エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第四章 芸術の都市と夫婦の悩み〜神秘的な力と不器用な愛と〜
第十八話 芸術の都ラデューシティ〜ドームの中の大きな街〜
 ぽかぽか陽気の昼下がり。日によって違う顔を見せる、そんな太陽にも負けない程に陽気なティルとシャトンの二人は、アルム達より先行して進んでいた。疲れなど微塵も感じていないようで、交互に立場を変えながら追いかけっこをしている。
「待って待って〜!」
「待たないでし〜っ!」
 相変わらず、シャトンの尻尾をティルが追いかけるといった形。平和という一言で片付けてしまうのはもったいない程に、微笑ましい光景である。黄色とピンクの二色が激しく動き回っているのが、その色のイメージと合っている。
 一方で、その後方。つまり、その後を追うアルム達の方は、やや殺伐としていた。さっきから対立しているヴァローとガートが、アルムを間に置くようにして離れて歩いているのである。やはり猫と犬は仲が悪いのだろう。
 楽しいような気まずいような、複雑な立場にあるアルムは、ひたすら無言で歩いていた。両端の二人に、「いい加減にして」とでも言いたかったが、面倒だったのでほって置く事にする。ブルーメビレッジから続く丘は、今度は登るだけのものになっており、疲れ始めたのもあるのだろう。まるで山を登っているようで、先は若草の生える上り坂しか見えない。振り返って見える丘の中では最も長い物ではあるとは言え、その頂上はもうそこまで迫っていた。
「アルムー! 早く来てみてー!」
 長い丘を登りきって頂上にいるティルが、手招きをしながら叫んでいた。アルムは呼ばれるがままに歩みを進めて登りきった。その目に映ったものに、思わず口を開けて驚いてしまう。
 下り坂の先には、ようやく緑の平原が広がっていた。その盆地には、平原をほとんど埋め尽くす透明な巨大ドームがあり、透けて見えるその内部には、家が建ち並んでいる。まだ遠くにいるので細かいところはわからないが、色んな種類の建物があるのが見えた。
「ねーねー。早く行ってみようよ!」
「うん。行ってみよう」
 早くも興味を示し始めたティルに優しく笑って見せると、アルムも先導を切って走り出した。



 下に降りてきたところで、改めてそのドームと街の大きさにアルム達は唖然とする。自分達の身長とは比べものにならないくらいドームは高く、首を(もた)げて見上げていると、首が痛くなる程である。近くに来て目を凝らして見てみると、一つの大きな壁なのではなく、一枚一枚の小さな壁をくっつけて出来た物のようである。そもそも、小さいと言っても、ドームの大きさから比べた場合の事ではあるが。
「あれ? どこから入れば良いんだろう」
 この街の入り口を探して周囲を見渡すと、一箇所検問のような所を見つけて駆け寄っていった。小さな木製の小屋のような中に、一人のシャープな外観の背の高いポケモンの影が見える。アルム達に気づくと、中から姿を現した。頭と両肘には鋭利な刃があり、上半身の体色は緑色をしている、エルレイドという種族である。
「ラデューシティにようこそいらっしゃいました。私(わたくし)は入り口の警備を担当しております、スパーダと申します」
 スパーダと名乗ったエルレイドは、深々と頭を下げて丁寧に挨拶をしてきた。あまりの(ねんご)ろな態度に驚きつつ、やや遅れてアルム達はお辞儀を返す。
「貴方達をこの街のお客として案内させて頂きますが……よろしいでしょうか?」
「は、はい。寧ろして頂けるのなら、こちらからお願いしたいですし……。でも、迷惑ではないですか?」
 スパーダの親切な申し出に対して、アルムは申し訳なさそうに問い返す。嬉しいには嬉しいのだが、警備を担当していると知った以上、ここを離れてもらってまで案内してもらう訳にはいかないと思ったからである。
「いえ、警備は他にもいますから大丈夫ですよ。それに、貴方達はまだこの街の事を良く知らないようですし、案内役がいた方が良いでしょう?」
