エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第二章 図鑑を巡る二つの出会い〜暖かさと冷たさの交錯〜
第八話 食事のもてなしと一泊〜暖かくて、恋しくて〜
 クインが言い出した衝撃の真実に、まだモモンの実を食べていたアルムも動きを止め、驚きの表情で食い入るようにクインを見つめていた。一方のティルはと言うと、話の内容は一切耳に入っていないようで、本の周りを楽しそうに飛び回っている。
「意思と感情が無いって、一体どういう事ですか!?」
 言葉を荒らげて先に聞いたのは、ヴァローだった。今まで聞いた事もない事に驚愕しているようであり、同じポケモンでそんな存在が周りにいなかったからこそ、余計に動揺を隠せなかった。
「そうだね……。何かあんた達になら話しても良いかな。あれはいつだったかねぇ――」
 まるで記憶をしまい込んだ押し入れが天井近くにあるかのように、少し上に視線を遣りながら、クインは会ったばかりであるアルム達に赤裸々に語り始めた。







 時はやや遡り、問題の事件が発生したのは、約一年前の事だった。図書館の管理人であるクインはいつもと変わりなく、図書館を訪れるポケモン達と話し合ったり、時には受付から離れて本の整理を行っていた。
 そしてその問題はと言うと、利用者が誰もいなくなった夜に突然訪れたのであった。閉館の時間になって帰ろうとした時、奥の方から大きな物音が聞こえ、クインは急いでその場へと向かった。
 物音が発生した場所、そこは幸いにも本の置かれていない、その時は何も無い展示室であった。天井にはぽっかりと大きな穴が空いており、空で瞬いている星が穴から覗ける。
 その視線をふと下に遣ると、そこには見た事もないカプセル状の物体があった。落下した際の衝撃が強かったせいか、所々外装が剥がれて壊れているようである。得体の知れない物体に訝しげな表情を浮かべながら、クインは摺り足で近付いた。恐る恐るその壁をあくまでそっと、まるで訪問先の家の玄関を叩くように静かに叩く。
 しかし、その物体からは一向に反応が無かった。腕組みしながら待ち続ける事五分、もういい加減待つのに飽きたクインは、その右手に力を溜め始めた。
 時間が経つにつれて、その拳は徐々に橙色のエネルギーを纏っていく。それが最大限に達した時、拳を高く振り上げた。
「“ばかぢから”で壊れなっ!」
 いつもの穏やかな面影の無い険しい表情で怒号を上げると同時に、クインはその拳で勢い良く外壁を殴り付けた。普段から静寂が保たれている図書館の中には似合わない、地を揺るがす程の轟音が、再び鳴り響いた。固い物同士がぶつかり合った際の鈍い音が部屋中に反響する中、めりめりとまた違う音を立てて、カプセル状の物体が崩壊し始めた。そして、もはや瓦礫と化した“元”カプセルの中から姿を現したのが、ポリゴンだったのだ。







「――という訳なんだよ」
 クインはそこでレイルとの出逢いについての話を締め括った。
「という訳って言われても、クインさんがそのカプセルを破壊したとしか聞いてませんけど……」
 明らかに話す内容がズレている事に素早く突っ込みを入れたのは、これまたヴァローだった。それを聞いて、クインは少し恥ずかしそうに頭を掻く仕種を取った。
「そういやそうだったね……。それじゃ、改めて。その後の事なんだけどね、急に『あなたが主ですね』とか言い出してね。アタシに付き添い出したんだ。誰なのか聞いてみても、『私は“ニンゲン”によって作られたポケモン、ポリゴンです』ってしか言わないんだ」
「“ニンゲン”? 作られた?」
 聞き覚えのない名前と何処かおかしな言葉を聞いて、アルムは首を傾げながら小声で復唱した。クインは相槌としてこくりと軽く頷いて続ける。
「それでね、気になって倉庫の方に眠っていた古い図鑑を引っ張り出して見てみたんだよ。今持って来るから、待ってておくれ」
 クインが立ち上がるのを見て四人も同行しようとするが、掌を向けて留まるように指示された。客人にはくつろいでもらおうとの配慮から、図書館の主はアルム達を残し、大股を繰り出して部屋からそっと出ていった。



