エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第三章 花の村と猫の兄妹〜華やかで楽しい感謝祭の開催〜
第十五話 祭りの後半へ〜お菓子か悪戯か(トリックオアトリート)
 地面を這って伸びていった影が全てを覆い尽くして静かだったこの一帯も、いつもとは違う雰囲気に包まれて姿が一変した。村全体が徐々に活気づき始めた。黒一色に塗り潰されかけていた空間が、盛り上がるポケモン達の熱気(パワー)で、不可視の鮮やかで明るい色で装飾されていった。まさしく、祭りらしくなってきたと言える。
 村のポケモン達はせっせと慌ただしく別の支度を始めていた。先程までステージとなっていた場所で、村で実った木の実や、その木の実で作ったお菓子などが振る舞われている。そんなお祭りムード一色の中で、アルム達は何をしているかと言うと、先を歩くシャトンの後を付いていっていた。この村の地理に詳しくないアルム達としては、ただそうするしか無かったと言うのもあった。
「ねぇ、シャトン。どこに行くの?」
「う〜ん。まずはここでし」
 シャトンが(おもむろ)に立ち止まったのは、一軒の家の前だった。シャトンの家よりはやや小さめで、全体が薄く明るめの赤色の花で装飾されている。家の入り口に置かれている、来訪を知らせる為の木琴のような物を、その尻尾で軽快に叩き始めた。深みのある音が速いリズムで鳴り響くのを聞き付け、中から一人のキレイハナが顔を出した。どうやら、さっきの演技で“はなびらのまい”を舞っていたキレイハナらしい。
「お菓子ちょうだいでし。もしくれないと、いたずらするでし!」
「えっ……シャトン、何を言ってるの?」
 シャトンが満面の笑みを浮かべながら突拍子もない事を言い出した事に、アルムは全く訳が分からずに首を傾げた。何の慣習かはわからないが、脅しとも取れるその言動は、外部から来た一行には理解に苦しんでいた。
「うふふっ、ちゃんと用意してあるわよ」
 一方のキレイハナはと言うと、笑顔を見せながら踵を返し、一つのバスケットを手に下げて再び姿を見せた。そのバスケットの中には、ピンク色の楕円型の物が入っており、どこかで嗅いだことのあるとても優しく甘い香りを放っている。
「これはなーに?」
 見た事がなく興味を惹かれる物を目の前に、ティルは無邪気な声でその正体を尋ねた。キレイハナはその内の一つを手に取り、物欲しげな目をしているティルに見えるように差し出した。
「これはね、この村で昔から親しまれている、木の実を使った伝統的なお菓子なのよ。あなたたちも是非食べてみて。因みに、これはモモンの実で作ったのよ」
 それが食べ物だと分かると、ティルは真っ先に手を伸ばして掴み、大きな口をあけて噛み付いた。それにやや遅れる形で、アルム、ヴァロー、シャトンも一個ずつ貰って一斉に頬張る。
「わぁーっ! 甘くて美味しいー!」
 ティルは貰った分を一気に食べ切ると、全員の意見を代表するように歓喜の声を上げた。まず一口をじっくりと味わっていたアルムとヴァローは、噛み砕いて飲み込んだところで、二人揃って不思議そうな面持ちになった。不快感を表すような様子はないため、まずいと言う感想を抱いている訳では無かった。
「そこの二人には、違いが分かるようね。そうよ、これは少し焼いてあるお菓子なの」
 お菓子の秘密と心に思っていた事が的中していた事に、二人は思わず顔を見合わせた。口の中に入れた瞬間広がった、仄かに香ばしい香り。二人が何となく感じていた、いつも食べてたモモンの実との違いは、全てそれから来ていたのであった。
「ありがとうございます。とても美味しかったです。でも、さっきのやり取りは一体……?」
「あれも祭りの一部なの。子供達が家を訪問して回って、あの言葉を言うの。それでもしお菓子が残っていなかったら、家の主人に悪戯をしても良い事になってるのよ」
「へ〜。祭りの後半も、十分に楽しめるようになってるんですね」
 この祭りの事を改めて教えてもらい、村のポケモンだけでなく、村外のポケモンにも親しまれている事に納得がいった。前半が観て楽しむものならば、後半は自分達が動き回って楽しむといったところである。
