エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第四章 芸術の都市と夫婦の悩み〜神秘的な力と不器用な愛と〜
第十九話 ドームの秘密とドーブルと〜力を与えし秘密の物体〜
 煉瓦で出来た家から石で出来た家まで、色んな素材から出来ている建物の町並みを横目に、アルム達は歩き続けていた。町に来ていきなり長に会えた上、その人に案内までしてもらえるという事で、アルムとヴァローからは驚きと緊張が窺える。
 その道中、さすがに町の長が歩いている為に、通りにいるポケモン達もおとなしくしているのかと思えば、寧ろ逆だった。気軽に話し掛けては、曲や彫刻など自分の作品を披露してきた。それに応えるヤードも、世間話を交えながらフレンドリーに接していた。この辺りにも人柄が色濃く自然と表れていると言える。話が長引く度にスパーダに(いさ)められながらのんびりと歩いていく事数十分の後に、ヤードがある場所で立ち止まってアルム達の方を振り向いた。
「悪かったね、時間を掛けて。ここが私の家だ」
 ヤードは自らの左腕をアルム達から右側に向かって伸ばした。そのまま追うように視線を右に向けていくと、一軒の大きな家が目に入った。豪邸と呼ぶにはやや小さいが、それでも町の他の建物に比べると、十分立派で厳(おごそ)かなものである。
 屋敷の入口には鉄柵の門があり、その先には家の大きな木製の扉が見えている。スパーダが軽く門を引き開けて先に進んでいき、大理石で出来た短い階段を上がってその前まで辿り着いたところで、今度はヤードが木製の扉を押し開ける。ぎいっと軋む音とともに開かれた中に見えてきたのは、床に敷かれている真紅の絨毯に、絵画や彫刻などの芸術品の数々。煌(きら)びやかな物ばかりで、アルム達は唖然として見入っている。
「さあ、遠慮なく入ってくれ。あと、ドームの秘密について知りたい者は、私に付いてきてくれ」
 だだっ広い入口で立ち止まっている一行に話し掛けたヤードは、手招きをして奥の方へと歩いていく。一方で、そろそろと中に入って行くアルム達を尻目に、ティルとシャトンは多くの芸術品に目を奪われたのか、あちこち見て回っている。
「ちょっと……ティル! シャトン!」
「大丈夫です。彼らの事は私が面倒を見ますから、貴方達は安心してヤード様の後に付いていって下さい」
 案内してくれるという事で早くヤードの後に付いていきたかったが、ティル達をほって置けない。どうするべきか悩んだ末に声をかけたアルムにスパーダがそう持ち掛けてくれ、一行は安心して後を付いていく。



 両側の壁に豪華な額に収められている絵画の並んでいる、長く続く細い廊下を抜けたところに、地下に続く階段があり、静かに一歩ずつ降りていく。足元から薄暗くて不気味な感じがするが、それが寧ろ興味をそそるのか、ヴァローはやや足速になっている。その対照的に、暗いのが怖いのか、アルムは慎重に進んでいく。
 どんどん下へと行くにつれて、必然的に空気がひんやりと冷たくなっていくのがわかる。しかし、明るさについては何故か逆で、暗くなるどころか徐々に明るくなっていった。その訳もわからないアルム達は訝しげな表情を浮かべながら降りていくしかなかった。
「そろそろ秘密がわかるよ。心の準備はいいかな?」
 視界には既に階段の終わりが見えている上で、ヤードは振り返りざまに問い掛けた。その意味深な発言に期待半分、不安半分で一同は頷く。少なくとも、何か明るい物があるという事だけはわかっていたから、そこまで不安はない。ここからは流石のヴァローも、深呼吸をしてゆっくりと降りていく。そして残り四段、三段となったところで、ようやくその秘密とやらの全貌が見えた。
 全員の目に映っているのは、青白く淡い、神秘的な輝きを放つ角柱状の巨大な結晶。表面は滑らかで美しく、完璧とまでは言えないものの、遠くにいるアルム達の姿をほぼ映し出している程。その内部にはきめ細かい白い針状の結晶が見られ、まるで“煌めき”をそのまま中に封じ込めたようである。あまりの壮麗さに、アルムとヴァローはただ心を奪われたようにぼんやりとして立ち尽くしている。
「……物凄い力を秘めているように感じます」
「何だ、この得体の知れない物は。こんなの見た事無いぞ……」
 レイル、ガートがそれぞれに感想を述べた。表情こそ驚いている様子は見られないものの、ふと漏らした言葉からも、その光景に呆気に取られているようである。
「どうかな? これがその秘密だ。この結晶は俗に水晶と呼ばれる物で、神聖な力を秘めているんだ。その力を少し借りて、あの“ひかりのかべ”のドームを築いているって訳なんだよ。私の力だけでは、作り出す事は出来ても、持続させる事が出来ないからね」
 体はアルム達の方に向けたまま、そして顔と左手は水晶の方に向けた状態で、ヤードは淡々と説明する。
「なるほど……。でも、そもそも何故“ひかりのかべ”のドームを張ってるんですか?」
「良い質問だね。それには、二つの理由があるんだ。一つ目は、大きな災害や紛争が起きた際に、町全体を守れるように。二つ目は、浸食や風化によって町の素晴らしい芸術作品の質を損なわないようにする為なんだよ。どちらも、私の先祖が昔考えたようでね」
「へーっ、二つも理由があったんですね。教えて頂き、ありがとうございます」
 まだ聞き忘れていた、根本的な事を質問をするアルムに、ヤードは再び丁寧に教えてくれた。改めて頷きながら、アルムは笑顔を見せて感謝の言葉を述べる。
「ところで、あの水晶をもっと近くで見てもいいですか?」
 いつの間にかヴァローよりも興味津々といった感じのアルムは、どこか弾んだような口調で尋ねる。
「ああ、いいけど――」
 ヤードが全てを言い切る前に、アルムは水晶に向かって駆け出した。ヤードは制止するように右手を伸ばそうとするが、時既に遅し。手を伸ばしきるのと、何か硬い物にぶつかったような鈍い音が響くのは同時だった。
「痛ったぁ……」
「“ひかりのかべ”で守ってるって言おうとしたんだけど、遅かったようだね……」
 涙目になりながら額を摩っているアルムの元に歩み寄りながら、ヤードは苦笑いを浮かべて呟いた。何かを払うように素早く手を振ると、先程アルムがぶつかった辺りを難無く通り過ぎて、水晶の手前まで近寄った。それを見て、他の全員も“ひかりのかべ”があった辺りまでは恐る恐る歩き、通り過ぎたところで駆け足で近づいた。
「あの、触ってみてもいいですか?」
「どうぞ、自由に触ってくれていいよ」
 また弾かれるのではないかと内心びくびくしながら、アルムはそっと左の前足を水晶に近づける。淡い光に包まれているそれに触れた瞬間の第一印象は、“固くて冷たい”という事だった。それに続いて、心が安らぐような感じがして、静かに目を瞑った。全身にそのエネルギーが流れてくるようで、ずっとこのまま触れ続けていたいと思う程である。
「アルム、どうした? そんなに長く触れ続けて」
 静寂な空気が漂う中で、突然横からヴァローの声が聞こえ、思わず足を離した。
「いや、何かすごい心地好かったから……」
「ふーん、そっか」
 聞かれたから答えたというのに、何故か怪しむような視線を向けて素っ気なく返すヴァローに、アルムはやや膨れっ面を見せる。何か言い返そうとした時にちょうどヤードが戻ろうと提案したので、黙ってその後について階段を上がっていく。







