エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第三章 花の村と猫の兄妹〜華やかで楽しい感謝祭の開催〜
第十四話 収穫感謝祭の始まり〜三感で楽しむイベント〜
 今まで空をほとんど覆い尽くしていた薄い雲も、いつの間にかほとんどが消え去っていた。落陽により赤く染まっていた村は、全体的に影が伸びていき、鮮やかなドレスから一転、漆黒のマントをその身に纏い始める。まだ宵の口と言ったところであろう。そんな景色が急激に変わる時間帯になった頃に、アルム達はラックの家に戻ってきた。入り口を潜って中に入ると、シャトンもちゃっかりそこにいた。
「そろそろ時間ですね。それでは、広場の方に参りましょうか」
 戻ってきて早々だが、今から始まるのならゆっくりしている訳にもいかなかった。一息吐く間もなく、アルム達はラックの後を付いていく事にする。昼間にも立ち寄った広場には、既に多くのポケモンが集まっていた。この祭りはこの辺でも有名らしく、祭りに参加する為に村外から訪れたポケモンの姿も見受けられる。
 準備をしていた昼間とは異なり、辺りは風が吹くこともなく、静寂な空気が村全体に漂っている。ポケモン達がざわつく声も聞こえるが、それを考えても静かである。まるで、植物達も今から始まろうとしているイベントを心待ちにしているかのように生き生きとして見えた。
「それでは只今より、感謝祭の開催を宣言する!」
 村が更に暗くなり始めた頃に、広場中に響き渡るような大きな声を発した一人のポケモンがいた。背中に巨大な花を咲かせており、花の周りには同じく大きな葉っぱがついている。体の表面には緑色のイボがたくさんあり、四本の太い足でしっかりと地面を踏み締めている。そんなどっしりとした体格のこのポケモンの種族名は、フシギバナである。
「まずは恒例の儀式と行こう。前半は、チーム・グリロンだ」
 あるチームの名が紹介されると、全員がぞろぞろと動き、広場の中央に空間(スペース)を作り始める。大きく円状に空間が取れたところで、その中央に向かって数人のポケモンが歩いていく。
 ナイフのような両腕を持つコロトック、ストローのように細長い口とカラフルな模様の羽が特徴のアゲハント、蛍のような外見で、体色が薄紫色のイルミーゼと、同じく蛍のようで体色が赤いバルビートが四人である。これから何が始まるのかとアルム達も息を呑んで見守る中、最初に動きを見せたのはコロトックであった。
 その細く鋭い腕を擦り合わせ、弦楽器のような音を奏で始めた。摩擦による空気の振動によって発せられる高いこの音は、こおろぎポケモンであるコロトックの一番の特徴でもある。冷たくなり始めた空気を伝わって繊細な高い音が響く中、イルミーゼとバルビート達が一斉に空中に飛び立った。イルミーゼが先頭になって飛び回り、バルビート達がその後ろを付いていく形になる。そして、ある程度の高度まで達したところで一同はぴたっと止まった。
 それと同時に、イルミーゼは右手を前に出して、コロトックの奏でる音楽に合わせるように指揮のような動きを始めた。バルビート達は、その動きに合わせて規則的に飛び回っていく。そのお尻の部分は、“ほたるび”によりぼんやりと淡い光を放っており、空に浮かぶ四つの光の球が何とも幻想的な空間を作り出している。
 そうして他の仲間達がそれぞれ役割を始めたのを見計らって、アゲハントは最後に地上を飛び立った。イルミーゼ達よりも高い場所まで飛び上がり、斜め下を向いて、赤・青・茶・黄の四色の鮮やかな羽を大きく広げる。一呼吸を置いた後、一回、また一回とその羽を羽ばたかせていく。その速度が速くなるにつれて風が強くなっていき、その中に鈍く光を放つ銀色の粒子が混ざり始める。この美しい粒子の流れ――“ぎんいろのかぜ”は、そのままバルビート達を包み込んだ。それでダメージを受けている様子は一切なく、“ほたるび”の淡い光を更に控えめにして、一層美しいものにしていた。それだけでなく、その風は微かに“あまいかおり”を含んでいた。イルミーゼが指揮の真似をしながら発しているのが、一緒に流れているのである。その“あまいかおり”で、上手くバルビート達を動かしているのであった。

 そうして、虫ポケモン達は、舞台で個性を上手く活かしてパフォーマンスを続けた。演技もフィナーレに入ってきたのか、コロトックの音楽もペースが速くなっていった。それに呼応して、バルビート達はラストスパートと言わんばかりに素早く動き出した。そして、コロトックの音楽が止んだ時、バルビート達は一斉に空に向かって、赤色と紫色に点滅する光線――“シグナルビーム”を放った。
