エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第三章 花の村と猫の兄妹〜華やかで楽しい感謝祭の開催〜
第十三話 祭り直前の散策〜神聖なるガーデンへ〜
 シャトンの家に来るまではほとんど気づかなかったが、辺りには多くのポケモンが忙しなく動き回っていた。自分の家に綺麗な装飾を施しているポケモン、何やら荷物を運び込んでいるポケモンと、皆自分の事で必死になっているようである。それでも、祭りを楽しみにしているような笑顔を浮かべて動いている。
「ラックさん、祭りって一体どんな事が行われるんですか? 」
 自分の故郷ではこれ程までに規模の大きそうな祭りが無かった為、色んな方向に目移りさせながらアルムは尋ねた。その目はティルと同じくらい、好奇心に満ちてキラキラと輝いていた。
「ふふっ、それは始まってからのお楽しみですよ」
「わーい! 楽しみ楽しみ〜!」
 既にこの雰囲気が気に入ったのか、ティルはあちこち飛び回っていた。出逢うポケモン全員に笑顔を振り撒いて挨拶をしながら、後ろにしっかりと付いてきている。それとは正反対に、他に何にも興味を示さずに、レイルも付いてきてはいた。
 ヴァローはと言うと、キョロキョロと辺りの様子を見て、必死に祭りの内容を推測しようと考え込んでいた。そのヴァローを横からシャトンが覗き込んでいたが、我関せずといった感じである。
 そんなバラバラな心境で付いてくる五人をラックが誘(いざな)ったのは、何の変哲もないただの広場の一角だった。一つだけ周りとの違いを挙げるならば、そこは花ではなく若草に覆われているくらいのものである。
「ここで祭りが行われるんですか?」
「祭りは村全体で行われますよ。ここでは、一番大きなイベントが行われるんです」
「大きなイベント?」
 ラックの説明を聞き、アルムは頭に疑問符を浮かべていた。その内容が気になるというのもあったが、それ以上に、大きいと言う割には、他のところのように準備らしい事がされてなかった事が不思議に思ったのである。
「まあ、それはすぐに分かりますよ。それでは、私は一旦家に戻りますね。準備をしなければならないもので。皆さんも、祭りが始まるまでには家に戻ってきて下さいね」
 ラックは軽く会釈して後ろを振り向くと、家の方向へと歩いていった。手を振りながらその後ろ姿を見届けたところで、ティルは即座にアルムに向かってにっこり微笑んだ。
「ボクはもう少し見て回りたいな〜。ねー、いいでしょ?」
「うん、そうだね。まだ日が暮れるまで時間があるから、ゆっくり見て回ろっか」
 おねだりするようなゆったりした口調でティルは切り出してきた。アルムもそれに異論は無いらしく、ヴァローも同じく賛同して頷いた。
「それじゃ、シャトンは――」
 シャトンの意見を求めようとして、アルムは名前を呼びながら振り向いた。しかし、さっきまでいたはずのシャトンの姿はそこには無かった。そう、既に“そこ”には。
「みんなー。こっちにもすごいところがあるでしよー!」
 声のする方に一斉に振り向くと、草木の生い茂る森の手前辺りで、シャトンが四人を誘うかのように尻尾を振っていた。いつの間に移動したのかはさておき、捜そうとしていた相手が見つかって、ほっと胸を撫で下ろす。
「案内してくれるようだから、シャトンに付いていくか」
「うん、ティルは早速行っちゃったみたいだけどね……」
 言わずもがな、この村に来た時と同様に、ティルはシャトンの尻尾に一直線に飛んでいった。欲望に素直な光景を見つめて苦笑を浮かべながら、アルムとヴァローも後を追いかけた。一行が進む道は先程まで歩いていた場所とは違い、足元に広がる植物たちは背が高く、若草から深緑の色を呈していた。掻き分けながら進むのは大変であったが、探険をしてるみたいで楽しくもあった。歩き疲れもそろそろ出始めた頃に、その目的地らしきところに着いた。
