エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第三章 花の村と猫の兄妹〜華やかで楽しい感謝祭の開催〜
第十一話 マイペースな子猫さん〜お花畑で捕まえて〜
 リーブフタウンを後にした四人は、クインに教えてもらった町に向かって歩き続けていた。今まで町ばかりを見ていて気づかなかった外の風景を、ここで改めて目にする。
 昨日とは打って変わり、今日の天候はどんよりとした曇天。団塊状に、そして層状に、白い雲が全天を覆い尽くしていた。一般に層積雲と呼ばれる物であり、その一つ一つがメリープの体毛のようにふわふわしている。
 足元に広がる緑色の絨毯を吹き抜ける風も、暖かかったり涼しかったりと中途半端ではあるが、少なくとも直射日光に曝(さら)されながら歩くよりかは良かった。つまりは、外を歩くのに適した天候である。
「今日は何か風が強いね〜」
 全身に当たる風が気持ち良いのか、ティルは背中の羽衣を大きく広げて宙に浮かんでいる。そんなティルとは対を成すように、レイルは無言で三人の後を付いてくるだけだった。あまりにも静か過ぎて、アルムには少し不気味にさえ感じられた。
「ねぇ、ヴァロー。本当に良かったのかな?」
「ん? 何がだ?」
 心持ち歩調を少し遅くして、アルムはぽつりと呟いた。ヴァローが聞き返して一呼吸を置いた後で、少し戸惑いながら口を開いた。
「……レイルと一緒に旅をする事。あの時は目的地が一緒だから良いって言ったし、その言葉に嘘は無かったよ。でも、僕達まだレイルの事を何にも知らないし、もし進化して僕達を襲ってきたらって考えると……」
 今抱えている――いや、抱き始めた不安をアルムは打ち明けた。アルムもレイルが嫌いなのではなく、寧ろ気になる存在ではあると思っている。それでもやはり、感情が無いなどと言われると、初めての体験だからどう接していいのか分からなかった。
「なーんだ。そんな事か。深刻そうな顔をしてるから、何を言い出すかと思えば」
「そんな事って言わないでよ。僕だって色々分からないからそう思っただけで」
 ヴァローなら理解してくれる。そう思っていたのに、自分が不安に思っている事を“そんな事”と軽く流されてしまい、アルムは悄気(しょげ)てしまう。
 思い詰めていた事に気づかずに軽々しく言い過ぎたかと反省し、アルムの肩を軽く叩きながらヴァローは続ける。
「そんな事って言ったのは悪かったよ。でもさ、それはこれから旅をしていく中で互いに分かるようになるんじゃねぇか? それに、感情が無いとは言え、記憶されない訳じゃないんだ。無駄な事があるはずないだろ。さっき戦っていた時、レイルがお前を庇ったっていうのも、何かあいつの中に芽生えたからじゃないのか?」
「うん。でも、進化したら記憶が無くなっちゃうなんて事もありえなくはないでしょ? レイルの進化が一体どんなものか分からないし……。それに、主を守るようプログラムされてるから、僕を庇ってくれたのかもしれないよ?」
 アルムの反論を聞いて、ヴァローは小さく溜め息を吐いた。こちらも一呼吸置いた後で、見ていて気が落ち着くような、そんな柔和な顔を見せて語りかける。
「そん時はそん時だ。それに、クインさんがそう望んだんだ。絶対に良い方に傾くって。分からない事を心配したって仕方ないだろ? 庇った件については本人に聞かないと分からないが……。とにかく、余計な心配するくらいなら、もっとレイルと仲良く付き合う方法とかを考えよう。な?」
 一つ一つ自分が悩んでいた事を打ち消してくれるヴァローの言葉で、さっきまでの不安は少しずつ薄れていった。もちろん消えた訳ではないが、重く心にのしかかっていたものが無くなり、気が楽になっていくのをアルムは感じた。今度は、偽りのない笑顔でヴァローを見れた。
「そうだね。無駄な事なんて無い。僕の方から逃げてちゃいけないよね」
「ああ。もっと前向きに考えないとな!」
 明るく声を掛けると、ヴァローはアルムの背中を力強く押した。それは、もっと元気に楽しく旅をしていこうという思いを込めたものであった。一方で、一瞬驚いたアルムだったが、すぐにヴァローの意思を汲み取り、振り返って明るく笑ってみせた。こちらは感謝の意味を込めて。
