エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















小説トップ
第三章 花の村と猫の兄妹〜華やかで楽しい感謝祭の開催〜
第十六話 語られる三人の関係〜賑やかな祭りの閉幕〜
 “両親がいない”。その言葉を聞いた刹那、二人には全く意味が理解出来なかった。だって、シャトンにはあなたという母親がいるではないか――と、当たり前のようにそう思ったから。
「何か変だと思ってますね? それでは、私は一体何なのかと……」
 二人の心の中を読んだかのように、ラックは何かを言われる前に言葉を発すると、小さく溜め息を吐いてアルム達の方に更に歩み寄った。
「私は、あの子の本当の母親ではありません。里親みたいなものなんです。シャトンは……数年前の祭りのあったちょうどこの日に、村の入り口に一人ぼっちで佇んでいました」
 一呼吸置いた後で、何処か遠い過去を見つめるように天を仰ぎながらラックは過去の話を続ける。話の腰を折ってまで言葉を掛ける余裕も無く、アルム達は集中して聴き入る。
「私は一度あの子を家まで連れて帰って、事情を尋ねました。でも、何もわからない、と言っていました。気づいた時には両親と離れ離れになってたようです。そこで、私があの子を育てようと決心しました。時間が経つ内に両親の事を話さないようになりましたが、毎年この日になると、迎えを待つように入り口にずっと立っているんです」
「そんな事が……。だから、生みの親ではなく、育ての親としてラックさんを“お母さん”と呼ぶんですね。それじゃ、ガートさんは?」
 必死に隠そうとしてはいるが、やはり全てを隠しきれずに、ラックは哀しさを滲ませていた。彼女の説明を聞き終えた後で、アルムは頭の中で話を整理すると、ガートの方を一瞥しながら、続いて浮かんだ疑問を恐る恐る口に出した。
 問い掛けられたガートの方はと言うと、まだ無愛想に顔を背けて無視している。まだアルム達に心を許したのではないらしい。
「ガートは話したがらないようなので、代わりに私が話しますね。先の話でもわかる通り、ガートはシャトンの実の兄ではありません。そして、シャトンと同じく私の子供でもありません」
 再びラックの口から告げられた真実。何となくガートのラックに対する態度からも予想はついていたが、いざそうだとわかると、アルムは何故か遣る瀬無い気持ちになった。
「……ラックさん、後は俺が話すからいいです」
 一番大事な事実を話したという事で、ガートがアルム達の方に近寄ってきた。まだ目を合わせないままではあるが、一応体はアルムの方に向けて話し始めた。
「自分で言うのも何だが、俺は昔から人付き合いが苦手だった。村の奴らとの交流なんかほとんど無く、今までたった一人で生きてきた。でもそれは、シャトンに会った時から変わった。最初の内は鬱陶しくて無視していた。大抵の奴はそれで交流を持とうとはしなくなるが、シャトンは違った」
 今まで見受けられなかった微笑みが、ガートの表情に出現した。心なしかそれが影響しているのか、口調に軟化をもたらしていた。
「いつも冷たくあしらっていたのに、会う度に寧ろ懐いてくれた。そんなシャトンに俺はいつの間にか心を開いていったのかもしれない。今では兄と慕われるくらいに仲良くなっていったんだ……。ま、話せるのはこのくらいだな」
 自分の過去を全て話しきったせいか、柄にもなく恥ずかしげに背を向けると、ガートはそのまま村の方へと戻っていく。再び闇の中に溶け込んでいくその後ろ姿はしかし、出逢った時のそれとは若干違う印象をアルムに抱かせた。
「あいつもそんな事があったんだな。人付き合いが苦手なのは今も変わらないようだけど。俺と似たような事があった訳だ……」
「うん、そうだね」
