エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第三章 花の村と猫の兄妹〜華やかで楽しい感謝祭の開催〜
第十二話 花の咲き乱れる村へ〜強引な猫さんの家〜
「にゃは、こっちでし〜!」
「二人とも待ってよ〜」
 軽快なリズムを刻みながら花畑を走り抜けていくシャトンを、アルム達は必死になって追いかけていた。それほど速く走っている訳ではないものの、一向にペースが乱れないので、ひたすら付いていくだけであった。一方で、シャトンの尻尾に興味津々のティルは、未だに猫のように尻尾を追いかけ回していた。羽衣で悠々と飛んでいるので、ティルに疲れている様子などはない。
「ねえ、ヴァロー。シャトンが向かっている町って何処だろう?」
「さあな。どうせ急ぐ訳でもないんだし、別に寄り道もいいんじゃねぇか?」
 何を呑気な事を――と言いたかったが、ティルがああなってはどうしようもないのは分かっていたし、元々はこの世界を見て回るのが目的だった事を思い出し、ヴァローの意見に同意する事にした。
 そんなやり取りが交わされている間に、歩いている道のありようが徐々に変化し始めた。勾配の無い開けた平野からは一変、でこぼこした丘陵地帯になっている。今まで地上を覆い尽くしていた花たちも、まるで道を譲るかのように脇に避け、一本の長い曲がりくねった通路を作り出している。道の続く先に目を遣ると、多くの家が軒を連ねている集落が見えた。だが、家と言うと少しばかり語弊があるかもしれない。
 一面に広がる色とりどりな花畑の上に、干し草を固めたり木材を組み上げてして出来た、家にもテントにも見える建物がずらりと立ち並んでいる。リーブフタウンとは違い、完全に自然と一体となっているのがこの町の特徴である。しかし、集落の外観を見て広さを窺う限りは、町と言うには些か小さいようにも見える。そんな町の入口を示す木製の半円形のアーチの前まで来た時、シャトンは立ち止まった。どうやら遅れ気味のアルムとヴァローを待っているらしい。
「ここが私の住んでいる町、ブルーメビレッジでし!」
「ビレッジって……これは町じゃなくて村じゃない?」
 溌剌(はつらつ)とした紹介に対し、アルムは一応つっこんでみる。ふと視線を逸らしたところにあった古びた木製の看板にも、“ブルーメビレッジ 花の咲き乱れる村”と表記されている。
「んー、町は町でし。それじゃ、ついて来るでし!」
 間違いだとは微塵も思っていないその発言には、さすがに何も言えなかった。軽快な足取りのシャトンの後ろ姿を見つめつつ、とりあえずは黙って後を付いていく事にするのだった。







「ここでし。ここが私の家なんでし」
 シャトンが立ち止まったのは、村の中央部辺りにある一軒の家だった。細い木製の柱で骨組みが形成されている上に、その周りはほとんどが柔らかい若草で覆われており、屋根の部分には行き交う者の目を惹き付けて離さない程に鮮やかな赤い花が散りばめられている。
「ささ、どうぞ入ってでし〜」
「どうぞ入るよ〜」
 訳の分からないティルの受け答えは無視する事にして、屋根から垂れ下がっている草の(すだれ)を通って、何度も目を動かしながら家の中に入っていった。
 中は外見にしては意外と広々としており、ちょっとした隙間から暖かく心地好い風が吹き抜けている。床一面に敷き詰められた草は体を突き刺すような刺々しさもなく、踏み締めても何ら不快感は感じなかった。
「好きなところに座って下さいでし〜」
 尻尾で中央の空間に円を描いて、“その辺り”を指すようなジェスチャーをしたシャトンは、四人をその場に残してそそくさと家の外へと飛び出して行ってしまった。
「座ってて下さいって言われても、な……」
 まだ何も知らない村の他人の家に取り残される形になり、皆の意見を代弁するかのようにヴァローがぽつりと呟く。しかし、既にいない住人に文句を言っても仕方がないので、おとなしく座る事にした。
 それからしばらくは、手慰みにするような事も見つからず、虚しい沈黙が流れた。特に話題もなく、ただひたすらシャトンが戻ってくるのを待つだけ。そんな手持ち無沙汰で黙ってぼーっとしていると、リーブフタウンの時とはまた違う落ち着きを感じた。
 リーブフタウンでの暖かさが他のポケモンとの出逢いならば、こちらは自然が生み出す暖かさと言えた。入り口から吹いてくるそよ風に乗って、花の仄かに甘い香りが度々流れ込んできた。耳を澄ましてみると、草花が優しく揺れており、天然の合奏による安らぎを内包した旋律が聞こえてきた。
 そんな仄々した空気に浸っていたのも束の間の事だった。入口の(すだれ)から一人の、先程のピンク色の猫ではないポケモンが入ってきた。全身の色と同じく紺色の短い右耳とはまるで異なる、赤く大きな左耳。三本の羽のような形状の赤い尻尾。両手の鈎爪と同様に鋭い眼光を持つニューラである。
「何だ、お前達。人の家に勝手に上がり込んで」