 四本がちゃんと交わるように計算されて放たれた光線は、思惑通りに一点でぶつかり合い、二色の綺麗な光の粒となって降ってくる。それをアゲハントが真下で待ち構え、自身が回転しながら“ふきとばし”で粒子を全方向へと飛ばす。それは数秒足らずで消えてしまったものの、薄暗い辺りをほんの少しの間明るく照らすものとなった。これで全てを終えたらしく、アゲハント達は地上に降り立って、小さくお辞儀をした。その瞬間に、その場にいる全員が盛大な拍手を送る。もちろん、アルム達も例外ではなかった。
「すごい。これがこの村の祭りなんだ……」
「確かにすごいな。五感の内の三つで楽しめるイベント、か」
 アルムもヴァローも、今まで見たことのない光景に、ただ見入るばかりであった。いつもはあちこちと動き回るティルでさえも、食い入るように見ていた程である。
「チーム・グリロンの諸君、ご苦労であった。それでは後半、チーム・ハーブだ」
 フシギバナによって、間髪入れずに次のチームが紹介される。中央に登場したのは、頭に二輪の赤い花を付けているフラワーポケモンのキレイハナ、紫色の蕾(つぼみ)の姿をしているチェリム、右手には赤バラ、左手には青バラのあるロゼリア、そして、いつの間にかいなくなっていたラックである。
「あっ、ラックさん!」
 最初に気づいたアルムがそう叫ぶと、ラックは小さく微笑みながら手を振り、所定の位置に着いた。先までのパフォーマンスでざわめいていた観衆も、チーム・ハーブが出て来て、徐々に静かになっていった。
 全員が静まり返ったところで、キレイハナが一人、明るい笑顔を振り撒きながら踊り始めた。それが開始の合図らしく、続けてロゼリアが地面に落ちている新緑の葉っぱを一枚拾い上げる。それをそのまま口元に当てると、そっと“くさぶえ”を吹き出した。繊細で優しい音色が響き渡り、聞いている者の心を穏やかにさせる。その音に色が付いている訳ではないのだが、この空間は柔らかな若草色に染まっているようにアルムには思えた。
 そんな中、暗くなりつつあるはずの景色が、僅かながら明るくなった。上空を見上げてみると、薄い雲に隠れていた月が、いつの間にかその美しい姿を全て見せていた。雲が晴れたところを見ると、キレイハナのあの踊りは“にほんばれ”であったのである。
 ステージが明るくなるのと同時に、今までじっとしていたチェリムに変化が現れる。今まで体を覆うように閉じていた紫色の蕾がゆっくりと開いていき、徐々に別の姿――“ポジフォルム”になっていった。五枚の桜の花びらと、額に付いている、さくらんぼを思わせる髪飾りのような二つの玉が特徴である。先刻までの暗いイメージとは違い、ニコニコ笑いながら跳びはねて踊り始める。それに反応を見せたのは、先程まで踊っていたキレイハナ。元々の動きに回転を加えたりしながら、チェリムと息を合わせて軽快に舞い始めた。そんな二人の可愛らしいながらも迫力を感じさせるような舞に、周りのポケモンも魅了されている。
 しかし、舞はそれだけでは終わらない。踊り始めてから数十秒が経った頃、突如無数の桜色の花びらが宙に舞っていった。“はなびらのまい”によって打ち上げられたその花びら達は、二人の動きに連動するように、時にはひらひらと優雅に、時には素早く舞っている。“くさぶえ”が奏でる軽やかな曲調にも、上手く調和した舞が続く。
 そんな中、ラックは一人微動だにせず、天を仰いで手を合わせている。一体何をしているのだろう、アルムがそう疑問に思った時、その答えはすぐに出た。“にほんばれ”の状態とは言え、暗い事に変わりはない舞台。その頭上で、太陽に比べると頼りなげな光を放つ月。その月が一瞬強い光を放ったかと思うと、辺りに淡く柔らかい光が降り注ぐ。昼間に太陽が見せるそれとは違い、優しく暖かい光。準備で疲れていた体だけではなく、心まで包み込んで、癒してくれるようである。
 曲も終盤に差し掛かると、テンポが早くなっていき、それに合わせて舞も速くなっていく。曲のフィニッシュに向けて、宙の花びらも渦巻きながら空高く舞っていった。そして再び曲調がなだらかな感じに戻って曲が終わると、二人同時に、それぞれポーズを決めて舞い終える。同時に、激しく渦巻いていた花びらの動きも止まり、ゆらゆらと粉雪のように静かに舞い散っていった。
「わ〜、すごい綺麗だったね!」
 観衆が拍手喝采を送る中、二組のパフォーマンスに感動したティルは、楽しさを目一杯表現するかのように飛び回っている。内容がまるで異なる演技に、アルムとヴァローも感嘆の声を漏らしてチームの全員を憧憬の眼差しで見つめていた。
「二組とも、素晴らしい演技をありがとう。それでは皆のもの、これで感謝の儀式は終わりだが、祭りは始まったばかり。存分に楽しもう!」
 フシギバナの言葉を皮切りに、観衆のボルテージはさらに上昇していく。そう、まだ祭りは始まったばかりなのである――。



コメット ( 2012/07/11(水) 23:32 )