「何かアルム嬉しそうだねー。どうかしたのー?」
 先に進んでいたティルが引き返してきて、顔を覗き込みながら聞いてくる。アルムは「何でもないよ」と言って、笑顔を見せながら先を歩き出すのであった。







 後ろを振り返ってもリーブフタウンが見えなくなるまで歩いた頃、今まで緑一色だった足元にも変化が見られ始めた。赤や黄、ピンクや白など、色鮮やかで丈の長い様々な花が咲き乱れている花畑が目の前には広がっている。レインボービレッジにも花は生えていたが、ここまで多くの花は見た事がなく、アルムとヴァローはその美しい光景に魅入っていた。
「わー! 綺麗だねー!」
 ティルは目を輝かせながら、ピンクの花が広がっている花畑の中を掻き分けて飛んでいった。初めて見るからだろうか、興味津々といったようで、一つ一つ香りを嗅ぎながらゆっくりと花を観賞していた。
「アルム達もはやく〜!」
 大分奥まで進んだ所で止まり、ティルは両手で手招きをしていた。やれやれといった感じで、アルムとヴァローも花畑の中を駆けていく。周りを全て花に囲まれて、アルムも幸せな気分になる。花が好きなアルムは、暖かい風に乗って流れてくる仄かに香る甘い匂いに心が踊っており、足取りも軽やかに歩いていた。――途中までは。
「花がいっぱいあって綺麗だなぁ……。こんな綺麗なとこ――あたっ!」
 よそ見をしながら歩いていた為か、アルムは目の前の障害物に気づかずにぶつかってしまった。一瞬目の前が真っ暗になり、そのまま花の絨毯の上に倒れた。
「いたた……あっ、ごめんなさい!」
 額を摩りながら起き上がると、そこにいたのはほぼ全身がピンク色の毛で覆われている猫のようなポケモン、エネコだった。アルムは慌てた様子で直ぐさま頭を下げて謝った。
「うん? 別にいいでし。私がここで寝てたのが悪いんでし。それより、あなた達は誰でしか?」
「あっ、うん。僕はアルム。こっちのガーディがヴァローで、あそこで燥(はしゃ)いでいるジラーチがティル。そして、花畑に入らずに一人であそこにいるポリゴンはレイルって言うんだ」
 ぶつかった事をさほど気にしていない様子のエネコは、アルム達の名前を尋ねた。ひとまずほっとしたアルムは、自分を除いて一人一人種族名を言いながら紹介していく。
「アルムにヴァロー、よろしくでし。私はペケ猫……じゃなくて、エネコのシャトンでし。変な名前でし……?」
「いや、名前は別に変じゃないよ。強いて言うなら、語尾の方が少し変わってるかな……?」
 特徴的な喋り方で独特な空気を作り出しているエネコのシャトンに、アルムも少し戸惑い気味に返した。ヴァローの方を一瞥すると、こちらも対応に困っているようで、口を一文字にして黙っている。
「そうでしか? ところで、あなた達は旅してるんでしか?」
「えっ! うん、まあね。ね、ヴァロー?」
 急に話題を変えられた事に驚きながらも、何とかアルムは取り直して対応する。そのまま助け舟を求めて再びヴァローの方を見るが、今度は完全に顔を逸らしていた。無視を決め込んだのだと分かり、諦めてシャトンの方に向き直ると、何故かニコニコと笑っている。
「じゃあ、私達の町にも来て欲しいでし! 付いてくるでし〜!」
 軽快に跳びはねながら、先が楕円形になっている尻尾を二人を誘うように動かしてシャトンはその場を離れていった。その動きに真っ先に誘われたのはティル。逆猫じゃらし状態でシャトンの後を追いかけていく。
「しゃーない。後を追いかけるか!」
「うん――って、さっき助けを求めたのに、喋ってくれなかったでしょ!」
「悪い。ああいうタイプはお前の方が得意かなって思ってさ。ほら、行くぞ」
 今更になって口を開いた事にアルムは頬を膨らませて怒っている事を示す。苦笑いを浮かべるヴァローは、アルムの頭を撫でて宥めながら言い訳を述べて、二人の後を追いかけて走り出した。言い訳に飽きれながらも、とりあえずヴァローの事は置いておく事にする。後ろからちゃんとレイルが付いてきているのを確認しながら、マイペースなエネコ、シャトンの後を追いかけるのであった。



コメット ( 2012/07/10(火) 22:04 )