 アルム達を侵入者と見なすや否や、鈎爪を素早く振って、ニューラは警戒体勢を取った。ヴァローはいち早く反応して立ち上がり、低い姿勢からニューラを凝視する。
「勝手にって……こっちだって訳が分からないんです。シャトンって言うエネコにここまで誘われたんですけど……」
 この白熱した状況のまま戦いを始められては敵わないと危機感を覚えていたアルムは、二人の間に立ち塞がるように割って入り、事情の説明を試みる。
「シャトンを知ってるのか……。そんな事を言って、本当は何か別の目的があるんじゃないのか?」
 アルムの説得は水泡に帰した。全く信じていないらしく、ニューラは未だに四人に対して鋭い鈎爪を向けている。確かにあちらからすれば、見ず知らずのポケモン達が自分の家に上がり込んでいる事になるので、警戒するのも無理はない。その返事を受けて戦いになる事を覚悟した上で、ヴァローも炎を口の中に溜め始めた。
「えっと……こ、ここは話し合いで解決ってのはどうですか?」
 何とか二人を鎮めようと奮闘するアルムだったが、もはや一触即発の状態で説得する事は不可能だった。今さらながら他の二人を一瞥してみると、レイルは黙って様子を見守っているだけ。ティルに至っては、ここに来るまでで疲れたのか、すやすやと寝息を立てて眠っていた。
 どちらを止めたら収まるのかと、アルムが両者を交互に見ながらオロオロしていたその時。この状況に陥れた張本人のシャトンが(すだれ)を通って戻ってきた。
「あ、お兄ちゃん。帰ってたんでしね!」
「シャトンか。お前がこいつらを招いたって本当か?」
 シャトンが帰ってきた事で、互いに臨戦体勢は解かれる事になり、アルムもほっと一息吐く。一方のニューラは、爪で雑に四人を指差しながらシャトンに尋ねた。
「本当でし。祭に参加して欲しいって思ったんでし!」
「そっか。お前がそう決めたんなら仕方ないな。という訳でお前ら。さっきの事は許してやるよ」
 上から目線の物言いで吐き捨てるように言葉を残すと、ニューラは(すだれ)を右手で掻き分けながら、すたすたと外へと出ていってしまった。あまりの変わり身の早さに、途方に暮れるしか無かった。
「……ねぇ、シャトン。さっきの言葉遣いの素敵なお兄さんは?」
「うん! シャトンのお兄ちゃんで、ガートって言うんでし!」
 こちらに一応非がある事は承知していながらも、流石にあの言い草には少し頭に来たようで、アルムは皮肉を込めながら正体を聞いてみた。そんなアルムの思いなど知らずに、シャトンは笑顔を崩さずに応じた。そのシャトンの背後から、そっと姿を現したポケモンがいた。頭部に白い斑点模様のある巨大な赤い花びらを持つポケモン、ラフレシアである。
「シャトンてば速いんだから……。あら、お客さん?」
「うん。私が連れて来たんでし。アルムにヴァロー、ティルにレイルって名前なんでしー!」
「あ、どうも。お邪魔してます」
 シャトンに先に紹介をされた事もあってか、アルムとヴァローは簡単に頭を下げた。それに応じるように、ラフレシアも軽く会釈して家の中に入ってきた。
「私はこの子の母親のラックと言います。この子が強引にここまで連れて来たんでしょう?」
「ええ、まあ……」
「やっぱり。せっかくですので、夜から始まる収穫感謝祭を楽しんでいって下さいね。今は準備中ですけど、そちらも見ますか?」
 ラフレシアのラックも大体の事情は把握していらしく、ヴァローも苦笑いをしながら返した。頭に比べるととても小さいその手で口元を押さえて微笑みながら、ラックは優しく問い掛けてきた。
「この村をもっと見て回りたいから俺は見たいけど、アルムはどうだ?」
「そうだね。お祭りに参加させてもらえるなら、下見もしておきたいもんね」
「分かりました。それでは私に付いてきて下さい」
 何処か上品さを漂わせる笑顔を浮かべた後、ラックは先導するように家から出ていき、ヴァローとシャトンもその後を付いていく。
「ねぇ、ティル。僕たちは祭の準備してるところ行くんだけど、ティルも行く?」
 最初は遊び疲れたのを配慮して寝かせてあげようかと考えていた。しかし、このまま置いていくのも気が引けるため、まだ眠っているティルを起こそうと、アルムは体を軽く揺らしてみた。
「う〜ん。行きたいけどまだ眠いの〜」
 寝心地が良いのか、頬を草の床に擦り付けながら、ティルはゆったりとして如何にも眠そう声で答える。このまま寝かせておいてあげても別にいいのだが、一人にしておいては何を仕出かすか分からないと危惧したアルムは、何かを思い付いたように口を開く。
「それじゃ……僕は先に行くけど、それでもいい?」
「やだ〜。置いていかないで! ボクも行く〜!」
 アルムが離れて先に行くと知った途端、ティルは勢い良く飛び起きて、強くしがみついた。思惑通りにいってしめたと言わんばかりに小さく笑ってみせると、アルムはティルに抱き着かれながらレイルを連れて、ずるずると重そうに歩いて三人の後を追うのだった。



コメット ( 2012/07/10(火) 22:05 )