ、どうぞ上がっていきなさい」
 柔和な笑みを湛えながら、家の中に入るようにドーブルは手招きをする。さっきの事があった為に警戒していて、入るのを憚っていたアルム達だったが、ティルとシャトンが気にする事なく入って行くのを見て、その後に恐る恐る続いた。外観よりも中は広く、木や草花の――自然の匂いがいっぱいに広がっている。息を目一杯吸い込むと、まるでレインボービレッジの自宅に戻ったような感覚になった。
「ようこそいらっしゃい――と言う前に、とりあえずはこっちの部屋に来て下さいな」
 ドーブルに誘導されるがままに、アルム達は大きな両開きになっている扉の前に立たされ、そのまま中に入っていくのであった――。



コメット ( 2012/07/18(水) 15:02 )