 村の中や周りに咲いている花とは少しばかり違う、淡いピンク色の花が咲き乱れている。流れてくる香りもただ甘いだけではなく、何か心を穏やかにしてくれるような、澄み渡らせてくれるような感じがあった。それは上手く言葉では言い表せない、特別な何かであるとアルムも直感的に思った。
 その花畑の中央には、どっしりと構えるように立っている一本の大木がある。周りに細々と立っている木とは比べものにならない程太く、まるでずっと昔からそこにあるかのように、広範囲に渡ってその根を張り巡らせている。しかし、生命力が衰えている様子は一切なく、寧ろ青々とした葉っぱを付けて生き生きとしている。それは、何処か神聖な感じさえも漂わせている。
「わぁ……ここにいると、何かすごく気持ちが良いね」
「そうだな。他のところとはまた違う安らぎを得られるような……」
 アルムとヴァローは、順に率直な感想を述べた。自然の壮大さと美しさを同時に味わいつつ、素直に感動出来るような植物たちの有様に、思わず見惚(みと)れてしまうばかりであった。
「ここはどうでしか?」
 突然目の前に現れたかと思えば、シャトンは二人の顔を覗き込んできた。アルムとヴァローがこの場所を気に入ってくれた事が分かり、笑顔を崩さずに直視してくる。
「うん、咲いてる花がとても綺麗で良いところだね。この場所に名前とかってあるの?」
「う〜ん、感謝祭と関係のある花が咲いてる、何とかガーデンって言ってたような……。あんまりこの町の事詳しくないから、わからないでし!」
 アルムの質問に対し曖昧な答えを返したシャトンは、ここまでの案内が目的だったのか、軽くスキップしながらその場を離れていってしまった。
「あれれ? どうしたんだろうねー?」
「さあ。それにしても、さっきの言葉、何か少し変だったな」
 首を大きく傾げて、疑問に思っている事を体全体で表現するティルを見ながら、ヴァローは静かに先程の発言を思い返して呟いた。
「また村じゃなくて、町って言ってたところ?」
「それもあるけど……まあ、俺の気のせいかもしれないから別にいいさ……」
 ティルは言うまでもないが、アルムも別段違和感は感じなかったらしく、このまま続けても無意味だと思ったヴァローは、閉口したまま大木の方へと向かって歩いていった。アルムとティルも互いに顔を見合わせて首を傾げ、その後に付いていく。
 木の真下に来たところで、一向は立ち止まった。上の方を見遣ると、方々に伸びる枝やその枝に付いている木の葉が、弱いながらも降り注ぐ日光から四人を守るように陰を作り出していた。その隙間から僅かに姿を覗かせる太陽も、薄い雲に隠れているせいか、この場所をかんかんに照り付ける事はない。寧ろ、この場所全体に木漏れ日が降り注いでいるようで、神聖さをより一層醸し出している。
 いつもはあまり興味を示す事のないレイルまでもが、この場に溢れている生命のエネルギーを感じているようだった。とは言え、目をあちこちに動かしている程度のものではある。
 そういえばこの村に来るまでも来てからも、歩いてばっかりだ――アルムはそう思いながら、地面に横たわって休む事にする。それを真似するかのように、寄り添うにしてヴァローとティルも横になるのであった。



 心地好い風が頬を撫でるのを感じながら目を閉じて時を過ごす内に、いつの間にか日が暮れ始めていた。寒いとまでは言わないものの、暖かい日光が昼間程に届いていない事もあって気温が下がっており、少し身震いする形でアルムは起き上がる。つまるところ、ぐっすりと眠っていたのである。
「あっ、いつの間にか寝てたんだ……。ティル、ヴァロー、起きて。そろそろ戻らないと」
 一番最初に目覚めたのはアルムらしく、二人を揺すって起こそうとする。ややあって、ヴァローが先に起きた後にしばらく待ったが、ティルはすっかり熟睡しているようだった。その後何度も揺すって、ようやく起きてくれた。
 まだ眠い目を擦っているティルを、迷子にならないようにしっかりと誘導しながら、四人はシャトンたちの家へと戻っていくのだった。これから待ち受けるイベントに心踊らせながら――。




コメット ( 2012/07/11(水) 23:32 )