 再び暗い階段を通って一階に辿り着いた時、待ちくたびれたようにティルとシャトンが座り込んでいた。その傍らにはスパーダが平然と腕組みをして立っており、特に何事も無かったようである。
「アルム、遅ーいっ!」
「ごめんごめん。今戻ったから、もう問題ないよね?」
「うんっ。それじゃ、次はどこに行くの〜?」
 アルムは足で優しくティルの体を叩きながら宥める。それに対し、ティルは外の方に目を遣りながら声を上げた。そこでようやくこの町に来た目的を思い出し、ヤードの方に向き直ろうとするが、ティルに引っ張られてそれは叶わなくなる。自由が利かなくなってしまったアルムの代わりに、ヴァローが話し掛ける事にする。
「ヤードさん、一つお聞きしたい事があるのですが……この町に探し物を見つけるのが得意なドーブルさんがいると聞いて来たんですけど、ご存知ないですか?」
「ああ、知ってるよ。私も彼の絵は好きで、よく絵を見せてもらっていたよ」
 ヤードは小さく頷きながら静かに答えた。その表情は何処か暗く見える。ここで返答を聞いて再び疑問が生まれ、ヴァローはもう一度問い掛けてみる。
「出来ればその場所を教えてもらいたいんですけど……それよりも、さっきのもらって“いた”ってどういう事ですか?」
 ヴァローが引っ掛かった事。それは、言葉の終わりが現在型ではなく、過去型になっていた事だった。少なくともこの時点で、今は見せてもらってない事がわかった。その上でどうなってるか詳細が気になったからである。
「良く聞いてたね。実は、最近は絵を描いてないらしくてね……。スランプに陥ったらしく、そのせいか、他人と関わるのも億劫になって、なるべく関わらないようにしてるみたいなんだ」
 全て言い切ったそこに気さくな街の長の面影はなく、小さく溜め息を吐いた。そんなヤードの様子からも、そのドーブルの事を心配してるように見える。
「あっ、そうだ。彼の居場所を知りたいんだったね? それでは、スパーダ君に案内してもらおうか」
「はい、畏まりました」
 我に返ったようにヤードは話題を戻して、アルム達とスパーダの両方を見た上でそう切り出した。スパーダは頭を軽く下げて、了解の意を示す。
「えっ、いいんですか?」
 まだティルに抱き着かれながらも何とかスパーダの方を向き、アルムは尋ねる。スパーダは言葉を発する事なく、優しい笑顔を見せながら軽く頷いた。
「よし、これで決まりだ。また困った事や気になる事があれば、気兼ねなく立ち寄ってくれていいよ」
「はい、ありがとうございます。そしてスパーダさん、よろしくお願いします」
 この上なく親切で嬉しいヤードの言葉に、今までの感謝の気持ちも込めて、ティルにも負けないような満面の笑みを見せながら、アルムは頭を下げる。今度はスパーダの方を振り向いて、同じく頭を下げた。
 その後すぐさまその場から離れ、アルム達はヤードに見送られながら再び町の方へと赴いていった。ヤードから得た情報で、心に一抹の不安を抱えながらではあるが、それでも事が順調に進んでいる事に、期待と嬉しさも胸に抱くのであった。




コメット ( 2012/07/17(火) 21:30 )