 会話を交わすでもなく詮方無く待機している内に、クインはその脇に大きな分厚い本を抱えて戻ってきた。それはさっき、アルムが声を掛けた際に喧嘩を吹っ掛けてきたマンキーが読んでいた物である。改めて見てみると、シュエットが所持していた書物よりも二倍ほどの厚さがあるようだった。流石は図書館だけあると言える。
「ほら、ここを見てごらん」
 軽々と運んできた年代物の本をそっと床に置くと、ペラペラと――とは言え紙自体も非常に分厚いため、バラバラとが正しいが――捲っていき、中央付近にあるページを開いた。クインの指差す部分を目で追っていくと、そこには確かに“ニンゲンによって作られたポケモンである”と記されている。
「アタシもここにそれなりに長い事住んでるけど、“ニンゲン”なんて聞いた事が無いんだよ。ポケモンを作るってのは何か不快だしね……。それと、ここも見てごらん」
 今度は大きな指を下にスライドさせていった。またしてもそれを追っていくと、今度は“プログラムされた動作しか出来ず、意思や感情を持たない”と記載されている。
「何故この本にこんな事が書かれていて、この本がいつからあるのか。管理人のアタシにも分からないけど……少なくともここに書かれている事は真実なんだ」
 言いたい事を全て言い終えると、クインは大きく溜め息を吐いた。アルムとヴァローの二人も、自分達の想像を越えた事に戸惑い、黙り込んでしまう。
「ああ、悪かったね。しんみりするような事言っちゃって。そういえば、あんた達は何しにここに来たんだい?」
「あの……」
 気まずい空気を変えようとしたクインの質問で、この図書館に来た目的を思い出したアルムが、怖ず怖ずと切り出す。
「実はこの本でジラーチについて調べようと思ったんです」
「そうかい? ちょっと待って……」
 アルムがじっと見つめる先にあるのはもちろん先程の図鑑。クインは了解したように微笑んで見せると、手慣れた様子で次々とページを捲っていく。五十音順になっているこの本のサ行の中間地点まで来た時、クインはその手を途中で止め、慌てて前後のページを捲り出した。
「どうしたんですか?」
「ジラーチのページだけが欠落してるんだよ。ここに引き千切った後があるから、きっと誰かが持ち出したんだ。一体誰が……」
 管理人であるクインでもその犯人は分からないようで、顎に手を当てて思い当たるポケモンがいないか考え始める。その間にする事のなくなった二人は、ただティルが本を積み木のようにして遊んでいるのを眺めるばかりだった。
「あの、心当たりが無いんなら、別にいいですよ。どうしても知らなきゃいけないって訳でもないですし……」
 あまりにも長い間考えているので、アルムはクインの手を煩わせてしまった事に責任の一端があると感じ、申し訳なさそうに話し掛けた。しかし、どうしても知らなければいけない事ではないとは言え、この町の図書館がこの世界では一番蔵書数が多いとされている。一応この図書館には劣るものの、他の町にも図書館がない訳ではない。
 だからと言って、今見せてもらった程の本があるかと言えば、答えはノーである。図書館の管理人としてその事を承知しているクインは、今度は近くに置いてあった一枚の地図を二人の前で広げた。
「あんた達、レインボービレッジから来たんだろ? 実はここから少し行った所にある町には、ちょっと変わったドーブルがいるんだよ。そのドーブルなら、無くなったページの在り処を探す事が出来るかもしれないよ」
 ここで思わぬ朗報を耳にして、二人は安堵の溜め息を吐いた。ジラーチの事について知るのは義務ではないものの、少なくとも二人は知りたいと思っている。そうなれば、言わずもがな答えは一つであった。
「ありがとうございます。行ってみます!」
「そうかい。旅を続けるんだね。そんなあんた達に一つ頼み事があるんだけど……いいかい?」
 年相応の元気に声を張り上げている二人を見て、クインは優しい笑顔を浮かべた。しかし、その笑顔が急に曇ったかと思うと、声調をやや下げて問い掛けてきた。二人はその変化に一時は驚くものの、了承の意味を込めて大きく頷いた。
「ありがとう。その頼み事と言うのはね、レイルを一緒に連れて行って欲しいんだ。レイルの実態は良く分からないけど、図鑑を見る限りでは進化するらしいんだ。それには専用の道具が必要なんだけど、アタシはこの町を離れられないし、そもそもそれが何処にあるかも分からないんだ。それで――」