 考えていた事をずばり当てられ、アルムは目を丸くした。しかし、直後に“相手の考えを敏感に察知する”というエルレイドの特徴を思い出し、素直にお願いする事にした。了解したとばかりに優しく微笑んで見せると、スパーダは全員に固まるように言った。何故だろうと全員が疑問に思ったが、その答えはすぐにわかった。
 スパーダがその細い腕を横に伸ばし、それを素早く振って交差させた。その刹那、自分達の周りの空間が歪んでいき、まるで陽炎の中にいるかのように感覚に陥った。それと同時に、瞬間的に目の前の景色が一変した。正確に、そして感覚的に言うならば、何かに上に引っ張り上げられたかと思ったら、いつの間にか地面に着地していた、という具合である。――それは、スパーダが、エスパータイプのポケモンが得意とする“テレポート”を使用した事に依る。
 足元には茶色の煉瓦が敷かれており、辺りには自分達を中心にして、放射状にずらりと大小様々な建物が立ち並んでいる。リーブフタウンとは違い、煉瓦以外で出来た家も多く見受けられる。空には、光を反射して、ところどころが虹色に輝く泡が無数に浮かんでいる。浮き沈みを繰り返してはドームの天井にぶつかっているものの、割れる様子は一切ない。
 視線を再び下に向けて辺りを見回すと、自らの体の一部を使って彫刻をしていたり、音楽を奏でていたり、絵を描いていたりなど、様々なポケモンが通りに溢れている。家の壁もよく見てみると、森や空の様子など、一続きの素敵な長い絵が描かれているものもある。街に存在するどれもがアルム達にとっては初めての光景であり、ただただ感嘆の声を上げながら見つめるばかりである。
「改めまして、芸術の都、ラデューシティへようこそ。ここはこの街の中心地です。この噴水がその目印となっているんですよ」
 スパーダの言葉でようやくアルム達は、夢見心地から現実に引き戻された。スパーダが指している後ろをゆっくりと振り返ると、そこには大量の澄み切った水を吹き出している立派な噴水があった。その中心には、小さい物ではあるが、二足で立っているポケモンを象った白い石像がある。格好だけ見ると、俗に言う道化師のようである。
「あれはこの街の長、バリヤードのヤード様を象っています。このドームを作り上げているのも、ヤード様なんです。――と、噂をすれば、ご本人がいらっしゃったようです」
 コツコツと堅い煉瓦を踏み締める音がする方に一斉に顔を向けると、石像をそのまま大きくしたような姿をしているポケモン――バリヤードが近づいてきていた。
「これはこれは客人かな? ラデューシティへ遠路遥々ようこそ。私がこの街の長のヤードだ」
「あっ、どうも初めまして」
 紳士的な態度のヤードは、そっと右手を伸ばし、握手を求めた。それに対し、代表してアルムが前足を伸ばして対応する。優しく握ってきたヤードの手から、アルムはこの人の優しさまで感じた気がした。
「あの、一つ質問してもよろしいでしょうか?」
 握手を終えて少し距離を置いたところで、アルムが遠慮気味にヤードに問い掛けた。ヤードはそれを不快に思う様子もなく、小さな訪問者に笑顔を振り撒いた。
「うん? 何でもどうぞ」
「あの、このドームをヤードさんが作っていると聞いたのですが、もしかしてお一人でこれを……?」
「ハハハ。まさか、私にそこまでの力は無いよ。もし時間があるならば、その秘密を見せてあげるけど、どうだい?」
 ほんの数人の訪問者の為に街の長がする誘いだとは思えないが、興味津々といった様子のティルとシャトンを見て、好意に甘える事にする。
「はい! 是非お願いしますっ!」
 笑顔で返事をするアルム。まだまだ謎だらけのこの街の中でも、一番気になっている事を教えてもらえるという事で舞い上がっており、思わず声も少し上擦っていた。返事を聞いたヤードも、笑顔に対して笑顔で返し、「こちらへ」と言って(きびす)を返した。
 こうして、一同はぞろぞろと、まるで観光ガイドに連れられるがの如く、ヤードの後を付いていく。大通りの脇で色んなポケモンがばらばらに奏でている旋律が織り成す音楽の中心を――オーケストラの中心を通るように――。



コメット ( 2012/07/16(月) 12:41 )