エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第三章 花の村と猫の兄妹〜華やかで楽しい感謝祭の開催〜
第十七話 祭りを終えて〜餞別の花の香り〜
 吹き抜ける爽やかな風に靡くのは、自らの茶と白の毛。薄目を開けて目を凝らすと、辺りは薄暗いが、遠くの空から黄色く眩しい光を放つ物が見え始める。

「あれ……ここは?」

 東雲(しののめ)の明かりが徐々に強くなって辺りが照らされて良く見えるようになり、アルムはその光景に驚いた。淡いピンク色の花畑の中心に立っており、眼前には神聖な空気を醸し出している大木がある。シャトンに祭りの直前に連れて来られた場所(ガーデン)であった。
 綺麗な花を踏まないように慎重に足を前に踏み出して、大木へと近づいていく。夜明けが近づいているせいか、顔を撫でる風は暖かさを帯び始める。足元から漂う香りも、前回来た時よりも一層甘く馨(かぐわ)しいものとなっている。
 さわさわと静かに揺れる木の葉。幹の樹皮に刻まれている無数の跡。その全てが何故か淡い光を纏っていた。そして、前に来た時には無かった木の実が僅かに実っていた。その一つ一つが、朝の光を浴びて黄金に輝いている。
『どうでしゅか? 綺麗でしゅか?』
 不意に何処からともなく聞こえてきた声に、アルムはキョロキョロして辺りを見渡すが、声の主は見当たらなかった。それ以前に、辺りには誰ひとりいない。
『これは全部、みんなの感謝の思いが届いて実ったんでしゅ』
『――と言っても、私の力もあるんですけどね』
 何処か誇らしげに言う声とは別に、優しげな声が聞こえてきた。こちらもやはり、姿は見えない。いつの間にここに来たのだろう。そして、今の声は一体何処から聞こえてきたのか――そう思った時、静かに揺れていた木の葉が、今度は突風に強く煽られる。
『ごめんなさい、何の説明もしないで。とにかく、あなたに私の声が届くようになったようで良かったです』
 後で聞こえてきた方の声の主が、穏やかな調子で語りかけてきた。場が神聖な空気に包まれているのもあってか、声がとても澄み切って聞こえる。
「あなた達は一体?」
『ミーは“感謝”を司る者でしゅ』
『私は……すいませんが、今は素性については何も言えません。ですが、大事な事を伝えに来ました――という事だけは言えます』
 正体がわからないのは些か恐いが、こんな不可思議な状況にあっても、何故かその声を信じることが出来た。誰か聞き返そうともせず、直感的に従うのが良いと思っていた。
『信じてくれたようで感謝します。それでですが……これからあなたの元には、さらに“導かれし出逢い”が訪れるでしょう。それはあなたにとって、後々大事な意味を(もたら)す事になります』
「あの……それって――」
『今は全ては話せません。でも、いずれわかるでしょう――』
 アルムが聞き返したのを遮って謎の声がそう告げると、大木がより一層眩(まばゆ)い光を放ち、視界が全て覆い尽くされていった。