「さっき言った町の探し物を見つけられるドーブルの所で、一緒にその道具も探すように頼んで欲しいという事ですね」
 途中からクインの意図に気付いたのか、ヴァローが言葉を拾って続けた。考えを読み取った事に些か驚きながら、クインは小さく首を縦に振った。
「俺は良いですよ。旅仲間は多い方が良いですし。アルムも良いよな?」
「もちろん。目的地が一緒なんだもんね」
「本当かい!? ありがとう!」
 アルムもヴァローも、ここは快く引き受ける事にした。仲間が増えるのは嬉しいという気持ちに偽りは無く、断る理由も無かった。その返事を聞いて安堵の表情を浮かべたクインは、大きく手を広げて二人に強く抱き締めた。
「く……苦しいですっ……!」
「あらら、ごめんよ。ちょっと強すぎたね」
 あまりに締める力が強いので、クインの手を叩きながら、アルムは必死に解放を訴えた。慌ててクインが放して一息を吐くと同時に、“ちょっと”じゃないと内心思うのであった。
 その後すぐに旅立とうとしたが、いつの間にか外は夕暮れの橙色に染まっており、宿を見つけていなかった三人はクインの好意で家に泊めてもらう事にした。三人が連れて来られた受付の先にある部屋はクインの家の一部であり、家と図書館が繋がっているのである。夕食をご馳走してくれるという事で、クインは張り切っている様子で一旦部屋から出ていった。
 部屋に残された三人の間に暫し沈黙が流れた。クインがいなくなった事で二人とレイルとの繋ぎ役がいないからである。例外は無論ティルであり、今度は本を高く積み上げて遊んでいる。因みにこれはクインの了承済みらしい。
「レイル……だよね? 僕はアルム。これから宜しくね!」
 部屋全体を支配していた重い沈黙を破ったのは、耳を立てて機嫌良くしているアルムだった。コミュニケーションを取ろうとレイルに近づいて挨拶をし、気後れする事なく右前足を差し延べる。
「あなたが新しい主ですね。宜しくお願いします」
 表情を一切変える事無く、レイルは抑揚の無い話し方で返した。まるで機械そのものであり、差し延べている足にも反応を示さなかった。そしてそれ以前に、レイルはアルムの目をちゃんと見ていなかった。体を観察しているとか、ただ視界に入っているとか、他人に対する興味の薄さが顕著に現れていた。
「主なんて止めてよ。友達として仲良くしようよ!」
 諦めずに明るい笑顔を振り撒いて話し掛けてみるものの、その後レイルは反応を示さなかった。冷たい素振りにアルムはしょんぼりとしながら、頬を大きく膨らませる。内心無視された事に怒っているのだが、まだ会って間もないという事で、仕方ないと割り切ってもいるのである。そんな中でも、事情を全く知らないティルは自由奔放に飛び回って陽気に歌を歌っていた。
「アルムがあるじで あるじがアルム〜♪」
 語呂が似ていて気に入ったのか、楽しそうに歌っているティルを見て、アルムは何となく羨ましいと思うのであった。
 その後、旅を始めて最初の食事を、四人で食卓を囲んで楽しい雰囲気の中で始めた。クインの手作りの料理はどれも美味しいものばかりであり、心まで暖まるものだった。一品一品クインが心を込めて作られた料理から、家で食べる時に同じような幸せを感じると同時に、早くも家が恋しいと思う自分を必死にアルムは隠すのだった。
 初めての外の世界で迎える最初の夜。三人で寝れるようにとクインは広い部屋を貸してくれ、更には草のベッドを用意してくれていた。三人はそれぞれ礼を言って床に就いた。
 早速ヴァローとティルは寝てしまったが、少し外を見たかったアルムは起き上がって窓から外を覗いた。いつもは寂しい時や嫌な事があった時に夜空を見上げていたが、今日は違った。そして満天の星空の中でも燦然(さんぜん)と輝きを放つ一等星を見ていると、クインがパッと頭に浮かんだ。
 それは、不安いっぱいで旅立ったアルムを暖かく包み込んでくれたクインが、一番明るく夜空を照らしている一等星のような存在にアルムには見えたからである。結局謎が解決するどころか、新たにレイルが仲間に加わった事により別の謎が増えたが、少なくともこの日は三人にとって、大変有意義で楽しいものとなったのであった。



コメット ( 2012/07/07(土) 13:35 )