「遊び回っても良いの!? じゃあ、行ってきまーす!」
 キレイハナの説明でこの祭りの概要を理解したらしく、ティルは一人でふらふらと何処かへ飛んでいってしまった。自由気儘という言葉がそのティルの行動を表すのに適している
「アルム、良いのか? あのままほっといて」
「どうせこの村から出る訳じゃないから、大丈夫だよ」
 流石に一人にするのはまずいと心配そうにするヴァローに対し、アルムは至って冷静な態度であった。そんな折、背後から忍び寄ってアルムの背中をそっと叩く者がいた。
「うん? 何――」
 まさかティルがすぐに戻ってきたのでは――そう思ったアルムは、ほっと安心したような顔を見せて振り返った。しかし、見事に予想は外れ――
「わぁーっ! お、オバケーっ!」
 気を抜いたまま振り返ったその瞬間、アルムは絶叫しながら跳び上がって驚き、ヴァローの後ろに隠れた。そこにいたのはティルではなく、顔の部分だけが不自然に“ガスじょうポケモン”のゴースになっている、巨大な花の帽子を頭部に持つポケモン――ラフレシアだったのである。組み合わせが悪いとか言う以前に、顔だけが違っているのは気味が悪いとしか言えなかった。
「あら、驚かせてしまいましたか?」
 くすくすと笑いながら、ラフレシアは顔の上に手を翳した。すると、目を見開いている不気味なゴースの顔が簡単に剥がれ落ちた。その様子にも絶句する中で、ラフレシアは外した“お面”を見せてアルムを安心させた。声を聞けて素顔が見えたところで、そのラフレシアがラックだとようやく分かり、アルムはほっとしてヴァローの影から顔を出す。
「び、びっくりしましたよ! ……それにしても、そのお面良く出来てますね。ラックさんが作ったんですか?」
 まだ恐怖の余韻が残って高鳴っている心臓を鎮めるべく、アルムは深呼吸をして怖ず怖ずと尋ねた。
「いいえ。隣町のドーブルさんにいつも描いてもらっているんです」
『ど、ドーブル!?』
 もしや自分達が捜しているドーブルなのではないかと思ったアルムとヴァローは、シンクロしてその名前を鸚鵡(おうむ)返しのように叫んだ。あまりの食いつきの良さに、今度はラックが驚いているようだった。
「え、ええ。絵を描くのはもちろん、探し物を見つけるのも得意だとか……」
「そ、その隣町って何処ですか!?」
 今の言葉で推測が確信に変わり、アルムはさらに質問を続けた。急に目の色を変えた事に困惑しつつも、ラフレシアは懇切に答えていく。
「確か、ここから少し東に向かったところにあるラデューシティです」
「そうですか……。ありがとうございます」
 これで次の目的地もはっきりし、アルムは感謝のお辞儀をした。その異様なまでの興味の示し方に、一度は理由を聞こうとするラックだったが、何か大事な理由なのだと思って口を噤んだ。
「そういえば、シャトンとティルくんはどちらに?」
 先程の話題での話も終わり、歓声が飛び交っている周りの空気とは正反対に、暫し黙り込んだ。現状を打破しようラックが切り出した質問に、アルム達一同は疑問符を浮かべた。
「え? シャトンならそこに――」
 そう言いながらヴァローは前足で左側を指そうと振り向いたが、そこにいるはずのシャトンの姿は既に無かった。思わず足を空中で止めて固まってしまう。
「ちょっと目を離すと、何処へでも行ってしまいますからね」
 いなくなるのを心配しているという風でもなく、小さく笑いながらアルム達に報告だけすると、ラックはアルム達の傍を離れていった。それとは裏腹に、アルムとヴァローは静まり返って感情をまるっきり失った。
「――それじゃ、シャトンを捜すか」
「うん、そうだね。シャトンと一緒に楽しみたいもんね」
 一時声を出し難い微妙な空気が流れたところで、捜索をする事で互いに合意した。そうは言っても、闇雲に捜したところで、ポケモンがたくさんいるこの状況で見つけ出すのは、ほぼ不可能に近い。それも承知した上でどうしようか悩み始めた時、今まで何も動きを見せなかったレイルが、自分に気づいてくれと言わんばかりにアルムの背中を小突き始めた。
「うん? レイル、どうかしたの?」
「はい。シャトンさんらしき生命反応が、村の入り口に向かったのを探知しました」