 ガートの後ろ姿を見送りながら呟くヴァローに、アルムは素っ気無く返すだけだった。決してありふれた話ではない。だが、単なる境遇の変わっている一家に過ぎないとは、一概には割り切れなかった。ただ、旅先で知った一つの事実は、軽く受け止めるべきではないと感じていたのである。
 誰も、何も、喋らない。周りの暗闇に自分の心まで覆い尽くされてしまいそうな、そんな複雑な空気になった時だった。入り口に佇んでいたシャトンが、こちらに気づいて駆け寄ってきた。
「みんな、どうしたんでしか? 早く戻って祭りを楽しむでし!」
 さっきまで見せていた悲しげな様子など一切見せる事なく、満面の笑みを浮かべながら、シャトンは誘導するように村の方に歩き出した。ここに留まっていたところで何かある訳ではない為、アルム達も後に付いて戻っていくのであった。



 引き返している道中では、誰も話そうとはしなかった。正確に言えば、アルム、ヴァロー、レイルの三人である。ラックはと言うと、普段と変わらない様子でシャトンと話している。しかし、アルムは話を聞いて、心を平静には保っていられなかった。
 両親と兄弟に囲まれて育ったアルムには、シャトンの境遇が上手く理解出来なかった。本当の両親と離れ離れになって、育ての親と本物の兄ではない人(ポケモン)と暮らす――その状況が良くわからないでいた。
 もし両親と引き離され、見知らぬ土地で暮らす事になったら、僕はあそこまで笑顔で居られるかな――そう考えると、不意に心が締め付けられるような気がした。
 自分なら堪えられない。いや、自分でなくても、普通は悲しみに暮れてずっと泣いているだろうと想像出来る。でも、シャトンは違う。もちろん、悲しくない訳ではないはず。周りに心配をかけないように、逆に明るく振る舞ってるんだ。自分の悲しみで周りの他の人を悲しませないようにと必死に――。
 シャトンに聞いた訳でもなければ、心の中を覗いた訳でもない。なのに、アルムには自然とシャトンの心の内が見えたような気がした。
 思い込みなどではなく、本当に心の声が聞こえたようなそれは、同情を越えた“何か”によるもの。その“何か”が芽生えた瞬間、アルムのオカリナは静かに淡い光を放った。誰にも気づかれない程の、本当に小さな光を――。



 暗くもやもやした気持ちも晴れないままに、一行は祭りの会場に辿り着いた。その場は、離れた時とは明らかに違うものに変貌していた。あちこちに目を回して倒れているポケモンや、顔に落書きをされているポケモンがいた。その中には、先程お菓子を貰ったキレイハナもいて、顔に派手な落書きをされている。
「これは、一体どうしたんですか?」
「あなた達のお友達よ。私もやられちゃったわ」
 ヴァローの質問に対し、キレイハナは疲れたように溜め息を一つ。しかし、決して嫌がっているような苦笑いではなく、寧ろ楽しんでるような笑顔である。一方、それを聞いたアルムとヴァローは、互いに顔を見合わせて気まずそうな表情になる。その友達というのがティルなのは、間違いないからである。
「これは早く見つけないとやばいぞ」
「うんっ。手分けして――」
 先程までの重苦しい空気は何処へやら。焦ってティルを捜そうとした矢先、目の前にティルが誰かもう一人のポケモンと手を繋いで楽しそうに飛んでいるのを見つけた。そのティルと手を繋いでいるポケモンは、大きな綿が頭髪のように頭から伸び、後頭部と背中を覆っており、体色が緑色をしている。アルム達は見た事がないポケモンらしく、不思議そうな目でじっと見つめている。
「確かあの子は……エルフーンって種族名だったと思います。出身はこの辺の地域ではないらしいですよ」
 アルム達のその様子から察したのか、横からラックがその正体を教える。簡単にだが素性がわかり、相槌を打ちながら頷いているアルム達に気づいたらしく、ティルはエルフーンを連れて近づいてくる。