 暖かく優しい光が止み、突然目の前が真っ暗になる。まるで、これ以上あの場所にいるのは無理だ――と、追い出すかのように。もっとあの心が落ち着く、幻想的な光景を見たかった。そう思っていたが、念じたからと言って見れるはずもない。
 その事を残念に思いながら、真っ暗だった目の前がぼんやりと何か見え始め、アルムはある事に気づいた。目の前が真っ暗だったのは、目が覚めたばかりで目の機能が中々働かなかった。そして、その前までは夢を見ていたのだと。
「さっきのは何だったんだろう。夢にしてはずいぶんとリアルだったなぁ……」
 夢うつつと言った様子で、アルムは思考を巡らしてそれ以外の一切の行動を停止した。頭が混乱しており、未だに現状が把握出来ていないようである。まだ眠くて重い瞼をゆっくりと開けると、徐々に太陽がその姿を現して、外が明るくなってきているのが微かに見える。それでも肌で感じる空気はまだひんやりと冷たく、完全に夜が明けた訳ではないらしい。
「目が覚めちゃったから、そろそろ――」
 とりあえずは横になっている体を起こそうと足に力を入れるが、ここでまた別の事に気づく。足が宙ぶらりんになっていて、体を起こせないのである。さらには、自分の体が何かに締め付けられていて、身動きすらとれなくなっている。
「むにゃむにゃ……アルム捕まえた〜」
 背後から聞こえてきた声に反応して、首だけ動かして振り向くと、目前にティルの顔が見えた。あどけない笑顔で眠っており、完全に夢の世界に浸っているのは明らかだった。
「――と言う事は……?」
 再び首を最初の位置に戻し、今度は締め付けている何かに目を向けると、ティルの手が見えた。抱き枕のように力強く抱いており、胴体を掴まれている為に放れられない。
「アルム〜、逃げちゃだめだよ〜」
「寝ぼけてるんだね。寝かせておいてあげたいけど……とりあえず放してっ」
 アルムを捕まえる夢でも見ているのだろうか、ティルは現実の状況に合った寝言を言いながら、さらに強く抱きしめる。対するアルムは必死に藻掻(もが)いて脱出しようとするが、虚しく足がばたつくだけであった。
「はぁ……。寝かせておいてあげてもいいけど、もう朝なんだから起こしてもいいよね……」
 さすがに暴れ疲れたのか、アルムは長く深い息を吐いた。少し悩んだ後で、ある作戦を決行する事にする。まだ自由に動かせるふさふさの尻尾で、ティルの体を優しく撫で始める。いや、正確に言うなれば、撫でると言うよりかは、“くすぐる”と言った方が正しいかもしれない。
「くくっ……あはははっ!」
 今までアルムがいくら藻掻こうとも反応しなかったティルも、これには笑い声を上げて反応を示した。それに伴って強かった締め付けも少しずつ緩んでいき、遂には完全に解放された。
「あははっ……ふぅ。……あれ? アルム、どうしたの〜?」
 くすぐられた事でようやく目を覚ましたらしく、事情を知らないティルは呑気に聞いてきた。
「どうしたのって……。寝てたんだから、別にいいっか」
 やや呆れ気味に漏らすアルムだが、ティルが夢を見ていて無意識でやっていた事を思い出し、笑顔で返すだけであった。ティルは首を傾げてますますわからない素振りを見せるが、アルムの笑顔を見て、同じく笑顔を見せる。そんな他愛ない時間は、部屋に一緒にいたヴァローが起きた事で終わりを告げる事となる。
 実は祭りが終わった後、ラックの家に泊めてもらう事になって、現在に至る。改めて見回すと、家の入り口のとは別にある、部屋を仕切っている簾越しに、ラックやシャトン、ガートがいるのが見える。彼らも目を覚ましたようで、体を起こし始める。
「アルム、朝からどうしたんだ?」
「いや、何でもないよ」
 眠そうな声で聞いてくるヴァローに、アルムは悟られないように素っ気なく返す。ヴァローも最初こそ疑うものの、ラックが朝食を食べる事を持ち掛けてきた事で、以後は忘れる事になるのだった。



 昨日ラックが作っておいた祭り用のお菓子の残りを食べ終えた後で、四人は出発の準備を始める。と言っても、何か買い揃えなければならない物はなく、自分達の荷物を纏めるくらいであった。ティルはこの村にいたいと駄々を()ねだしたが、せっかく目的地が決まったのにぐずぐずしてる訳にはいかないと考えるアルムとヴァローによって説得された。準備を終えて家から出ると、アルム達は一瞬言葉を失った。昨日も充分に派手に飾られていて圧巻だった村の景色が、またしても一変していたのである。
 花の咲き乱れる村と看板にも書いてあるように、ここブルーメビレッジは、一面が花で覆い尽くされているが、今はその花の数が増えているのだ。朝露をいっぱいに含んだ可憐な花が、綺羅星のごとく咲き乱れている。そして、変化はそれだけでは無かった。深緑の木の葉が茂っていただけの木々に、無数の木の実が生っていたのである。まるで、誰かが昨日の感謝祭に対するお礼として、更なる恵みを与えたかのように。
「あれっ? これってもしかして……」
「アルム、どうかしたのか?」
 アルムは朝の夢を思い出して、心ここにあらずといったようにぼうっとしていた。ヴァローが訝しげな表情で話し掛けると、我に返って改めてシャトン達の方を振り向く。
「あっ……うん、何でもないよ。では改めまして、シャトン、ラックさん、ガートさん。どうもお世話になりました」
「行ってしまうのですね。もう少しゆっくりしていっても構いませんのに」
 お別れという事で、感謝の意を告げるアルムを優しく見つめるラックは、残念そうな顔を覗かせている。昨日出会ったばかりとは言え、大切なイベントを一緒に過ごしたので、やはり何か物寂しいのであろう。
「いえ、ラデューシティに早く行きたいですから」
「そうですか。それならば仕方ないですね」
 アルムも未練が無い訳ではないが、それを振り払うように首を左右に振った。探し物を見けけてくれるドーブルがいるとわかった以上、一刻も早く会いたいのもまた本心であった。
「本当にありがとうございました。一宿一飯の恩義として何も返せないのが申し訳ないですが、この辺で失礼します」
「いえいえ、こちらこそ楽しかったので、そんなもの結構ですよ。ね? シャトン……?」
 別れの挨拶として、ヴァローが丁寧に締めた。一方のラックは、笑顔を保ったままシャトンの振り向くが、その様子を見て語尾が思わず上がる。口を真一文字に閉じて、何か言いたげな表情をしているのである。
「シャトン、どうかしたの?」
「あの……私、アルム達に付いていきたいでしっ!」
 やや戸惑いを見せながらも、シャトンは思い切って言いたい事を言い切った。それを聞いて一同が驚いているが、中でも冷静なはずのガートが一番驚いている。
「一度外に出てみたいと思ってたんでし。それに、アルム達に付いていけば、何か知りたい事を知れるような気がしたんでし」
「……そうね。外の世界を見てくるのも良い勉強になるかもしれないし。わかりました。気をつけていってらっしゃい」
 いつになく真剣な表情のシャトンの思いの丈を聞き、ラックは優しく、しかし少し寂しげに頷いて、送り出そうと決意する。頭の大きな赤い花びらも、僅かながら萎れているようにも見える。
「ありがとうでし! それじゃ行ってくるでし!」
「アルムさん達、シャトンをどうぞよろしくお願いしますね」
「はい、任せて下さい」
 深々と頭を下げて見送るラックの姿は、まるで本物の母親のようにアルム達には映った。そんなラックの依頼に、責任感の一番強いヴァローが容易い事だとばかりにそう返した。返事を聞いたラックは心底ほっとしたような表情を見せるものの、ガートの方は何故か不満げである。
「それじゃ、本当にありがとうございましたっ!」
 最後にもう一度頭を下げると、アルム達はラックの家を離れていく。ラックは手を振って見送るものの、ガートは腕組みをしながらそっぽを向いていたが――。