「ほ、本当に!? それじゃ行ってみようか!」
 相変わらず無機的な声でレイルは用件を伝えた。それを聞いたアルムは、懐疑心を抱く事なく、レイルの言う事を信じ、ヴァロー達とともにキレイハナの家を後にした。







 移動を始めて数分後。村の中心からは離れたという事で、辺りはポケモン達の気配もほとんどなく、何処か閑散としていた。祭りの開催されている現場とは違い、色取り取りの草花も、全て闇という名の絵の具に塗布されている。そんな入り口付近では、一人でぽつんと佇むピンク色の猫のようなポケモンが。暗くなっているとは言え、後ろ姿だけでもそれがシャトンという事は一目瞭然だった。

(あれはシャトンだよね。こんなところで一体どうしたんだろう……)

 心の中で密かに疑問を抱きながらも、シャトンに声を掛けながら近づこうとした、その時だった。突然黒い姿の、やや背の高いポケモンが目の前に現れて、アルムの行く手を塞いだ。それは明らかに二人の接近を妨害しようと意図したものである。
「すいません、どいてくれませんか――って、あなたは!」
 お願いをする意味も込めて、その顔を確認する為にふと上を見た時、その正体が分かったアルムは思わず驚いた。その黒いポケモンとは、シャトンの兄であるニューラのガートだった。その色の濃い紺色の体色もあってか、暗闇にほとんど溶け込んでいて、近くに行くまで全く気づかなかったのである。
「どうしてシャトンに近づくのを邪魔しようとするんだ?」
 ヴァローが一歩前に出て、その理由を聞く為にやや威圧的に尋ねる。既に因縁の相手であるように火花を散らし、都合の悪い意見をしようものなら、いつでも戦闘に臨む手筈は整えていた。
「お前達には関係のない事だ。とにかく、今はあいつを一人にしてやってくれ」
 ヴァローの質問に対するガートの返事は、それだけだった。しかし、アルム達はそれとは別に気になる事があった。第一印象が良くなかった事もあってか、最初の言葉は抱いていた印象と重なり、少し快く思わなかったのだが、後半の頼むような態度には、やはり何か違和感を感じた。
「あの……シャトンに何かあったんですか?」
「いや、それは何も言えない。ただ一人でそっとしておいてやりたいだけだ。本当に、お前達には関係ないんだ」
 思い切って聞き返してはみるものの、やはりちゃんとした答えは返ってこなかった。しかし、そのガートの態度からも、シャトンに何か良からぬ事が起こった事は何となく予想がついた。それでも、詳しい理由が分からない事には、何かもやもやしたわだかまりは未だ消えないままである。しかし、だからと言って、ガートの返答が上手く得られない以上は、問い詰めたところでどうしようもなかった。
 終いにはこの場の誰もが口を閉じてしまい、風が静かに吹き抜ける音が聞こえ始める。昼のものと違って冷たい空気を運んでいる風は、今の四人の状況を的確に表しているようであった。そんな空気にさすがに耐え切れなくなり、とりあえず諦めて引き返そうと後ろを振り返ると、そこには先程別れたラックの姿があった。
「やはりここでしたね。シャトンが何故ここに来たのか、疑問に思っているでしょう。ガートは恐らく教えなかったでしょうから、代わりに私が教えて差し上げます」
 一歩ずつ草を踏み締めて近づきながら、ラックは話し掛けてきた。より信頼出来る者の登場と、その重苦しい空気を纏った発言に、二人はそれぞれ別の意味で浮き足立った。
「何を言ってるんですか。無関係なこいつらに話す事なんて――」
「シャトンが他の人(ポケモン)を連れて来る事はあっても、こんなに長い間行動を共にした事は無かったでしょ。この方達とは、何か縁があるのかもしれない。それに、シャトンが連れて来たという時点で、関係ないなんて事はないでしょ?」
 是が非でも話したくないのか、必死に止めようとするガートだったが、遂に根負けして俯きながら口を閉じた。その様子を見て、ラックは更に続ける。理由を知りたかった二人にとっては願ってもない事だったが、その続きの言葉はあまりにも耳を疑うものだった。
「それでは話しますね。実は、あの子には両親がいないんです――」



コメット ( 2012/07/12(木) 22:33 )