「あっ、アルムだー!」
「……ちょっとティル。これは一体どういう事かな?」
「うんとね、エルフーンくんと仲良くなってね、一緒に遊んでたの!」
 少し事態が飲み込めないものの、とりあえずはティルの仕業だとわかっているので、アルムは怒っているように尋ねた。対するティルは、何も悪い事をしていないかのように振る舞う。
「遊んでたって……みんなに迷惑をかけないように遊んでよね」
「ボクはみんなに迷惑かけてないよ? それに、お菓子くれなかったら悪戯してもいいって言ってたもん」
 注意されてるのが気に入らないのか、ティルは頬を膨らませながら反論した。隣にいるエルフーンも、静かに同意というように頷いている。屁理屈が通じない事を立証したかったが、祭りの慣習を持ち出されては、それ以上問い詰める訳にも行かなかった。
「お菓子くれたって悪戯したけどね! 悪戯楽しいもん!」
 静かに頷いていておとなしそうに見えたエルフーンが、突然笑顔を見せてそう口に出した。まさかの豹変ぶりに驚く一同だが、ティルだけは愛くるしい笑顔を見せている。本当にこの二人は意気投合しているようである。
「はぁ……悪戯するのは良いけど、もう少し控えめにしてね。良い?」
「うん、わかった! それじゃもっと遊んでくるね!」
 本当にわかったのかどうかはわからないが、アルムが窘(たしな)めると、ティルは素直に返事して再びエルフーンと一緒に祭りの中心部へと行った。そこではコロトックとロゼリアが軽快な旋律の音楽を奏でており、二人を中心にしてポケモン達が陽気に踊っている。ティル達もそこへ混じり、跳びはねたりしながらも、楽しそうに踊り始める。
「本当にわかってるのかなぁ?」
「何だ? アルム、厭(いや)にお兄さん面してるじゃないか。せっかくの祭りなんだから、楽しんで損はないと思うぞ。俺も少し行ってくるかな……」
 ティルを些か心配して呟くアルムの隣で、何故かニヤつきながら宥めるように言い残すと、ヴァローは群集の方へと歩き出した。
「そうでし! 楽しむでし! それじゃ私も踊ってくるでし〜」
 音楽に釣られるように、シャトンも軽やかなステップを踏んで踊りながら近づいていく。ラックとキレイハナもその後を追うようにして踊りの場へと行き、アルムとレイルだけがその場に残される形となった。
「私にはわかりません。何故嫌な事をされたのに明るくしているのか。何故辛い事があっても平気な顔でいられるのか……」
 二人きりになったところで、レイルが単調な声で浮かんだ疑問を告げた。前者はこの祭りの仕組み、後者はシャトンについて言ってるのであろう。少し考え込んだ後で、アルムは思い切って正面に立った。
「そっか……レイルにはわからないんだ。僕にも上手くは説明は出来ないから、その疑問には答えられないけど、一つだけ言わせて。“これ”が楽しいって事なんだよ。……ごめんね、何か上手い事言えなくて」
 左の前足で楽しそうに踊っているみんなを指しながら、アルムは優しく語りかけた。まだ子供なのに、その眼差しは何処か毅然としている。
「あれが“楽しい”という事ですか……。やはり私には理解出来ないようです」
「今はわからなくてもいいと僕は思うなー。とにかく、一緒に踊ろうよ!」
 まだ首を傾げながら考え込むレイルの背中を押すように、アルムは踊りに誘った。主の命令と受け取ったかどうかはレイル本人しか知らない事として、とりあえず誘いを断る事なく、アルムに付いていくのであった。見様見真似とは言え、見事に踊りを熟すレイルに、アルム達は終始明るい笑顔を見せていた。
 自分とは置かれている環境の違う一家の事情を知ってしまったとは言え、全てが暗い思い出に染まった訳ではなかった。昨晩とは違って賑やかな夜は、その興奮が冷めることなく更けていくのであった――。



コメット ( 2012/07/14(土) 14:52 )