 東から昇ってきた太陽は既に黄色から白色に変わっており、花がより一層その花びらを大きく開かせ始める。そんな時にちょうどアルム達は、ブルーメビレッジの入り口辺りに立っていた。大きく息を吸い込むと、相変わらず仄かに甘い香りが漂ってくる。ずっと囲まれていたせいか、ここをまだ離れたくないと思いながら村の方を振り返ると、そこには何故かガートの姿があった。
「ガートさん、どうかしましたか?」
「……お前達だけでは心配だから、俺も付いていく」
「そうですか……って、ええっ!?」
 さっき出来なかった別れの挨拶でもしに来たのだろうと思っていたアルムには、今のガートの言葉はさぞ驚きだったのであろう。少し飛び上がって声を上げた。
「何を驚く事があるんだ。俺はお前らにシャトンを任せられないと思っただけだ」
「えっと……わかりました。同伴者一名追加でよろしいですね?」
 付いてくる理由を聞いたアルムは、仲間が増えるという嬉しさよりも、どこか素直じゃない事に些か苛立ちを覚えた。今度は本人のいる前でにっこりと笑って皮肉っぽく言ってみた。それを隣で聞いているヴァローは、思わず吹き出して含み笑いをする。
「おい、そこの子犬。何を笑ってるんだ?」
「いや、何でもない。妹思いのクロネコさん」
 爪を立てて威嚇しながら問い掛けるガートに、ヴァローは鼻で笑って見せた。その瞬間、二人の間に火花が飛び始め、顔は笑っているが目は笑っていない状態で睨み合う。
「あっ……ヴァローもガートさんも喧嘩は――」
 自分にもこうなった原因があるとは言え、今から旅を共にすると言うのに喧嘩をしてはいけないと思い、アルムは止めようとするが、もう一つ問題を見つけて動きが一瞬止まる。ついさっきまで近くにいたはずのティルとシャトンの姿が見当たらないのである。
「こっちでし、こっちでし〜!」
「あははっ! 待ってー!」
 声のする方を振り向くと、ここに来た時のように、シャトンの尻尾をティルが追う形になって、アルム達からどんどん離れていっている。どちらを優先するべきか、考えるのも馬鹿馬鹿しくなって実行しかけた行動をリセットした。
「はぁ……こういうのを前途洋々って言うのかな?」
「主、それは前途多難の間違いだと思います」
「……冷静な訂正をありがとう」
 ティルとシャトンの自由奔放な行動、ガートとヴァローの睨み合いに溜め息を吐きながら呟くと、レイルがきっぱりとそう言い切る。即座につっこみを入れられたアルムは、苦笑いを浮かべるしかなかった。こうして新たにエネコのシャトンとニューラのガートを旅の仲間に加えたアルム達。前途多難かはたまた前途洋々か。とにかくアルムにとっては、悩み事も楽しみも両方増えたのであった。



コメット ( 2012/07/15(日) 13:54 )